第4章
幕間 魔王様はまだ回復魔術を極めたいようです
☆★☆★ 6月25日発売 ☆★☆★
「魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~」1巻
レーベルはブレイブ文庫!!
イラストレーターはふつー先生です。
ご予約お願いします。
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バーミリア・ザム・フロルティアは本年度の初登校を迎えていた。
彼はセレブリア王国王都内にある聖クランソニア学院の生徒で、聖騎士、神官、聖女の3つのカリキュラムの1つである聖騎士候補として入学した。頭の出来はお世辞にも良くなかったが、恵まれた身体は守勢を主とする聖騎士には打って付けだ。事実筆記試験は壊滅的であったものの、類まれな身体能力のおかげで入試をパスし、AからFまである能力順でもCクラスと認定された。
そんなバーミリアに事件が起こる。
いや、起こるべくして起こったというべきかもしれない。
第2候補生(2年生)に進級した直後、彼は同級生を病院送りにしてしまった。その日、バーミリアは親と喧嘩し、虫の居所が悪く誰彼構わず喧嘩をふっかけたい気分だったという。そして不幸にもバーミリアの喧嘩相手に選ばれた生徒は、硬い拳骨が浮き出た拳で散々殴られ、蹴られ、踏まれた。
全身の骨という骨が折れ、回復魔術を持ってしても、全治7ヶ月という大怪我を負わせてしまったのだ。
しかも相手はやんごとなきお方に連なる一族の息子だったらしい。
爵位こそわからなかったが、両親の慌てようは凄まじかった。
結局バーミリアは許された。なんでもその息子の対抗馬となる勢力に相当な大金を積んで、許してもらったらしい。しかし、それを聞いても、バーミリアの態度は変わらず、無期限の謹慎を言い渡されても屋敷から出て、下町のごろつきども張り倒す生活を続けていた。
つまり、バーミリアは根っからの“悪”だったのだ。
そんな彼が1年の謹慎を終えて帰ってきた。
彼を知る学院の生徒からすれば、恐怖以外の何者でもないだろう。
ところがどうだ。ポケットに手を突っ込み、肩を怒らせ、ややガニ股気味に歩きながら威嚇しているのに、誰もバーミリアに反応しない。昔は通学路を歩けば、生徒も一般人も目を逸らし顔を青ざめていたというのに、恐れる気配すらない。
(どうなってるんだ? バーミリア様が帰ってきたんだぞ。何故、恐れない!?)
新入生が混じっていることはすぐに気づいたが、それでもバーミリアの顔はいかにも悪人という顔をしている。身体も大きく、常に殺気立っていた。何か感じてもおかしくないはず。
(これじゃあ、オレ様がモブみたいじゃねぇか!)
バーミリアの怒りは頂点に達した。
すぐそばにいた聖騎士候補の胸ぐらを掴む。
「おい! テメェ、オレ様を無視するんじゃねぇ!! オレ様はバーミリア・ザム・フロンティアだぞ!!」
目の前で強面の男が怒鳴っているのに、聖騎士候補は涼しげな顔だ。
眼鏡を吊り上げると、「バーミリア?」と首を傾げる。
舐めた態度と捉えたバーミリアはポケットに入れた拳を抜く。
最上の暴力を加えようとした瞬間、生徒の顔が凍りつく。
それはバーミリアが何度も見てきた恐怖に引き攣る顔だった。
「そうだ。そういう顔が見たかったんだよ、オレ様」
「じゃ、ジャアクだ! なんで? 登校時間をずらしたのに!!」
突然訳のわからないことを言って、喚き始める。
生徒の目はバーミリアを見ていない。その後ろに照準を向けられていた。
胸ぐらを掴むバーミリアの手を無理矢理剥がすと、生徒は脱兎の如く駆け出して、聖クランソニア学院の校舎へと入っていった。
「ジャアク?」
聖騎士候補生の奇行を目の当たりにしたバーミリアは振り返る。
すると、思わず息を呑んだ。どんな化け物がいるのかと期待したが、そこにいたのは見目麗しい聖女候補生だった。
腰まで伸びた艶やかな銀髪。引き締まった筋肉を維持しつつ、女性らしいたおやかな腰から太ももまでのライン。白い肌は美しく、薄い桃色の唇にはつい視線を向けてしまう独特な色気があった。
先ほど聖騎士候補生が何故こんな美少女のことを「ジャアク」と呼んだかはわからない。どう見てもさる貴族のご令嬢だろう。希望に満ち溢れた純粋な眼は血のように赤いものの、バーミリアからすれば嗜虐心を誘う。まさしく熊の前に出てきた兎に等しい。制服の真新しさから察するに、新しく入ってきた聖女候補生であることは大体想像がついた。
「おほ! いい女じゃねぇか!」
バーミリアは「ジャアク」と呼ばれた聖女候補生の前に立ちはだかる。
本来であれば、バーミリアの姿を見て、恐れおののき腰を抜かすものだが、その聖女候補生は違った。
ドゴッ!!
気がついた時にはバーミリアは突き飛ばされていた。
突然のことで反応できず、校舎の前にある噴水にまで突っ込む。
大きな身体のおかげで、意識こそあったが、一体自分が何をされたか皆目見当もつかなかった。
(な、何があった? まるで大猪にぶつかったような)
当然こんな学院に大猪がいるはずもない。
そもそもここは王都の中なのだ。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
銀髪をかき上げ、あの聖女候補生がバーミリアのことを見つめている。
思わずハッと息を呑んでしまった。差し出された手を思わず握る。瞬間、バーミリアの背筋がゾクリとした。まるで夜の森で魔物に出会ったような冷たい恐怖を感じる。バーミリアがその悪寒の正体を突き止める前に、聖女候補生は自分の倍ほどもある男をあっさりと引き起こしてしまった。
その膂力に思わず瞠目してしまう。
しかし、それはまだ序の口であった。
「いきなり前に出てきたからびっくりしました。こういう格言を知っていますか? イノシシオークは急に止まれない。ぶつかった私も悪いですが、いきなり前に出てきたあなたにも瑕疵はありますよ。聞いていますか?」
どうやらバーミリアを突き飛ばしたのは、目の前にいる聖女候補生で間違いないらしい。だが、イノシシオークどころか外見の美しさを除けば普通の聖女候補生である。なのにちょっとぶつかっただけで、吹っ飛ばされてしまった。無論すぐ信じられるはずもなかった。
すると、こんな声が彼の耳に入ってくる。
「やだ。あの人、ジャアクに絡まれてるよ」
「かわいそうに」
「さっき突き飛ばされてたぞ」
「あいつ、死ぬんじゃね」
バーミリアに哀れみの言葉が向けられる。
周りの生徒から向けられる憐憫の視線もまたバーミリアに注がれていた。
昨年であれば、バーミリアが暴力を振るっていた生徒に対してのものだった。それが何故かみんな、バーミリアを憐れんでいる。
瞬間、バーミリアの中にある糸がぷつりと決めた。
「テメェええええええええ!! 舐めてんじゃねぇぞ!!」
両親や親族からは暴力を振るわないように強く言い聞かされていた。
しかしここに至っては、バーミリアの脳内に「自制」や「理性」という言葉は吹っ飛んでいた。ただ1匹の獣となり、目の前の銀髪の女性へと拳を向ける。
グシャ!
本来、それはバーミリアが聖女候補生の美しい顔面を叩き潰した時に起きる音であったであろう。だが事実は違う。気がつけば、バーミリアは地面に叩きつけられ、さらに深く減り込んでいた。
(な、何が起きやがった……)
全身がバラバラになったような痛み。
実際、何本か骨が折れたことは間違いない。
半ば意識を失いながら、それでもバーミリアは原因を探る。
呆然と見上げた空と一緒に、慌てふためく銀髪の少女が視界に映っていた。
「わわわ……。すみません。身体が勝手に動いてしまって。今、回復魔術をかけますね。大丈夫。回復魔術には自信があるのです。今日もここにくる前に、早口で100万回暗唱してきましたから」
自信満々と言ったふうに己の努力を申告した後、聖女候補生は手をかざす。
これから行われるのは、回復魔術の治療なはず。なのにバーミリアは何か異質な気配を感じていた。回復というより、まるで自分が改造されるような感覚に近い。再び背筋に恐怖が戻り、バーミリアは思わず「やめろ」と言いかけたが、遅かった。
真っ白な閃光が辺りを包む。
まばゆい魔術の光はあまりに暴力的で、回復魔術というより攻撃魔術に近い。
校庭が白く染まる中、バーミリアの身体は変調をきたしていた。
(な、なんだ、これは。オレ様の中の何かが目覚める。力が膨れ上がってきやがった。いい気分だ! 今なら――――)
白い光が弾ける。
光が消え、直後校庭に現れたのは雄々しく肥大したバーミリアだった。
すでに17歳とは思えない肉体であったはずなのに、さらに一回り大きくなり、聖クランソニア学院の校舎前で巨人のように立っている。
「しゅるるる〜。いい気分だぜ。今まで頭の中にあったモヤモヤが全て晴れた感じだ。感謝するぜ。誰だが知らないけどな」
「頭に何か病気を患っていたのですか? 気づきませんでした。はあ……。まだまだ未熟ですね。患者の症状を全て把握できないなど。もっと人体に詳しく知らないと。帰ったら、追加で人体解剖図を1万枚ほど模写しましょう」
「悲観することはねぇ。あんたはいい女で、いい聖女になると思うぜ。だって、オレ様をこんなに元気にさせてくれたんだからな」
「ありがとうございます。未熟者とはいえ、やはり自分の回復魔術で人を治癒できたことは嬉しいものですね」
「いや、それはどうかな? 今からちゃんと回復できてるか試してやる」
バーミリアは再び拳を振り上げた。
「なるほど。リハビリですか。とても重要ですからね。わかりました。不肖、私がお相手いたしましょう」
「ありがとよ。時間は取らせねぇからよ!!」
ついにバーミリアの拳が飛ぶ。
今まで彼が振るってきた暴力とは一線を画す。
それだけで竜の鱗すら貫けそうな鋭い一撃であった。
ドシャッ!!
結果、バーミリアの巨躯は上半身を残し、下半身が地面にめり込んでいた。
一体何が起こったかわからない。大猪100頭分の衝撃が顔面を痛打したまでは覚えている。次に気がついた時には、訳もわからず地面にめり込んでいた。
「はれ……?」
惚けるバーミリアの横で、聖女候補生は震えている。
勝利したことに打ち震えているのかと思ったが、違う。
赤い瞳から涙を流し、バーミリアの前で「すまぬ」と頭を下げた。
「誰かは存じませんが、申し訳ありません。私の回復魔術が未熟だったばかり
に、あなたの弱さまでは回復できませんでした。本当に申し訳ありません」
バーミリアはすぐにわかった。
聖女候補生がバカにするでも、バーミリアを煽っているわけでもないことを。
大粒の涙を流し、自分よりも遥かに弱いバーミリアのことを哀れみ、悔いていることを。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
必死に頭を下げる聖女候補生を見ながら、バーミリアは1つ心に決める。
(オレ……、もう“悪”やめて今日から真面目に生きよう)
1人の非行青年の心を、回復魔術で更生させてしまったルブル・キル・アレンティリであった。
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