第四話 入学式
入学式の会場となっている多目的ホールに
入学式は体育館でパイプ椅子に座って話を聞くイメージがあったのだが、多目的ホールの椅子はソファのようにふかふかだ。
映画館のような会場に俺はそわそわしてしまう。やはり上流の学園は全てにおいてレベルが違うな。
「三神様、どの位置の席を希望されますか?」
「……そうね、それはあなたが考えなさい」
席を希望せずに俺に託してくる三神様。
いったいどういう考えなのだろうか……
「もし私が好まない位置に案内すればあなたはクビよ」
「かしこまりました」
いちいち俺を試してくる三神様。
俺はこれから毎日、こんなハラハラする選択を迫られるというのだろうか……
まぁ今はそれも楽しく思えるので歓迎だけど。
多目的ホールを一望し、三神様が好みそうな位置を探すことに。
席は新入生の数より多く設けられているので、席が埋まることは無さそうだ。
「しっかりと思考しなさい。席を選んだ理由も聞くから」
挑戦的な目で忠告をしてくる三神様。
彼女は遊んでいるだけだが、俺はこの選択に人生がかかっている。
「……決めました。右ブロックで、列は真ん中の位置で。席は端の方ですね」
「なるほどね。その心は?」
「右の方が出口に近いので、帰りの際は他の生徒より早く出ることができます。さらに端の席を選ぶことで、何かが起きた際にも一早く脱出できます。ステージの様子は中央より
「悪くないわね」
理由まで聞かれるとは……
油断も隙も無い人だ。
開会の時間になり、入学式が始まる。
起立してからの礼を済ませ、理事長の貴重なお話が始まった。
「この学園では主人の生徒たちに三つの目標を与えるぞい。一人一人の生徒がそれぞれの輝きを手にして星になること。そして輪を作り銀河を形成すること。果てに人を導く天体になることじゃ」
理事長はスケールの大きな話をしている。星人学園という名の通り、主人の生徒には星になってほしいそうだ。
「続いては学長からのお言葉です」
学長が壇上に立つ、風貌から見て使用人の経験者のようだ。
他の役員と比べると若い。
「私からは使用人の生徒に向けて話そう。この学園にはマイスターという称号がある。年度の終わりには主人たちによる投票が行われ、最も優れていると思った使用人に票を投じる。年間で一番多く票を獲得した使用人はマイスターと呼ばれ、栄誉が与えられるのだ」
やはり、この学園に入学したからにはマイスターの称号を手に入れたいところだな。
「このマイスターという資格は持っているだけで、今後の将来に大きなアドバンテージとなる。私もマイスターの称号を手にし、多くの責任ある仕事を任された。もちろん、簡単な道ではないが、是非挑戦してもらいたい」
マイスターになれば、きっととんでもない額のお給料を提示されるはずだ。
両親を救うどころか、
「学長って意外と若いんですね。おっさんが出てくると思ってました」
「学長は一流の使用人として名高い人物。地球を救ったという逸話もある偉大な人よ」
俺の疑問に答えてくれた三神様。
どうやら三神様は学長のことにも詳しいみたいだな。
というか話のスケール大き過ぎんだろ。
使用人って地球救ったりすんの?
その後も来賓の挨拶や、在学生の挨拶が次々と続いていく。
お金持ちの学園ということもあり、話すことが必要な重要な人物が多いのだろう。
想像していた入学式よりも
「……退屈ね」
「ですね。まだもう少し続くみたいですし」
案の定、三神様は退屈を口にする。
入学式に至っては我慢ですとしか言えない状況だ。
「退屈しのぎの一環として、あの壇上に上がってきてもらえないかしら?」
悪魔のような笑みで要求を口にする三神様。
本当に末恐ろしいお方だな。
「と言いますと?」
「そのまんまよ。私の退屈を晴らすために、あの壇上に上がってきてもらえないかしら」
「いやいや、荒れた地域の成人式じゃないんですから」
いったい何を言い出しているんだこのお方は……
「できないの? じゃあ、あなたは私の退屈しのぎにもならないからクビにするけど」
「やらせてください」
「良い返事ね」
俺は三神様の退屈を解消するため、慌ててステージの方に向かうことに。
三神様は壇上に上がってきなさいとしか言っていない。
何か工作をして俺がステージに紛れるように立てばミッションクリアということだ。
いや、それ不可能じゃないか?
ステージの裏方に近づくと、多くのスタッフたちが忙しそうに動き回っている。
数人の生徒も混じっているので、関係者風の面をしていれば怪しまれることはなさそうだ。
ここからダッシュしてステージを横切れば、三神様を満足させられるかもしれない。しかし、俺の立場が危うい。
下手すれば退学になるし、使用人としての評価もガタ落ちだ。
客観的に見れば不可能なミッションだ。
だが、諦めるという選択肢は俺にはない。
不可能なら可能にしてしまえの精神だ。何か手はあるはず。
切羽詰まった俺は、ポケットに入れていた使用人語録サヴァイヴルを取り出すことに。祖父が学園生活に困った時に読めと言っていたからな。
適当にページを開くと、そこには名言風な言葉が記されていた。
【使用人に求められる要素は三つ。心技体の一つも欠けちゃならねぇ。──片平
やっぱり使えねぇ!
それに剣客使用人ってどういう肩書だよ!
使い物にならないサヴァイヴルをポケットにしまい、現実を見ることに。
気持ちを切り替え、どうすればこの入学式に違和感なく乱入できるかを考える。
「
俺に忠告をしてきたのは柿谷。
その隣には主人となった大泉利理さんが立っている。
「それはこっちのセリフだけど」
「僕は新入生代表としての挨拶があるのです。パーフェクトジーニアスな僕にとってはふさわしいステージですね。大泉様も主人枠の新入生代表として挨拶があるんですよ」
どうやらこのエリートコンビは新入生代表の挨拶のために、ステージの裏方でスタンバイしているみたいだ。
どこの入学式にも新入生代表の挨拶はある。この星人学園もそこは変わらないようだ。
ならば、新入生代表の挨拶を利用するしかない。
「えっ! 俺も新入生代表として挨拶を頼まれているんだけど……」
俺はとぼけたフリをして、新入生代表として選ばれていると柿谷に
「使用人の新入生代表は二人もいらないですよ。どういうことですか?」
「俺も不思議に思う。ちょっと司会進行の人に確認してくるよ」
よし、作戦成功。
これで工作すれば新入生代表の枠を乗っとることができる。
俺は身を潜めながら舞台袖に立つ司会進行の教員の元に行き、新入生代表の柿谷賢人が体調不良になり、代わりに片平遊鷹が行うことになったというメモを渡した。
再び柿谷の元に戻り、都合の良い言い訳を話すことに。
「やっぱり新入生代表は俺みたいだ。どうやら三神様の使用人になる人に新入生代表の挨拶を任せる予定だったようだ。前評判では柿谷が一位だったから柿谷が三神様の使用人になると思って話を通していたらしい。どうりで俺が任せられるなんておかしいと思ってたんだよ」
俺は白々しく柿谷に噓の説明を伝える。
「くっ……いや、認められません、たとえあなたに資格があるとしても、
柿谷は俺の説明を聞いて悔しさを
「柿谷君、初日から事を荒立てるのはちょっと……」
隣で見ていた大泉さんは柿谷を引き留めてくれる。
優しい声を発する人だな。
「ですが、代表者の挨拶は使用人としての知名度を広める場でもあるので、そう簡単に明け渡せる場面ではないのです」
「柿谷君は代表者の挨拶が無ければ知名度を上げられないのですか? あなたの実力ならこの小さな表舞台に立てなくても、いつでも巻き返せるはずですよ」
「……申し訳ございません大泉様。少々、取り乱してしまいました」
大泉さんに優しく説得され、折れた柿谷。
小さな身長の割に、二度見してしまうほどの大きい胸。
何でも包んでくれそうな大泉さんの説得に、抗議の意思は薄らぐのだろう。
「助かりました大泉様」
「いえいえ。それに、黒露さんに
まさかの大泉さんに俺の真意がばれていた。
どうして気づいているのだろうか……
「それでは、新入生代表の挨拶に参ります。主人枠代表の大泉利理さん、お願いします」
司会者が大泉さんを呼び、俺の前から去ってしまった。
理由を聞くことができなかったが、三神様とは知り合いなのかもしれないな。
新入生代表の挨拶が始まる。
大泉さんは総理大臣の娘ということもあり、新入生代表に選ばれたのだろう。
次点候補は三神様だったに違いない。
大泉さんが挨拶している間に、挨拶の言葉を考えなくては……
まだチャンスをゲットした段階であり、本番はこれからだ。
「続いては、使用人枠代表の片平遊鷹さん、お願いします」
俺の名前が呼ばれ、何事もなかったかのように壇上へと上る。
三神様のミッションはクリアした。
後は恥をかかないように挨拶をすればいいだけだ。
「暖かな春の訪れと共に、私たちは星人学園の入学式を迎えることができました。本日はこのような立派な入学式を行っていただきありがとうございました」
先ほどの大泉さんの挨拶を引用しながら進めることに。
記憶力には自信があるので、言葉はすらすらと出てくる。
目の前に広がる観客席には多くの新入生が座っているが、壇上に真剣な
スマホを操作している主人の生徒や、談笑している生徒も多い。
その中に三神様の姿が見えた。
彼女は満足気な表情で壇上に立つ俺の姿を見ていた。
だが、もっと彼女を満足させたい。
もっと俺に期待をしてもらいたい。
そんな欲で頭が満たされていく――
「俺には使用人の経験も実績も無かったんですけど、初日から大本命である三神黒露様と仮契約を結ぶことができました。このまま本契約を勝ち取り、マイスターの称号も必ず手に入れてみせたいと思います」
俺の決意を聞いて、
でも、それでいい。
ここまで高らかに宣言すれば、三神様も俺に期待せざるを得ない。
期待してもらえれば三神様との本契約も勝ち取れるはず。
三神様を満足させるために、どんどん攻めていくしかない。
「それでは楽しい学園生活を送りましょう」
締めの言葉を口にして挨拶を終える。
壇上を後にした俺は舞台袖に戻り一息つくことに。
三神様のミッションも達成でき、新入生代表となることで使用人としての知名度も上げることができた。
結果的に三神様の厳しい要求を自分のものにしてしまったわけだ。
「初日から派手に動き回っているようだな」
いつの間にか俺の背後に回っていた人物がいた。
作戦に気づかれたか?
慌てて振り返ると、そこには先ほどの挨拶でお目にかかった学長の姿があった。
これは
学長は柿谷が新入生代表の挨拶を任されていると知っているはずだ。
「すみません、三神様の要求で初日から派手に動き回っております」
この学長に噓は危険だ。
中途半端な噓は簡単に見抜きそうな目をしている。
この人は他の人と比べて
きっと、使用人として数々の修羅場を
「構わん。だが、君を特別視はしない。何かトラブルを発生させれば、責任を取ってもらう形になる」
「それは承知しております」
「まぁ、君が自らの力で特別な存在になれば話は別だがな」
少し楽しそうな表情を見せて学長は俺の元から離れていった。
オーケストラ団体による演奏が終了し、ようやく閉会の言葉が始まった。
俺は小走りで三神様の元に戻ることに。
「ただいま戻りました」
「お疲れ様。上出来ね、最高の退屈しのぎになったわ」
満足気な表情で小さな拍手をしている三神様。
その
先ほどは悪魔のような笑みで要求を与えてきたが、それを達成すればこんな風に天使のように微笑むのか……
その天使と悪魔の二面性に、俺は確実に
「お次は何をお望みですか?」
「今日はもう満足だわ。あなたのことを少しは信頼できたし、退屈せずに済みそうね」
三神様に認められて素直に
厳しいだけの人ではなく、しっかりと褒めてもくれるみたいだ。
これはやりがいがあるな。
「今日の日程はこれにて終了なので、正門ゲートまでご案内します」
「よろしく頼むわ」
三神様をエスコートしながら通路を歩いていく。
既に主人と仲良くなり友達感覚で話している使用人もいれば、まだまだぎこちない関係のペアもいる。
主従関係には相性というものがある。
まだ使用人としての心得がそこまで身に付いていない俺には、要求を素直に口にしてくれる三神様とは相性が良いのかもしれない。
「私達、思ったより相性が良いのかもしれないわね」
三神様が、俺が考えていたことと同じことを口にする。
ここまでくると、相性の良さは疑いようがない。
「そう言ってもらえると光栄です」
「
「もちろん、そのつもりです」
「あら、頼もしいわね」
正門に
それぞれの高級車の前には運転手兼執事が待っており、
一部ヤクザみたいな
「今日は一日お疲れ様。また明日もよろしくお願いね」
三神様は駐車スペースの方へ歩いていく。
心の重荷がようやく外れて、
三神様は二人の執事と一人のSPに囲われて車内へと乗り込んでいく。
他にも一人のメイドや、後続にも警護用の車がスタンバイしていた。
三神黒露という生徒の厳重な警備を目の当たりにして、改めて彼女がとんでもない人物であることを自覚することに。
もし俺が原因で彼女の身に何かが起きてしまったら、タダでは済まない。
家に帰ったら遺書でも書いておいた方が良さそうだな……
三神様の見送りを終えて帰ることに。
寄り道する余裕がないほど心は疲弊していた――
▲
「ただいまです」
祖父の家のソファーで死んだように横になっていると、凛菜の声が聞こえてきた。
俺は初日から様々なことが起きて心身ともに疲弊しているというのに、凛菜の声は疲れ知らずで元気そうだ。
「おかえり。どうだった新しい学校生活は?」
「すっごい楽しいです。星人学園に入って良かった!」
俺が横になっているソファーに無理やり座り込んでくる凛菜。
心からの笑顔を見せて話しているので、本当に楽しい学園生活の初日を過ごせたみたいだ。
中等部とはいえ、とても同じ学園に通っているとは思えない状況だな。
「友達はできたか?」
「もちろん! これを見てください」
凛菜はスマホの画面を見せてくる。
そこには
「さっそく仲良くなったみたいだな」
「この子が使用人仲間のユーリで、この子はあおちんで、こいつは……忘れました」
楽しそうに女の子を紹介する凛菜。
まだ中学生ということもあり、主従関係というよりかは友達感覚が強いみたいだ。
「プリクラ撮ったってことはゲーセン行ったのか? 女の子だけで行ったら危ないだろ」
「もう中学生なんだから大丈夫でーす。それにこのプリクラ、学園内にあったんですよ。子供たちを外のゲーセンに行かせないために、学園に安全なゲーセンを作ったようです」
学園内にゲームセンターを作るとは逆転の発想だ。
金持ちの親しかいないからか、トラブルを引き起こしやすい外のゲームセンターには行かせたくないのだろう。
「ほ兄ちゃんは友達できましたか?」
「できたよ。サングラスハリウッドスターもどき女とか、ロボット使用人とか、偽りの関西弁女とかと友達になったからな」
「ヤバそうな人たちばっかですよ!?」
凛菜が心配そうな目で俺を見つめてくる。
確かに特徴だけ述べれば自分でも心配になるラインナップだな。
だが、面白い学園生活が待っていそうな期待感はある――
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