上流学園の暗躍執事 〜お嬢様達の使用人となって楽しむ学園生活〜

桜目禅斗

1巻 ~無慈悲な主人と最弱の使用人~

プロローグ 因果横暴


 希望している職種や、将来についての考えをご記入ください──


 配られた進路調査表用紙の問いに頭を抱える。


 中学三年生になっても、将来についてのイメージが何一つ想像できていない。

 成し遂げたいこと、やってみたいこと、そんなものは特に思い当たらない。


 適当に父親の仕事だった使用人という職業を書いてやり過ごそうと思ったけど、父から使用人にはなるなと口酸っぱく言われていることを思い出した。


 しかし、既にボールペンで使用まで書いてしまった。

 使用で始まる職業など使用人の他に存在しないはず……


 だが、俺は不可能を可能にしそうな男だ。

 使用から始まる言葉を紡ぎ出してみせる。


 希望する職種、使用された物を回収し、再び利用できる物に変える仕事。つまり、リサイクル業者である。

 遠回しな言い方になってしまい、めっちゃ枠からはみ出てしまった。近年まれに見るエコな男となったが、これでは反省文確定だ。


 こんなふざけた回答をすれば罰が当たっちゃう。

 因果応報ってやつだ。


 そうそう、この世界には因果応報という法則がある。

 誰でもわかるよう簡単に説明すると、良いことをすれば良いことが起きるし、悪いことをすれば悪いことが起きるという意味だ。


 例えば、道に迷っている人に声をかけて案内してあげたら、その人がハリウッドスターでお礼に三十万円もらったとか――


 例えば、前方不注意で歩いていたら誰かと肩がぶつかってしまい、その人がヤクザで銃を突きつけられてしまったとか――


 我ながら例えるのが下手だ。

 今挙げた一例は極論で、平穏な日常では起きるはずがない例えだ。


 ひやくぶんいつけんかず、実際に今から実践するのでその目で見てくれ。


「ごめん、うちらカラオケ予約しちゃってるから掃除頼むわー、明日は私達だけでやるからさ」


 放課後の教室。

 掃除を押しつけられる一人のクラスメイトがいた。


 彼女の名前はさかぐちさん。

 気弱な性格で、影の薄いクラスメイト。

 その性格があだとなり、去っていくクラスメイトに何も言えないまま教室に残されてしまった。


 俺は進路調査表の提出が遅れていたため、教室に残って済ませてしまおうと思っていたが、その前にやることができた。


「掃除手伝うよ坂口さん」


「えっ、で、でも……悪いよ」


 声をかけられると思わなかったのか、少し取り乱してしまう坂口さん。


「まぁ、断られても勝手に手伝うけどさ」


「……ありがとうかたひら君。優しいんだね」


 その言葉は間違っている。片平たかは別に優しくないんだ。


 俺は自分のために行動しているだけ。

 良いことをすれば良いことがある、良いことが欲しいから良いことをするのだ。


 誰かに好かれたいから、誰かに優しくする。

 誰かに助けられたいから、誰かを手伝う。

 誰かに認められたいから、誰かを助ける。

 そこに善意など存在せず、ただの自己満足だ。


 せっせと掃除を行う俺を見て、感心した表情を浮かべる坂口さん。


「片平君って器用だよね。掃除も手際良いし、この前も体育の授業でいけ君が骨折した時に、迅速に応急処置しててすごいなって思った」


「人のためになることは両親からしつこく習わされたからね」


 俺の手伝いもあってか、教室掃除はあっという間に終わった。

 進路調査表を提出するために教室を去ろうとすると、坂口さんから待ってと呼び止められる。


「あ、あの、これお礼。今日の選択授業の家庭科で作ったの」


 坂口さんはほおを赤らめながら、透明な袋に入ったクッキーを渡してくる。


 ほら、因果応報。

 良いことをしたから、ご褒美が与えられる。

 好感度も上がって、クラスメイトからの評判も良くなる。


「ありがとう、おなかいてるから今食べちゃうね」


 俺は袋を開けてクッキーを食べることに。

 坂口さんは緊張しているのか、ゆらゆらと身体を揺らしながらクッキーを食べる俺を見ている。


 ご褒美であるクッキーを勢いよく頰張ったのだが、意外にも美味おいしくない。硬いし、変な苦みもある。

 クッキーなんて不味まずく作る方が難しいと思うが……


「美味しかった。ありがとう」


 だが、俺は不味いなどとは言わない。

 坂口さんが悲しむ顔は見たくないからね。


 うそをつくことは胸が痛くなるが、やむを得ないだろう。


「本当に!? じゃあ、来週も家庭科の授業でクッキー作るから、片平君にあげるね」


 うれしそうに来週も不味いクッキーを渡すと宣言してくる坂口さん。


 ほら、因果応報。

 噓をつくなんて悪いことするから、悪いことが起こる──



     ▲



「ほかえりなさい、ほ兄ちゃん」


 家に帰ると妹のりんが玄関までテクテクテクテクと歩いてきて、出迎えてくれる。


 小学六年生だというのに、その表情は大人びている。

 女の子は成長が早いと聞いたことはあるが、凛菜を見ているとそれもうなずける。


「算数のテスト百点でした」


 褒めて褒めてと言わんばかりに、満点のテスト用紙を見せてくる凛菜。


流石さすがは凛菜だね」


「ほ兄ちゃんのおかげです」


 凛菜は事あるごとに俺に勉強を教えてとお願いしてくる。

 既に理解しているであろう範囲でさえお願いしてくるので、勉強が好きというより兄と過ごす時間が好きなようだ。


「右と左を忘れてしまいました。教えてください」


「こっちの手の方が右だぞ」


 凛菜の手を持って右の方向を教えてあげる。

 もちろん算数で百点を取るような女の子が右を知らないわけがないのだが。


「歩き方を忘れてしまいました。教えてください」

「いい加減にしなさい」


 凛菜の頭を優しくたたく。


 凛菜は構ってもらいたいのか、間抜けなふりをする癖がある。

 小学校の先生からは成績優秀で手のかからない真面目な子ですと言われているのに、俺の前では馬鹿な子を演じているのだ。


「ほ兄ちゃん、何があったかわからないけど、ほ父さんが大変みたいだよ」


 滑舌が少し悪いのか、お兄ちゃんと呼べずにほ兄ちゃんと呼んでくる凛菜。

 まぁそれもアホっぽい子を演じているだけかもしれないが……


「何があったんだ?」


「なんか、さっき部屋で自殺未遂してました」


「家族の危機迫ってる!?」


 慌てて父親の元に向かうと、リビングで荷物をまとめている両親の姿が目に入った。


「どうしたのさ荷物なんかまとめて……旅行でも行くの?」


「いや、夜逃げだよ」


「さらっととんでもないこと言うな」


 何故なぜか夜逃げを計画している父親。

 まさに、どうしてこうなったという状況だ。


【アメリカの投資銀行であるスレイマン・ブラザーズが経営破綻したことにより、世界規模の金融危機が発生しております。日経平均株価は大暴落を起こしており、各地で混乱が生じております】


 テレビに映るニュースキャスターは、経済の報道を深刻そうな表情でしている。

 金融のことは詳しくないが、大きな事件が起こったのは間違いなさそうだ。


「父さん、この事件で片平家もヤバくなったの?」


「そうだ、負債額がとんでもないことになっている。この家ももう売りに出した」


「まじで!?」


「くっそー、投資生活で楽して遊んで暮らそうと思った矢先にこれだよ」


「因果応報ってる! 因果応報ってるから!」


 楽してお金を稼ごうなんて、人生はそんな都合良くいかない。

 一時はもうけたようだが、結果はご覧の有様だ。



 この日を境に片平家の人生は激変した。


 両親は海外に逃亡し、俺と凛菜は祖父の家に預けられてしまった。



    ▲



 祖父の家に引っ越してから一ヶ月がった。


 片平家が代々住んできた東京都に建てられた大きなお屋敷。

 住まいは豪華だが、収入は祖父の年金収入だけであり、子供二人を養うには厳しい状況だ。


 今は寝床があるだけの貧相な生活を送っている。

 俺はこの環境でも構わないのだが、凛菜が息苦しそうにしているのは胸が痛い。


 冬が終わり、既に進路が決まっていなければならない時期に突入した。

 来年度から俺は高校生だからな。


 とある私立高校を受けるつもりだったけど、両親が消えてお金も無いため白紙になてしまっった。


「ほ兄ちゃん、私たちこれからどうなるんですか?」


 不安な目で見つめてくる凛菜。

 俺はその頭を優しくでる。


 凛菜も来年度から中学生になる。

 大事な時期なので、環境による負担をかけるわけにはいかない。


「凛菜は心配しなくていい。俺がこれで何とかするから」


「そ、それは……」


 凛菜は俺が手に取っていたとある学園のパンフレットをのぞき込む。


せいじん学園ってほ父さんが通っていた高校ですよね?」


「そうそう。この学園はお金持ちである主人の生徒と、そのお金持ちに雇われる使用人の生徒が共存している主従学園なんだ。学費は異常に高いが、それは主人だけ。さらに使用人は主人に雇われることで、お金が貰えるんだ」


「夢のような学園ですね」


 外部からは夢のように見えるが、内部は生徒同士がせつたくし合う毎日が戦いのような学園だと聞いている。


「……でも、ほ父さんとの約束を破るんですか?」


「使用人になるなってやつか?」


「はい。私も同じことを言われています」


「それはフリってやつだよ。なるななるなと言って、本当はなってほしいっていうね」


 理由も言わずになるなと言われては、逆に興味が湧いてしまうものだ。


「それに、おじいちゃんは真逆の考えみたいだ。このパンフレットを俺達にわざと見せるように机に置いているんだから」


「……すまんな二人とも。バカ息子のせいで、とんでもないことになってしまって」


 俺達の元に現れる祖父。もう八十を迎える年齢で、つえがなければ立てないほど老化が進んでいる。

 ただでさえ急に子供二人を迎え入れることになって大変なのだ、これ以上頼ったり迷惑をかけたりはできない。


「しょうがないよおじいちゃん。理不尽なのが人生だからね」


「ふむ、流石は遊鷹。どんなに環境が変わろうと、文句を言わずに適応しようとする姿勢は見事じゃ……やはり、向いておる、お主は向いておるぞ」


 祖父も父と同じ使用人の仕事をしていたらしい。


 片平家は代々、使用人家業をなりわいとしてきた。

 使用人と聞くとあまり良いイメージは無いが、現代的に言えば執事やメイドといった仕事をしてきたということだろう。


「使用人に?」


「そうじゃ。わしにはわかる、遊鷹の使用人としての資質は計り知れんと」


 今までの人生で、才能や資質を褒められたことは無かった。

 勉強も好きにはなれなかったし、スポーツでも表彰台に立つような活躍はできなかった。


 だが、そんな俺にも秘められた資質なるものがあるみたいだ。


「今からこの星人学園に入れるかな?」


「既に定員に達しているし無理じゃの。じゃが安心せい、今の星人学園で使用人の講師をしているのはほとんどわしの弟子じゃ。わしの一声で遊鷹の席なぞ三分で用意できるぞ」


「ゴリゴリの裏口入学!?」


「まぁそこから先は遊鷹の実力次第じゃな。能力が無ければはじき出される、星人学園の生徒となればやつらは遊鷹にも容赦はせんぞ」


 入学はできるが学園での贔屓ひいきは無いようだ。

 ここから先は自分の実力次第ということになる。


「ちなみに中等部も新設されたみたいじゃな。凛菜も入学決定じゃ」


「ほ兄ちゃんと同じ学校に通えるんですか!?」


 凛菜は喜んで俺に抱き着いてくる。

 凛菜としては使用人になることはどうでもよく、俺と同じ学園に通えることの方が大事みたいだ。


「遊鷹よ、星人学園は甘い場所ではないぞ。全国から実力者が集まり、資質が試される学園じゃ。中途半端な覚悟では潰れるぞ」


 祖父からの警告。

 星人学園には楽しい学園生活ではなく、厳しい学園生活が待ち受けているようだ。


 だが、構わない。

 やればやるだけ報われる学園だ、むしろ退屈しないで済むかもしれない。


「まさか俺も使用人になるなんて考えもしてなかったけど、いざそうなるとワクワクもしてくるよ」


 どことなく、血が騒ぐ感覚がある。

 代々使用人として仕えてきた片平家の血がうずいているとでもいうのだろうか……


「不安よりも興奮が勝るか……やはり、遊鷹は片平家の血を引く人間じゃ。星人学園で暴れてやれい」


「ああ、やってみるよじいちゃん。凛菜も頑張るぞ」


「う、うん。でも、使用人って何するの? 掃除とかですか?」


「安心せい、昭和を支えた伝説の使用人と呼ばれるワシが、二人をみっちり鍛えてやる」


 鬼のような目を見せる祖父に捕まり、俺と凛菜は入学までの約一ヶ月間、地獄のような修行を重ねることになった。


「でも、父さんはどうして俺が使用人になることに反対してたの?」


「使用人の家系だからといって使用人になるのではなく、自由にやりたいことをやらせたかったんじゃ。使用人は時に命を落としかねない危険な仕事じゃからのぅ── 」


 どうやら使用人というのは、俺が思っているよりも危険な職業のようだ――


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