第37話 お待ちしてました、魔王様

「痛い!」


 ハートリーの悲鳴が響く。

 王宮の廊下を歩いていたハートリーは、突然何者かに突き飛ばされる。

 立っていたのは12、3歳ぐらいのまだ子どもといえる男の子だった。


 綺麗な服装に、やや栄養過剰すぎる体型。

 顔には卑しい者を蔑むような目と、歪んだ口角があった。

 王宮では家臣が寝泊まりする場所こそあるが、家族で一緒に住んでいる例は皆無。

 そもそも王族以外、許されていない。


 自然と王宮に住む子どもは限られる。

 この男の子も王族なのだろう、とすぐに察することができた。


「卑しい平民の娘め。父上を騙して、王位をかすめ取ろうなんて」


「わ、私は…………」


「兄様も、姉様も、お前が殺したんだろう。ぼくが成敗してやる」


 名も名乗ろうとしない王子の手には、すでに木刀が握られていた。

 おそらく部屋をこっそり抜けだし、王宮に巣くう殺人者を成敗しようとでも、考えていたのかもしれない。


 すでに目は血走り、子どもなのに殺気が見える。

 余程、兄や姉が殺されたことに対して、憤っているのだろう。


 このままでは殺される。


 ハートリーは察し逃げ出した。

 とにかく近衛を呼ばなければ……。


「…………え?」


 ハートリーは走りながら、あることに気付く。

 陽が落ち、真っ暗になった中庭に出ると、それは確信に変わった。


「いない……。近衛の人が…………いない」


 思えば王族は基本的に自室待機が命じられている。

 こんな子どもが、大人も付けずに出られるはずがない。

 そもそも…………。


「あれ? なんで? わたし、廊下に立っていたんだろう?」


 反射的に近くにあった噴水に、自分の顔を映す。

 そこに映ったのは、ハートリー・クロースの顔だった。

 だけど、否応にも自分ではない自分を感じる。


 まさか、と嫌な予感がした。


「追い詰めたぞ、犯人め」


「違う! わたしじゃない!!」


 ハートリーは訴えかけた。

 その時だ。


 じゃっ!!


 血煙が散った。

 赤い鮮血が一瞬花開いたように、ハートリーの視界に映る。

 目の前の王子の目がぐるりと回った。

 そのまま白目を向くと、あっさり倒れる。

 先ほどまで顔を赤くして勇んでいた王子の顔から、一転して生気が失われていく。


「キャアアアアアアアアアアア!」


 絹を裂くような悲鳴が夜の王宮に響き渡る。

 聖クランソニア学院で何度も怪我人を手当してきた。

 それでも、目の前で人が死にゆく様を見るのは、これが初めてだ。


 ハートリーは半狂乱になる。

 それでも、聖女として奉仕精神は忘れない。

 血を見た瞬間、思った事は一刻も早く治療しなければという思いだった。


 石床を蹴り、ハートリーはドレスの裾をつまみ、駆け出す。

 まるで滑り込むようにして、王子に近づくと、すぐに回復魔術を詠唱した。

 温かな光が王子を包む。

 だが、王子の容態はよくならない。

 それどころか、より土気色に近くなっていく。


「なかなか面白いね、君……。その王子は君を犯人扱いした上に、殺そうとしたんだよ」


 冷たい声が響く。

 それは横に立った殺人鬼の声であった。

 ふとハートリーが顔を上げる。

 夜の闇の中でワインレッドの瞳が妖しく揺らめいていた。


「何故こんなことをしたんですか、ユーリさん?」


 立っていたのは、ユーリ・ガノフ・セレブリヤだった。

 片手に提げた剣には美しい装飾とともに、赤い血がべったりとついている。

 勢いよく振ると、近くの壁に赤い斜線が引かれた。


「何故? 僕は君を助けようとしただけだよ」


「だけど、殺す必要なんてなかった」


「ああ。君にはなかっただろう。だが、僕には殺す必要があったんだ。あの方ヽヽヽのためにね」


あの方ヽヽヽ?」


「いずれ君も知るところになるさ」


「わたしは……。わたしは殺さないのですか?」


「殺さないよ。そんなことをしたら、怒られてしまうからね」


「誰に? ……それもあの方ヽヽヽって人のため?」


「ええ。その通りです。そろそろ来る頃でしょう。あなたの悲鳴を聞いてね。いつかやってくるだろうと思いましたが、こんなにも早くやってきてくれるとは? |あなたをダシにして呼びだした甲斐があったというものです」


「え?」


 その時であった。

 声が聞こえる。

 それはハートリーもよく知る声だった。


「ハーーーーーーーーーーーーーーーーーちゃーーーーーーーーーーーーーん!!」


 自然とハートリーの目に涙が滲んだ。

 懐かしさを余りというのもある。

 でも、恐怖と心細さで冷たくなっていく自分の心が、その一声だけで沸騰していくのを感じた。


 ダンッ!!


 空から振ってくる。

 ふわりと淡い桃色のスカートが舞い、銀髪がまるで天使の翼のようにはためいた。

 そしてついに赤い目が、目の前のハートリーを捉える。


「ルーちゃん!!」


 ハートリーはルヴルを抱きしめる。


「おおっ!」


 ハートリーの速攻にルヴルは戸惑う。

 それでも安心させるようにハートリーを抱きしめ、その髪を撫でた。


「お待たせしました、ハーちゃん」


「ううん。きっと来てくれるって信じてたよ」


 涙を流し、ハートリーは再会を喜ぶ。

 だが、すぐに気付いて、側に倒れた王子を指差した。


「ルーちゃん、早速で悪いんだけど、この子を助けてあげて」


「見たところ王国の王子でしょうか。任せてください」



 さあ、回復してやろう。



 ルヴルが回復魔術を使う。

 土気色だった王子の顔に、みるみる生気が戻ってくる。

 息を吹き返すと、すやすやと安らかな寝息まで聞こえてきた。


「ありがとう、ルーちゃん」


「これぐらいどうということではありませんよ、ハーちゃん。それよりも……」


 ルヴルは側に立っていたユーリを見つめた。

 ハートリーから離れると、ユーリの前に立ちはだかる。


「やはり、あなたが黒幕ですか、ユーリ……」


「どうやら、僕の供物を気に入っていただけたようですね、我が君」


 現れたルヴルにユーリは剣を向けることはなかった。

 口を閉じ、妖しく笑うと、膝を突いて手を胸に置く。

 やがてゆっくりとその金髪を垂らして、頭を下げた。



 大魔王ルヴルヴィム様……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


一体ユーリは何者??

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