第十五話 因縁


あるじが何かに挫折をした時、それを成長に変えるのが使用人である。──かたひらたん(昭和の高度経済成長期を支えた使用人、1903~1977)】


 りんとの登校中に使用人語録であるサヴァイヴルを開くと、珍しく失敗談から生まれた名言が目に入った。


 使用人なら主人を挫折させる前に手を打つべきだが、この名言は挫折をも成長に変えてみせるのが使用人だと語っている。


「うーん、よくわかんないです」


「これくらいはわかるだろ」


 凛菜はこの名言を理解できずにいる。

 簡単に言えば、失敗をしてしまったらその後のケアが大事になるということだ。


「いや、名言の意味がわからないんじゃなくて、その言葉をわざわざ残す必要あるかなって。その意味の方がわからないんです」


「手厳しいね」


「みんなただのカッコつけじゃないですか。やっぱり男ってお馬鹿さんですよね。ほ兄様は違いますけど」


 冷めた反応を見せる凛菜。

 確かにイチイチ遠回し的な表現で言い残しているのは、多少のカッコつけも入っているだろう。


 だが、男とはそういう生き物。

 カッコイイ名言を残しがちなんだ。


「どうせ他のもカッコつけたお言葉しかないんでしょうね」


 凛菜は俺からサヴァイヴルを取って、適当に開いたページを読み上げることに。


【無人島に何か一つ持っていくとしたら、俺は迷わずにハンカチを選ぶだろう。──片平たか(新時代の使用人)】


「ほ兄様も名言を残し始めてる!?」


 凛菜に先代を真似まねして書き加えた名言を見られてしまい、恥ずかしくなってしまう。


「それは、その、あれだ……どれだ?」


「珍しくほ兄様がうろたえている。これは貴重です」


 凛菜がスマホで写真を撮ろうとしてくるので、俺はそれを阻止する。


「こら、撮るな」


「嫌でーす」


 凛菜のスマホに手を伸ばすが、軽く回避してくる凛菜。


 最終的には凛菜が抱き着いてきて、この時間は終了する。

 一連の行動が楽しかったのか凛菜は満面の笑みを浮かべている。


 凛菜と別れ、黒露様を出迎える。

 気持ちを使用人モードに切り替えないといけない。


「おはようございます黒露様。今日は髪留めが普段のものと違いますね」


「おはよう。よく気づいたわね、今日は大事な日だからお母様からもらった大切な髪留めを身に着けてきたの」


 少し照れくさそうにして髪留めの説明をする黒露様。


「……これプレゼントよ。いつも私のために頑張ってくれているから」


 黒露様は手に持っていた高級そうな紙袋を手渡してくる。


 黒露様からプレゼントを貰えるなんて初のイベントだ……

 これは嬉しいぞ。


「スーツですか?」


 紙袋の中にはスーツが見えた。

 しかも、一目見ただけでわかる高級感。


「ええ。月末にはクラス会のパーティーがあるから、その時に着てきなさい。私の隣に立つのだから、最高級のスーツでなければ示しがつかないわ」


「ありがとうございます!」


 金欠だったこともあり、スーツのプレゼントは非常に助かる。

 きっと黒露様は俺の金銭事情を考慮して、スーツを用意してくれたのだろう。


 やはり黒露様はお優しい。

 一生ついて行きたいと思った──




 午前中の授業を終え、昼休みが始まった。


 今日の黒露様は一段と気合が入っている。

 午後の授業では主人の資質を計るテストが行われる予定であり、他の主人の生徒も顔つきが普段とは異なっていた。


「午後のテストって、どんなことをするんですか? 主人の品格をチェックするものだとはカリキュラムで見ましたけど」


せいじん学園の風物詩と言っても過言ではないエレガンステストよ。このテストでは主人の品格にとどまらず、人を見る目や知識が問われるの。主人のプライドを賭けた闘いね」


 エレガンステストか……

 主人がメインとなるテストであり、使用人が手助けできる要素は少なそうだ。


「それに、このテストの成績はクラス代表者選考に大きく影響する。しょぼい成績をたたき出して周囲からの信用を失えば、後はわかっているわよね?」


 黒露様がいつにも増して真剣な理由が理解できた。

 エレガンステストはただの中間や期末テストよりも、もっと大きな試験みたいだ。

 絶対に負けられない戦いということだな。


「随分と気合が入っているみたいですね、黒露さん」


 黒露様の前に現れたおおいずみさんとかきたに

 大泉さんも静かにだが気合がにじみ出ている。


「……大泉さん、あなたにだけは負けたくないわね」


「私もです。お互い健闘することを祈りましょう」


「祈らなくても自分の力で乗り切るから。あなたとは違うの」


 温かく話しかけてくる大泉さんを冷たくあしらう黒露様。


 それにしても大泉さんの胸はでかいな……

 制服に覆われているその胸によって、今にもシャツがはちきれようとしている。

 主人の生徒の中でも一番の巨乳かもしれない。


 大泉さんとはクラスメイトなので、平日は毎日拝むことができる。

 月曜日のたわわではなく、平日のたわわということだ。一週間の内五日はたわわだということだ。


「どこ見てるのよ遊鷹は」


 俺の視線が大泉さんの胸に注がれていると気づいたのか、黒露様は膝を蹴ってくる。


「大泉様の心臓を見てました」


「そう、レントゲン検査をしてたのね……じゃなくて、大泉さんの胸見てたでしょ?」


「いやいや、二十秒ほどしか見てないですよ」


「否定しながらがっつり見てたことを告白しないでよ」


 下手なうそは見抜かれるので白状した。

 本当は五十秒ぐらい見てたけど。


「まだ自分の胸にコンプレックスを抱えているんですね」


「勝手にあわれまないでよっ、あなたのそういうところホント嫌いなの」


 大泉さんはひどく憐れんだ目で黒露様を見つめている。

 その表情を見て黒露様は怒った。


「胸もそんなに成長してないみたいですね……私の知り合いに豊胸手術が得意なお医者様がいますけど、紹介しましょうか? きっとまだ悩んでいると思って、勝手に医者を探してたんですけど」


「……余計なお世話よ。もう私に関わらないでって言ったでしょ」


 みんなが恐れおののく黒露様にえげつない発言をしている大泉さん。

 先ほどの発言はからかいなどではなく、心からの同情であった。


「どうしてわかってくれないのですか? 私は黒露さんのことこんなに……」


「もういいわ、行くわよ遊鷹」


 俺の手を取ってこの場から離れる黒露様。

 黒露様の手はいつも冷たいな。


「黒露様はあの大泉様と何か深い因縁でもあるんですか?」


 普段は余裕たっぷりの黒露様だが、大泉さんの前での態度は異質だった。

 あの様子は過去に何かあったことを意味している。


「何で大泉さんのことが気になるのかしら?」


 少しイライラとした様子の黒露様。

 やはり、大泉さんは黒露様にとってストレスの要因となる人物のようだ。


「……大泉さんとは中学の時も一緒だったのだけど、その時は親友だったのよ」


 深いためいきをついて語り始める黒露様。

 きっと誰かに打ち明けたい内容だったのだろう。


「大泉さんは総理大臣の娘なだけあって、周囲の人より大人びていて話が合ったのよ。それで互いの立場を唯一理解できる友人となって、同じ時間を過ごしてきた」


 あの黒露様にも友達がいたなんて……


 だが、今の黒露様は大泉さんを目の敵にしているみたいだ。

 いったい、どんなトラブルが起きてしまったというのか。


「でも、中三の時の私の誕生日の日を境に大泉さんとは絶交したわ。そこから今のような関係が続いているわね」


「な、何があったと言うのですか黒露様と大泉様との間に……」


「……恥ずかしながら私は胸の大きさを気にしていたのよ。それで大泉さんに胸が大きくなる方法をよく聞いていたわけ」


 ほおを赤らめながら話す黒露様。

 別に黒露様の胸は小さいわけではないが、あの爆乳の大泉さんが常に隣にいた環境のせいで、自分は胸が小さいと思い込んでしまったのだろう。


「そんな私をからかってか、大泉さんは私の誕生日プレゼントに胸を大きく見せるパッドを渡してきたのよ。馬鹿にされた私は怒って大泉さんとの絶交を宣言したと」


 エピソードしょうもな!?

 決して口には出せないけどエピソードしょうもな!?


「そんな過去があったんですね……」


 ここは笑ってはいけない場面なので、親のかたきを見るような目で黒露様を見つめる。


「ええ、だから私は大泉さんに負けるわけにはいかない。絶対にクラス代表になるわよ」


 残念過ぎる決意の理由だな……

 もっと燃えるような因縁であってほしかった。


 それに、きっと大泉さんに悪気は無かったのだろう。

 真剣に悩む黒露様を思ってプレゼントしたのだが、その行為が常識からちょっとズレており、このような結果になってしまったのだと推測できる。


 先ほども大泉さんは、優しさにあふれてはいたが言葉がストレート過ぎて逆に黒露様を傷つける形となっていた。


 どちらも悪くなさそうだが、黒露様も引くに引けない状態となっているのだろう。

 どうにか円満に解決して、再び親友のような関係になってくれればいいのだが……


「あなたもあの柿谷とかいう使用人に負けることは許されないわ。クラス代表になるには必ずたいすることにもなる……わかっているんでしょうね?」


「もちろんです。絶対に柿谷に勝って、黒露様をクラス代表にしてみせます」


「あら、少しは言うようになったじゃない」


 黒露様はニヤニヤしながら俺の脇腹を突いてくる。

 大泉さんとの一件を誰かに話したことで、少しは気が楽になったのだろう。


 気を取り直して、俺と黒露様は食堂へと向かった。

 先日の交流会の一件から、あかさかさんとくさかべも食事を共にするメンバーに加わっている。


「シャルティ様はどうしたんですか?」


「どうせ次のエレガンステストに備えて、必死に無意味なテスト対策でもしているのでしょうね。一夜漬けってやつかしら」


 大泉さんとひともんちやくあったので、食堂にて先に待っていてくれた赤坂さんと草壁。合流してどのお店に入るかを決めることに。


「なぁ草壁、赤坂様はどんな料理が好みなんだ?」


 最後尾に一人ぽつんと歩いている草壁に声をかけるが、草壁は俺の顔を見るなり頰を赤く染めて、下を向いてしまう。


「……和食だ、覚えておけ」


「ああ。助かる」


 草壁は決して俺にれているとかそういうことではない。

 先日の一件から、俺の顔を見るたびに俺の半裸状態の映像を呼び起こしてしまうそうだ。


 つまり、俺を見るたびに、俺の大事なところの映像がよみがえるということだ。

 自分の身を守るためとはいえ、トラウマを植え付けてしまったことは申し訳ない形だ。


「三神様はどんな料理が好みなんだ? バナナか? 恵方巻か?」


「教えてはくれないが、見たところ洋食が好きみたいだよ。あと、棒状の物に脳を支配され過ぎだぞ」


「そうか、ならウインナーかフランクフルトかソーセージだな」


「棒状の三銃士連れてくんなっ」


 ポンコツ状態になっている草壁だが、その原因は俺のせいでもあるので何も言えない。


「赤坂さんは何が食べたいのかしら?」


「どこでもいいよあたしは。三神の好きなところでいいぜ」


「どこでもいいと言われるのが一番困るのよ」


「じゃ、じゃあ、静かな場所だな」


 黒露様に強い口調で言われた赤坂さんは条件を絞り出した。

 ここは俺の出番だな。


「では、華屋九兵衛にしましょう。和食の料亭で、個室で静かです」


「いいでしょう。赤坂さんもそこで問題無い?」


「ああ、料亭は行き慣れているから落ち着くしな」


 お店が決まり、皆で華屋九兵衛に入る。

 学園の食堂に個室の和食屋あるとかすごいよな。


「午後はテストとかだりぃ~」


 赤坂さんが愚痴をこぼしながらお座敷の席に胡坐あぐらをかいて座る。

 スカートも短いので、パンツが見えてしまいそうだな。


 もちろん、見たいという気持ちは捨てて別の方向を見なければならない。

 主人の生徒に失礼になるからな。


 パンツは赤色だった。

 いや見ちゃいけないんだって。


「こら、だらしないわよ」


 赤坂さんの隣で姿勢良く座る黒露様が注意をする。

 草壁は正座をしていて、逆に違和感がある。真逆な二人だな。


「うるせーな、個室ぐらい楽にさせてくれって」


「駄目よ。見てられないし、それに遊鷹にパンツ見えてたわよ」


「なっ!?」


 顔を真っ赤にさせて慌ててスカートを押さえる赤坂さん。

 別にパンツなんて気にしねーよとでも豪語するかと思ったけど、ピュアな心を持っていたようだ。


「ふざけんなっ、殺す」


 赤坂さんはどこからか取り出した銃を俺に向けてくる。

 昼休みにも拳銃を持ち歩いているとは、重度の銃依存症だな。


「安心してください、決して見ていないですよ赤坂様」


「あたしのパンツなんて興味も無いってか? ふざけんな」


 見てないことをアピールしたのだが、さらに赤坂さんを怒らせてしまう形になった。

 八方塞がりじゃんか!


「いや、赤坂様は素敵な女性です。見れるものなら見ていますよ」


「うるせーっ、どうせあたしのことなんか女として見てないんだろ」


「めっちゃ見てますよ。赤坂様は僕のタイプな女性ですから」


「な、なんだよそれっ」


 赤坂さんは沸騰するかのように顔を赤くした。

 この場を収めるために冗談で言ったのだが、黒露様も驚いているぞ。


 とりあえず今はこのまま赤坂さんに接近して、あの危ない銃を没収したいところだ。


「来るなっ、撃つぞ」


「赤坂様は人を撃つような酷い人じゃありません。僕は信じてますから」


 結局、赤坂さんは引き金を引けないままであり、俺はもう銃の目の前まで来た。


 物騒な銃はハンカチで覆う。

 こんなものは可愛かわいい女の子に必要無い。


「赤坂様には銃よりこちらの方がお似合いです」


 俺は銃を覆ったハンカチを取り、手品のように一輪の薔薇ばらにすり替えた。


「赤い薔薇だ、れい……」


 赤坂さんの背中のタトゥーは大きな一輪の薔薇を描いていたので、やはり薔薇が好きなようだ。

 花を見つめるその瞳は、か弱いただの乙女だ。


「その薔薇のように赤坂様も綺麗ですよ」


「うぅ……」


 結局、赤坂さんは下を向いてうなだれる。

 男性への免疫が無いと聞いていたので、そこが赤坂さんの弱点となっている。


「おいっ、これ以上姫を困らせるな」


 草壁は赤坂さんを抱きしめて俺をけんせいする。

 顔を真っ赤にして俺をにらむ赤坂と草壁はまるでさくらんぼのようだ。


「二人とも遊鷹にビビり過ぎよ。こんな男、私なしではやっていけないんだから」


 黒露様に腕を引っ張られる。

 それはまるで所有しているのは私よと誇示するように。


 誰かに必要とされるのは悪い気分ではない。

 それもここまで使用人としての職務を全うしてきたからだ。

 因果応報であり、信頼を勝ち得ているな──

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