第24話 王都探索

「はあ……。面白かった……」


 腹の奥底から声を上げたのは、ハートリーだった。

 やや顔を上気させながら、満足した顔をしている。

 おかげで眼鏡が曇っていた。


 最初にやってきたのは、演劇場だ。

 最近『鬼、滅ぼすべし刃』という演目が流行ってるらしく、ハートリーたちとともに観賞してきた。

 演劇を見るのは、これで3度目だが、内容が頭に入ってきたのは、これが初めてだ。

 最初は演劇というものがどういう物なのかわからず、観劇していたため、ちんぷんかんぷんだった。

 2度目はターザムに同行したのだが、演劇を見る際の注意点や姿勢をくどくどと説かれ、観賞どころではなかったのだ。


 正直トラウマになりかけていたのだが、3度目にしてようやく内容が頭に入ってきた。


 ただ正直、内容にはちょっとがっかりした。

 ラストで鬼王が、鬼死きしという言わば勇者のような者に倒されてしまうのだ。

 何故だ、鬼王よ。

 前半、あれほど鬼死を無双していたというのに……。

 我が言うことではないが、おそらく油断をしていただろう。


「ルーちゃん、面白くなかった?」


「ちゃんと観賞できたことは嬉しかったのですが、内容がちょっと……」


「ラスト。『鬼王、頑張れ!』って叫んでましたね(さすがルヴルの姐さん、徹底してジャアクだ)」


「何か言いましたか、ネレム」


「な、何でもありません」


「だって、可哀想じゃありませんか? 鬼死には仲間がいるのに、鬼王は1人で戦っていたんですよ」


「「――――ッ!!」」


「どうしました? 2人とも」


 突然、立ち止まった2人に我は振り返る。


「いや……。言われてみれば、そうだなって。さすが姐さんっす」


「ルーちゃんは優しいね」


 何故か褒められてしまった。

 我は思ったことをそのまま述べただけなのだが。


「次、どこ行こっか?」


「今度は、あたいがいいですか?」


 ネレムが自信満々といった様子で手を上げる。


「絶対ルヴルの姐さんが、喜んでくれると思います」


「じゃあ、そこ行こっか。いいかな、ルーちゃん」


「私は構いませんよ」


 今度は、ネレムのオススメの場所へと行くことになった。





 やってきたのは、随分と薄暗い店だった。

 若干すえた匂いがする。

 こういうのもなんだが、年若き乙女が来るような場所ではなかった。


「どうですか、ルヴルの姐貴」


 自信満々のネレムが勧めた店にあったのは、拷問道具を扱う店だった。


 定番の鉄の処女アイアンメイデンに、僭主ファラリスの雄牛。

 断頭台ギロチン石抱責いしだきぜめなどもある。

 どれも、我が魔王城にあった拷問道具ばかりだ。


 これを使って、よく魔族どもが人間を玩具にして遊んでいた。

 正直、我は拷問が好かん。

 拷問するぐらいなら、いっそ打ち倒した方が良い。

 そもそも無抵抗なものに、鞭打つなど我のポリシーに反する。


「うっ……」


 ハートリーは明らかに嫌悪感を露わにしていた。

 年頃の娘には、少し刺激が強すぎるだろう。

 なのに、ネレムはなんでこんな場所を紹介したのだろうか。


「どうですか、ルヴルの姐さん。最高でしょ?」


「はは、あはははは……。ネレムさんは、こういうところが好きなんだ?」


「ネレム、あまりこういうことは言いたくないのだけど……。ちょっと趣味が悪いわよ」


「ガーーーーーーーーーーーーン」


 謎の言葉とともに、ネレムは石のように固まってしまった。

 今のはどういう意味なのだろうか。

 魔術か、それとも新手の訓練であろうか。

 ここに並んでいる拷問道具よりも、そっちの方が気になるぞ。


「出よっか、ハーちゃん」


「そうだね、ルーちゃん」


 我らは何故か頭から紙袋を被った店主に別れを告げ、店の外に出たのだった。





 次にやって来たのは、多くの屋台がならんだ市場だ。

 食べ物から服、民芸品やアクセサリーと様々な品が、青空の下で売られている。

 アレンティリ領でも市場はあったが、やはり規模が違う。

 大きな通りを埋め尽くさんとばかりに、たくさんの出店が並んでいる。


 普通、安息日とも先ほどの劇場や拷問器具屋も休みとなるのだが、安息日は多くの人が外に出るため商人たちにとっては稼ぎ時だ。

 そのため商人たちに「今日は安息日だぞ」と投げかけると、例えその人がルヴィアム教徒だとしても「私は商売の神様を信じているからいいんだ」と返すのが通例になっている。


 商人の間の逸話では、商売の神様は安息日の2日後に休むこととなっていて(翌日は店を畳む準備があるため)、この日に商人たちも休息をとることになっている。

 故に、2日後の教会には多くの商人たちが詰めかけるのだという。

 


「はーい! 『鬼、滅ぼす刃』の鬼死のプロマイドが入ったよ! お1人様1枚限り。お1人様1枚限りだよ」


 売り子の声も威勢がいい。

 王都は活気づいている。

 果たして、1000年前の王都はどうだったのであろうな。


「ん? あれ? ハートリーは?」


 いない?

 どういうことだ?

 我の横を歩いていたのに、忽然と消えてしまったぞ。


 まさか何者かが誘拐?

 そんな馬鹿な!

 我に気取られぬとは、相当の使い手だ。


「何を慌ててるんですか、ルヴルの姐さん。ハートリーの姐貴なら、あっちですよ」


 ネレムは指差す。


 ハートリーは先ほど威勢の良いかけ声を上げていた売り子の出店にいた。

 なんだか殺気だった女子に揉まれながら、猛獣の如く商品に手を伸ばしている。


「うおおおおおおおお!! 鬼死くぅぅぅぅぅうううううんんんんん!!」


 本当にあれはハートリーなのか。

 普段の雰囲気とは全く違うのだが……。

 鬼死君と呼んでいたが、そう言えば演劇の最中、随分鬼死が出る場面で興奮していたような気がする。

 時に泣いていることも……。


 やがてハートリーは戻ってきた。

 どうやら目当ての商品を買えたらしい。

 ほっこりとした笑顔で、買った商品を袋に詰めていた。


「ご、ごめんごめん。その、なんというか」


 皆まで言うな、ハーちゃん。

 そなたが、その鬼死に惚れ込んでいるというのはよくわかった。


 その後も、我らは市場を見て回る。

 ふと我が目にしたのは、銀メッキされたネックレスだった。


「ほう……」


 なかなか細工に手が込んでいる。

 ハートの銀細工の中に、ピンク色した硝子玉が嵌められていた。


「ルヴルの姐さん、そういうのが好きなんですか? もっとおどろおどろしいのが好きかと」


「ネレムは私にどういうイメージを持っているかよーくわかりました」


「す、すみません。気分を害したなら謝ります」


 ネレムは慌てて頭を下げた。


 まあ、ネレムが誤解するのも無理もない。

 意外に思われるかもしれないが、我はアクセサリーや腕輪といった、人類の女性が喜びそうなものが好きだ。

 特に金や銀、宝石がついているものを好む。

 魔王であった時、魔族に命じて貢がせていたぐらいだ。


 それを訓練の後に、眺めるのが唯一の我の趣味であった。


 そう言えば、戯れでロロにそのことを話したら、今のネレムのように意外そうな反応していたな。


 魔王が女子おなごの欲しがるようなものを欲して、何が悪いのであろうか。


「このネックレスって、あと青と緑のタイプがありますね」


 我は並んだネックレスを見つめる。


「だったら、3人でお揃いにしますか?」


「あ! ネレムさん、それいいかも!」


 ハートリーはポンと手を打つ。

 なるほど。

 お揃いか。

 悪くないな。

 人間の家族や友人を見ると、どこか服装のポイントに同じ物を入れていることがあったが……。

 なるほど。あれは友情の証であったか。


「だけど、ちょっと高いねぇ、これ」


 ハートリーは値段を見て、落胆する。

 確かに高い。

 一応、マリルからある程度小遣いをもらっているが、それでも手が届かぬ。


 弱ったな。

 魔王であった頃は、この店ごと買えるほど財があったというのに。

 何故、お金ごと転生できなかったのか。


「ふっふっふっ……。お二人さん、お困りのようですね」


 突然、笑い出したのはネレムだ。

 お前、今日はなんか気持ち悪いぞ。


「1つ手っ取り早く、お金を稼げる方法がありますよ」


「なんですか、それは?」


 我は思わず身を乗り出し尋ねた。


 ネレムはニヤリと笑うと、こう言った。


「ダンジョンっすよ」



 ギルドに登録して、ダンジョン探索者になるんす。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


俺……。今の原稿終わったら、『鬼滅の刃』を見に行くんだ……。はは……。ははははは……。


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