第3章

第32話 魔王、敵を望む

最終章よろしくお願いします.

今までと違って、シリアス寄りな話ですがよろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 学院に出かける前の朝。

 いつも通り朝食を摂っていると、普段は黙って食事を摂るターザムが、この日珍しく口を開いた。


「ルヴルよ。最近王都で連続殺人事件が起こっているそうだ」


「連続殺人事件……」


「まあ、怖いわねぇ」


 マリルは顔を曇らせる。


「ルヴルちゃん、授業が終わったら真っ直ぐうちに帰ってきなさい」


「その方がいい。道草など食っては行かんぞ」


 別に道草など食うほど、腹を空かしてはおらんが……。

 とはいえ、ターザムに自主練をしているというと、烈火のごとく怒るからな。

 「淑女はマリルのように少しふくよかな方が良いのだ」と公言しているし。


 我はどちらかと言えば、引き締まった感じの女子おなごの方が好みだが……。


「とはいえ。ルヴルが標的になることはないがな」


「どういうことですか、あなた?」


「公には連続殺人事件の被害者は公表されておらんが、よからぬ噂は聞いた」


「よからぬ噂?」


 我は眉宇を動かす。


「被害者が全員、王族だそうだ」


「王族? 王族って、王様の親族ってことよね。まあ、王様も心を痛めておいででしょう」


「王宮は犯人捜しで大騒ぎだそうだ」


 なるほど。

 それで噂が広まったということか。


 王宮とは人類にとって最後の砦となる。

 君主や多くの権力者の住み処。

 当然衛兵の数は並みではなく、そこで殺人を起こすのは容易ではない。

 そのプロテクトを破り、殺人に及ぶことができる者は早々いるものではないだろう。


 1つ身内の犯行だ。

 9割がこれだろう。

 だが、1割ともなれば、話は別。

 相当な使い手であることは察せられる。


「どうしたの、ルヴルちゃん? なんか怖い顔をして」


 気付いた時にはマリルが心配そうな目で見ていた。


「また良からぬことを企んでいるのではないか、ルヴル」


 ターザムもギロリと我を睨む。


「そ、そんなことはありません、父上。そろそろ出立する時間なので、私はこれで」


 そそくさとその場を後にし、家を出るのだった。




 聖クランソニア学院に続く赤煉瓦の道を歩きながら、我は少し物思いに耽っていた。


 自分の生活は充実していると思う。

 常に回復魔術の深奥の座に身を置き、加えて語らう友達もできた。

 玉座に座っていては体験できなかったであろう経験も積み、心技体ともに研鑽の日々を送れている。


 ただ時々、ぽっかりと心に穴が空いたような気分になる。


 十分すぎるほど、学院や友、クラスメイトから心の対価をもらっているというのにだ。

 原因はわかっている。

 おそらく敵なのだ。


 この大魔王ルヴルヴィムは、敵を欲しているのだ。

 それも生半可な相手ではない。

 好敵手を……


 だが、そんな逸材に出会うことはなかなかない。

 聖クランソニア学院でトップクラスに強いという『八剣エイバー』という輩も、学生の領分を抜けていなかった。


 ロロクラスとは言わぬ。

 せめて、我に明確な殺意を持って挑み、ギリギリのところで斬り結んでみたい。

 ふと、そういう欲に囚われることがあるのだ。


 そういう意味で気になったのが、王宮で殺人事件を起こしている犯人であろう。

 身内の犯行の可能性は大いにある。

 だが、仮に王宮のプロテクトを突破し、犯行に及んでいるものがいるとすれば……。



 それは間違いなく、我にとって良質な餌となろう……。



「ひぃいいぃぃいぃいぃい!!」


 なんか聞き覚えのある悲鳴が、側で響いた。

 見ると、ハートリーはスッ転んでいる。

 朝からドジだな、ハーちゃんは。


「大丈夫ですか、ハーちゃん」


 我は手を差し伸べる。

 同時に回復魔術をかけた。



 さあ、回復してやろう。



 ハートリーの膝小僧にできた傷がみるみる治っていく。

 うむ。今日の回復魔術はなかなか調子が良さそうだ。


「…………」


「ん? ハーちゃん、どうしたの?」


 何かハートリーが呆然としている。

 寝不足? それとも病気?

 くっ! いずれにしてもハートリーを全回復できていない時点で、我の回復魔術は未熟ということではあるが……。


 調子良さそうなどと、油断してしまった。

 もっと気を引き締めなければ。


「ありがとう。でも、久しぶりにビックリしちゃった。ルーちゃん、また以前みたいに悪い顔をしてるんだもの」


「う! また私、ジャアク顔になってました?」


 ハーちゃんに聞いて知ったのだが、私には通常の笑顔と、ジャアクな笑顔があるらしい。

 友達が出来てからは、なりを潜めていたのだが……。

 まあ、魔王の頃のことを考えていたからであろう。


 そもそも今は我は人間で、聖女の候補生だ。

 敵を求めること自体ナンセンスと言える。


「ごめんなさい、ハーちゃん。驚かせて」


「ううん。いいのいいの。むしろ昔を思い出して、懐かしくなっちゃった」


 ハートリーは首を振り、煉瓦道の方へ視線を向けた。


「ルーちゃん、覚えてる? ルーちゃんが、ここで友達になってよ、と言ったの」


「勿論覚えてますよ」


 今思うと、少し恥ずかしい。

 が、あの時の歓喜は生涯忘れぬだろう。

 何せ、今世において我の初めての友達だったのだからな。


「あの時、すっごくビックリしたよ。いきなり押し倒すんだから」


「あ、あれは…………マリルがそうしろと」


「え? マリルおばさんが? そっか……。でも、それが良かったのかも」


「押し倒したのが?」


「わたし、引っ込み事案だから。誰かが友達になろうっていうのを待つことしかできなかったの。だから、全然学院で友達ができなくて。そしたら、ルーちゃんが」


「ご、ご迷惑だったでしょうか?」


「ううん。すごく嬉しかったよ。ルーちゃん」


「はい?」


「わたしの友達になってくれて、ありがとう」


 ハートリーは笑顔で感謝を伝えた。


 何を言うハートリー。

 感謝すべきは我も一緒だ。

 周りからジャアクと恐れられている中、ハートリーは我の友達になってくれた。


 周囲からの視線を無視し、我の友となってくれたこと、相当な勇気が必要だ。

 そなたは友達で、そして我の勇者だ。


 そうだ。

 何も強さが我を満足させるのではない。

 ハートリーのような心の強きものこそ、我が欲する強者ではないだろうか。


「私の方こそ感謝いたします、ハーちゃん」


 我は笑みを見せる。

 普段、自覚はないが、この時ばかりはジャアクではない笑みを見せれたと思う。


 その時であった。

 聖クランソニア学院が誇る赤煉瓦に、馬車が乗り付ける。

 校舎の方へと向かっていくのかと思いきや、馬車は我らの前で止まった。


 瀟洒な木細工が彫られた客車の中から1人の紳士が現れる。

 撫でつけられたブロンドの髪に、ワインレッドの瞳が冷たく光る優男であった。


 こちらにやってくると、ハートリーの前で止まる。

 膝を突き、優男は言った。



「お迎えに上がりました。ハートリー王女……」



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


最終章は中編ぐらいの長さになってしまいました。

いつもより長くて、シリアスな風味なお話ですが、楽しんでいただければ幸いです。

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