第43話 秘密の食卓
アレンティリ家に3人の娘たちの悲鳴が響き渡る。
いち早く反応したのは、2階で執務を取っていたターザムだ。
「何事だ!?」
バンと荒々しくドアを開く。
玄関ホールが見渡せるところまでやってくると、鋭い目を光らせた。
一糸纏わぬ我が子を見て、たちまち目くじらを立てる。
「ルヴルぅぅうぅぅううう!! あれほど、浴室で着替えてから出てくるなと――」
「お父様のエッチ!!」
ルヴルは反射的に魔術を使う。
父親の眉間を見事射抜くと、転倒させることに成功した。
「例えお父様でも……。年頃の娘の裸を見せるわけにはいきませんわ。淑女として」
「お前…………まだ……5、さい…………がくっ……」
そのままターザムは意識を失った。
「やれやれ……」
「ルーちゃん!!」
肩を竦めるルヴルを思いっきり抱きしめたのは、ハートリーだった。
まだ満足に水滴も拭い切れていないにも関わらず、ルヴルの大きな胸に埋まるようにハートリーは親友との再会を喜ぶ。
「良かった……。本当に良かった…………」
横でネレムも涙を流し、やがて嗚咽を上げる。
「ハーちゃん……。ネレムまで…………」
一方、ルヴルは困惑気味だ。
自分の胸で泣きじゃくるハートリーの頭を撫でるのが、精一杯だった。
「あらあら……。こんな時間にお客様? まあ、ハートリーちゃんじゃない」
マリルが騒ぎを聞いて、奥からやってくる。
「母様……」
ルヴルは目で助けを求めた。
マリルはクスリと笑うと、手を差し出す。
「立ち話もなんだから上がってちょうだい。ちょうどおいしいシチューができたところよ」
「ハートリー、ネレム、夕飯を食べていって」
「いいんですか、姐さん?」
「断ったら帰ってくれるのかしら、ネレム」
ルヴルは挑戦的な視線を向け、ニヤリと笑った。
「それはその……」
ネレムは「エヘヘヘ」と誤魔化した。
「ハートリーも……。母様が作るシチュー、好きでしょ」
「うん……。御相伴に預かります」
ようやくハートリーはルヴルから離れる。
それでも、手を離すことはなかった。
離せばまたどこかに行ってしまいそうな気がしたからだ。
「母様。お父様を起こしてきましょうか?」
「大丈夫よ。たまには女の子同士で、男には秘密の話をしましょ」
マリルは口元に指を当てて、「ふふふ」と不敵に笑うのだった。
◆◇◆◇◆
マリルの特製シチューに、3人の少女は舌鼓を打つ。
優しく、温かく、まるでマリルそのものが宿ったシチューに、一同の心は癒された。
ルヴルは「マリルのシチューは最強の回復魔術だ」と讃える。
それを食べ終わった後、ようやく本題の話になった。
「良かった……。本当に良かった。ルーちゃんが戻ってきてくれて。わたし、一生戻ってこないかと思ってたよ」
「そんな訳ないでしょ」
家着に着替えたルヴルは、自分の大きな胸の谷間に手を突っ込む。
取りだしたのは、親友の証であるネックレスだった。
「私がみんなからお別れする時は、このネックレスを置いて立ち去るはずでしょ。ねっ、ハーちゃん」
「ルーちゃん……!」
ハートリーは顔を赤くする。
その目は輝き、うんと1つ頷いた。
「言われてみれば、そうっすね。ところでこの3日間、どこへ行っていたんですか?」
「世界中ですよ」
「「「世界中!!!!」」」
ハートリーに、ネレム、さらにマリルまで大きな声を上げる。
どうやら、マリルも初耳らしい。
一方、ルヴルの方は事も無げに話を続けた。
「ええ……。さすがに疲れました」
「世界中って……。何をしに?」
「簡単です。人間の身体に潜伏している魔族に、おしおきしてきました」
「魔族に……!!」
「おしおき!!」
再びハートリーとネレムは素っ頓狂な声を上げる。
口をあんぐりと開けたまま、動かなくなる。
「苦労しました。全員を見つけるのは……」
「ええ? 魔族全員におしおきしてきたの?」
「それってかなり難しいんじゃ」
「そうです。本当に大変でしたよ。魔族が開発した転生魔術はなかなか用意周到な魔術でした。私が初見でユーリの正体を見破れなかったぐらいですからね。……と言っても、対応策を瞬時に構築して、見分けられるようになりましたが……。それにしても、なんと言っても、数の多さです。全盛期以上ではありませんでしたが、それと同じぐらいの魔族を探さなければなりませんでした」
ふう、とルヴルは息を吐く。
さすがにお疲れらしい。
だが、聞いている方が疲れる話でもあった。
「どれだけの数の魔族をおしおきしたんだ、姐さんは」
「相変わらず、途方もないね」
ネレムとハートリーは苦笑する。
「ようやく終わって、家に帰って、お風呂から上がってきたところに、ハーちゃんたちがやってきたというわけです。でも驚きました。夜分にノックを鳴らすから、
「な、なるほど」
「それで裸だったんだ」
「骨は折れましたが、まあ責務を全うできたことは良いことです」
「責務?」
「大魔王としての……。魔族の王としての責務ですね。折角、平和な世の中になったんです。それをわざわざかき乱す必要はないですから」
大魔王、という言葉に、ハートリーはぴくりと眉宇を動かす。
横のネレムも一緒だ。
大きく息を吸い込み、両拳を膝に置いて居住まいを正した。
最初に口を開いたのは、ハートリーだった。
「あ、あのね、ルーちゃん! わたしはルーちゃんが大魔王でも、魔族の王でも友達だから……。ずっと友達でいたいから。だから、まだ友達でいてくれる?」
「あたいも、ハートリーの姐貴と一緒の気持ちです。これからもご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします!!」
ハートリーは涙を滲ませ訴えると、ネレムは深々と頭を下げた。
2人の渾身の言葉に、ルヴルはさぞ打ち震えているだろうかと思えばそうでもない。
軽く首を傾げながら、「今さら何を?」という顔でキョトンとしていた。
「る、ルーちゃん?」
「あ、あれ??」
「あ、ああ……。ごめんなさい。びっくりしちゃって。何を改まっているのかなって。そもそもネックレスの下りで言ったじゃないですか。私たちは友達って」
「そ、それはそうなんだけど」
「ふふふ……」
横で聞いていたマリルが微笑む。
「ルヴルちゃん。2人はこう言いたいのよ。たとえ、あなたの心に大魔王が宿っていても、本当にあなたが邪悪な存在だとしても、友達になろうって」
「いえ。それはわかるのですが……。そもそも2人とも、大魔王ルヴルヴィムという存在を知っているのですか?」
「え?」
「え?」
「私の存在は、歴史上抹消されています。本当にいたかどうかも怪しい存在を、恐がれって言われても、怖くないでしょ?」
(正体不明ってところで、十分怖いけど……)
(すでにルヴルの姐さんの存在自体が怖いっす)
「そもそも恥ずかしいんですよ」
「は、恥ずかしい?」
「私は大魔王ルヴルヴィムだと言っても、ただの痛いヤツとしか思われないでしょ。だから、2人にはずっと隠していたんです」
(そ、そんな理由だったの??)
(さすが姐さん。あたいたちの予想の斜め上をいく発想!)
「だから、大魔王云々で友達を失うとは思っていません。だいたい2人は仰っていたではないですか」
『わたしの大切な友達です』
『あたいの恩人で、友達です』
「あんな熱烈なラブコールをされたら、皆の前から消えるなんて出来ないですよ」
ルヴルは食後の紅茶を一口飲む。
その紅茶と同じ、赤い顔をしたハートリーとネレムは恥ずかしさのあまり固まった。
「いいわねぇ……。友情って……。ルヴルちゃんは幸せものね。この果報者!」
マリルは横のルヴルの頬をツンツンと押す。
母親の悪戯な指を掴むと、親子は子猫のようにじゃれ合った。
「このように私が大魔王と言っても、全く態度を変えない母親もいますからね」
ルヴルは困ったように肩を竦めた。
食卓は明るい笑顔に満ちる。
ハートリーは久方ぶりに笑ったような気がした。
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引き続き更新していくので、よろしくお願いします。
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