第23話 安息日

 聖クランソニア学院は、その母体がルヴィアム教であるため、その入学の条件として、ルヴィアム教の信者でなければならない。


 幸いアレンティリ家は熱心なルヴィアム教徒だ。

 そのため週末は安息日と決められていて、学院は休みとなる。

 その代わり、近くの教会に行って、祈りを捧げるのが習わしとなっていた。


 故に安息日には、必ず家族とともに教会で祈りを捧げてきたのだ。


 正直に言うと、複雑な気分だ。

 元々我とルヴィアムは、勇者を挟んで敵同士だった。

 あのいけ好かない……失礼――我としのぎを削ったルヴィアムに対し、祈りを捧げなければならないというのは、何とも屈辱的だ。


 しかし、これも試練の1つであろう。

 ルヴィアムは人間にとって幸福を運ぶ神とも呼ばれている。

 ならば、人間として生きる我にも、幸福を与えてくれるであろう。


 すると、意外にもその幸福は安息日前日に起こった。


「ルーちゃん、明日の安息日の後、時間あるかな?」


 放課後。

 我にとって短い通学路を歩く最中、ハートリーが突然話しかけてきた。

 後ろには警護兵のように背の高いネレムが、油断のない視線を周囲に向けている。


「安息日の後ですか。すみません、ハーちゃん。安息日の後は、いつも訓練と決めているのです」


 学校が休みだからといって、手を緩めるわけには行かぬ。

 早朝から世界1周の走り込みと、教会から帰ってきた後は【影躯シャドウ】の魔術を使い、自分と乱取りし、夜からは教本の内容を1万回繰り返し暗唱する予定だ。


「そ、そうなんだ……。ざ、残念だね」


 ハートリーは言葉通り残念そうに下を向く。


「何かあるのですか?」


「ルーちゃん、最近王都にやってきたでしょ? だから、いい機会だから王都を案内しようかなっと思ったんだけど……。忙しいなら仕方ないね」


「お、王都を案内……。ハーちゃんと一緒に?」


「うん。でも、予定があるなら」


「行く!!」


「え? でも、訓練をするんでしょ?」


「訓練は教会に行く前の早朝に終わらせます。ご心配なく、さほど難しいことではありません。世界一周しながら、自分の分身体と暗唱しながら乱取りすれば、何も問題ありません」


「な、なんか……。大変そうだけど、大丈夫?」


「問題ありません。ハーちゃんのお誘いを無下にする方が問題があります」


「それじゃあ、一緒に行こうか」


「うん!」


 我は頷いた。


 実を言うと、ちょっと憧れていた。

 周りの学生たちは、安息日を使って一緒に王都を回って遊んでいることは、以前から知っていたのだ。

 安息日は、ルヴィアムに祈りを捧げる日である。

 遊興に耽るなど言語道断と考え、我は自分の身体をいじめ続けていた。


 それに我らは学生。

 当然、勉学を優先すべきである。


 だが、店に出入り、一緒に同じ物を食べる姿を見て、羨ましくないといえば嘘になる。


 きっとあのようなリラックスした環境の中で、回復魔術の深奥へと至る議論をしているのだろうと、むしろ羨望の眼差しで見ていたものだ。


 しかし、まさかその機会が早くもやってくるとは……。


 我は少し泣きそうになりながら、ハートリーの手を握った。


「折角だからネレムさんも一緒にどうかな?」


「はい。同行させてもらいます。(被害が出ないように気を付けねば……)」


「ネレムさん、何か言いました?」


「いえ……。ただ――――――」



 血の安息日にならなければ、いいなあと思っただけです。



 ◆◇◆◇◆



 次の日。

 安息日がやってきた。

 本来アレンティリ領にある教会でいつも祈りを捧げているのだが、今回はハートリーとネレムと一緒に、王都にある教会に祈りを捧げた。


 さすが王都の教会だ。

 アレンティリ領の田舎にある教会とは違い、建物が大きい。

 荘厳で、下世話な表現だがお金がかかっているように見えた。


 何よりも人の数が多い。

 王都には4つ教会があるというが、外にまで人の列が続いていた。


 お祈りが終わる。

 アレンティリ領では、パンと果実酒が振る舞われるのだが、王都ではないらしい。

 確かにこの人数の食糧を揃えるのは、なかなか骨が折れる作業である。


 我らは人の波に乗って、教会の外に出た。

 しかし、凄い人だかりだ。


「ハーちゃん、どこですか?」


「ルーちゃん、ここです」


 ハートリーが手を上げて、アピールしていた。

 我はその手を取る。


「きゃっ!」


 ハートリーは躓きそうになる。

 後ろから人に押されたのだ。

 我は慌ててハートリーを引き寄せる。

 思わず抱きしめてしまった。


 なかなか軽く、そして細い身体だ。

 それでも女性らしい柔らかさがある。

 なんだか変に意識すると、何故か猛烈に身体が火照ってきた。


「大丈夫ですか、ハーちゃん」


「うん。大丈夫。ルーちゃん、ごめん」


「ふふ……。初めて会った時も転んでいたような気がしますね」


「あ、あの時はその…………。そ、それよりそろそろ離してくれないかな、ハーちゃん」


「ええ……。ごめんなさい」


 我はハートリーを立たせる。

 当たった男の方を睨むと、男もまた我らの方を睨んでいた。


「気を付けろ」


 言葉を吐き、ハンチング帽を目深に被って立ち去ろうとする。

 だが、そこに立ちはだかったのは、ネレムだった。

 男でも見上げるほどの長身のエルフは、男の胸ぐらを掴む。


 内ポケットに手を入れると、財布を抜き取った。


「あ? それ、わたしの財布?」


「こういう人だかりでは、取り放題だからな。気を付けた方がいいですよ、ハートリーの姐貴」


「さすがはネレムですね」


 我の方は、財布を3つ見せる。

 どれも男の見窄らしいなりに見合わぬ、高級そうなものばかりだ。


「あっ! それ、オレが盗んだ――――あっ!!」


 スリは慌てて口を噤むが、もう遅い。

 その男は周りの視線の集中砲火を受けていた。

 もはや言い訳できる状況になく、スリはそのまま教会の聖騎士に捕まり、御用となった。


「2人ともすごい!」


 ハートリーは我とネレムに拍手を送る。


「あたいは、あたいの仕事をしたまでですよ、ハートリーの姐貴。1番凄いのは、ルヴルの姐さんです。まさかあいつが他の人間の財布まで盗んでいるとは……。いつ気付いたんですか?」


「彼がスリだと知ったのは、ネレムがハーちゃんの財布を見せてくれた時です。その時に、【次元腕デロス】を使い、異空間から手を伸ばし、他の財布を取り戻しただけですよ」


「異空間?」


「えっと……。よくわかんないけど、2人ともすごい連携プレーだったわけだね。すごいすごいよ」


 ハートリーはパチパチと拍手を送る。


 まあ、我とネレムとは友であるからな。

 これぐらいの連携は当然であろう。


 一悶着あったが、ここからが我らの本番だ。

 我はついに王都デビューと相成った。


 しかも、友達を連れてだ。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ちょっとほのぼのとするように書いてみた。


面白い、日常パートも楽しみと思っていただいた方は、

是非作品フォロー、レビュー、コメント、応援の方よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る