第二十三話 選挙


 抽選会が終了し、クラス代表を決める選挙が始まった。


「では、これからクラス代表を決める会を始めたいと思います。立候補者は二名となっておりますので、ステージまでお上がりください」


 ついにこの瞬間が訪れた。

 特に緊張は無く、やるべきことをやるだけだ。


「立候補者の二名は大泉利理様、三神黒露様となっております」


 最終的に大泉派閥なるものは、七人ほど集まっていた。

 それは十二人いる主人のクラスメイトの半数以上を勝ち得たことを意味しており、投票では圧倒的に有利だ。


 反して三神派閥は四人といったところか……

 この時点で、まともに戦っても勝てないことを意味している。


「それではこれから、クラス代表になった際のマニフェストや決意等々を話してもらいます。それでは、まずは大泉利理様お願いします」


 ステージに並んだのは大泉さんと柿谷、そして黒露様と俺の四人だ。


 クラスの重鎮である大泉さんと黒露様が立候補しているので、クラスメイト達は真剣な表情でステージを向き、耳を傾けている。


 マイクを渡された大泉さんは、そのまま柿谷にマイクを譲る。

 やはりあいつが演説をすることになるか。


「僕からは、クラス代表の役割は主に三つあるという説明をさせていただきます」


 緊張することなく、流暢に話し始める柿谷。

 クラス代表に求められる役割を明確にし、大泉さんの素質を語るという作戦なのだろうか……


「まず一つは、行事の代表者となること。体育祭、文化祭、その他課外活動。その行事をスムーズに運営するためのリーダーとなります。大泉様は先頭に立てるリーダーシップを持っており、事実、教室の中でも彼女の元には多くの生徒が集まっています。エレガンステストでも一位を獲得した彼女以上に相応ふさわしい人物は、存在しないです」


 説得力を含む言い方で、クラスメイトの心を摑んでいく柿谷。


「そして二つ目は、代表者会議への出席です。これは月に一度、全クラスの代表者が集まり、クラス内での要望や問題を学園に報告する大事な会議です。不相応な能力の生徒が代表者に選ばれた場合、クラスの意見を正確に会議へ持ち込めません。解決に導くどころか余計なトラブルにまで発展してしまい、学級崩壊が起こった前例もあります」


 柿谷の説明には俺も聞き入ってしまう。

 演説能力も高いみたいだな。


「ですがご安心を。大泉様はコミュニケーション能力にけた生徒であり、他クラスや他学年とのつながりも多いです。クラス内での要望や問題は自ら積極的に解決へ導く姿勢であり、当人も平和で仲の良いクラスになることを強く望んでいます。大泉様が代表者になれば、他クラスが羨むような協調性を持った優雅で明るいクラスになることでしょう」


 柿谷の演説には隙が見当たらない。

 大泉さんに任せれば、このクラスは安泰が保証されそうだなと素直に思う。


「最後の三つ目は修学旅行の決定権です。星人学園では修学旅行の際、旅行地の選定やプランを代表者が生徒と相談し、大部分を決めることになっております。他の役割と比較すると小さな物に見えますが、これが非常に重要なのだと先輩方は語っています」


 意外と知られていない修学旅行の決定権。

 生徒が旅行地を決めるなんて珍しい話だ。


「修学旅行は代表者や生徒からの献金で、クラス単位で旅行の規模をグレードアップすることができます。残念ながら、大泉様の資金力はそこまで高くはありません。他の立候補者である三神様とは比べ物にならないでしょう」


 まさか、自ら資金力の無さをアピールするとはな……

 何が狙いだ?


「ですが、修学旅行に最も必要なのは規模や豪華さではありません。それは安全です。大泉様には、安全でプラン通りの旅行を実現可能とする経験や計算能力があります。さらに思わぬトラブルが発生した際も、冷静な判断が可能であり、臨機応変に対応できる能力を持っています。彼女以上に安全を保障できる生徒は存在しないでしょう」


 メリットだけを見せるのではなく、デメリットもちらつかせて更にそれを補う要素までも提示している。

 あえて弱い部分を見せることで、正直さをアピールできる。

 パーフェクトジーニアスと自負している男なだけあるな。


「それに、一部の生徒が多額の献金を投じれば、権力の一極化を招くことになります。力を持ち過ぎている生徒に、代表者は難しい。その点、大泉様は非常にバランスの良い立場の生徒となっております……以上の内容をもちまして、大泉様が代表者に相応しい方であることの説明を終えたいと思います」


 最後には遠回しに黒露様を批判していった。

 黒露様の長所である桁外れな資金力。その利点を先回りして潰していったようだ。


 自分の主張を完璧に行い、なおつ相手の利点を封じ込めてきた柿谷。そこには称賛の言葉しか見つからない。


 その後は大泉さんが代表者になることへの決意を語り始める。


「遊鷹、大丈夫よね?」


 黒露様も動揺しているのか、不安気な目で見つめてくる。


「柿谷の主張も想定の範囲内です。安心してください」


「……そう。やはり、遊鷹は頼りになるわね」


 黒露様は俺の服の裾を持つ。

 そして、不安を打ち消すような素敵な笑顔で話し始めた。


「私、あなたの好きな所が一つあるのよ」


「え、どこですか?」


「真の実力が試される時になると、目の色が変わるところよ。不気味さもあるけど、それ以上に期待が膨らむわ。普段の温厚な可愛かわいい表情とはギャップがあって、見ていてドキドキするのよ。あなたは気づいてないでしょうけどね」


 俺は黒露様のことを常に目で追っていたが、黒露様も俺のことを目で追ってくれていたみたいだ。

 それはすごく光栄なことだし、満たされた気持ちになる。


 大泉さんの決意表明が終わり、俺達の番が回ってくることに。

 相手は完璧。それはここにいる全てのクラスメイトが感じていることだろう。


「やるわね大泉さん。シャルティがそのまま立候補していたら良い戦いになっていたわ」


 ステージの傍で見ていたシャルティが大泉さんに上から目線で賛辞を送っている。


「ウチはあんまり好きになれんかったわ。完璧過ぎて堅苦しいクラスになりそうやん。ウチはもっとワクワクするようなクラスにかれんねん。多少のミスや不手際があっても、楽しければ問題無いし」


「相変わらずのんね舞亜は……」


 聞こえてきたシャルティと舞亜の会話。

 意外にも舞亜は柿谷の主張の弱点に気づいているようだな。


【人は完璧を理想とするが、完璧を求めない。──片平まこと(平成を代表する使用人、1978~)】


 父親がサヴァイヴルに残していたあの言葉。

 最初に読んだ時は意味が理解できなかったが、今なら何が言いたいのかはっきりと理解できる。


 俺も完璧なる主張を多くの時間を費やして考えてきた。

 だが、九十点超えの主張をしようが、百点の完璧な主張を用意してくる柿谷には太刀打ちできないと気づいた。


 正々堂々と挑んでも勝ちはない。

 百点を超える点数など存在しないのだから。


 なら、競う基準を変えてしまえばいい──


「遊鷹、信じてるわよ」


「お任せください」


「では、三神黒露様お願いします」


 黒露様はマイクを受け取り、それを俺に託してくる。


「正直、黒露様には代表者に必要な要素が欠けていると思われます」


 マイクを通して話し始めた俺の第一声に会場はざわめいてしまう。


 黒露様も目を見開いている。冒頭から主人を下げるような発言をするとは誰も思わなかったはずだ。


「そもそも、リーダーシップ、行動力、コミュニケーション能力、エンターテインメント性、それらを全て兼ね備えている人間などこの場にはいないのです。ですが、その一部の要素を持っている人はたくさんいます」


 完璧な人など存在しない。

 完璧だと主張するのは虚勢でしかないんだ。


「誰か一人に任せるのではなく、クラスメイトのお力をお借りし、それぞれの長所を生かしたワクワクするようなクラスにしていくのが黒露様の理想です。黒露様が目指すのは、ただクラスの責任を背負う代表者でしかないのです」


 柿谷は確かに隙の無い完璧な演説をした。

 だが、勝てないのなら勝負の基準を変えてしまえばいい。

 代表者に求めるものを無理やり変えてしまえばいいのだ。


「もちろん、全てが上手うまくいくとは思えません。混乱も起きれば、ミスをしてしまうリスクもあるかもしれません。しかし、それ以上に得られるものは多いと思います。黒露様が代表になれば、きっとこの一年間は忘れられない思い出になるはずです」


 誰が一番完璧でクラスをまとめられるかではなく、誰が一番クラスを楽しくさせられるか。

 勝敗をその基準に変えてしまえばいい。


 演説を聞いていたクラスメイトは迷うような表情を見せている。


 残された懸念は、黒露様のイメージ。

 そのイメージを払拭したいが、使用人の俺が説明しても効果は薄い。


 ならば、周囲の声を聞かせてあげればいいんだ。

 それが一番、説得力がある。


「シャルティ様、黒露様はどんなお方ですか?」


 俺はシャルティの元に行き、マイクを向けることに。


「……まぁ、三神黒露は堅物そうな人に見えるけど、意外と話に乗ってくれたり、良いところはちゃんと認めてくれるわね」


 恥ずかしそうに語るシャルティ。

 黒露様に向けられた堅苦しいイメージを溶かしてくれたようだ。


「赤坂様は黒露様をどう思いますか?」


「三神はこんなあたしとも仲良くしてくれる優しいやつだよ」


 赤坂さんは黒露様の優しさを話してくれる。

 あの赤坂さんとも仲良くできるという点は大きなプラスになるだろう。


「柳場様は黒露様をどう見ていますか?」


「子供の頃から知っているが、三神は責任感のある女だ。何かを途中で投げ出したりするようなやつではないから頼れる存在だな」


 柳場君が代表者に必要不可欠な責任感の強さを証明してくれる。

 これで全てのピースがそろったな。


「それでは黒露様、最後に決意表明をお願いします」


 俺はステージにある大きなモニターを表示させることに。

 普段の堅い黒露様の言葉を聞くより、素の黒露様の意向を伝えた方が印象はガラッと変わるからな。


「黒露様はこの一年四組をどのようなクラスにしたいのですか?」


 俺は質問をしてモニターの映像を再生させる。

 先日のデートはこの瞬間を得るためにも必要な過程だった。


『そりゃもちろん、退屈しないクラスよ。青春とも言われる高校生活の大事な時期を退屈に過ごしたくはないじゃない? 私が退屈なのは大嫌いってのもあるけど、できればクラスのみんなにも良い思い出を作って欲しいし』


 デート時の普段とは異なる優しい雰囲気の黒露様の笑顔に、クラスメイト達は温かい気持ちになるはずだ。

 肝心の黒露様は何よこれと小さくこぼし、顔を赤くしているけど。


「クラス代表となることで、様々な難題が待ち受けているかもしれませんよ?」


『私の人生は生まれた時から難題だらけだったわよ。でも、それを乗り越えてここに私はいるわけ。ちょっとやそっとのことでは私は倒れないし、目の前に壁があるなら後ろを振り向くことなく登っていくだけよ』


 黒露様は本当に強いお方だ。

 芯がしっかりとしていて、折れないし曲がりもしない。


「みんな、黒露様についてきてくれますかね?」


『それはみんなに委ねることではなく、私がついて行きたいと思えるような背中を見せることが大事なの。だから、今のままの私で良いとも思わないし、クラス代表になってさらに一人の主人として成長する必要があるの』


 モニターの映像は消え、今度は本人に直接聞くことに。


「その心意気、うそじゃないですよね?」


「ええ、その答えは私がクラス代表になって証明してみせるわ」


 演説は終了し、拍手が巻き起こる。

 その拍手は大泉さんとの時とは異なる、温かみのある拍手だった。


「遊鷹……あなたを選んで本当に良かったわ」


 演説が終わり緊張の糸が切れたのか、黒露様は俺の背中にもたれかかってきた。


「まだ勝負はこれからですよ黒露様」


「ええ、良い結果になることを祈りましょう」


 まだ勝敗は決まっていないが、会場の空気は黒露様一色になっている。


「いやぁーエクセレントな演説でしたよ片平君。僕の認めたライバルなだけあります」


 小さな拍手をしながら余裕の笑みを見せる柿谷。

 その表情には焦りがじんも感じられない。

 それは負けるはずがないと確信しているために生まれる表情だ。


「随分と余裕だね」


「いえいえ、どんな結果になるのかハラハラドキドキしていますよ」


 言動と表情がまったく一致していない柿谷。

 やはり、何かトラブルが起きたとしても確実に勝つことができるように保険をかけているみたいだ。


「対立構造をずらし、クラス代表者に求める基準を変えるとは見事ですよ。ですが、僕に敗北の二文字は無いのです。そもそも、こちらには巨大な大泉派閥があるのですから」


 柿谷の言う通り大泉派閥は七人おり、全員が大泉さんに票を入れれば負けるはずがない。

 だが、人の心はそんな単純ではないはず。


「それでは今から投票用紙を配りますので、希望される代表者に丸をつけてください」


 女性スタッフは投票用紙を配り始める。

 あの投票用紙は事前に確認したが、特に細工等はされていなかった。


 主人の生徒達は記入を終えた用紙を司会が持つ箱の中に入れていく。

 目を凝らして、誰か不正をしてないか注視をする。


「そんなに怖い顔をしなくても大丈夫ですよ片平君。投票に不正など禁忌に触れる行為ですから、誰もやったりしませんよ」


「……そっか。でも、使用人はあらゆる可能性に備える。最後まで注視するさ」


 柿谷の言う通り、投票に不正をするのはリスクが大きい。

 発覚すれば、使用人としての信用を全て失うからな。

 だが、それでも柿谷は敗北を避けるため、何かを試みるはず。


「それに、投票時に不正をして重大なリスクを背負うより、もっと簡単な方法があるしね」


「ほぅ……それはどういう方法ですか?」


 柿谷の表情から余裕が消え、俺を鋭い目でにらみつけてくる。


「開票で細工するとかね。例えば開票スタッフを買収して、票の中身をすり替えるとかかな。万が一不正がバレたとしても、スタッフだけを犠牲にできるし」


「確かにそうですね。では今から別のスタッフに変更なさるんですか?」


「それは不可能だよ。俺が変更を要求し新たなスタッフで勝っても、明らかに怪しいし逆に不正の疑惑が生じてしまう。スタッフへの介入は先手を取られた場合に成すすべがない」


「その通りです。スタッフの変更など愚かな真似まねはしないでくださいよ」


 柿谷がスタッフに介入する術を持っていることは、前回のエレガンステストで把握している。

 もちろんその対策も用意してきた。


「残念だけど、既に変更を申し出ているよ」


「なっ、血迷ったのですか!? それではそちら側に不正の疑惑が生じますよ」


「その心配はないよ。不正という字からはほど遠い人物を呼んだからさ」


 投票用紙を回収したスタッフが持ち場に戻り、開票作業に入ることに。


「投票が終了したので、開票作業と合わせて結果発表に入りたいと思います。開票を行うのは特別ゲストで呼ばれた星人学園学長、ほしだいさんです」


 会場に入ってきたのは学長。

 その姿を見て、柿谷は舌打ちをした。


「なるほど……スタッフを別のスタッフに変更するのではなく、絶対に不正などに手を出さないであろう学長に変更するとは」


「これで不正はできない。純粋なる結果を待とう柿谷」


「まさかこのためだけに学長を呼ぶとは……想定の範囲外でしたよ片平君」


 表情から確固たる余裕は消えたが、微笑ほほえんでみせるだけの余裕はある柿谷。

 もちろん、完璧な柿谷に対し、この手だけで勝てるとも思ってはいない。


 遂に運命の開票が始まる。

 俺の人生を懸けた戦いになるな――

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