第七話 クラス代表


 三神様を連れて教室へと戻った。

 午後はホームルームがあり、クラスの代表者を決める時間もあると先生が言っていた。


 クラスの代表者というのは、一般の高校に例えるなら学級委員のようなものみたいだ。

 クラスには大物の主人が十人以上いるので、その責任は何倍ものしかかる。


「やはり、三神様はクラス代表に立候補するんですか?」


「ええ、もちろんよ。三神家の人間が代表にならないなんて、それはあってはならないことなの。代表の座を譲った三神家なんて言われたら、お母様に家を追い出されるわ」


 どうやら三神様は、三神家の人間として巨大な重圧をかけられているみたいだ。


 多くの富に地位や名声を得た三神家。

 その一族の娘が、他者に代表者の座を渡したなんて話が広まれば、落ちぶれたとまでは言わないが力が衰えてきたと捉えられてしまう。


 衰えるということは、信用を失っていくことにもつながり得る。

 代表者になれなかったという小さな事実が、大きな代償をもたらすことになりかねないのだ。


「そんな心配な顔を見せなくても平気よ。私が代表者になることはほぼ決まっているし」


「……星人学園での代表者決めは、激しい争いになると聞いていたんですが」


 三神様は何一つプレッシャーを感じておらず、平然と余裕の表情を見せている。


「そうね、一般的にはそうなるわ。これから始まるホームルームで、立候補者が二名以上いれば月末のクラス交流会パーティーでの選挙となる。それまでに他の主人から信頼を得なければならず、クラス内が殺伐とするわね」


「一般的にはということは、三神様は特別ということですか?」


「そうよ。私の家はあまり例に無い桁外れな資産家なの、他の主人は私を負かして代表者になろうなんて恐れ多くてできやしない。立候補者が私だけになり、今日中にクラス代表になるという確率は非常に高いってことね」


 資産家は多くの企業を有している。

 そんな三神様がもたらす経済影響力は、圧倒的な圧力に変化するみたいだ。


 仮に三神様を選挙で負かすことができれば、それだけで名声を得ることができる。

 しかし、それ以上にあの三神様を負かしてしまったとなれば、何をされてしまうかわからないという恐怖が付きまとう。

 親の会社が吸収されてしまうとか、周りの生徒から空気の読めない子とされてしまうとか、リスクが大き過ぎる。


「それに主人って私もそうだけど、プライドが高い子が多いのよ。選挙で戦って、一票も入りませんでしたなんてなったら立ち直れないわ。圧倒的な私と戦えば、負けるのは当然だし、えないトラウマを植え付けられると」


 想像以上に金持ちの世界はドロドロしていて恐いみたいだ。

 一般的な学校では学級委員を決める際に、トラウマを植え付けられてしまうことはないからな……


「よって、代表者に立候補するのは、信じられないくらいの馬鹿か、私に恨みを持っているような人間しかありえないってこと。私が代表者になることがほぼ決まっているというのはそういうことよ」


「なるほど。なら、これからの時間は高みの見物ができそうですね」


「そういうことになるわね。高みの見物というか、はるか高みの見物ね」


 三神様と同調して微笑ほほえむ。

 このあきれるくらいの楽観視が何かのフラグにならないことを祈るばかりだ。


 先生が教室に入ってきてホームルームが始まる。

 生徒達の表情は、午前中より神妙な面持ちになっている。


「まず初めに代表者決めを行います。クラス代表者に立候補したい者は挙手してください」


 先生の言葉に反応して真っ先に手を挙げた三神様。

 だが、その挙手に反応して慌てて挙手した人物が目に入った。


 金髪女の相須シャルティさんか……

 まぁあの主人なら三神様の相手にはならないだろう。

 使用人もふざけた使用人の舞亜だしな。


 だが、もう一人の生徒が手を挙げ、教室にどよめきが起こる。

 手を挙げたのは総理大臣の娘である大泉利理さん。

 三神様に反して総資産額は少ないのだが、総理大臣である父親の存在は三神家に劣らない強い経済影響力を持っている。


 その大泉さんの姿を見て三神様は顔をしかめた。

 普段の余裕たっぷりの表情は崩れ、難しい表情を見せている。


「立候補者は三名となりました。立候補者が複数名出ましたので、月末のクラス交流会パーティーの時に代表者を決める投票を行うことになります」


 代表者決めは終了し、その後は部活動や交流会の資料が配られ説明を受けたが、三神様の表情は曇ったままだった。


「……大変なことになったわね」


 ホームルームが終わると、三神様は俺に心境を報告してきた。


「……大変なことになったわね」


 二回同じことを言うとは、よほど大変なことになってしまったみたいだ。


「でも、ホームルームが始まる前に他者が立候補しても問題ないみたいなこと言ってましたよね? 特に気にしなくていいのでは?」


「そう、そうなんだけど、一番面倒な人物が立候補してしまったわ」


「大泉様ですか?」


「……ええ。彼女は絶対に立候補しないと思っていたのだけど、まさかの事態ね」


 三神様は大泉さんと面識があったのか、大泉さんが立候補しないと確信していたみたいだ。

 だが、現実では立候補しており、三神様と対決することになった。


 総資産の三神様と権力の大泉さんでは、評価の基準が異なる。

 大泉さんが相手になると票が割れてもおかしくはない。


 大泉さん自身はおしとやかそうな性格であり、好戦的には見えない。

 だが、彼女の使用人はあのかきたにという使用人のエース。

 確かにこれは苦戦する絵が想像できる。


何故なぜ、立候補されないと思っていたのですか?」


「大泉さんとは中学の時にクラスメイトだったのよ。いつも私が学級委員に立候補して、彼女がその補佐役を自ら進んでしてくれる関係だった。彼女は目立つのを拒み、目立つ人を支えたがるような性格だったのよ」


「……なるほど。今もお二方の関係は良好なんですか?」


「去年、一方的に絶交したわ」


 三神様からの衝撃発言に絶句してしまう。

 何があったかは触れられないが、絶交するほどの大きなけんをしてしまったに違いない。


 立候補する人は信じられないくらいの馬鹿か、自分に恨みを持っているような人間しかありえないと三神様は言っていた。

 前者がシャルティで、後者が大泉さんだったのかもしれない。


 そんな俺達の元に大泉さんが出向いてくる。

 その後ろには使用人の柿谷もいる。


くろさん、お互いに選挙まで頑張りましょうね」


 ひたむきな笑顔を三神様に見せる大泉さん。背は小さいが胸は大きな女性だ。

 三神様を下の名前で呼んでいることもあり、本当に親しい関係だったようだ。


「そんな上っ面な挨拶はいらないわ。何が目的なの?」


 三神様はその笑顔を突き返すように、大泉さんを睨む。


「黒露さんと対等になるには、この方法が一番かなと思ったんです」


 三神様に睨まれても笑顔を崩さない大泉さん。

 大物同士の対面に周りの主人たちは思わず後ずさりしてしまっている。


「ふふふっ、残念でしたね片平君」


 背後からささやきかけるように話しかけてきた柿谷。


「僕の力添えがあれば、大泉様の勝利は確定です。あの三神様をクラス代表に導けなかった片平君は、使用人としての評価ががた落ちしてどん底に沈みますよ。もちろん、本契約時に誰からも指名されないことでしょう」


 目立つことを嫌う性格である大泉さんの背中を押したのは、この柿谷の影響だろうか……


 柿谷が使用人としての評価を上げるため、大泉さんを立候補に導き三神様に勝負を挑ませたのかもしれない。

 つまり、これは柿谷から俺への挑戦状でもある。


「勝算はあるのか?」


「大泉様には既に半数以上のクラスメイトと交流を図ってもらっています。残念ですが、これは勝負ではなく消化試合です。なぜなら、こちらはもう勝負を始める前から勝利を勝ち得ているのですから」


 どうやら柿谷は既にクラス代表を決める投票に向けての下準備を終えているみたいだ。


 確かに言われてみれば、大泉さんは昼食の時に三神様が食事を拒否した生徒を囲い込んでいた。

 あらゆる面で下準備をしているのだろう。


 一方、俺と三神様は、予想外の立候補者が現れたのでさぁどうしましょうという状態になっている。

 明らかに出遅れていて、その差は取り返しのつかないことになっている。


「少しは賢い片平君なら、いかに絶望的な状況に立たされているかおわかりですよね?」


「そうだな、このまま行けば確実に負ける」


「そうです。つまり、今月はあなたの余生なんです。これは僕の同情ですよ、どうかこの一ヶ月弱というわずかな学園ライフをエンジョイしてくださいね」


 そう俺に忠告して、大泉さんと共に去っていく柿谷。

 それだけ今回の選挙には自信があるということだな。


「大丈夫よね、片平君?」


 心配そうな目で俺を見つめてくる三神様。

 初めて俺に見せる弱気な表情だ。


「はい、楽しみですね」


「楽しみって……あなた能天気にもほどがあるでしょ。負けたらあなたも私も大変なことになるのよ」


「なら、負けないように行動すれば良いだけです」


 俺は心配そうな三神様に向けて、安心させるように笑顔を見せる。


「この状況でも笑ってみせるなんて、あなた何者よ……」


 何故か三神様に引かれてしまっている。

 俺の笑顔は逆効果だったみたいだ。


「何者って言われましても……僕は三神様の使用人ですよ」


「知ってるわよそんなことは。まぁ頼りにしてるわ、あなたの力の見せ所よ」


「はい、頼りにしてください」


 柿谷が既に勝利を確信しているように、俺も既に勝利への道筋が見え始めている。

 後はそのゴールに向かって四月末まで行動すればいいだけだ。


「ちなみに、三神様に必ず票を入れてくれる主人って何人いますか?」


「柳場君とは両親の縁で、小さい頃からの知り合いなの。彼なら私に票を入れてくれるでしょうね」


 どうやら三神様は、あのロボット使用人を擁する柳場と知り合いみたいだ。

 意外なつながりがあったものだ。


「他には?」


「……このクラスにはそれだけね」


「少なっ」


「うっさいわね、上辺だけの付き合いが嫌いなだけよ。子供の頃から両親の付き合いで多くの会で顔を出してるから、コミュニケーション能力は高いわ」


 三神様の友達は予想以上に少なかった。

 友達作りが苦手なことも災いし、顔の広さの割に交流は少ないみたいだ。


 一方の大泉さんは見るからに、友達が多いようだ。

 これが柿谷が既に勝利を確信している理由だろう。


「早速今日から票集めのために行動しなきゃいけないみたいね」


 そわそわとしている三神様。

 普段の余裕が消えてしまっている。


「……いえ、そんなに焦る必要はないです。計画性の無い行動は逆に目的への遠回りになりますので、しっかりと計画を立てて明日から行動しましょう」


「大丈夫なの? そんなスロースタートで?」


「三神様はそもそも財力ナンバーワンです。影響力も高く、学園でも目立つ存在。しっかりとしたお膳立てがあれば票を集めるのは容易たやすいことです」


「そ、そうよね。少し心配が過ぎたかしら」


「僕がしっかりとした計画を用意してきますので、安心してください」


「わかったわ。けれど、見込みが無さそうなら即解雇するから死ぬ気でやりなさい」


 余裕が無くなってしまった状況なので、三神様の脅しが強くなってしまう。


「肝に銘じておきます。とりあえず今日はもう帰りましょう」


 三神様を正門へ案内するため教室を出ようとすると、頭を抱えているシャルティの姿が目に入った。

 きっと立候補する気など無かったが、三神様に対抗して勢いで手を挙げてしまったのだろう。


 シャルティの立候補はこちらとしてはマイナスだな。

 三神様や大泉さんのような大物の主人が嫌いであり、シャルティに愉快票を投じる生徒が現れる可能性もある。

 さらには、一騎打ちとなる三神様と大泉さんのどちらかに投票するという責任から逃げて、シャルティに投票してしまう危険もある。


 考えれば考えるほど困難な状況なのかもしれない。

 大泉さんと柿谷のペアは強力だし、シャルティの存在が計算を難しくしてくる。


 だが、どんな状況でも無理ですとは言えないのが使用人なんだ――

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