第一話 星人学園


 今日はせいじん学園の入学式。

 制服は学ランからブレザーに変わり、とうとう俺も高校生になったのだなと感慨深く思う。


 慣れないネクタイを身に着け、祖父から譲り受けた高級なバッグを持つ。

 そして、全てのポケットにハンカチを詰め込み、マジック用の種もあちこちに仕込む。


 今日は使用人が主人に向けてパフォーマンスを披露する時間があるみたいだ。

 その準備のために、昨日まで山に籠っていた。


 短期間での修行だったが、祖父から使用人としての振る舞いも教えてもらった。

 他の生徒にもどうにか食いついていけるはずだ。


「ほ兄ちゃん、私の制服姿はどうですか?」


 りんは俺の周りをぐるぐると回って新しい制服姿をおする。

 黒を基調としたデザインであり、えんふくをイメージした執事らしい制服だ。

 この制服は学校から無料で頂いたものだが、追加で購入すると一着何十万もするらしい。


「ほ兄ちゃん、私の制服姿はどうですか?」


 ちなみに女生徒も制服は同じのようだ。

 凛菜はスカートを穿いているが、大半の生徒は男子と同じくズボンを穿いているらしい。

 主人の生徒は使用人とは異なり、高級感のある赤い制服のようだ。


「ほ兄ちゃん、私の制服姿はどうですか?」


 入学前にパンフレットを読みふけっていたので、学園の基本的な知識は頭に入っている。

 だが、特別な上流学園ということもあり、俺の知らない常識があるかもしれないな。


「話聞いてよ~、仏と妹の顔は三度までですよ!」


 俺の周りを回り続けて目が回ったのか、よろけながら抱き着いてくる凛菜。


 子供だと思っていた凛菜も今日から中学生だ。

 きっとその内、反抗期が始まって俺のこと兄貴って呼び始めたり、デモ活動に参加したりするようになるかもしれない。


「似合ってるし、可愛かわいいぞ」


「え?」


「似合ってるし、けっこう可愛いぞ」


「え?」


「似合ってるし、かなり可愛いぞ」


「え?」


「何回言わせんだっ」


「さっきのお返しですよ~、因果応報です。3可愛いね頂きました」


 ニヤニヤと兄をあざわらう凛菜。両親がいなくなってから、より俺への依存度が高くなっている気がする。


「学園では口調を改めるんだぞ」


「わかっていますわ、ほ兄様」


 キリッとした表情に変わり、口調を変える凛菜。

 星人学園は上流階級の生徒が集う学園であり、口調も丁寧でなければならない。


 星人学園は中等部と高等部がある。

 校舎は違うが、隣接しているので凛菜と一緒に学校へ通うことができる。


 一人も友達や知り合いのいない学校に通うのは不安だ。

 さらに、周りには他を蹴落として評価を上げたい猛者ばかりいることだろう。

 この学園で友達なんてできるのだろうか……


たか、これを持っていくんじゃ」


 祖父から黒いカバーに覆われた書物を渡された。

 ファイリング形式となってはいるが、中をのぞくと和紙のような材質のページが多く歴史を感じる。


 カバーは真新しいが、中身は古いページが多い。

 古い書物からページを抜き出して一冊にした本のようだ。


「これはいったい?」


「歴代の使用人たちが使用人としての心得を記録していった書物、サーヴァントバイヴル略してサヴァイヴルじゃ。迷った時や壁にぶつかった時に、これを開くがいい」


「なるほど、それは頼りになりそうだね」


 名前のダサさには引っかかったが、この本が自分にとっていいアドバイスとなるかもしれない。

 時代は違っても、使用人として求められることに共通しているものはあるはず。


 試しにちょっと見てみようと思い、最初の一ページ目を開く。

 紙質が現代のものなので新しく追加された心得なのだろう。


【人は完璧を理想とするが、完璧を求めない。──かたひらまこと(平成を代表する使用人、1978~)】


 何だこれは……

 アドバイスというか名言風に言葉が書いてあるだけだ。


 哲学的なことが書かれていて、意味がいまいち理解できない。

 それにこれを書いたのは父親のようだ。勝手に平成を代表している肩書も腹立たしい。


 次のページにも父の名言が書かれているみたいだ。


【株を買うのではない、未来を買うのだ。──片平誠(日本の投資家、1978~)】


 ……まったく説得力の無い父の名言。

 投資でもうけようとして破産したからな、未来を買うどころか売ってたぞあの人。


 しかも、地味に肩書まで変わってる。

 このページは後世に残す必要は無いので破って捨てておこう。


 学園に集うのは、使用人を目指して鍛錬してきたであろう生徒たち。

 その猛者を前にして、俺は太刀打ちできるのだろうか……


 だが、俺にも使命がある。

 一流の使用人を目指し、一流の富豪に雇われて、大金を入手する。

 そして、崩壊した家族を元に戻すんだ──



     ▲



 東京都の一等地に立てられた星人学園。

 周囲には高級住宅が並び、歩道は整備されており、ゴミ一つ落ちていない。


 星人学園に辿たどり着くと、大きな校門が威圧的に立ちはだかった。

 そして、その前の駐車スペースに次々と入って行く高級車。


 その高級車から現れるのは星人学園の赤い制服を着た生徒たち。

 どうやら、主人の生徒たちは車での通学みたいだ。


「ほ兄様、何ですかあの人たちは?」


「あれが本物のお金持ちってやつだな。時計やかばんを見ると、全て高価なものだと判別できる。主人も主人で、品格や財力を主張し争っているんだ」


 想像以上だな、これは……

 俺達の場違い感が半端ないぞ。


 桁外れなセレブ達が通う学園ということもあり、外装も無駄にれいで豪華だ。

 周囲は高い外壁に囲まれており、外から中の様子を見ることはできない。


 多くの警備員が駐在し、警戒を怠らずに監視をしている。

 セキュリティーも万全だ。


 ゲートは生徒証明書をタッチしないと入ることができない構造になっている。

 綺麗な女性の係員が俺の身体からだを軽く調べ、鞄も機械にスキャンされる。


 最先端のカメラが顔認証を行い、その過程を経てようやく学園に入ることができた。

 目の前には空港で見かける動く歩道が設置されており、壁には美術作品が並べられている。

 学園内にも警備員が多く配備されている。


 近未来的な構造に少し胸が躍る。

 無数の電子掲示板や、学園内なのに喫茶店もある。


すごいね、ほ兄ちゃん」


「これは、想像以上だな」


 凛菜が戸惑うのも無理はない。

 俺もこの星人学園を少しめていたかもしれない。


 学園内にいる生徒は綺麗でおしとやかな人ばかり。

 動く歩道に乗って、優雅に談笑している。

 先輩の使用人の生徒たちも、主人に合わせて気品のある立ち振る舞いをしている。


「いいか凛菜よ、この学園生活は遊びじゃない。下手な行動をすれば、すぐに目をつけられてしまう。常に周囲を警戒し、気を引き締めて過ごすんだぞ」


「わかっていますわ、ほ兄様」


 今は初日ということもありこの現状を見ておびえているが、慣れればこの学園に恐れることはなくなるはず。

 今は手早く順応することが大事だ。


「ごきげんよう」


「……うす」


「???」


 しまった!!

 先輩の女生徒さんから挨拶されたのに上手うまく返せなかった。


 まさか本当にごきげんようと挨拶をする人がこの世に存在していたなんて……

 うすなんて返事をしていては、育ちが悪いと思われてしまう。


「ごきげんよう」


 凛菜も同様にごきげんようと挨拶をされてしまう。


「……かたじけない」


「???」


 凛菜は丁寧な言葉で返そうとしたが、武士みたいな挨拶になってしまっている。

 先輩も不審な目で凛菜を見ている。


 これは不味まずいな……

 使用人としての知識や技術を短期間で身に付けたはいいが、俺達には経験値が圧倒的に不足しているため、緊張して実力が発揮できなかった。


 気持ちを切り替えあらゆることを想定し、気を引き締めていかなければ。


「おい、あそこにかみ様がいるぞ」

「本当だ、やっぱり綺麗な人だな」


 突如、周囲がざわつき始める。

 生徒達の視線は、廊下を堂々と歩く一人の女性に向けられている。


 黒い長い髪に、美しい肌。気高い表情に、整った姿勢。確かに綺麗という表現は似合うが、俺は少しこわそうな人だなとも感じる。

 明らかに他の生徒とは異なる神々しいオーラを放っている。

 三神という名の生徒は、制服を見て主人の生徒なのだと判断できる。


 俺達の真横を通り過ぎると、心地良い香りがほのかに漂った。

 彼女を見た生徒は思わず一時停止をしてしまうほど、存在感があった。


「三神一族の総資産って百兆を超えてるって話だぜ」

「新入生の生徒の中で断トツのお金持ちなのは確かだ」


 うわさばなしに耳を傾ける。

 百兆を超えた資産ってどれだけお金持ちなんだろうか、土下座して足でも舐めれば一億ぐらいもらえるかもしれないな。


「三神様はどんな使用人を選ぶのか、それも注目だな」

「そうだな、三神様が選ぶ使用人が一番凄い使用人ってことになる」


 噂話をしていたのは使用人だったが、かれは選ばれる可能性すら感じていないようだ。

 それだけ三神という生徒が、雲の上の存在ということなのだろう。


「ほ兄様、まさにお嬢様って感じの人でしたね」


「だね。一国の王女だと言われても不思議ではない」


 三神が去った廊下は張り詰めた空気から解放され、再び時間が動き出す。


「中等部の生徒は左手に進んでいただき、別校舎に向かってください」


 分かれ道の前に女性スタッフが案内しながら立っていた。

 どうやらここで凛菜とはお別れになるみたいだ。


「凛菜、一人で大丈夫か?」


「もちろんですわ。ほ兄様もお気をつけて」


 凛菜のことも心配だが、ここから先は俺も一人だ。

 乗り越えるしかない。


 凛菜と別れ、別々の道を歩く。

 いつでも主人を案内できるように、校内の地形は正確に把握しておいた方がいいはずだ。

 当然ながら道に迷ってはいけない、少しでも遠回りしてしまったらそれだけで使用人としての評価が下がってしまう。


 廊下の窓から中庭を覗くと、ヴェルサイユ宮殿の庭園を想起させるほど立派な光景が広がる。

 手入れされた花壇と大きな噴水は、そこまでする必要あるのかと思ってしまう。


 敷地が広いだけじゃない。

 入学式が行われる多目的ホールや、最新設備が整ったトレーニングルーム、芝生の校庭やプラネタリウム等の施設もあるみたいだ。


 綺麗な中庭を眺めていると、キョロキョロと怪しい動きをしているサングラスをかけた女生徒が目に入ってしまう。

 何やら困っている様子なので、中庭に出て彼女の元に向かう。

 まだ集合時間までに余裕はあるので、手助けの一つでもするとしよう。


 底辺からスタートをする俺は、小さなチャンスでも転がっていれば貪欲に拾いに行かないとい上がれない。

 善意は無く下心丸出しだが、困っている人を助ければ良いことが起こる因果応報が適用されるはずだ。そう信じたい。


「何かお困りですかお嬢様」


 サングラスをかけている主人の生徒は、俺の姿を見てホッと一息ついた。

 ポニーテールの金髪、モデルのようなスタイル。

 サングラスをかけているので表情ははっきりと見えないが、とてつもなく綺麗な女性だ。


「スマホを落としたの。最後に使ったのがここでお花の写真を撮った時だから、この辺を探しているのだけど……」


「承知しました。スマホの捜索を手伝わせてもらっても良いでしょうか?」


「お願いするわ」


 速攻で周囲を確認したが、スマホが落ちている気配は無い。

 自然に囲まれたこの場所に機械があれば目立つので、ここに落ちていることはないだろう。


「電話番号を教えて頂ければ、この場でおかけしますがいかがでしょう?」


「その手があったわね」


 サングラス女の電話番号に電話をかけると、彼女の鞄から着信音が鳴り始めた。


「……鞄に入っているみたいです」


 顔を真っ赤にしながら、鞄からスマホを取り出すサングラス女さん。

 主人に恥をかかせてはいけないので、ここはしっかりとフォローするのが使用人の役目だ。


「物を落としたと勘違いして、実は鞄やポケットに入っていたというのは誰にでもあるミスです。先日は僕も、同じことをしてしまいました」


「そ、そうよね、よくあることよね」


 俺はそんなミスはしないけど、あえて自分を下げることで相手をフォローするのは有効な手段なのだ。

 これでサングラス女さんの恥ずかしい気持ちも多少は薄れたはずだ。


「プライバシー保護のために、先ほど教えていただいた電話番号は自分のスマホに記録が残らないよう、消去しておきました」


流石さすがは星人学園の使用人、しっかりしてるわね。でも、シャルティはあなたからかかってきた番号を残しておくことにするわ」


「困った時にはいつでもおかけください」


「ええ、頼りになるわ」


 我ながら完璧な対応だったかもしれない。

 自分から行動すれば、焦らずに済む。

 積極的に自分から話し始めるのがコツだ。


「私はあいシャルティ。世界一の美貌を持つハリウッドスターよ、覚えておきなさい」


 サングラスを取り、ドヤ顔で自己紹介をするシャルティ。


 世界一の美貌とは大きくでたが、その肩書にも引けを取らない容姿をしているのは確かだ。

 綺麗過ぎてまぶしく感じる。


 けど、ハリウッドスターというのは話を盛っているはず。

 相須シャルティなんて女優の名は聞いたことがないしな。


 大富豪やハリウッド女優もどきもいるなんて……

 この学園、やはりとんでもない。


「これはお礼よ。マミーから渡されたのだけど、かさばるから全部あげるわ」


 分厚い封筒を俺に渡して校舎の方に戻っていくシャルティ。


 早速、因果応報だ。

 人を助けたからお礼を頂いてしまったぞ。


 時間にそこまで余裕は無くなったので、封筒の中身を確認しながら校舎に戻ることに。

 封筒には札の束が入っている。

 千円札が三十枚ほど入っていそうだな……


 いや、これ全部一万円札だ、三十万近く入っている封筒だぞ!?


 ちょっとした人助けをして三十万貰えるなんて、因果応報の報がどでかい。

 因果応報報報報報ぐらいある。流石は星人学園といったところか。


「おわっ」


 万札に夢中になっていたため、前を歩いていた主人の女生徒とぶつかってしまった。

 これは完全なる俺の前方不注意、痛恨のミスだ。


「すみません! 大丈夫ですか?」


「なんだてめぇは、ぶっ殺すぞ?」


 ぶつかった女生徒は、俺の眉間に銃口を向けてくる。


 ちょっと待って、何故なぜ俺は銃を向けられているんだ。

 というか、何故学生が拳銃を所持しているのだ? ここ日本だよね?


「こここ、殺さないでください」


「あっ、これは、そのー」


 女生徒は慌てて銃をポケットに隠した。

 おもちゃの銃であると願いたいが、作りが精巧だったので本物臭い。


「今のは財布なんだよ」


「財布でしたか」


 いや、財布のわけがない。

 絶対に銃だった。


 あんなもんを持ち込んでいる生徒がいるなんてな……

 セキュリティチェックは主人の生徒には行わないから、主人なら銃も学校に持ち込めるみたいだな。


「何だよ文句あるか?」


「無いです。何も見てないです」


「そうそう、それでいいんだよ。世の中は賢くなきゃ生きていけねーんだ」


 銃刀法違反の女生徒は隠れるように離れていった。

 口調も他の主人とは異なり、荒々しかった。

 どうやら星人学園にもヤンキーみたいな生徒は少数だが紛れているみたいだ。


 桁外れの大金持ちである三神黒露様、自称ハリウッド女優の相須シャルティ様、銃刀法違反のヤンキーさん……

 この学園には常識が通用しないらしい――

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