幕間 それぞれの休日②
●草壁香月●
今日は休日であり、一日をフル活用してトレーニングをしようと思っていたのだが、赤坂様から会いたいと連絡が来た。
学園外でも私に会いたいと言ってもらえるのは信頼されている証拠であり、素直に嬉しい。
だが、私が赤坂様を楽しませることができるかは不安だ。
「香月~お待たせ」
指定していただいた集合場所で待っていると私服姿の赤坂様がやって来た。
レディースのスカジャンを着ており、赤坂様らしい私服姿だ。
「今日は一日よろしくお願いいたします」
「おう。てーか香月は休日でも制服なんだな」
「は、はい。一番落ち着ける格好でもあるので」
赤坂様に見せられる私服なんて持っていない。
家にあるのも道着やスポーツウェアばかりだ。
「じゃあ買い物行こっか」
「はい。お供します」
赤坂様が歩き出したので私はその後ろを歩く。
周りに溶け込んでいた人が数人動き出したので、きっと赤坂様のボディーガード的な人が見守ってくれているのだろう。
「表参道ヒルズに行きたかったんだよ」
赤坂様は駅近くにそびえ立っていた綺麗な施設に入っていく。
ヒルズって何? 何をするところなんだ?
施設にはお店がいくつから並んでいるのでショッピングモール的なところだったみたいだ。高級そうなお店ばかりで、私には縁の無い場所だ。
「お買い物ですか?」
「ウィンドウショッピング的なやつだな」
「……ウィンドウショッピングとは?」
聞き馴染みの無い言葉を言われたので聞き返すと、赤坂様は目を見開いて驚いている。
「ウィンドウショッピングも知らないのか?」
「す、すみません。実は私、その、修行ばかり重ねていたもので、少し世間に疎くて若い人が知っているであろう言葉を知らないのです。申し訳ございません」
ここは正直に言おう。
そうしないと、きっとこれからもボロがたくさん出てしまう。
「そっか。友達と遊ぶこともあんまりなかったのか?」
「そんな感じです……すみません」
友達がいなかったなんて、コミュニケーション能力が無い使用人と思われて信用を失うかもしれない。
その分、もっとしっかりしているところを見せていかないと。
「まっ、あたしも中学の時とか恐がられてて周りに誰も寄ってこなくて、友達もほとんどいなかったしな。香月と似たようなもんだよ」
「本来なら私がしっかりとリードして姫を楽しませたいところなのですが……」
「変な気遣いは無用だって。あたしもこうやってお出かけするのは家族以外ではほとんどないし、普通の人ならどうするかとかはわからない。だから一緒に色んなことしていって、慣れていこうぜ」
「姫……」
こんな私でも見捨てないでくれるなんて、なんとお優しい方なのだろうか。
もう一生ついていきたい。
「それで、ウィンドウショッピングとはどういう意味なんですか?」
「ふぇ? それはあれだろ、ウィンドウでショッピングするってことだろ」
「つまり?」
「ウィンドは風だから、風のように流れていく感じでショッピングするってことだ」
「なるほど一店舗ずつじっくり見ていくのではなく、風のようにスムーズに見ていくということですね。流石は姫だ」
また新たな知識を一つ得てしまった。
だが、ウィンド〝ウ〟ショッピングの〝ウ〟はどこに行ってしまったのだろうか……
〝ウ〟の行方が気になる。
知っている方がいれば教えてください。
「おっ、この鞄可愛いな。これは妹に買っておくか」
赤坂様は高そうな鞄を見て、購入の意思を見せている。
「妹様がいらっしゃるんですね」
「うん。蒼姫っつって、中等部の一年だぞ」
「同じ学園の生徒でもありましたか」
「あたしと違って大人びてて、しっかりしてる奴なんだよ。自慢の妹だ」
赤坂様は少年っぽいところがあるが、妹はお嬢様らしい性格のようだ。
「赤坂様も主人の生徒の中では落ち着きがあって、しっかりしていると思いますよ」
「そ、そうかなぁ?」
「はい。ご友人のシャルティ様なんかと比べると、お淑やかで麗しいのではと思いますよ」
主人が自分を下げる発言をしてしまったら、肯定をせずにフォローしなければならないと使用人の特別講習で先生が言っていた。
しっかりとできたな。
「あんまり、あたしの友達を悪く言うなよな。シャルティはあたしと違ってザ、お嬢様みたいな感じだし、見ててすげーなってなるぞ」
「す、すみません」
だぁ~もう私ったら何もできやしないよ!
赤坂様の友人を下げて赤坂様をフォローしても、赤坂様は何も嬉しくないって!
どうして私はもっと上手くできないの!?
私は本当に出来損ないだ……もう駄目駄目だ。
あの三神様でさえ上手く支えている片平遊鷹に何か極意でも学んだ方がいいかもしれない。
いや、でも、片平と話すと色々と思い出してうわぁあんってなっちゃうからな。
誰かに頼っては駄目だ。
もっと自分を見つめ直さないと。
赤坂様は隣で買い物をしている美男美女のカップルを見ている。
他人の幸せが気に食わないのだろうか……
排除した方がいいのかもしれない。
「あの人たちを排除しますか?」
「えぇ? そんなことすんなよ、サイコパスじゃないんだから」
「ん? サイコパスとは?」
「やべーやつってことだよ」
もう駄目だ……
私、赤坂様からやべーやつって思われている。
信頼できる人と思われなければならないのに、やべーやつって思われている。
こんな使用人、他にはいない。
くっ……この私ではやはり、一流の使用人にはなれないのか?
そもそも使用人としても認められないのかもしれない。
もぅ無理だょ……
帰ったら大反省会だ。
こんな自分はいっぱい痛めつけてやらないと。
「あたしも彼氏欲しいなぁ~」
赤坂様は彼氏が欲しいと発言している。
意外だなと思ったが、一人の女子高生とも考えれば普通の言葉か。
「好きな男性がいるのなら、色々と協力はしたいですが」
「いや、あたしが認めるような男は身近にいないな。香月は欲しくないの?」
「私は使用人としての自分を高めることに精一杯なので、彼氏を作る余裕はありません」
彼氏なんて作る気はないし、欲しいとも思わない。
私に遊んでいる余裕なんてないしな。
「姫はどんな男性がタイプなのですか?」
「う~ん……余裕のある男が良いな。子供っぽかったり、うじうじしている奴は嫌だ」
「クラスで例えると柿谷みたいな男がタイプということですか?」
「いや、あいつは見下してきそうで嫌だな。頼りになるけど、謙虚なやつが良い」
「片平遊鷹とかですか?」
「あ、あいつはそうだな……あのクラスの中では悪くない感じかもしれない」
少し頬を赤くして片平遊鷹のことを語る赤坂様。
赤坂様に少しでも認められるなんて羨ましい……
「彼氏になってもらいますか?」
「い、いや、余計なことはするなよな。別に好きじゃねーし。でも、一回はどっかお出かけというか遊んではみたいかな」
「わかりました。今度、声をかけておきます」
赤坂様の元に片平遊鷹を連れてくれば、私の信頼も上がりそうだ。
それに片平遊鷹に話しかけられる口実もできる。
今度、隙を見て話してみよう――
▲柴崎舞亜▲
ウチに抜けない男はいない――
腕に力を込めて、力強く息を吐いて、全力で動く。
道行くあらゆる男共を抜いていく。
誰だっていい、ウチはただ抜きたかった。
列になって通学路を歩く小学生達も。
下を向いて気怠そうに歩くサラリーマンも。
もう立たせるのも難しそうなおじいさんも。
ウチはあらゆる男共を抜いていった。
感想もお礼もいらない。
欲しいのはただ抜いていく爽快感のみ。
通りを我が物顔して走るウーパーイーツの男も。
俺を車両扱いしろよとドヤるロードバイク男も。
盗んだバイクで家出していそうな原付男も。
ウチにかかれば誰だって抜けるんや――
「チャリで来た」
あらゆる男共を抜いて東京の道を爆走したウチは羽田空港に着いていた。
指定した入り口には短期留学帰りのシャルティ様が待ち呆けている。
「チャリなの!? バイクって言ったじゃん!」
再会早々に大きな声を出しているシャルティ様。
「自転車って英語でバイクって言うじゃん。シャルティ様は海外にいたから英語で言った方が良いかなって思って」
「世界で一番余計な気遣いだから!」
留学してシャルティ様も何か変わるかなと思ってたけど、相変わらず口うるさい状態だ。
「チャリじゃ帰れないじゃん! どーすんのよ!」
「後ろ乗れよ、捕まるから」
「キャリーケースとかどーすんのよ! 引きずって走れっての!? しかも捕まる前提で迎えに来んな!」
シャルティ様のキレキレのツッコミに気持ち良くなってしまう。
やはりウチはボケやからツッコまれてこそ生きる意味がある。
みんなもっとウチに遠慮せずツッコんで欲しい。ウチは全部受け入れるで。
「パピーに迎えは大丈夫だよって言っちゃったじゃん。今から呼ぶから来てもらう間は付き合いなさいよね」
「ふぇーい」
シャルティ様に連れられて空港内で営業しているカフェに入った。
男共を抜きまくった後であり喉が渇いたので、メロンソーダを二杯も頼んでもらった。
「それで、短短短短短期留学を終えて何か得たものはあったん?」
「何だろう……自由って幸せなのかな」
「たった三日の留学で悟り開いている!? 自分探しの旅してきたんか!?」
遠くを見つめながら自由について語るシャルティ様。
浅すぎて何も心に響かない。
「なんでもかんでも自由ってより、少しぐらい縛られていた方が良いのかもね」
「何言ってんだこいつ」
「あんたみたいなお子ちゃまにはわからないでしょうね!」
ウチはシャルティ様がめっちゃ好きやねん。
他の人とは違ったことするし、けっこうな頻度で誰にも予想できないことをしでかすし一緒に居て楽しい。
きっと数年後のテレビ番組のお馬鹿ハーフタレント枠はシャルティ様が全部頂いてることだろう。
「そんなことよりお土産は?」
「はぁ……ちゃんと買ってきてあるわよ」
シャルティ様はお土産の入った袋を渡してくれる。
「何が出るかな、何が出るかな」
ウチは期待を膨らませながらお土産を取り出した。
「マグカップや! 一瞬、超いらないって思ったけど、先週マグカップをベイブレードみたいに回してたら割れちゃったから、ちょうどええやん」
「ちゃんとしたブランドのやつだから大切に使いなさいよ」
「ありがとう。他は?他は?」
「もうお終いよ。後は黒露と片平遊鷹と赤坂と草壁に渡すやつだもん」
まだお土産袋が見えたのだが、ウチ用ではなかったようだ。
「他のみんなには何買ったん?」
「黒露には帽子で、片平遊鷹にはネクタイと靴とハンカチを買って、赤坂にはアクセで、草壁には化粧品かな」
「遊鷹んにだけ、どちゃくそ贔屓してね!?」
「べ、別にしてないし! いっぱい喜んで欲しくて一つに絞れなかっただけだから!」
顔を真っ赤にしながら全否定してくるシャルティ様。
こんなチョロ過ぎガール、将来が心配やで……
カフェで三十分ほどシャルティ様とお話をして待っていると、迎えが空港にやって来た。
シャルティ様と別れたウチはマイ自転車を全力で漕ぎ、あらゆる男共を抜いて帰った――
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