第7話 友達を家に招く(前編)

 放課後――。

 我はいつも通り鍛錬を終え、寮へと戻り、そこから自宅に戻ろうと帰る。


 ひとまず寮に到着すると、我の部屋の前に人影が立っていた。

 曲者と一瞬見間違ったが、驚いたことにハートリーだ。

 どうやら、我の部屋の前でずっと待っていたらしい。


「は、ハートリーさん……?」


 我は首を傾げるのも無理はない。

 まずハートリーは王都の貧乏商家の娘だ。

 寮ではなく、王都の端っこにある自宅から通っている。

 学生寮にいるのは、おかしいのである。


 加えていうなら、ハートリーは何やら薄着だった。

 露出も強く、新雪のような肌をさらし、スカートも短くて中の下着が見えそうだ。

 我が父ターザム風に言うなら、実にけしからん姿をしている。


「そのお姿はどうしたんですか?」


 我が質問すると、真っ赤な顔をしたハートリーは怖ず怖ずと答えた。


「その……。父にジャ――じゃなかった、ルヴルさんのことを相談したら……」


「したら……?」


「覚悟を決めろ、と……」


 な、何を?

 何の覚悟を決めて、そんな生け贄の娘みたいな恰好させるのだ?

 そもそも我は悪魔でもなければ、邪神でもない。

 大魔王で、今は聖女だぞ。


「ハートリーさん」


「は、はい」


「私の家に来ますか?」


「へ? 家って……? ここ寮ですよね」


「百聞は一見にしかず。どうぞ入って下さい」


 我は部屋の扉を開け、ハートリーを招き入れる。

 現れたのは、アレンティリ家の屋敷の玄関だった。


「えええええええ!! ど、どうなってるの?」


 ハートリーは聞いたこともないような大声を上げる。

 いつも下を向いて、自信なさげにボソボソと喋るハートリーにしては珍しい。

 どうやら、我の家に来てテンションが上がったようだな。

 満足していただいて何よりだ。


「ルヴルちゃん、お帰りなさい。あら? こちらの方は?」


 奥から我らを出迎えたのは、マリルだった。

 すぐ我の横のハートリーに目がいく。


「母上、こちらは私の学友のハートリー・クロースさんです」


「まあまあ!!」


 マリルの瞳が、宝石を見つけたかのように輝く。


「ルヴルちゃん、友達ができたのね」


「ええ……。母上の偉大な教えで」


「そう。マリル・キル・アレンティリと申します。マリルちゃんをよろしくね、ハートリーちゃん」


 マリルはハートリーの手を取る。

 その顔は真っ赤だ。


「は、はい……。こ、こちらこそよろしくお願いします、お母様」


「やだ! お母様なんて。まるで娘が2人できたみたい。ターザム! 降りてきて。ルヴルちゃんが、お友達を連れてきたわよ」



 なにっ!? 友達だと!!



 バンと2階でドアを蹴破るような音がした。

 慌ただしい足音が、2階の廊下を通り、階段を駆け下ってくる。

 我が父ターザムが、荒い息を吐き出して現れた。

 間髪容れず、がっしりとハートリーの肩を掴む。


「君! どこの家の令嬢だね? 爵位は?」


「え? えっと……。えっと……」


「お兄さんはいる? だったら、うちの娘を――――」


 コォォンン!!


 目を血走らせていたターザムが、一転して白目を剥く。

 ずるりと体勢を崩し、玄関に倒れた。


「おほほほほ……。ごめんなさいね、ハートリーちゃん。うちの人、見境がなくて」


 マリルは後ろ手にフライパンを隠して、笑う。

 さすがはマリルだ。

 この世で1番強いのは、やはり我が母だな。


「お詫びといってはなんだけど、うちでご飯を食べていかない? ちょうど今から夕食なの」


「え? でも――――」


「遠慮しないで、ハートリーさん」


 我はがっしりとハートリーの両手を掴む。

 また「ひっ!」と悲鳴を上げたが、ハートリーは拒否することがなかった。





 本日、我が家の夕餉はシチュー。

 アレンティリ家の特産でもあるジャガイモがゴロゴロ入っている。

 人参に、玉葱、キノコとバラエティ豊かだ。


 シチューは我の大好物だ。

 野菜など栄養価の高い食べ物を一気に食べることができる。

 何より身体が温まり、内臓にも優しい。


 それに今日のシチューはひと味違う。


「鶏肉が入ってる!」


 我は思わず目を輝かせた。

 子爵といえど、アレンティリ家は貧乏田舎貴族だ。

 こうやってお肉が食卓に並ぶのは、何か祝い事がある時ぐらいだった。


「今日は、ルヴルちゃんがお友達を連れてきたので、奮発しちゃいました」


「母上、ありがとうございます」


 鶏肉が入っているから。

 今日は格別に美味しい。


「ハートリーちゃんも冷めないうちに食べてね」


 お皿に山盛り盛られたシチューを差し出す。

 ハートリーはしばらくの間、ぼんやりとそのシチューを眺めた。


「大丈夫ですよ、ハートリーさん。毒とか入ってヽヽヽヽヽヽいませんからヽヽヽヽヽヽ


「ひっ!!」


「こら。ルヴルちゃん、滅多にそんなことを言うもんじゃありません。ハートリーちゃん、怖がってるじゃない」


1度で良いから言ってみたかったのです」


 学院で我は1人で食べていることが多かった。

 だから、こうやって冗談を言いながら食べる学生を羨ましく見ていたものだ。

 だが、我にはハートリーがいる。

 本当に彼女が来てくれて良かった。


「ハートリーさん、遠慮なく食べて下さいね」


 我は夢中になって書き込む。

 その様子をしばし見つめていたハートリーは、ついに木のスプーンを手に取り、シチューに口を付けた。


「おいしい……!」


「でしょ? アレンティリ家のシチューは世界一です」


「むふふふ……。隠し味はチョコレートよ」


 マリルは自慢げに言う。

 だが、作ったのは我が家の家政婦だがな。


 食欲が出てきたのか、ハートリーも夢中になって食べる。

 お腹が空いていたのだろう。

 口の端にシチューを付けながら、頬張っていた。


 2人揃って、シチューを完食する。


「おいしかったですか、ハートリーさん」


「え? う、うん!」


 ちょっと恐縮げにハートリーは頷く。


 すると、離席していたマリルが戻ってきた。


「じゃっじゃーん。今日はもう1品を奮発しちゃうわよ」


 木のトレーの上で震えていたのは、狐色した魅惑の食べ物だった。


「おお! プリン!!」


 我は目を輝かせる。

 シチューが好物だとするなら、プリンは我の大大大好物だ。


 サキュバスの乳房よりも、柔らかな食感。

 ドリアードから漏れる樹液よりも濃厚な甘さ。

 ゴルゴーンが蛇髪以上に絡まるキャラメル。


 三位一体となったその食べ物は、この世の至高といっても過言ではなかろう。


 早速、口を付ける。


「はうぅ~~」


 思わず吐息が漏れた。

 口の中で溶けていくような食感。

 魅惑の甘さと、蜜のように爛れるキャラメル。


 うまい……。


 もはや、我がプリンになりたいぐらいだ。


「ふふ……」


「ん? 今、ハートリーさん、笑った?」


「え? ご、ごめんなさい」


「別に謝るようなことじゃないですよ」


「その……。意外で……」


「意外?」


「ルヴルさんって、その……私にとって雲の上の人っていうか。遠い人っていうか。お姫様みたいに可愛いし、貴族だし、別世界の人間っていうか」


 む?

 ハートリーはそんな風に我を見ていたのか。

 単純に他のみんなのようにジャアクな存在と見てたのではないのか。


「ふふふ……。でも、家の中のルヴルちゃんはどう?」


 マリルは優しげに微笑み尋ねた。


「普通の……そう――普通の女の子って感じがしました」


「そうね。ルヴルちゃんは、ちょっと変わったところもあるけど、私は普通の女の子として育ててきたつもりよ」


 マリルは微笑んだ。

 さらに言葉を続けた。


「ハートリーさん」


「は、はい。今日はうちで泊まっていきなさいな」


「え? でも、ご迷惑では……」


「うちは大丈夫よ。ハートリーさんの家には、こっちから手紙を送りましょう。ルヴルちゃん、後で使い魔を送ってくれるかしら」


「もちろんです、母上! ハートリーさんと一緒に食事して、一緒に泊まれるなんて。夢のようです」


 我は天にも昇る気持ちだった。


「今日は一緒に回復魔術のことについて語り明かしましょう!」


「え? はい…………え? か、回復魔術??」


 こうして、我はハートリーとともに、同じ屋根の下で一夜をともにするのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


続きは今夜投稿予定です。

しばらくお待ち下さい。

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