第十六話 エレガンス


 食事を終え、席を立つ一同。

 黒露様は赤坂さんとの食事に満足気な表情を見せていた。


 そして、すぐさま表情を切り替えた黒露様。

 その気持ちは既にテストへ向かっている。


 教室ではなく特別教室での時間となるエレガンステスト。

 壮大なテストなのか、特別教室の前に辿たどり着くと、スタッフが四人ほど待機している。


 集う主人の顔つきは真剣だ。

 その主人に感化されて、使用人の生徒も気が引き締まる。


「これから前期エレガンステストを行います。今日は主人の生徒にとって初めてのテストとなりますので、成績に反映される要素は通常よりも少なくなっています。ですが、今日の成績次第で今後の方針カリキュラムに変動もありますので、全力で挑戦するように」


 担任の松坂先生が生徒たちにテストの説明を行っていく。

 一回目なので軽めのテストになるようだが、それで気を緩める生徒は存在しない。


「問題は最後の一名を決めるまで出題されます。正解していくほど難しくなり、一問でも間違えた生徒はその時点で終了となります。成績は終了時点で生徒のデータに反映されることになります。いかなる抗議も受け付けられませんので、解答ミスの無いようにお願いしまう」


 勝ち残りシステムという珍しいテストのようだ。

 下手すれば一問でテストが終わってしまうということになるので、恐ろしいシステムだな。


「負けないわよ黒露。ここでシャルティの本気を見せてあげる」


 サングラスを眼鏡に変えてエリート感を出しているシャルティ。

 彼女は何事も形から入るタイプのようだ。


「昼食を抜いてまで対策を立てていたようだけど、それは無駄な努力というものよ。あなたとはスペックが違うということを証明してあげるわ」


「むきーっ、シャルティだって昼はエナジードリンク飲んで脳を活性化させてるし!」


「ドーピングに頼るアスリートのように愚かね」


 黒露様はシャルティを相手にしていない。

 その視線は、優雅に談笑している大泉さんに向けられていた。


「今から例題を出題します。主人の生徒は解答機を手にしてください」


 入室時に配布された解答機。

 右と左の矢印ボタンが存在するだけの機械だ。


 黒露様が一人勝ちしても、シャルティや赤坂さんが残念な結果なら足を引っ張る形になってしまう。

 一応、彼女らも三神派閥として認識され始めているので、最低限の成績は取ってもらいたいところだ。


まい、しっかりとシャルティをサポートしてくれよ」


「大丈夫や、ウチはやろうって言えばできる子やからな」


「それを言うならやればできる子な。その間違いは色々と危ないぞ」


 目線を正面に移すと、二人の女性スタッフがカート付きの台座を運んでくる。


 台座の上にはそれぞれ小さな丸い球が置かれている。

 それを確認した先生が再び説明を始める。


「現物を間近で確認できるのは主人の生徒だけとなります。使用人は上のモニターから映像越しで代物を確認できる」


 台座と生徒の間には線が引かれており、そこから先に進めるのは主人の生徒のみのようだ。


 モニターに見えるのは真珠とビー玉。

 間近で見なくても判別できるな。


「例題は、どちらが真珠であるかを答える問題です。もちろん、正解は左なので解答機の左のボタンを押します」


 例題ということもあり、問題は簡単だ。

 テレビ番組の企画っぽい面白いテストだな。


 主人の生徒は、物や人を見る目を養わなければならない。

 世の中は偽物や詐欺師であふれている。

 そして、そのフェイクに狙われるのがお金持ちである主人の生徒なのだ。


 目を養わなければ、将来的に大きな失敗を引き起こすことになる。

 面白いテストだが、この能力が無ければ相手からも信用はされない。

 主人たちが本気になるのもうなずける。


「正解は左であり、解答機に丸が表示されます。上のモニターにも左に正解者、右に不正解者の名前が表示される形となっております」


 誰が間違えたかもクラスメイトに公開されてしまう恐ろしいシステムだ。

 不正解者が一人で、他は全員正解となるととんだ赤っ恥をかくことになる。


「これで説明は終わりです。それでは早速問題を開始します」


 先生の言葉を聞いて、身体からだをならし始める生徒たち。

 これはもうスポーツの領域だな。


「第一問は、価値の高い方を選ぶものとなっています。ジャンルは絵画です」


 絵画という言葉を聞いて、笑みをこぼす何人かの主人。

 絵画が好きな生徒が多いということだろう。


 お金持ちの趣味といえば、絵画や楽器が定番となる。

 黒露様も表情には余裕が見られるので安心できるな。


「シャルティ様は絵とか好きなんか? ゴッホかピカソ? それともラッセンが好き?」


 隣に立っていた舞亜がシャルティに質問をぶつけている。


「好きに決まってるじゃない。高貴で気品のあるシャルティはやっぱりモナリザね。モナリザが描くレオナルドダヴィンチが至高ね。この前もイギリスの美術館で実物を見てきたわ」


 黒露様に聞こえるような声で、堂々と得意と宣言してくるシャルティ。


「いやそれ逆やん! レオナルドダヴィンチがモナリザ描いてるんや! しかもモナリザの実物はフランスの美術館にしかねーやん!」


「そ、そうなの?」


「近年まれに見るにわかや!」


「う、うっさいわね!」


 シャルティの言動を見て大きなため息をつく黒露様。

 だが、舞亜には意外にも芸術の知識があるようなので、一安心できた。


「私達の間は、あのようなお金持ちの人を無理している人とするわ」


「的確な指摘です。絶対に無理していますねシャルティ様は」


「残念ながら私たちのかいわいは、彼女のような背伸びした人間で溢れるのも一つの事実。だからお金持ちへの偏見が増えるのよね」


 お金持ち界隈にも複雑な人間模様があるみたいだな。

 本当はアニメが好きなのに、周りに合わせて俺アニメとか見ねーわと強がる運動部の中学生と同じ原理だろう。


 二人の女性スタッフは台座に載せられた絵画を運んでくる。

 左の女性スタッフは初恋の人に似ていて可愛いなというどうでもいいことを考えてしまった。


「右ね」


 絵画が運ばれている途中の段階で、俺にだけ聞こえる声で答えを告げる黒露様。

 流石さすが過ぎてこわくなってくるな。


「右はピカソのアビニョンの娘たち。左はピカソの作風を真似まねた素人の作品。これ間違えたら退学するレベルね」


 強気な黒露様は見ていて誇らしい。

 確かにモニターに映る右の絵はピカソが描いた絵であった。


 だが、それは危うい要素でもある。

 過信は思わぬミスを招く、どうにか黒露様をコントロールする手綱が欲しいところだな。


「こんな簡単な問題では退屈しませんか?」


「……ええ、そうね」


「では、退屈しのぎにゲームでもしませんか?」


 黒露様は俺の言葉を聞いて微笑ほほえむ。

 退屈しのぎと聞いて、黒露様が興味を示さないわけないだろう。


「ゲームの内容は?」


「解答を間違えたら黒露様は罰ゲームを受けます。罰ゲームの内容は自分で決めていいですよ。何かリスクを背負った方がより緊張感を味わえると思うので」


「なるほどね。良いアイデアだわ」


 これで黒露様の暴走を防ぐことができる。

 リスクを背負えば、選択も慎重にならざるを得なくなるからな。


「この問題には自信があるわ。不正解なら……そうね、遊鷹の言うことを何でも一つ聞くことにするわ」


「了承です。何か一つ僕のお願いするコスプレ衣装を着てくださいね」


「私にどんな格好をさせようとしてるのよ……」


 我ながらナイスな作戦だな。

 このゲームは俺にしかメリットがないので楽しめる。


「正解は右となっております」


 正解が発表されたが、この問題を間違える者は一人も存在しなかった。


「次の問題も同じく高価なものを選べです。ジャンルは宝石となっております」


 次は宝石の問題。

 宝石は黒露様の好きなものの一つなので余裕だろう。


「右ね。右はサファイア、左はれいだけど天然ものではなく人工物。これも間違える気がしないから、罰ゲームは自らスカートをたくし上げてパンツでも見せましょうかしら」


 いまだに一歩も動かない黒露様。

 他の生徒は、確認のために宝石を間近で見ている。


 あまりにも黒露様が博識なので力になれそうにないな……

 ちょっとは迷ってほしい。


「正解は左かな。私、あれ持ってるし」


 黒露様とは違う答えを示唆している主人のくすのさん。

 他の生徒は周りに聞かれないように小声で話す人がほとんどだが、あの人は誰かに聞かれるような声で話している。


「いや、そんなはずは……」


「気にしなくて大丈夫ですよ黒露様。あの生徒は答えを知っていて、わざと間違った解答を口にしています。周りの生徒を蹴落とすブラフといったところでしょうか」


「なるほど、確かに不自然な言動だったわね」


「あの一言を周りに聞かせることで、正解を選んでいる生徒の不安を誘い、迷いを生じさせます。このテストはきっと見る目の力だけではなく、自分を信じきれる精神力も必要となるのだと思います。余計な言葉に惑わされないでください」


 どうやらこのエレガンステストは心理戦でもあるみたいだ。

 見るだけのテストだと思っていたが、意外と体力とメンタルの消耗も激しそうだな。


「正解は右となっております」


 黒露様は当然のごとく正解する。

 パンツ見たかった……


「残念ね、私は間違えないから」


 ざまあみなさいといった表情で、俺を見てくる黒露様。

 わざと俺が欲するような罰ゲームも提示して、俺にガッカリ感を味わわせているようだ。


「えーっ!?」


 シャルティが驚きの声をあげている。

 モニターを見ると不正解の欄にシャルティの文字だけが書かれていた。


「見ているこっちが恥ずかしいわね。今度、補習をする必要があるわ」


 速攻で脱落したシャルティを見捨てるのではなく、次は失敗しないように救いの手を差し伸べる気でいる黒露様。

 本当にお優しい方だな。


「次は人相テストで、該当する人物を選ぶものとなっております。問題は年収が億を超えている男性です。問題となる人物にはいかなる接触も会話も禁じられています。そのルールを破った者はペナルティとなるから気をつけてください」


 二人の男性が特別教室に入ってくる。

 瘦せ型の男性と、小太りな男性。


 どちらもスーツを着用し、格好にそこまでの差はない。

 問題のテイストが変化したので焦りが生じてくる。


「これ、どこで判別するんですか?」


「服装、姿勢、髪型、アクセサリー、立ち振る舞い、あらゆるところに判別できる部分が潜んでいる。歩き方で正解が左の小太りな方だと判断したわ」


 まさかの歩き方で人の年収を判別した黒露様。

 やはり、頼りになるな。


「もちろん、腕時計やスーツの生地を見て確証を得てから答えを出したけど」


 三神黒露という人物は俺の想像を超えていた。

 きっと今まで何人もの人を判別してきたのだろう。


 これは生まれもった才能ではなく、数という経験で身に付けた力だ。

 趣味を人間観察と答える人は多いが、本物は趣味ではなく本能で人間観察をしている。


 この境地に辿たどり着ける人間はそう多くない。

 彼女は特殊な環境で生まれ、目を養わなければ生きていけない生活を送ってきたのだ。


 それが稀に見る大金持ちの家庭に生まれた者の宿命か──


「この問題を間違えたら……シャルティと負け犬同士のキスでもしましょうか」


 黒露様の自信は揺るがない。

 人生で一度は綺麗な女性がキスしているところを生で見てみたいが、この希望はかなえられそうにない。


「正解は左となっております」


 この問題では二人が脱落した。

 実際、瘦せ型の男性の方が出来る男に見えたので、引っかかる人もいたようだ。


 大泉さんも当然正解している。

 今までのテストはウォーミングアップと言わんばかりに涼しい表情を見せている。


「次は刀の問題です。高い物の方を選んでください」


 先生の言葉を聞いて黒露様は僅かだが、険しい表情を見せた。

 だが、その不安を周囲に気づかれないように冷静な表情に切り替えている。


 一瞬の出来事だったが、俺は黒露様を見つめていたため見逃さなかった。

 周りには気づかれていないだろう。


「ちょっと行ってくるわね」


 黒露様は運ばれてきた二つの刀を真っ先に眺めに行く。

 あの黒露様でも刀の知識には乏しいのかもしれない。


 モニターで確認すると、右の刀も左の刀も大きさはほぼ同じ。

 刻まれている人の名前も確認できないので判断する要素が少ない。


 形は右の刀の方が反り返っている。

 左の刀はつかが凝っていて高級感はある。


「ふぅ……」


 戻ってきた黒露様はため息をついている。

 そこに今までの自信は無い。


「右かしらね。正直、刀に関してはあまり知識が無いのよ。私の目では右の方が高価だと判断したのだけど」


 今までとは異なり、保険をかけている黒露様。


 自信というものは形となって現れないので目で見ることはできない。

 だが、言葉には自信の有無が明確に現れる。


「罰ゲームは遊鷹の欲しい物を一つ買ってあげるとするわ」


 罰ゲームを設定することで自信の量を可視化することができる。

 明らかに罰ゲームの内容が優しくなったので、自信が欠落していると判断した。

 ここは黒露様の背中を押して、フォローしてあげることにしよう。


「僕も右だと思います。刀に反りのある方は年代が古く、高い物が多いと子供の頃にテレビで見た記憶がありますね」


「テレビで得た知識なんてすぐに忘れてしまうものなのに、よく覚えてたわね」


「記憶力だけはいいんです。クイズ番組で見た問題と解答とか、ほとんど覚えてますし。だから、豆知識みたいなものは多いんですよ」


「……あなた意外とスペックが高いのよね、伸びしろがありそうだわ。さっきの情報は非常に有益よ。遊鷹の言葉を聞いて、自分の解答に自信が持てたわ」


 黒露様は再び余裕の表情を取り戻す。

 主人のメンタルケアはこのテストの大事な要素だな、それに間違えた時の責任を軽減するために俺も解答に同調した方がいいだろう。


「ふふふ、この前の借りはこのテストで返させてもらうぞ片平遊鷹」


 自信にあふれている草壁。

 主人の赤坂さんは人が少なくなったところを見計らって、刀の方に歩いて行っている。


「自信があるみたいだね」


「姫は大の刀好きだからな。家に刀がたくさんあると言っていたし、子供の時はよく刀を振り回して部下を恐怖に陥れ、叱られていたと語っていたからな」


「障子に穴開けて叱られたエピソードみたいに軽く話してるけど、エピソードがヤクザってるから」


 こわい人たちは刀とか好きそうだもんな。

 家に刀がたくさん置かれているというエピソードもうなずける。


「これかっけぇええ!」


 刀の前に着いた赤坂は右の刀に魅せられ手に取ってしまう。


「問題の品物に触れるのはルール違反だ。赤坂あかひめは失格とする」


「姫ぇええ!」


 先生から無情にも失格を告げられ、草壁は悲痛な叫びをあげる。

 赤坂さんもシャルティも、本当に手に負えない主人だな。


「正解は右となっております」


 黒露様はどうにか正解した。

 周りを見ると、いつの間にか残っている解答者は三人に減っていた――

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