第五話 学園生活


【使用人は主人の後ろにいるのではなく、先を行かなければならない。──かたひらげんせい(自称徳川家に勤めた使用人、1608~1657)】


 りんとの登校中にサヴァイヴルを開くと、深い意味のある名言が目に入った。

 今までそこまで心にくる言葉はなかったが、この言葉には理解できるものがあるな。片平厳正さんはまともな使用人だったのだろう。


「それはどういうことですか?」


 凛菜はこの名言を読解できていないみたいだ。

 まぁ中学生には少し難しいか……


「主人と使用人というのは上下関係になりがちだが、理想は前後の関係になるということだ。主人の先に使用人が立ち、使用人の後ろに主人が立つ。そうした関係になることで、お互いがれずに同じ道を歩くことができるということだな」


「なるほど……つまり、どういうことですか?」


「使用人はただ主人の言うことを何でも聞く下僕のような存在になるのではなく、主人を自ら導くことも必要ということだ。主人の意見や理想は絶対ではなく、時には間違ったこともしてしまう。ただの上下関係だとその間違いに気づけず、主人の言うことを聞いて二人ともどん底に落ちてしまうぞってことだろう」


「にゃるほどです。それで、どういうことなのですか?」


「ちっとは理解しろや」


「ぎゃふー」


 何を言っても理解してくれる素振りを見せない凛菜の身体を揺らした。


「ほ兄さまーほ兄さまー」


 腑抜けた声で俺を呼びながら抱き着いてくる凛菜。


「どうしたんだ?」


「もう学校へ着いちゃうので寂しくならないように、ほ兄様パワーを補充しているんです」


「まだまだ子供だな……」


 見た目は少し大人びてきているが、やはりまだ中身は子供みたいだ。


 学園へ入り、凛菜と別れる。

 使用人は主人よりも二十分ほど早く登校して主人を出迎えるのがルールとなっている。


「おっすたかん」


 気さくに挨拶をしてきた使用人の小さな少女。


「誰だお前」


「ウチはしばさきまいや! 昨日一緒にパフォーマンスとか舐め合いっことかしたやん!」


「あぁ柴崎か。あと勝手に記憶をねつぞうしないでくれ」


 アホな発言で柴崎の存在を思い出す。

 名前で呼ばれるほど親しくなった記憶はないが……


「勝手に名前で呼ぶなよな、友達に思われちゃうだろ」


「その言い方やと、ウチと友達やと思われたくないんかいということになってまうで」


「……そういうことだが」


ひどい! でもそんな暴言も嬉しい!」


 罵倒しても笑顔になるMな柴崎。

 思わず後ずさりしてしまう。


「遊鷹んもウチのこと名前で呼んでや」


「わかったよウンチ」


「ウチの名前ウンチじゃないし! 舞亜だし!」


 ポコポコと背中をたたいてくる舞亜。

 一度目を付けられたらそれで最後、俺はコイツから解放されないのだろう。


 使用人の生徒であふれかえる正門ゲート。

 そこには次々と主人たちが到着してくる。


 この場所で専属の執事やメイドから、使用人の生徒に引き継ぎが行われる。

 あくまで使用人の効力は学園内だけであり、学園の外に出れば拘束力はない。


 どの執事を見ても優秀そうな人ばかりだが、一部にヤクザのような恐い人たちの姿が。そのヤクザ達にエスコートされて出てきたのは、昨日俺に銃をつきつけてきた女性だ。


「おい舞亜、あのヤクザ風の男たちが囲んでいる生徒は何なんだ?」


「えっ、その……」


 顔を真っ赤にしてあたふたする舞亜。

 何かあったのだろうか?


「どうしたんだ?」


「いや、名前で呼ばれたから恥ずかしくてやな……」


「唐突なピュア!?」


 意外にも乙女心があった舞亜。

 自分で呼べと言っておいて、何なんだコイツは……


「あいつはあかさかあかひめやな。ウチは私立の中学に通ってて、同じ中学やったんや」


「そうなのか」


 力だけなら最強と名高い使用人のくさかべに連れられ、その後ろを歩く赤坂さん。

 俺達の真横を通った時にポケットから何かが滑り落ちた。


「あっ」


 赤坂さんは物を落としたことに気づき声をあげる。

 落とし物は俺の足元に来たので拾ってあげることに。

 どうやら財布を落としてしまったようだな。


「返せや」


 財布を持った俺の手にナイフを突きつけてくる赤坂さん。

 ちょっと理解ができない状況であり、そもそもどっからナイフ出しやがった……


 かみ様も護身用にスタンガンを所持していたが、こうもあからさまな凶器を持っているのは流石さすがに駄目だろ。


「赤坂様が落とした財布を拾っただけです」


「そ、そうか。悪いな、つい反射的に殺意が芽生えちった」


 慌ててナイフを袖に隠した赤坂さん。

 銃つきつけ女だと思っていたが、ナイフちらつかせ女でもあるみたいだ。


 そそくさと姿を消していった赤坂さん。

 銃にナイフと囲むヤクザ。全ての点が線になった。


「あの人、裏社会の人?」


「そや、赤坂紅姫は日本で最も恐れられている赤坂組リーダーの娘や。中学の時は、それを恐れて誰も彼女には近づかんかったわ」


 答え合わせは正解した。

 どうやらこの学園には危ないお金持ちも紛れているみたいだ。


「それにしても姫は随分おしとやかになったで、中学の時はもっとオラついてたんや」


「今でもお淑やかのおの字も無さそうに見えるけど、中学の時はどんなだったんだ?」


「今はあの時よりヤクザ臭を隠しとるみたいやけど、中学の時はもうヤクザ丸出しやったで。机に足を乗せてヤンキー座りしてたり、全ての物をにらみつけてたり」


 今の赤坂さんにはそこまでの恐ろしさはない。

 周囲を睨みつけるどころか下を向いていることが多い。


「まぁ、高校デビューってやっちゃな」


「逆だろ、イケイケだった人が大人しくなるんだから高校リタイアだ」


「高校中退の人みたいやんそれ」


 舞亜とくだらない会話をしていると、三神様の姿が見えたので慌てて駆け寄ることに。


「おはようございます三神様」


「おはよう。今日もよろしく頼むわ」


 朝から優雅な雰囲気の三神様。

 何度見ても揺るがないれいな人であり、うっかりしていると長時間れてしまう。


「教室に案内します」


「ええ。退屈しのぎに、使用人としての決意でも語ってもらえるかしら」


 早速、朝からちやぶりが飛んでくる。

 決意を語るだけなので難易度は低そうだな。


「たとえこの世界を敵に回しても三神様を守り抜きますよ」


「そんな状況には陥らないから安心して頂戴」


「三神様が右を向けば右を向き、左を向けば左を向き、下を向けば下を向き、上を向けば上を向きます」


「いや、それあっちこっち向いてるだけで何もしてないじゃない」


 俺の言葉は三神様には響かず、冷静に指摘をされてしまう。


「今日も一日、三神様を退屈させないよう頑張ります」


「そう、それでいいのよ」


 三神様は俺の答えに満足したのか、厳しい表情を笑顔に変えた。




 三神様を無事に一年四組の教室へ案内することができ、指定された座席に座る。

 基本的に主人と使用人は隣の席となっている。


 教室を見渡すと、まず初めに大きな薄型テレビが目についた。

 他にも空気清浄機や電子掲示板も用意されていて、まるでSF映画のように近未来的な設備となっている。


 教室の後ろには綺麗な花や著名な絵も飾られている。

 名画と並んで可愛かわいい美少女のタペストリーも飾られており、華やかな景色を作っているようだ。


「いやいや、何で美少女タペストリーがあるんだ。ゴッホ、ピカソ、フェルメールの流れで美少女タペストリーは違和感ありすぎだろ」


「文句あんのか貴様」


 教室の装飾にブツブツ言っていると、ロボット使用人のにしきミルさんを連れたやなぎに声をかけられる。


「柳場様でしたか、あのタペストリーを飾ったのは」


「そうだ。お前らみたいな三次元共を見ていると目がけがれるから、あのタペストリーで目を保養するために飾ってある。ちゃんと医師からの診断書を見せて、担任の先生から許可も取ってある」


「医師の後ろ盾込み!?」


 柳場の総資産額は桁違いであり、多少のわがままは余裕で通せるのだろう。

 実際に、自前のロボットを使用人として入学させている時点で、その権力は顕著だ。


「三神様はこの学園に個人的な要望を通してたりするんですか?」


「いや特に。クレープが好きだから食堂にクレープ屋でも設置してもらおうかしら」


 ……意外過ぎる発言に俺は硬直してしまう。

 クールな感じで答えていたが、要望が可愛いものでありギャップがすごいな。甘い物とか好きに見えなかったから驚きだ。


「何よその顔は?」


「クレープが好きなんて女の子みたいだなと思いまして」


「あなたは私を何だと思っているのよ」


 鬼と言いかけたが、怒られてしまうので引っ込めた。

 時間になると昨日の目利きの時間の際に司会進行していた担任の先生が教室に入って来た。


「席に着け、ホームルームを始めるぞ」


 主従ペアは十二組で生徒の数は二十四人。

 他の高校と比べると一クラスあたりの人数は少ないみたいだ。


「改めて紹介させていただきます。私は担任の松坂です。六年前にこの学園で最優秀使用人を獲得した使用人でもあります。一年間よろしくお願いします」


 どうやら先生はただの学歴のある人ではなく、一流の使用人として認められた人が任されるみたいだ。


 このクラスには資産家や著名人の子供が通っているため、それを管理する担任は大きな責任を背負うことになる。

 優秀な人物でなければ担任の先生になることはできない。


 先生によって時間割が書かれた用紙が配られる。

 既に電子メールで時間割は送られていたが、紙媒体でも配布してくれるみたいだ。


 この学園のカリキュラムは独特であり、他の高校と異なり芸術の時間がやたら多い。その理由は、生徒たちに独特の感性を身に付けさせるためだろう。

 他にもグローバルな活躍を期待しているためか、英語を含む外国語の授業が多く盛り込まれている。


 使用人は授業で主人をサポートしなければならない役目がある。

 故に使用人は高学歴であり、主人よりも賢くなければならない。


 だが、俺が使用人になると決めたのは約一ヶ月ほど前であり、それまで一般の教育を受けていた俺は猛勉強することになった。


 それでも、他の使用人とは圧倒的な学力の差がある。

 別に俺は頭が悪いわけではないのだが、周りのレベルが高過ぎて追いつけない。


 俺はこの弱点を隠して授業を乗り越えなければならないのだ。

 授業一つも俺にとっては試練なのである。




 ホームルームが終わり、これから始まる一時間目の授業は外国語だ。

 一年次は英語を完璧に習得し、二年次にはフランス語とスペイン語を学ぶと学園の資料に書かれていた。


 外国語担当の教師が教室に入ってくる。

 使用人は綺麗な姿勢で行儀よく座っているが、一部の主人はスマホの操作や私語をめない。さらには居眠りをしている人もいる。


 三神様は真面目に教科書と筆記用具を準備しているので、俺の負担は少なそうだ。

 不真面目な主人の使用人は、主人に勉強させなければならないので手を焼くことだろう。


「三神様は、英語はお得意ですか?」


「ええ。親の方針で子供の頃から習わされていたからね。一応、英語とフランス語はペラペラに話せるわ。早くスペイン語を勉強したいところね」


 ガチガチのエリート!?

 これでは三神様に勉強を教えられないぞ……


 どうやら主人の生徒は二極化しているようだな。

 英才教育を受けたエリートの人と、何一つ不自由のない生活でだらけた人。

 主人がだらけた生徒なら俺の学力が上を行っていたが、三神様は超エリートだった。


「というか授業中に話していいんですか? 周りの人も話しているみたいですけど」


「問題無いわ。この学園は基本、使用人が主人にマンツーマンで勉強を教えるという構図になっているから。その使用人のサポートとして教師がいるの」


「なるほど。ということは使用人は主人より頭が良くないとお話にならないと」


「そういうことになるわね。でも安心して、そもそも私を超える学力を持った使用人の生徒は限られていたわ。私は教わるというより、一緒に勉強できればと思っているし」


 どうやら三神様は教わる姿勢ではなく、肩を並べた学力を持つ生徒と一緒に勉強できればという考えのようだ。

 だが、俺と三神様は肩を並べるどころか、崖みたいな差が生じているはずだ。


「もし、苦手な科目があるのなら正直に告げることをオススメするわ。別にそれをあなたが恥じることはないの。私が優秀過ぎるのが原因だから」


 自信満々に自分が優秀であると伝えてくる三神様。

 実際に優秀なので何も言えない。


「すみません、英語すらマスターしてないです」


「そう。なら、まずは英語から勉強していきましょうか」


「いいんですか? 三神様の貴重な時間が……」


「構わないわ。復習にもなるし、この一年次の教材の範囲は既に勉強済みだから」


 ここは三神様の寛容さに感謝して甘えるべきだ。

 むしろ三神様が優秀で逆に助かった。


「やはり、主人の生徒は外国語を話せた方が良いのですか?」


「そうね、主人の生徒は多くの社交場に顔を出す機会があるの。その場には様々な国籍の人がいるから、話せる言語が多いに越したことはないわ。簡単なコミュニケーションすらできないと、社交性が無い人だと思われてしまうこともあるし」


「なるほど」


「それに海外へ行くことも多いわ。外国語を使用する機会は多々あるわね」


 悠長に語る三神様。

 得意気にしている表情は可愛いな。

 勉強時は聞き手になり、三神様に語らせる方針を取った方がスムーズに行きそうだ。


「疑問に思ったことがあったのなら何でも聞きなさい。疑問を解決せずにいることは人として最も怠慢な生き方よ」


 ストイックな姿勢を見せる三神様。

 彼女が優秀であるのも、スタイルが良く綺麗な人であることも、彼女のそのストイックな性格の表れだろう。


 他のペアは使用人が主人へ勉強を教えていて、俺達だけが立場が逆になっている。


「何でそんなこともわかんないのよ!」


「英語なんてお笑いに使わんし!」


 どうやら俺達以外にも立場が逆のペアがあった。

 それは舞亜とシャルティのペア。というか、二人とも見るからにお馬鹿さんなので救いようがないな。


「片平君、意外と飲み込みが早いのね」


「記憶力だけはいいんですよ。勉強ってほとんど記憶力勝負みたいなものなんで、やればやるほど頭に入ります」


 三神様に褒められて素直にうれしい。

 学力が足りないだけで、勉強は苦手ではない。


「そう、なら育てがあるわね」


 三神様にとって使用人はペットのようなものなのだろう。

 偉そうにされるより、自分で育てて成長させたいという考えなのかもしれない。


 その後も午前中は三神様が家庭教師のような授業が続いていく。

 三神様は外国語だけにとどまらず、全ての科目が得意だった――

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