第六話 昼休み


 四時間目の授業が終了し、昼休みに突入した。

 三神様の教え方はわかりやすく充実した時間だったため、あっという間に授業が終わってしまう感覚があった。


「三神様、昼食の希望はありますか?」


「昼食は学食で済ましたいと考えているわ」


「かしこまりました。では、食堂へ案内します」


 俺は三神様を食堂に案内しようとするが、その行く手を阻むかのようにクラスメイトの主人たちが集まってくる。


「三神様、食事をご一緒させてください!」


「オススメの店があるので一緒に食事はどうでしょうか三神様」


 多くの主人たちから同席をお願いされる三神様。

 スターのように人気者となっている。


 だが、それにも理由がある。

 多くの資産を有する三神様と仲良くなるメリットがあり過ぎるのだ。

 その強い影響力の恩恵を受けたく、人が近づいてくる。


 仲良くする気がなくても、親から三神家の人と友好関係を築いてくれとお願いされた生徒も少なくはないだろう。

 この中に心から仲良くなりたいと思っている人は、極一部か一人もいないかもしれない。


「どいてもらえるかしら。申し訳ないけど、私は誰かと食事をるのが好きではないの」


 はっきりと拒絶の意思を示す三神様。

 彼女の気の強さがうかがえる。


 冷徹な表情で言い放ったため、群がった主人たちはさーっと引いていった。

 彼女を怒らせて嫌われるのも、絶対に避けなければならないことだからな。


「スッキリしたわね。行くわよ片平君」


「はい、ご案内します」


 大勢での食事はこちらとしても避けてもらいたかったところだ。

 一人での食事すら気を遣うことになるからな。


 多くの主人は既に友人を見つけグループを形成し、複数人で食堂へ向かっている。

 特殊な立場の人たちということもあり、既に入学前から友達だった主人も多いと思うが、一人の主人は圧倒的に少ない。


「余計な気は遣わないでいいわ。上辺だけの関係を築くのは時間の無駄でしかないから」


「そうでしたか、すみません」


 心配していることを悟られたのか、心配はいらないと切り捨てられる。

 そう告げる三神様の目はどこか寂し気でもある。

 先ほどの言葉が強がりでなければいいが……


「あの人たちは私のお金という名の光に群がる虫でしかない。私からお金が無くなれば興味を失って去っていく。そんな者と共に過ごす時間は無意味ね」


 他の主人たちを虫扱いするとは……

 卒業までに友達ができるか心配になってきたぞ。




 食堂エリアに入ると、壮大な光景が広がる。

 多くの店が並ぶレストラン街、洋風な作りで床が石畳になっている。


 一般的な学校の食堂とは大きく異なっているせいじん学園の食堂。どうやら、ここは専門店ごとに分けられているようだ。

 カレー屋さん、ハンバーガー屋さん、中華料理屋さん、イタリア料理屋さん。どれも本場のシェフたちが、本気の料理を披露している。


 学食というかレストランが並んでいるだけだな。

 素晴らしい環境だが、どのお店も金額のゼロが普通より一ケタ多い。

 カレーやラーメンも千円を超えている。


 中等部の生徒とも共同のようで、中学生の姿も多い。

 凛菜と遭遇する可能性もありそうだ。


「三神様、どのお店が希望ですか?」


「そうね、店はあなたが決めなさい。私が今、何を食べたいのかを予想して店を選ぶの」


 食事一つにしても俺を試してくる三神様。

 昼休みだというのに、俺の心は休めない。


 周囲を眺めるとステーキ屋が目に入った。

 意外にも何人かの生徒が昼からステーキにかぶりついている。


 どんな生徒が昼からステーキなんて食ってんだよと思ったが、窓から見えたのは妹の凛菜であり頭を抱えた。

 凛菜への説教は後にして、今は三神様の昼食を決めなければ。


「……ここに決めました。洋食レストランのバイゼリヤです」


 俺は緑の外装が特徴的な洋食レストランに決める。


「その心は?」


「洋食ならパスタ等の麵類系に、ライス系の食事など幅広いメニューがあるので」


「置きに行ったわねあなた。まぁ構わないけど」


 どうにかセーフだったようだな。

 ラーメン屋やカレー屋に挑戦する勇気は俺にはなかっただけだが。


 四人席のテーブルに案内され、正面に三神様が座った。


「どれになさいますか?」


 三神様にメニューを見せて、希望を伺うことに。


「あなたが勝手に頼んでいいわ」


「そ、それは流石さすがに……」


「無難なレストランを選んだ罰よ。もがき、悩み、苦しみなさい」


 ニヤニヤしながら俺を追い詰めてくる三神様。

 相変わらず鬼ってるなこの人。


 このバイゼリヤは多くのメニューがある。

 この中から三神様の食べたいメニューを当てるなんて、スクラッチ宝くじで千円を当てるようなものだぞ。


「……では、三神様のメニューはイカ墨スパゲッティとさせて頂きます」


 俺はあえてクセの強い真っ黒のイカ墨スパゲッティを選んだ。

 これはもう賭けだ。


「その心は?」


「三神様はスマホカバーであったり、ポーチや財布の色を黒で統一しています。その傾向により、黒い食べ物がワンチャン好きかもしれないという理由です」


「よく見てるわね。確かに私は黒い物が大好きよ」


「ということはイカ墨スパゲッティも?」


「残念ながら私が食べたかったのはドリアよ」


「今までありがとうございました」


 どうやら俺の挑戦は失敗に終わったらしい。

 ドリアが食べたいなんて知らないです。


「待ちなさい。イカ墨スパゲッティは食べたことがなかったの。けど、いつかはチャレンジしてみたい料理だったから、今日食べるのも悪くないわ。こういう時じゃないと食べる機会はないだろうし、退屈しのぎになる良い選択だったと思うわ」


「あ、ありがたきお言葉」


 どうやら運良くお許しをもらえたみたいだな。

 ピザとか頼んでいたら危なかったぜ。


 俺は値段が手ごろなフィレンツェ時代の中田風ドリアを頼むが、それでもドリア一つで千円は超えている。


 注文したメニューが届くと、俺は慎重に食べ始めることに。

 食べ方のマナーについてはそこまで勉強していなかったので、食事一つで緊張するな。


 上品に食べ始める三神様。

 スムーズかつ丁寧な所作であり、素直にれてしまった。

 やはりお金持ちなお嬢様は、食事のマナーが徹底されているみたいだな。


「三神様、イカ墨スパゲッティはどうですか?」


 正面で渋い顔をしながら食事をしている三神様に味を聞いてみることに。


「悪くないわね。想像していた味と違っていたから驚かされたわ」


 満足気な表情を見せる三神様。

 普段からその表情を見せていれば、もっと周囲には人が寄ってくるのにな。


「あなた、何故頼んだドリアに手をつけないのかしら?」


「猫舌なので少し冷めてから食べようかなと思っていまして」


「私の食事風景を凝視されるのも落ち着かないわ。使用人なら無理しても主人と合わせて食べるべきだと私は思うのだけど」


「す、すみません」


 三神様の言う通りだ。黙って食事風景を見つめられていては誰だって落ち着かない。

 俺はドリアがまだ熱いの承知しつつ、食事を始めていく。


「あつっ」


 手で口元を隠しつつ、ほふほふとしながら熱々のドリアを食べる。

 あまりみっともない姿を見せられないので、なんとかクールに装いたい。


「ふふふっ」


 そんな俺の姿を見て面白がっている三神様。

 この人は根っからのドSな人なのかもしれない。

 ムチとか似合いそうだしな……


 三神様のペースに合わせてドリアを食べ続ける。

 途中で熱さを感じ辛い食べ方を発見し、徐々に慣れていく。


「ふぅ」


 ドリアを食べ終え、水を飲んで一息つく。

 昼休みもここまで試されると、使用人というのは休める時間が無いな。


「これを食べてお口を冷やしなさい」


 三神様が自分で追加注文していたアイスシャーベットを俺に渡してくる。


「良いんですか?」


「ええ。辛いことを頑張ったご褒美よ」


「ありがとうございます」


 厳しさの奥に優しさを備えている三神様。厳しい要求も多いが、大切にされていることを実感できてより頑張ろうという気持ちになれる。


 人心掌握術でも身に着けているのだろうか……

 早くもこの主人に芯からの忠誠を誓いたくなるぞ。


 冷たくて甘いシャーベットを口に含むと、一気に口の中の熱が冷めていく。

 今日のデザートは普段より何倍も美味しく味わえた。



 食事を終え、お会計の時間になる。

 星人学園は主人が使用人の食事代も一緒に払うという暗黙のルールがあり、三神様が電子マネーで払ってくれた。


 店を出ると、オシャレなテラス席でクラスメイト達が食事しているのが見えた。

 先ほど食事の誘いを申し出てきたが、三神様が追い払ったクラスメイト達。

 そして、その中心に座っているのは、総理大臣の娘であるおおいずみさん。


 三神様に食事を断られた生徒達がそのまま大泉さんの元に流れたのだろうか……

 もしくは大泉さんから声をかけたのか。理由はどうあれ少し複雑な思いが湧くな。


 三神様はグループの中心にいる大泉さんを少しこわい目で見つめている。

 大泉さんとは何か因縁でもあるのだろうか……


「午後の授業の前にお手洗いに行きたいのだけど」


「ご案内します」


 三神様をお手洗いにご案内することに。


 星人学園のお手洗いは、他の学園とは大きく異なる。

 一つは、度を超えた作りだ。

 高級感のある装飾で、西洋の宮殿かよとツッコミたくなる。

 個室も分厚い作りで、隣の音はほとんど聞こえてこない。


 二つ目は、その清潔さだ。

 れいきな生徒が多いゆえに、若い清掃員がこまめに清掃を行っている。


 三つ目は、個人用のトイレがあること。

 潔癖症の主人が自分専用のトイレを作っているのだ。もうわけがわからない。


 お手洗いの外で三神様を待ちぼうけていると、同じくお手洗いの外で待っている赤坂の姿が目に入った。

 雇われた主人とだけ交流を図っていると視野が狭くなるので、ここは積極的に話しかけることに。


「赤坂様、少しお話よろしいですか?」


「え? ぇえ?」


 声をかけたが、ほおを赤くして不自然に周りをキョロキョロと見回す赤坂。

 使用人の草壁はお手洗い中なのか、赤坂のそばには立っていない。


「……何だょ」


 下を向いて、小さな声で何だよとつぶやいた赤坂。

 今朝は威勢よく俺を脅してきたのに、今は何かにおびえているようだ。


「同じクラスなので仲良くなれればと思って」


「うっせ、あたしは別に……」


 あれれ……

 予想では軽い会話がかわせるかと思っていたのだが、赤坂は困ってしまっている。

 何か話せない特別な事情でもあるのだろうか。


「おい貴様、姫に何をしている」


 お手洗いから出てきた使用人の草壁ににらまれたので、両手を挙げる。


づき行くぞっ」


 赤坂は草壁の手を取って、この場から逃げるように去っていく。

 やはり、主人との交流は一筋縄ではいかないな……

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