第4話 クラスメイトを助ける

「な、なんと禍々しい」


 側にいた教官は震え上がる。

 天を衝くような黒い光。

 そして奇怪に響く『ジャアク』という言葉。

 講堂は黒き光に溺れ、受験生はおろか教官たちも闇に包んだ。


 その中心にいたのは、我だ。


 どうやら、この魔導具……。

 対象の魔力の強さを探るようにできていて、その実――宿業を探るもののようだ。

 宿業とは、いわば魂の経験値。

 人類も、魔族の魂も常に輪廻を繰り返している。

 生き死にを繰り返すうちに、肉体は滅び、記憶は消滅するものの、魂は磨き上げられ、来世において魔力の総量として反映される。


 魔力とは即ち魂の経験値――つまり、宿業だ。

 この魔導具は、対象の年齢を探り、その宿業の質によってランク分けしていたというわけである。


 人間も面白い魔導具を作ったものだ。

 しかも、よもや我の宿業を見抜くとは。

 褒めてつかわそう。


 我は魔導具から手を離した。

 黒い光は収束し、警鐘のように鳴り響いていた『ジャアク』と言う言葉は消える。

 講堂はすっかり静まり返っていた。


 ん? なんだ、この空気は?


 先ほどまでの熱狂的な雰囲気は消えている。

 我に向けられた憧憬の眼差しは同じく失せ、代わりに恐怖がこびりついていた。



 ◆◇◆◇◆



 こうして入学試験を終わった。

 10日後、合否が発表され、我は聖女候補科のFクラスに入学することになった。

 合格はしたが、最低のFクラスである。


 なかなか厳しい結果だ。

 だが、我を査定したのは、一流の聖女たちである。

 その彼女たちが下した結果が、Fクラスだ。


 結果は真摯に受け止めなければならぬ。


 後日、教えられるが、我の合格に懐疑的な者がほとんどだったらしい。

 だが大聖母アリアルの提言により、Fクラスの入学が認められたそうだ。

 もし、あの時アリアルに出会わなければ、我は聖女としてのスタートラインにすら立てなかっただろう。


 しかし、どんな形であれ、聖女の学舎に入学することができた。

 3年間、教官殿たちの授業をよく聞き、研鑽すればきっと我は回復魔術を極めることができる。

 我は、そう信じる。


 そのためには、【大聖母】アリアルの訓告通り、友人を作ろう。


 我は意気揚々と聖クランソニア学院の制服に袖を通し、学校生活を始めた。

 友達を作るために、道行く生徒全員に片っ端から声をかける。

 だが、駄目だった。


 おかしい……。


 社交性には自信がある方だ。

 ターザムの矯正きょういくのおかげで、笑顔も完璧なはずである。

 なのに、生徒たちは我の顔を見るなり、「ひっ……! ジャアク!!」という言葉を残して逃げていく。

 どうやら、あの入学試験の一件で生徒たちから、恐怖の対象として見られるようになったらしい。

 何故かそれは、すでに全校生徒に知られているようだった。

 悪事は千里を走ると聞くが、これには元魔王である我も驚きだ。


 しかし、我は諦めたくない。


 回復魔術を極める道に、友など必要ないかもしれない。

 だが、折角勇者ロロと同じ人間となったのだ。

 ロロのように友を率い、語り、一緒の目的をなすことに、我は少し憧れを感じていた。


 それに聖クランソニア学院にいる聖女は、我と志が近しいはず。

 できれば、友ともに回復魔術を極めてみたい。


「どこを見ていたのだ、貴様!!」


「す、すみません!!」


 怒声に続き、悲鳴が我の耳を痛打した。

 我を含め周囲の視線が声の元へと注がれる。

 そこにいたのは、我と同じ聖女候補生と、武器を帯びた学生だった。


 後者はおそらく聖騎士候補生であろう。

 聖クランソニア学院には大きく分けて、3つの課程がある。

 すなわち我が所属する聖女候補課。

 聖女の男バージョンともいうべき、神官候補課。

 そして、最後に聖騎士候補課である。


 それぞれ制服の色でわかるようになっていて、聖女候補生は緑、神官候補生は青、聖騎士候補生は銀という具合だ。それぞれに3年の教育課程があり、初年度を第一候補生、二年目を第二候補生、さらに第三候補生と続く。


「あれ……第三候補生のガルデン先輩だぞ」

「マジかよ、ギトロギス伯爵閣下の子息じゃないか」

「剣の腕も相当らしい。学科長が頭を下げて、入学をお願いしたとか」

「事実、成績はトップ」

「未来の聖剣持ちかよ……」


 生徒たちの噂があちこちから聞こえてくる。

 なるほど。上級生に、伯爵閣下の子息か。

 ふむ。若い割には、なかなかの体格だ。

 剣の腕というのも、眉唾ではないだろう。


 聖剣持ちというのは、聖騎士の位において、最高位を表す。

 この学校を出て、聖騎士としての実績を積み重ねていくと、この世に八振りある聖剣の所有が認められるらしい。


 聖剣か……。

 昔、人類が我を殺すために躍起になって、製作していた兵器だな。

 ロロとは違う勇者が我に向かって振り下ろしてきた事があったが、大したことはなかった。

 最終的には魔力を吸い上げ、包丁に加工して、侍女に与えると、大層喜んでいた。

 「よく切れる」とな。


「すみません。慌てていて……。わたし、よく言われるんです。母親に『前を見て歩きなさい』って」


「貴様の話なぞ、聞いておらん!」


「キャッ!!」


 ガルデンは聖女候補生を足蹴にする。

 鋭い蹴りは聖女候補生の脇腹を貫き、吹き飛ばした。

 激しく地面に叩きつけられたが、意識は残したらしい。

 聖女候補生は、ケホケホと激しく咳をする。


 よく見ると、知った顔だな。

 あれは我と同じFクラスのものではないか。


 確かハートリー・クロースという平民出の聖女候補生だと思うが……。

 家が貧乏だから、寮には入らず、いつも王都の隅っこにある商家から通っていることが、事前調査で知っている。

 同じクラスなのだ。

 友人になるかもしれない聖女候補生のことは、すでに鑑定魔術で把握している。


「ちょ! ひどくない」

「あんなことしなくても……」

「ば、バカ! 聞かれるぞ」


 ガルデンは「黙れ」とばかりに周囲を一瞥する。

 その気迫もなかなかものだ。

 その睨みが利いたか、周囲にいた生徒は蜘蛛の子を散らすように、その場から立ち去った。


 我を除いてな。


「ん? なんだ、貴様? 見たところ、お前もこいつと同じ聖女候補生のようだが。それに……ふふ。同じFクラスか。同病相憐れむといったところか」


「別にそういうわけではないですよ。登校したら、あなたたちが揉めていて、そこに同級生がいたというだけです」


「で? どうするのだ? この無礼な下級生を助けるのか? はん! オレは何も悪いことをしていないぞ。上級生が下級生をしつけているだけだ」


「しつけですか……。ハートリーさんが何をしたんですか?」


「どうして、わたしの名前?」


 素っ頓狂な声を上げたのは、ハートリーだった。

 眼鏡の奥の目を大きく広げて、驚いている。

 我とガルデンの視線を受けると、ハートリーは「ど、どうぞ」と消えゆく蝋燭の炎のようなかすれた声を上げて、我らに会話を促した。


「この女がオレに当たってきたのだ」


「ホント? ハートリーさん」


「え?」


 我に尋ねられて、ハートリーは一瞬恐怖に引きつる。

 その後、おもむろに首を動かした。


 どうやら間違ってはいないらしい。


「おかげでオレの手は、薄汚い平民に触れて穢れてしまった。今から、その制裁をこやつに科すところだ」


「先ほどは、しつけと言っていたではありませんか」


 我は肩を竦め、微苦笑を浮かべる。

 全く貴族というヤツらは、どうしてこう頭が悪いヤツらばかりなのだろうか。


 マナガストから我がいなくなり、すでに世界は1000年が経過していた。

 だが、依然として種族間のわだかまりは残っている。

 それはそうだろう。

 人類同士の間でも、貴族だの平民だのと罵り合っているのだからな。


 人類は身分社会だ。

 生まれながらにして権力の強さが決まる。

 我からすれば、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。


 聖クランソニア学院において同じだ。

 上級生云々など関係なく、爵位の上下こそ、絶対的な基準になるらしい。

 この学院は、ルヴィアム教が運営母体とし、ルヴィアム教は貴族の寄付によって成り立っている。

 自ずと貴族に対して、基準が甘くなるのだろう。


「その銀髪……。端整な顔立ち……。お前、もしかして噂に聞くルヴル・キル・アレンティリだな。そうか。貴様があのジャアクか」


 ぴくっと、我はこめかみを動かした。

 それを見て、ガルデンは大口を開けて笑う。


「あはははは……。やはりか。それで? かの有名なジャアク様が何をしようというのだ。もしかして、同級生を助けようと? ほう……。その邪な心根とは対照的ではないか」


「なるほど」


「ん?」


 我は思わず手を叩いた。


 なるほど。

 考えもしなかった。

 そうか。ここでハートリーを助けてやれば、我に感謝し、友になってくれるかもしれぬ。

 我に関する黒いヽヽ噂も晴れるかもしれぬしな。


 ガルデン、すまぬ。

 どうやら貴様は貴族でも頭がいい方らしい。

 故に、我の名誉を回復させるため、礎となってくれ。


「ええ……。そうです。ハートリーさんを助けにきました」


「ジャ――――る、ルブルさん……。わたしなんかのために」


 ハートリーの目に涙が浮かぶ。


 人間が哀願する表情はいくつも見てきた。

 だが、今は気持ちのいい気分だ。

 友のために戦う。

 なるほど。ロロはこういう気分を味わいたくて、勇者をやっていたのかもしれぬ。


「くははははは! 良いだろう。オレがジャアクをここで成敗してやる」


 ガルデンは背中に背負っていた武器の封印を解く。

 現れたのは、拳甲セスタスだ。

 それもただの拳甲ではない。

 外見は鉄に覆われ、拳骨から肘まで守るように作られている。

 さらに特定の魔術が施されていた。


「確か……。武器の封印解除は、授業以外御法度だったはずですが……」


「オレは特別だ。学科長に許可をもらい、自分の意志でいつでも封印を解くことができるのだ」


 ガルデンはニヤリと笑う。


「そうですか。まあ、私は構いませんが、後で咎められてしりませんよ」


「構わんよ。その前に、お前に証言する口があればの話だがな」


 ガルデンは我に飛びかかろうと構える。

 だが、その前に我は手を出して、暴れ牛のように戦闘態勢になったガルデンを止めた。


「ガルデン先輩、その前に先ほどハートリーさんと接触し、怪我をされたと」


「怪我? 些細なことだ。ちょっと触れただけにすぎぬ」


「いえ。後で何か言われるのもいやなので、回復させていただきます」


「回復……?」


「ええ……。そうです」



 回復して差し上げましょう。



 我は回復魔術を放つ。

 白い閃光がガルデンを撃ち抜いた。


「な、なんだ、この力は? 普通の回復魔術ではない。力が……力が溢れるるるるるるるるるううううううううう!!!!」


 ガルデンは絶叫する。

 白い光の中から現れた上級生は、気力体力、そしてその表情ともに充実していた。


「素晴らしい。この力、素晴らしいぞ! この力があれば、今すぐにでも学院のトップになることができる。学院の【八剣エイバー】のヤツらなど敵ではないわ!!」


 ギィンとガルデンの瞳が光る。

 真っ直ぐ我の方に向けられていた。

 まるで獣が獲物を追い詰めるようにユラユラと揺れる。


「何を考えているかは知らぬが感謝しよう、ルヴル……。いや、ジャアク。なるほど。貴様はどうやら、人を力で堕落させる悪魔らしい。ならば、聖騎士候補生としてオレはその力を持って、払わねばならん」



 死ね、ジャアク!!



 ガルデンは飛びかかってくる。

 良い動きだ。

 まあ、悪くはない。

 だが――――。


「弱い……」


「へ?」




 ゴッッッッッッッ!!




 勝負は一瞬であった。

 襲ってきたガルデンに向かって、我は拳を伸ばす。

 それは吸い込まれるようにして、ガルデンの頬に突き刺さった。

 交差打法は見事に決まる。

 その拳の軌道は、さらに地面へと続いた。


 ガルデンの顔面が学院の煉瓦道に突き刺さる。

 そのままガルデンは失神した。


「はあ……。もう終わりですか」


 我は深い深いため息を吐く。


弱いみじゅく……。みじゅくすぎる……」


 だが、未熟なのは我も一緒だ。

 我はこの者の弱さを治すことができなかった。


 もっと精進せねばなるまい。


 この学舎で……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


本日はここまでになります。


面白い、続きが気になると思った方は、

是非作品フォロー、レビュー、コメント、応援の方をよろしくお願いします。


※もうちょっと無双ものっぽい、タイトルにしたいと思っているので、

 近々タイトル修正させていただきます。

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