第二十四話 心技体


「それでは開票を始める。まず一つ目は、三神黒露」


 学長が箱から紙を取り出して、開票を始める。

 その様子をクラスメイト達は談笑しながら見ている。


 だが、立候補者に談笑する余裕はない。

 学長から紡がれる言葉に耳を傾けるだけ。


 三神黒露、大泉利理、三神黒露。名前が次々と読み上げられ、補佐をするスタッフが機械に結果を打ち込み、ステージにあるモニターに投票数がわかりやすく追加されていく。


 序盤は黒露様がリードしているが、まだ結果は保証されているわけではない。


「勝てるかしら遊鷹?」


 不安なまなしで俺の手をつかんでくる黒露様。


「黒露様なら大丈夫です」


 俺は黒露様の不安を拭うように、その手を握り返した。


 大泉利理、大泉利理、三神黒露。投票結果が明らかになっていくが、大泉さんとの差は生まれてこない。


 もちろん、誰しもが楽しいクラスを望むわけではない。

 保守的な性格の人は楽なクラスになりそうな大泉さんに投票するだろう。

 そこはもう好みや価値観の問題となっていく。


「くっ」


 柿谷は険しい表情で天井を見つめている。

 その理由も俺にはわかる。


 俺は黒露様の手を放し、柿谷のそばに近づいた。


「残念だけど、停電はしないよ」


何故なぜそれを!?」


「開票時に操作ができなくなった時の対処法は二つ。一つは何かトラブルを生じさせて、外部から操作を行う。停電させ暗闇に乗じて、投票箱に近づこうなんて手は想定済みさ」


「ま、まさか?」


「そのまさかだ。電気系統へのアクセスは事前にホテルへ前乗りして防いだ。何かのスイッチを押そうが、起動はしないよ」


 不正を阻止するには、あらゆる不正を想定する必要がある。

 皮肉なことに、不正を阻止するには、不正を考えなければならない。


 俺はあらゆる不正の手を考えすぎて嫌になったくらいだ。

 だが、主人のためならそれぐらいの苦痛は我慢できる。


「ふざけるなっ」


 この場から駆けだそうとする柿谷だが、前に進めない。

 何故なら、俺は自分の手と柿谷の手を手錠でつないだからだ。


「もう一つの対処法は、何かトラブルを起こして開票自体を中止させる。開票を延期させて、再び行われるまでに新たな対策を用意するのも一つの手だからね。何をしに行こうとしたかは知らないけど、開票が終わるまでじっとしててくれないかな?」


「貴様ぁああ!」


 ついに柿谷の余裕な面が完全にがれ落ちた。


「そう焦ることはないよ。まだ勝敗は誰にもわからないんだから」


「うるさい! この手錠を外せ!」


 まるで負けることを確信したように取り乱す柿谷。

 それだけ、主人である大泉さんのことを信じていないということだろう。


「保険が無いのがそんなに怖いの?」


「許さんぞ片平遊鷹……いや、まだだ。そもそも大泉派閥の投票があれば、僕の勝利は確実なのだから」


「タイムリミットだ。もう結果が出る」


 俺が学長に視線を戻すと、柿谷も学長に視線を向ける。


「最後の票は三神黒露。結果は三神黒露六票、大泉利理四票となった。よって、一年四組のクラス代表は三神黒露に決定される」


 結果が学長によって発表された。

 ギリギリの勝利だったが、どうにか黒露様をクラス代表にすることができた。


「……遊鷹、私達の勝利よ」


 黒露様は大満足な表情を見せ、珍しくガッツポーズをしてみせた。

 反して、大泉さんはガックリと肩を落とす。

 明暗ははっきりと分かれたようだ。


「ありえない……この僕が敗れることなどありえない」


 柿谷は歯を食いしばりながら悔しさをにじませている。


「だ、誰だ、大泉様を裏切った大馬鹿者はっ」


「その言葉は間違いだよ柿谷君。別に誰も大泉さんを裏切ってはいないし、元々信じていないんだから」


「何だと?」


「大泉派閥なんていっても、柿谷君が寄せ集めた上辺だけの付き合いだったってことさ。エレガンステストが終わった時に確信したよ、黒露様の元には友達のシャルティ様と赤坂様がすぐに駆け寄ってきたのに、大泉様の元には誰も現れなかった。その違いだね」


 元々信じていないのだから、裏切りなんて言葉は筋違いだ。

 摑み損ねていた票が、黒露様の元に流れていっただけの話。

 その流れを演説で引き起こしたのだ。


「この僕の輝かしい成績に泥を塗るとは……その責任、高くつきますよ」


 柿谷は殺意を持った目で俺を睨んでくる。

 自ら手錠をかけてしまったため、柿谷からは離れられない。


「こんなものは不正だ! 三神黒露様が持ち前の財力で票を支配したに過ぎない、そうでなければ大泉様が負ける理由がないのです。もう一度仕切り直しての投票を希望します」


「なっ、何よそれ!」


 まさかの逆に不正だとえてくる柿谷。

 黒露様もその言葉にショックを受けている。


「おい、それ以上黒露様を侮辱することは許さないぞ」


「やってみろ三流の使用人め」


 柿谷はテーブルに置かれているナイフを持った。

 それと同時にこちらもポケットに手を伸ばした。


 柿谷は俺の眉間にナイフを伸ばす。

 俺はちゆうちよなく柿谷の眉間に銃口を突きつけた。


 こうなることも想定して、赤坂から没収した銃を所持していた。

 柿谷は予想外の武器を見て、青ざめた表情になる。


「そこまでだ」


 学長が俺と柿谷の間に割って入り、繫がれていた手錠を素手でたたき切った。


「投票に不正が生じた形跡は見られない。柿谷けんの意見は主人を侮辱する発言であり、同じ使用人として到底許されるものではない」


 そう述べて柿谷の頭にげんこつをお見舞いした学長。

 いいぞ、もっとやってくれ。


「使用人の分際で拳銃を所持しているのも言語道断だ」


「あでっ」


 学長から拳骨を食らい、脳がぐらぐらと揺れる。

 拳銃も没収されてしまった。


「貴様ら二人の実力は報告書に目を通して理解している。どちらも非凡な才能を見せ、輝かしい結果を残している。これ以上争う意味はない」


「僕の方が優れています! 片平君は黒露様に拾われただけのラッキーボーイだ」


「運も実力の内ってやつだ」


「文句を言っても意味はない。片平遊鷹、貴様なら柿谷賢人に足りないもの……致命的な欠点に気づいているのではないか?」


 学長は俺に問いかける。

 柿谷はパーフェクトジーニアスと名高く、完璧な男だ。

 だが、俺には勝てない決定的な理由があった。


「このパーフェクトジーニアスである僕に欠けているものなどない!」


「いや、あるね。教えてあげるよ」


「何だと貴様」


「強いて言うなら心ってやつだ。使用人に求められる要素は三つある。まずは技、使用人を満足させる技術があるか。さらに体、使用人をまもり抜ける体力があるか。そして最後に最も大事な要素である心」


 サヴァイヴルにも書かれていた使用人の心得。

 あの言葉は真理だったな。


「主人を誰よりも理解できる心があるかだ。この全ての心技体が備わってこそ、一流の使用人だ。一つでも欠けちゃいけないんだ」


「欠けてなどいない。勝手なことを言うなっ」


「それじゃあ柿谷君、君は大泉様の身長とか知っているのか?」


「大泉様は153センチだ。使用人の僕が知らないはずないだろ」


「違うな。大泉様は推定ですけど、149センチほどに思えます。そうですよね大泉様?」


 この場を見守っていた大泉さんに確認を取ると小さくうなずいた。

 柿谷が答えた身長は、確かにデータに書かれていたものだ。

 だが、それはただのデータに過ぎないのだ。


「使用人に配られたデータはあくまで自己申告したプロフィールなんだ。大泉様は常に厚底の靴を履いて、身長を少しでも高く見せようとしていた。交流会の時に着替えた姿も、普段よりも小さく見えたからね。使用人のお前がそれに気づけない時点で駄目なんだよ、結局は主人を人ではなくデータとしてしか見ていない証拠さ」


「そんな身長一つごときで偉そうに……」


「身長ごときね。それじゃあ柿谷君は主人の好きな色、主人の苦手な場所、主人の一番好きな食べ物、主人の嫌う行為、主人の好きな異性のタイプとか答えられる?」


「くっ……」


「無理でしょ? 身長ごときも正確に把握していないんだから」


 柿谷は優れた使用人だが、結局は自分の評価を上げることしか考えていない。

 その差が明確となった。


「よく観察しているな片平遊鷹。その理論に間違いないだろう」


 学長にも認められた。

 俺でも気づけることだ、学長は把握していたことだろう。


「だ、だが僕はっ」


「もうめておけ。これ以上続けるとお前の評判が底をつく」


 俺の言葉を聞いた柿谷は周りを見る。

 この場にいる主人たちから、あわれみの目を向けられていることに気づいただろう。


 自分の置かれている立場に気づいた柿谷は、その場に膝から崩れ落ちた。


「安心しろ柿谷賢人。最初から一流の者などめつに存在しない。貴様の素質には光るものがある、鍛え直してこい」


 学長は折れた柿谷に言葉をかける。

 だが、その言葉は柿谷に二流のらくいんを押すものであり、柿谷は深く傷ついたことであろう。


「そして片平遊鷹。新入りながらもこの一ヶ月、見事な活躍だった。流石さすがは片平家の血を引く者だな。今日の活躍を見ていて、久しぶりに使用人としての血が騒いだぞ」


 そう告げて背中を向ける学長。

 俺も今日は血が騒いでいた感覚がある。

 きっと使用人として試される場面に直面して、身体からだが熱くなったからだろう。


「だが、本当の試練はこれからだ。他クラスにも優秀な使用人は多い。一流の使用人の称号であるマイスターを獲得するのは容易ではないぞ」


 俺にくぎを刺してから会場を去った学長。

 その言葉通り、これから更なる問題が舞い込んでくるだろう。

 むしろ本契約を迎えるこれからが本番とも言える。


「見事な活躍だったわ遊鷹。こんなに誇らしい日は、そうそうないわね」


 正面に立ち、俺を見つめてくる黒露様。

 その目は信頼に満ちていた。


「……黒露さん、やっぱり私はあなたには勝てないみたいですね」


 涙目になり落ち込んでいる大泉さん。

 柿谷の尽力もあり勝利まであと一歩だったが、黒露様には届かなかった。


「そうね、何が目的だったかは知らないけど、私を倒そうなんて無理な話よ」


「私はただ、黒露さんにもう一度認めてもらいたくて、それで……」


 大泉さんを見て居心地悪そうにする黒露様。

 どうやら大泉さんは離れていった黒露様ともう一度近づきたいと思い、立候補して対立することで対等に並ぼうとしたのだろう。


「そ、その、あなたのことは最初から認めているわ」


うそです。私のこと突き放して、相手にしてくれなかったじゃないですか……」


 黒露様が素直になれないため、二人はかみ合わない。

 きっと中学の時もこんな風にかみ合わずにいたのだろう。


 だが、今は違う。

 俺という使用人がいるのだ、二人をかみ合わせてあげよう。


「黒露様、大泉様を副代表としてサポートしてもらうのはどうです?」


「な、何よ遊鷹……」


「脅威だった相手も味方になれば百人力ですよ。この先、クラス代表としてたくさんの困難が待ち受けているかもしれません。僕としても大泉さんの力が必要です」


「まぁ、確かにそうね。遊鷹がそう言うなら仕方ないわね」


 黒露様は俺からのお願いという理由を手にして、大泉さんと向き合った。


「……利理、また中学生の頃みたいに私に力を貸してくれるかしら?」


「もちろんです。私もまた黒露さんの力になりたいです……」


「今まで強がって利理のこと突き放していたわ。ごめんなさい」


「謝るのは私の方ですよ。ごめんなさい」


 こらえ切れずに涙を流した大泉さんを抱きしめる黒露様。

 どうやら、二人の長いすれ違いが、ようやく一つの道に戻ったみたいだ。


「ありがとうございます片平君、いっぱい気を遣ってもらって」


「いえいえそんな」


 よろけながら抱き着いてくる大泉さん。

 大きな胸に腕が挟まれてしまい、にやけを抑えるのが大変だ。


「やっぱり利理は嫌いだわ」


「な、何でですか~」


 そんなあざとい大泉さんに嫌気が差している様子の黒露様。

 この二人の仲を取り持つのは大変そうだな。


「おめでとー黒露」


 シャルティが自分のことのようにうれしそうな表情を見せて、黒露様に抱き着いている。


「あなたが協力してくれたおかげよシャルティ。ありがとう」


「うんうん、もっといっぱい感謝しなさい」


「調子に乗るからもう言わない」


「何でよっ」


 暑苦しいシャルティをからかう黒露様。

 最初は険悪なムードだった二人だが、同じ時間を過ごすことで今ではすっかり仲良しとなった。


「やるじゃねーか三神」


 赤坂も飼い主に懐く犬のように、黒露様に尊敬の目を向けてたたえている。

 その赤坂の頭をでて満足気な笑みを見せる黒露様。

 その笑顔を見て俺も満たされた。


 クラス代表が決まり、一致団結したクラスメイト達。

 これなら、これからも気持ちを一つにして、行事活動に臨めることだろう。



 クラス会パーティーは司会者による閉会の言葉をもって終了した。


 使用人としての職務は、主人を入り口へ送り届けるまでだ。

 最後まで気を引き締めて黒露様をエスコートしよう。


「黒露様、今日までの仮契約期間、本当にお世話になりました」


「それはこちらのセリフよ。世話になったわね」


 来週からは本契約を結んだ主人との生活になる。

 黒露様ともここでお別れになる可能性もなくはないのだ。


「黒露様は本契約でも僕を選んでくれますか?」


「……さぁ、それはどうかしらね。私は最も退屈しなそうな使用人を選ぶだけよ」


 そう微笑ほほえんで車に乗り込んだ黒露様。

 走り去る車を見届けて胸を撫でおろす。


 この一ヶ月、やれるだけのことはやった……

 黒露様ならきっと俺のことを選んでくれるはずだ──

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