エピローグ 因果応報



「今から各使用人に届いたオファーを手渡す。名前が呼ばれたら取りに来てくれ」


 主人のいない教室で、担任のもも先生が主人からのオファーを配り始める。


 主人は希望する使用人に向けて、年棒や報酬を記載したオファー用紙を作成する。

 オファーを受け取った使用人は、そのオファーの中から一人だけ主人を選ぶシステムだ。


 一人で複数のオファーを受け取る生徒もいれば、一つも受け取らない生徒もいる。

 現実を突きつけられる時間でもあり、周囲の使用人もピリピリとしている。


かたひらたか。オファーは五件だ、受け取れ」


 先生がオファーの数を教えてくれると、周囲の生徒がざわついた。

 多い生徒でも三件ほどだったので、俺の使用人としての働きがこの学園で認められているということだ。


 一番前に置かれているオファーはシャルティからのものだった。

 年棒は破格の一億円と書かれており、驚くことしかできない。


 三月末までシャルティの使用人を務めながら学園に通うだけで、一億円がもらえるということだ。

 そこまでして俺を雇いたいということになる。


 次の生徒はこうさかさんの七千万円。

 次はざわさんの六千万円。与沢さんは一組の生徒なので、他クラスの主人からもオファーが来てしまっている。


 だが、嫌な予感が胸をよぎる……

 このオファーは好条件順になっているのだ、くろ様からのオファーがあれば必ず先頭に近い位置に来ているはず。


 オファー用紙をめくっていくが、黒露様の名前は出てこない。

 これだけオファーを貰っても、黒露様の名前が無いのなら無価値になってしまう。


 震えた手で最後のオファーをのぞくと、年棒無しと書かれている悪条件で提示されたオファーがあった。

 差出人はかみ黒露、備考欄には完全出来高制と書かれている。


 黒露様からのオファーを見て深いためいきをつく。

 寿命が縮むような緊張だった。


 他のオファーを考慮する必要はない。

 俺は迷わずにあの主人の元に駆けていった。




 主人の生徒が集まっている控室にお邪魔し、黒露様の姿を探す。

 控室の隅で、不安な表情を見せながらそわそわしている黒露様の姿が目に入った。


「お待たせしました黒露様」


 黒露様は俺の姿を見てあんした表情を見せる。


「黒露様からのオファーを受けることにしたので、ご挨拶をと」


「そう。では手続き所へ向かいましょう。少し遠回りしてもらっていいかしら?」


「かしこまりました黒露様」


 黒露様を連れ出し、二人で手続きを行う教室へと向かっていく。

 指示通り、本来なら経由しない花壇で彩られる中庭を通っていくことに。


「ありがとうございます、僕を選んでくれて」


「こちらこそありがとう、私を選んでくれて」


 お互いに感謝を告げると、立ち止まって向き合うことにした。


「遊鷹が私に選んでほしいように、私も遊鷹に選んでほしいと思ったから値段を提示しないオファーを出したの。大金を提示して選ばれるのも嫌だったから」


「黒露様のオファーを見て、そういうことだろうなと思いましたよ」


「そう。なら、どうして私を選んでくれたの? 完全出来高制なんて不安じゃないの?」


「黒露様と仮契約を結ぶ時に、私のために死ぬ気で努めなさい。それはきっと自分のためにもなるからと言ってくれました」


 黒露様と出会った日のことは、はっきりと覚えている。


「その意味が最初は理解できなかったんですけど、今ならはっきりと実感できています。移動教室の時にどの席に座りたいと思っているか予想しなさいとか、昼食に何を食べたいのか予想しなさいとか、理不尽な要求に見せて、主人の性格や思考を把握させる訓練だったんですよね? そのおかげで、使用人として最も必要な主人を誰よりも理解する心ってのが鍛えられたのだと思います」


「……それは、あなたの捉え方次第よ」


 黒露様は気恥ずかしそうに、視線を外してくる。

 図星ということだろう。


「僕はもっと優れた使用人に、最優秀使用人になりたいのです。その上で、最も理想的な主人が黒露様だったということです。それが黒露様を選んだ理由です」


「そ、そうかしら」


「僕は常に黒露様のことを考えてきましたが、黒露様も俺のことを考えてくれていたのですね」


うぬれないでもらえるかしら。遊鷹のことなんて一日十時間ほどしか考えてないわよ」


「めっちゃ考えてくれてる!?」


「……こほん。まぁ、とりあえずこれからもよろしく頼むわ」


「こちらこそよろしくお願いします。完全出来高制なので、頑張ったらちゃんとご褒美ぐださいよ?」


「もちろんよ。期待しときなさい」


 黒露様と握手を交わす。

 今日から俺と黒露様は本契約を結んだ主従関係として、学園生活を過ごしていく。


 これ以上の幸せは無いだろう……

 黒露様に尽くしたことにより、黒露様から必要とされる。これぞまさに因果応報だな。


「本契約を結んだからといって、退屈しのぎにならなければクビにするわよ?」


「承知です。黒露様を満足させるために精進を続けます」


「よろしい。じゃあ行きましょうか」


 黒露様は握手した手を放さぬまま、手をつないだように歩いて行く。

 その手は誰にも渡すものかと意気込むように、強く握られていた。


 結果は無事に黒露様と本契約を結べたが、この一ヶ月は俺がマイスターを得るためのプロローグに過ぎない。

 真の目標はこれから先にある。


 クラス代表にもなった黒露様をサポートするのは容易ではない。

 だが、黒露様と一緒に過ごせば俺も成長できる。


 そしてきっと、最優秀使用人に与えられるマイスターの称号にも手が届くはずだ。

 そこへ辿たどり着く頃には、両親を助けられるほどの資金も用意できるはず。


 果たして、この先どんなことが起こるのか……

 そこには期待しかない──

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