第三話 仮契約


 全員のアピールタイムが終了した。

 次はフリータイムとなっており、使用人は指定の位置について待機する。

 主人たちは気になる使用人たちの元に行って質疑応答をすることとなっている。


 フリータイムの時間が始まり、主人たちは使用人たちの元に進み始める。

 だが、大半の生徒が柿谷の元に集まっていく。

 前評判も一位でパフォーマンスも成功したので妥当な結果なのだろう。


 資料を読み、注目の主人たちのデータを頭に入れることに。

 やはり一番の目玉は三神くろという生徒だ。

 総資産約百兆円とは桁外れである。二位の生徒ですら四十兆円なので、頭三つ分ぐらい抜けている。


 その二位の生徒はやなぎまさかずという男子生徒。

 柳場グループは多くの会社を連ねている一流企業だ。彼はその柳場グループ代表取締役社長の息子のようだ。


 資産額では目立たないが、注目の主人は他にもいるみたいだ。

 シャルティ・ルイヴィストン・相須。既に何度かやり取りをしたサングラス女さんだな。

 母はアメリカのハリウッドスターであり、父は日本人の経営者という異質な組み合わせで、容姿も相まってスターのような生徒だ。


 もう一人は、おおいずみ

 現役総理大臣の娘という驚きの肩書。総資産は多くないが、国に大きなパイプを持つ大物生徒で間違いないだろう。


 最後のページには、銃をつきつけてきた女のデータが載っているが、俺と同様に実績や経歴が空白となっている。謎が多い主人もいるみたいだな。


「ねぇ、もっとマジック見せてよ」

「どうやって鷲を出したのかしら」


 俺の元にも主人の生徒が集まってくる。

 これはマジックのパフォーマンスが成功したということだろう。


 この結果なら確実に、誰かしらの主人から指名を受ける。

 さいさきの良いスタートを切れそうだ。


「あなたに三つほど質問があるのだけど」


 好意的な目をして集まる主人の中から、一人だけ攻撃的な目をして前に立つ主人。

 その生徒は、三神黒露。一番の大物が食いついてきた。

 色めき立っていた生徒も、三神様が前に出てきたため一瞬にして静まってしまう。


「答えられる範囲の質問なら、答えさせていただきます」


「そう。まず一問目、使用人の実績がデータに無いようだけど、どのような中学校生活を送ってきたのかしら?」


 俺の全身をめるように見る三神様。

 まるで俺を品定めするかのように観察している。


「ごく一般的な公立中学校に通っていました。部活動はバスケにいそしんでました」


 俺の弱点である実績の無さを多くの主人の前でアピールされてしまっている……


「続いて二問目、この学園の使用人はある程度の実績や資格を持つ生徒でないと入学できないのだけど、どうやって入学したのかしら? うそは認めないわよ」


「父親がこの学園の卒業生であり、祖父もこの学園にゆかりのある人だったので、特例を受けてこの学園に入学しました。特待生のようなシステムです」


 俺は正直に理由を述べた。

 噓は認めないわよということは、真実を知っていて噓を見抜ける状態であるということ。この場合は下手に隠さない方がいいな。


「最後に三問目、祖父と妹と三人で暮らしているようだけど、両親はどうされたの?」


「……その質問には答えられません」


 データには書かれていない情報まで知っているとは、どうやら俺の家庭事情は事前に全て把握されていそうだな。


「先ほどの片平君のアピールタイムは意外性があって悪くなかったわ。けど、主人は不透明な人間をそばには置かない。お金持ちは、不透明な人間を警戒するように教育されているから、仕方のないことだけど」


 その説明は理解できる。お金持ちはそのお金欲しさに、どこからともなく人が寄ってくる。

 人を見極める力が無ければ、だまされて思わぬ落とし穴にはまることになる。


 故に、お金持ちは初めに相手を信頼できる人物かどうかを見極める。

 金持ちであればあるほど、その警戒心は強い。


 そのため、実績や能力が不透明な俺はどれだけアピールを成功させようが、使用人として傍に置くことに不安があるということだろう。


 俺と三神様のやり取りを見た他の主人たちは、三神様の意見に同調して俺の元から離れていってしまう。


「あら、申し訳ないわね。痛いところ突いちゃったかしら?」


「いえ、光栄ですよ」


「……勘が鋭いわね」


 三神様は俺を見てにやけた。

 俺は彼女の目的に気づいたため、そこには感謝の言葉しかなかった。


 雇う気の無い使用人なら、わざわざ口出しなどしない。

 一番の大金持ちである三神様がそんな無駄な時間を費やすわけがない。


 本当に困るのは無関心であることだ。

 それでも三神様は、俺の前に来てダメ出しをしてきた。

 それは、他の主人からの興味を払いのけて自分で回収するという意思の表れだと俺は推測した。


「あなたなら退屈しないで済みそうね」


 三神様からの好意的な言葉を聞いて、ホッとする。

 だが、気になるのは三神様の背後で監視している金髪サングラス女の姿だ。

 三神様の動向を逐一確認している。


「いやいや、ウチの方が退屈しないで済むで三神様」


 しかし、俺と三神様の仲を邪魔するかのように柴崎が会話に乱入してきた。


「柴崎さん、黙って成仏しててくれないか?」


「ウチは死んでへん! まだ肉体あるで!」


 突然の乱入に、三神様の興味の視線は柴崎に移ってしまう。


「好ましい意気込みね。では、この私をあなたの一発ギャグで笑わせてもらえるかしら」


「とんでもないちやぶりやな……でもまぁ芸人のたまごとしては、振られたフリには全力で返さなあかん」


 三神様の挑発に、やる気満々の姿勢を見せる柴崎。

 お願いだから滑り散らかしてくれ。


「や、ヤバい! スマホの充電が一パーセントしかないやん! だ、誰かウチに電気を分けてくれ~!」


 両手を天に突き出し、元気玉のポーズをする柴崎。

 な、何をやってんだコイツは……


「わ、わかったわ」


 三神様はポケットから護身用のスタンガンを取り出し、柴崎に電気を与え始めた。


「あびゃびゃびゃびゃ! うほー!」


 電気ショックを与えられ、もんぜつしている柴崎。

 見事に滑ったと思ったが、電気を浴びてうほーともがく姿はちょっと面白かった。


「何しとんねん! マジレスすな!」


 電気から解放された柴崎は三神様にえている。

 そのリアクションを見て、三神様は顔を真っ赤にして、手で口を覆いながら笑いをこらえていた。


 どうやらリアクション芸込みで三神様のツボに入ったようだな。

 やるな柴崎。


「合格。あなたを指名することにするわ」


「えぇ!?」


 まさかの柴崎は三神様から指名を勝ち取った。

 最悪な状況だなこれは……


 そして、三神様の背後にいたサングラス女はニヤリと微笑ほほえんだ。

 あの人はいったい何をたくらんでいるんだ?


 このままでは三神様の指名を柴崎に取られてしまうので、俺も一発ギャグを披露して対抗するしかない。

 だが、俺に一発ギャグなんてできるのか?


 下手に挑戦して恥をかくのは避けたいし、滑ったらそのまま死にかねん。

 モノマネなら何かできたはずだ……

 そういえば、至近距離から発射された十二方向からのBB弾を一発残らず素手でつかみ取る空手家のモノマネで妹の凛菜が笑ったことがあったな。


「フリータイム終了です。主人たちは別室の投票室に向かってください」


「うそん!?」


 松坂先生からフリータイム終了のお知らせ。

 三神様は俺達の前から姿を消していってしまった。


「ふええ~、三神様から気に入られちゃったよぉ~」


「黙れ」


 腹立つ顔で俺をあおってくる柴崎。

 女性に対して殺意が湧いたのはこいつが初めてだ。


 主人たちがぞろぞろと移動する中、ロボット使用人である錦戸さんと見つめ合って一歩も動かない主人がいた。

 その男は主人である柳場正和。

 この男は錦戸さんのアピールタイムの時にも一人で大きな声を出していた。


 前髪が長く、目が隠れてしまっている柳場君。

 高身長な細身で、素顔はわからないが雰囲気はイケメンである。


「このロボットは柳場様の物なんですか?」


「……そうだ。この学園は絶対に使用人を一人は雇わないといけない決まりだが、俺様は人間を雇いたくなかったから、使用人に俺様のミルたそを忍ばせていたのだ」


 どうやらロボットの錦戸さんは柳場君が用意した物みたいだ。

 やはり主人側も変わった生徒が多いみたいだ。

 普通の人間は、ロボットを使用人にしようなんて思わない。


「ぜんぜん忍べてへんやん」


「黙れ三次元。気安く話しかけんじゃねーぞ」


 柴崎には急に態度を変えた柳場君。

 女性にコンプレックスでも抱えているのか、柴崎とは目も合わせようとしない。


「柳場様、他の主人たちはもう別室に移動してますので」


「わかってる、ミルたそに変なことしたらぶち殺すからな」


 柳場様は警告を残していき、教室を去っていった。

 ロボットに悪戯いたずらするほど俺は腐った人間ではないのだが。


「さて、ではこれからロボットのミルちゃんにお笑いの極意でも教えちゃうで」


めろアホ、柳場様に止められただろ」


「お笑いの世界では、押すなは押せに変換されるんや。これがウチの固有結界」


 人の話に聞く耳を持たない柴崎は、問答無用で錦戸さんに絡み始めた。


「ミルちゃんや、お主にお笑いの極意を教えよう」


「必要ありません、既に備わっております」


 柴崎の発言を聞いて一歩前に出てくる錦戸さん。

 無機質な声で、お笑いの極意も備わっていると発言した。


「ほな、やってみーや。ウチが審査したるで」


「……安心してください、穿いてますよ」


 錦戸さんはスカートをたくし上げて、昔流行はやった言葉を用いながらパンツをしっかりと穿いていることを見せてきた。


 水色のパンツがしっかりと見えた。

 相手はロボットだが、少し鼓動が高鳴ってしまう。


「何しとんねん!?」


 柴崎は慌てて錦戸さんのスカートをはたいて降ろす。

 俺はもっと見たかったというのに、お前が何しとんねんという感じだ。


「片平様、今のは面白かったですか?」


「ああ、柴崎よりは面白かった」


 よしっ、とガッツポーズをしてわかりやすい喜びを表現している錦戸さん。


 錦戸さんとやり取りをしていると、主人たちが戻ってくる。

 指名投票は第三希望まで書くことができ、指名が複数の場合は使用人が主人を選ぶことになっている。


「まずは一番指名が多かった使用人から発表だ」


 先生は大きな電子パネルにデータを表示させて、投票結果を公表する。


「一位は柿谷賢人七票。さぁ柿谷、誰を選ぶ?」


 断トツ一位の柿谷。

 票がかぶると倍率も上がるので、本来ならもっと票数は上のはず。


 数多くの主人候補の中から指名されるのは難しいと考え、あえて柿谷を選ばなかった主人もいるはずだ。

 それでも、柿谷に票が集まるのは、主人の生徒は自分に自信があるからなのだろう。


 投票した主人の名前が大きな電子パネルに表示されるが、柿谷は少し焦りの表情を見せた。

 理由は、一番品格のある三神黒露の名前がなかったからだろう。


「では、大泉利理様を指名させていただきます」


 誇らし気に柿谷は大泉さんを指名したが、本音は悔しさをにじませていることだろう。

 総理大臣の娘である大泉さんは影響力の強い主人だが、それでも三神様には及ばない。


 その後も指名の公表が続いていき、ロボットの錦戸さんは持ち主である柳場の指名で選ばれ、パワフルな力を見せた草壁さんは銃を持っていた女生徒に選ばれていた。


「次に第一指名が入ったのは柴崎」


 そして、柴崎の指名の公表に入る。

 指名が入っているということは、本当に三神様が投票をしたのだろうか……


 主人たちもざわついている。

 誰があのヤバい人を選んだのと困惑しているようだ。


「柴崎を指名したのは、シャルティ・ルイヴィストン・相須の一名。よって、滞りなく使用人の仮契約を決定する」


 まさかの柴崎を指名したのは三神様ではなくサングラス女さんだった。

 その結果に、フロアが動揺に包まれる。


 柴崎が戸惑う顔を見せているのは理解できるが、一番戸惑っているのは自分で指名したシャルティの方だ。


「あのサングラスかけたイタい女がウチの相方かい」


「お前の方がイタいから安心しろ」


 あのサングラス女と柴崎が組むことになるとは……

 めっちゃ危険な香りが漂うな。


「次に第一指名が入ったのは片平」


 やはり指名が一人だけ入っている。

 これもあのお方の作戦通りということか。


「片平を指名したのは、三神黒露の一名。よって、滞りなく使用人の仮契約を決定する」


 先生の言葉に大きなどよめきが起こる。

 それだけ三神様の判断は奇抜ということだ。


 その後も第二希望の使用人が発表され、多くの主従ペアが生まれる。

 そして、全ての主従ペアが完成し、目利きの時間を終えた。


「使用人は主人を多目的ホールへ案内しろ。三十分後には入学式が始まります」


 先生がフロアから去って行き、緊張感のある空気から解放される。

 生徒達はどよめきを残しつつ、それぞれ仮で決まった主人たちの元へ使用人が集う。


「指名して頂きありがとうございます三神様」


 とりあえず俺は三神様へ感謝を告げる。

 最初から大物と組めるとは想定していなかったので、大チャンス到来だ。


「よろしく頼むわ片平遊鷹」


 三神様を間近で見ると、そのほとばしるオーラに思わず後ずさりしそうになる。

 宝石のようにれいだが、冷徹さを感じる瞳。

 傷や染みなど一つもありはしない、艶やかな肌。

 同じ人間であるかすら、疑わしくなる綺麗さだ。


「でも、うぬれないで頂戴。私は他の主人とは考え方が違う。学園を共に過ごす使用人なら、信頼より退屈しのぎになるかを優先したいところね。あなたは学園生活という退屈な時間に、彩りを加えられるかしら?」


 とてつもなく上から目線の発言だが、実際に三神様はとてつもなく上にいる存在。

 一般人に上から話されたら鼻につくのかもしれないけど、彼女なら何も不快さはない。


 使用人として試されることに不安はじんもない。

 むしろ、ワクワクする心境だ。


「お任せください」


「良い目ね。期待するわ」


「それにしても、三神様が俺を選ばれるとは意外でしたね」


「意外でも何でもないわ。あなた、この世界で生きていくために最も重要なものって何か知っているかしら?」


 答えは情報だろうか……

 いや、ここはあえて間違えた方が主人を立てやすいな。


「お金でしょうか?」


「残念、答えは情報よ。有益な情報を誰よりも早く入手し、もうけを得る。危険な情報をいち早く入手して、危機を回避する。情報が多い者は得をし、情報弱者は損をする」


「なるほど。ということは、僕を指名したのもその情報の功績ということですか?」


「そうよ。片平という名前を見て、ピンと来たわ。今では名を落として影を潜めているけど、片平の名は使用人旧御三家の一人。あなたの情報を調べて、しっかりと血筋を引いていることも確認できた」


 やはり、俺の情報は調べられていたみたいだ。

 資産額一位の主人ということもあり、誰よりも先を行こうとしている。


「ですが、実績や資格が無いのは考慮されなかったんですか? 片平家の血を引いているとはいえ、実績の無い僕を選ぶのは博打ばくちにも近いですよ」


「……あなたの前提は間違っているわ。賭けや博打という言葉は、私の辞書には無いの。なぜなら無尽蔵の資産を持つ私に、損失などありはしないのだから」


 やはり、主人というのは別世界の人間だ。

 一般人は賭けでベットを支払う。ギャンブルではお金を、取引では対価を。

 負ければそのベットは失われ、大きな損失を被ることになる。


 だが、彼女は違う。

 一回のギャンブルで百万円を賭けて負けようが、多額の資産の前では傷一つ残らない。俺が賭けに一円を賭けているようなものだろう。


「あなたが少しの退屈しのぎにすらならなかったら、即座に代わりの人間を手配してもらうだけだから。無理を言えるお金ならいくらでもあるし」


 三神様のとげのある発言。

 出来が悪ければ仮契約期間であっても関係なく捨ててしまうみたいだ。


「……死ぬ気で頑張ります」


「そうそう、それでいいの。あなたは私のために死ぬ気で努めなさい。それはきっと自分のためにもなるからね」


 最後は優しい笑みで締めた三神様。

 普段の冷徹な表情と、その笑顔には大きなギャップがあった。


「ちょっとどういうことよあんた!」


 いちゃもんつけながら俺達の元に現れたサングラス女さんことシャルティ。

 その後ろには使用人の柴崎がいる。


「どうしたのかしらシャルティさん?」


「あんた、この柴崎って馬鹿を指名するとかほざいていたじゃない!」


 シャルティの文句は俺も気になっていたところだ。

 三神様ははっきりと柴崎を指名すると宣言していた。

 それは、背後で様子見していたシャルティもはっきり聞いていたはず。


「シャルティさん、あなたの考えはお見通しよ。あなたは私が指名する使用人に被せて指名をし、私とあなたのどちらが選ばれるか勝負をしたかったのよね?」


「な、なぜそれを?」


「背後から敵意き出しの目を向けられれば誰だって気づくわ。何故なぜか私を敵対視しているようだけど、痛い目を見るだろうから止めておきなさい。実際、私にはめられてあなたの使用人になったのは、どうしようもない生徒のようだしね」


「ぐぬぬ……」


 三神様はシャルティを言い伏せている。

 どうやらシャルティは勝手に三神様に敵意を抱いているみたいだ。


 だが、三神様が柴崎を指名すると告げた理由が理解できた。

 自分に合わせて指名してきそうなシャルティを誘導するためのものだったみたいだ。


「シャルティさん、あなたの目的は何かしら? 私はあなたに何かしたかしら?」


「この学年でシャルティがちやほやされると思ったら、あなたがチヤホヤされてシャルティが空気っぽくなったからよ!」


 そう言って柴崎の手を引っ張りながら去っていくシャルティ。


 彼女の美貌は異質であり普通にちやほやされるものだと思うが、サングラスをかけているせいでヤバそうな人というイメージを周りに与えてしまっている。

 きっとそれが原因で、周りが近づきがたい雰囲気になってしまっているのだろう。


「まったく、めんどうそうな人に目をつけられてしまったわ」


 ため息をつく三神様。

 俺が柴崎に絡まれるようになったことと同じだるさがある。


「三神様、入学式が行われる多目的ホールへ案内しますよ」


「ええ。ただ移動するのは退屈だから、そうね……何か涙を誘うような感動する話でも聞かせてくれるかしら?」


 やっぱり鬼だなこの人、ちやぶりが過ぎるぞ。


 他の主人とは異なり目立つ人なので、三神様の使用人をしているという事実だけで評価は上がるが、何か失敗でもすればそれも目立ってしまう。

 ハイリスクハイリターンだ。


「……かしこまりました。では、念のため、この綺麗なハンカチをお渡ししておきます」


「あら、号泣は必至ってこと? なかなかの自信じゃない。感動できなければクビにするかもしれないわよ」


 廊下に出て、案内しながら進んでいく。

 さらに合わせて感動する話も語らなくてはならないとは過酷だな。


「僕には三つ下の妹がいるんですが……小学生の時に、地域のお祭りで妹の凛菜が迷子になってしまいまして。これはその時のお話なんですけど」


「子供の時の迷子の話ね。即興の割には期待できそうじゃない」


 とりあえず頭に思い浮かんだ昔話を語り始めたが、この話を女性が聞いても感動するのは難しいかもしれない。

 ここはグリーンのキセキでもスマホから流して、BGMで感動を誘う作戦にしよう。


「凛菜がどこかで泣いていると思うとじっとしてられなくて、お祭りの会場を走って探しまくりました。ですが、地域のお祭りということもあり、開催場所が広く容易に見つけることはできませんでした」


「ここまでは定番な話ね。感動のラストに期待がかかるわ」


「必死に探し回っていると、神社の裏でたたずむ露出が多いエッチなお姉さんに出くわしました。そのお姉さんは、走り回って息を切らしていた僕を優しく抱きしめてくれました」


「過去例に無い急展開ね」


「凛菜を探すことも忘れて、そのエッチなお姉さんに色んなことを教えてもらいました」


「いやいや妹さん忘れないでよ」


「結局、凛菜は巡回中の警察官さんに保護されて両親が迎えに行きました。凛菜が無事と聞いて僕は涙をこぼしました。今思い出しても、あの時のあんよみがえって涙が出てきそうになりますね」


 懐かしい思い出に思いをせる。

 あのお姉さん元気にしてるかな……


「どういう結末!? あなたが探し出してあげないから妹さんは警察に保護されちゃってるじゃない!」


 思いのほか、声を荒らげて発言してくる三神様。

 堅苦しい人ではなかったみたいだな。


「……こほん、その話に感動の要素を感じられなかったのだけど」


 三神様は取り乱した自分を切り替えて、話のダメ出しをしてくる。


「そ、それから僕は、あの日を思い出すだけで涙が……」


 涙ながらに熱く語る。

 泣き真似まねをするのは得意だからな。


「ちょっと、泣かないでよ。これじゃ私が血も涙もない冷徹な人間みたいじゃない」


「世の男子は泣きますよこれ」


「……まぁいいわ。とりあえずセーフということで」


 泣いている俺を見ていられなくなったのか、合格の判定を下して話題をそらそうとする三神様。

 力技での勝利だが、もう同じ手は使えない。


 それにしても気に入らなければ即クビなんて、三神様は本当に無慈悲なお嬢様だ。

 常に全力で挑まなければ、俺に明るい未来はなさそうだ――


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