第36話 魔王と国王

 我らは後宮の担当官と一緒に王宮の奥へと進む。

 その傍らには立派な口ひげを生やした如何にも老将という男と、長身のエルフの御者が控えていた。

 老将の男に手を取ってもらいながら、我は微笑みかける。


「ゴッズバルド将軍……。この度は不躾な願いを聞き届けて下さり、ありがとうございます」


 ゴッズバルドとは、以前我がゴッズバルドの母親を助けた時に、知己になった。

 今回、事情を話し、協力してもらったというわけだ。


「なんの……。母上の病を治してくれた恩に比べれば、容易いことです。かっかっかっ!」


 ゴッズバルドは豪快に笑い、王宮に響かせた。


 その横で憧憬の眼差しを向ける者がいる。

 御者に化けたネレムだ。


「あ、あ、あ、あの! ゴッズバルド将軍!」


「ん? なんだね?」


 ゴッズバルドが首を傾げると、ネレムは突然手を差しだした。


「ファンです! 握手して下さい!」


 あのネレムが顔を真っ赤にして懇願する。

 そう言えば、出会った時に何やらそのようなことを言っていたな。

 よっぽどの想い人なのであろう。


 というか、そういう事は出発前にやっておけば良かろう。

 まあ、ネレムのことだ。

 恥ずかしくて切り出せなかったというところか。


 一方、ゴッズバルドは場を弁えよとたしなめることもなく、気さくに握手に応じた。

 さらにネレムの顔が林檎のように赤くなる。

 やたらと粗野な言動が目立つネレムだが、エルフの少女も女の子というわけだな。


 すると、ネレムは突然ゴッズバルドを自分の手元に引き寄せる。

 その大きな耳に向かって、囁いた。


(大丈夫です。いつか将軍はあたいが救い出します。それまでのご辛抱です)

(??)


 何やら「辛抱」という言葉は聞こえたが、我には理解できなかった。

 ゴッズバルドにもわからぬらしい。

 頻りに首を傾げた後、豪快な笑いで微妙な空気を吹き飛ばした。


「なかなか面白い友達のようだね、ルヴル君」


「え? ええ……。時々突拍子もないことをして、場を和やかにしてくれるんですよ」


「なるほど! 頑張りたまえ、ネレム君!」


 ゴッズバルドは、バンバンと杭でも打つかのようにネレムの肩を叩いた。


「あの……。すみません。静かにしていただけませんか? ゴッズバルド様も」


 先導する担当官はたまりかねた様子で、顔を顰める。


「ところで、今どこに向かっているのですか?」


「王の間です」


「王の間? え? それはつまり――」


「王様が一目あなた方に会っておきたいと……」


「王様が私に?」


 さすがの我も驚いた。

 まさかこうも簡単に人類側の大将に出会うことになろうとは。


「正確にはゴッズバルド様にです。勘違いされませんよう。王がはしたない田舎貴族の令嬢に会いたいものか」


「貴様! ルヴル子爵令嬢は私が推薦した娘だ。それを愚弄するのか!」


 ゴッズバルドは猛る。

 担当官に向かって今にも猪のように突進しかねないぐらい、顔を赤くした。

 当然、担当官は「ひっ」と悲鳴を上げる。

 思わず腰を引き、顔を青ざめさせた。


「ゴッズバルド様、そのぐらいで……。私は慣れておりますので」


 我は猪武者の手綱を握る。

 鼻から勢いよく息を吹き、気勢を吐いたゴッズバルドは些か落ち着いた様子で、担当官を見下した。


「ルヴル嬢に免じてこれぐらいにしてやる。だが1つだけ忠告しておく。私が王宮に関与せずに隠居しているのは、お前らのような腐った権威主義者が蔓延っているからだ。国王様がどれほどそのことで、心を痛めておられるか。家臣一同、今一度考えを改めよ!」


 ゴッズバルドは喝破する。

 その気合いはなかなか凄まじい。

 おかげで担当官は「ひゃああああ……」と情けない悲鳴を上げて、王宮の奥へと逃げてしまった。


「よ、よろしいのですか、ゴッズバルド様?」


「構いません。あのような貴族でもない家臣が権威を掲げるものには、いいお灸でしょう。まあ、権威を持っていて、それを盾にし人を脅かす輩はもっと嫌いですけどね」


 どうやらゴッズバルドは侯爵という爵位を持っていても、学院にいる貴族の子息とはまた違った考えの持ち主のようだ。


 だが、これこそ君主といえるのではないだろうか。

 まあ、家臣に興味なく、術理を極めることに没頭した魔王がいうことでもないだろうが。


「一先ず国王様に謁見しましょう。先に国王にお目通りしておけば、ルヴル君の企みヽヽヽヽヽヽヽはうまく行くかと」


「将軍?」


 ゴッズバルドには推薦をしてもらうだけで、ハートリーのことは何も話していない。

 なのに――――。


「子爵の令嬢が持参金を持って、我が家の扉をノックするなど早々あることではありません。何か切迫した事情があると見ました。違いますかな?」


 なるほど。

 どうやら我はゴッズバルドを侮っていたようだ。


「どうやらお見通しだったようですね」


「これでも長く兵役に就いておりましたからな。近衛にもおりました。そこで後宮に向かう令嬢を何度も見送ってきましたが、あなたような表情をした娘はいませんでした」


「私のような表情とは、どんな顔なのでしょうか?」


「そうですな。……実に、悪いヽヽ顔です」


 ゴッズバルドは不敵に微笑む。


 我は思わず息を詰まらせた。

 くくく……。ゴッズバルドはなかなかの快男児のようだ。

 この者がもう少し若ければ、斬り結んでみたかった。

 実に楽しい殺し合いヽヽヽヽになったであろう。


「私が学院でなんと呼ばれているか知っていますか?」


「それは――――」


「ジャアクと呼ばれているのです」


「ならば……」


「そろそろ流儀に従いましょう。実に不本意ではありますが……」


 ここからは邪悪に行こう。



 ◆◇◆◇◆



「よく来てくれた、ゴッズバルド」


 手を叩いたのは、白髭に恰幅の良い男だった。

 厚手マントを羽織り、頭には王冠が輝いている。

 つるりとした餅のような肌に、人の良さそうな顔が輝いていた。


 玉座に腰掛ける男に向かって、我らは慣習に習い、拝跪している。


 リュクレヒト・マインズ・セレブリヤ。


 正真正銘のセレブリヤ王国国王である。


 リュクレヒトは伝説の英雄の登場に、目を輝かせる。

 側に座ったレナーン王妃も喜び、「よくぞ来てくれました」とやや冴えないながら、目一杯ゴッズバルドの歓迎する。


「しばらく王宮を空けてしまい申し訳ありません、陛下」


「良い良い! そなたが来てくれれば、百人、いや千人力だ。合力するために、来てくれたのであろう?」


「無論です。……しかし、ご子息のことは残念でした」


 そこまで快活に喋っていた国王だが、王位継承者の話になると、途端顔を曇らせた。

 側にいる王妃はさらに顕著だ。

 顔を青ざめ、今にも涙を流さんばかりに目を細めている。


 やはり子どもを失ったことに心を痛めているのだろう。

 レナーン王妃が産んだのは、長兄――つまり第一王位継承者はまだ生きているようだが、腹違いとはいえ、それでも子どもたちが死ぬことに心を痛めぬわけにもいかないと見える。


 リュクレヒトにしても、血色が悪いように見えた。


「うむ。第二王子マルクト、第三王女プリムラ、第四王子ロウゼン……こう立て続けに子どもを亡くしてはな。父親失格――――国王失格だ。子どもすら守れぬのだから」


 リュクレヒトは肩を落とした。

 そこに王妃が寄り添う。

 互いに身を寄せ、慰め合った。


 いずれにしろ。

 貴族はともかくとして、王も王妃も人となりは悪くなさそうだが……。

 これが演技というなら、相当な役者であろう。


 それに夫婦も円満。

 それが何故、侍女に手をかけたのだろうか。

 第一印象としては、あまり繋がらぬのが気になる。


 さすがに質問するわけにもいかないし。

 悪いことをするのだからこそ、慎重にならねば……。


「して……。その後ろの娘は?」


 ようやく我の話に及んだので、我は立ち上がって挨拶した。


「アレンティリ家の娘ルヴル・キル・アレンティリと申します。以後お見知りおきを」


「アレンティリ家? はて? 聞いたことがないぞ」


「まあ、可愛い……。まるでお人形のようだわ」


「ありがとうございます、王妃様」


 我は礼を述べる。


「彼女らはこう見えて、聖クランソニア学院の優秀な学生です。ひとまずハートリー王女の護衛兼側付きに任じてはいかがかと思い、連れてきました。年も同じ故、話相手もちょうど良いかと」


「おお! それは助かる。気が利くな、ゴッズバルドは」


「恐れ入ります」


「あの子は3日前に来たばかりなの。きっと心細い想いをしているはずだわ。よろしくね、ルヴルさん」


 王妃は心配そうに眉を八の字にする。


「はい。精一杯務めさせていただきます」


 我は今一度頭を下げる。

 ふと横を見ると、ゴッズバルドが小さく親指を立てていた。

 我は不敵な笑みを浮かべる。


 ここまでは打ち合わせ通り。


 今会いに行くからな、ハーちゃん!



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


今会いに行きます!


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