外伝

外伝 露天商店主の災難

 唐突ですが、私は王都で露天商を営んでおります。

 ムラノと申します。

 この道50年、地道に……とは申しませんが、時々事業に手を出して失敗しながら、王都の露天商に落ち着きました。


 私の商売は、安物の贋作を売ることです。

 贋作といっても、別に悪いことをしてるわけではありません。

 銀細工を、銀のメッキや亜鉛に設えたものでコストを抑え、硝子を磨いて宝石の如く輝かせる。

 そうやって、指輪やネックレスなど様々なアクセサリーを売っているのでございます。


 高級なものは、平民には手が出しにくいですが、これなら平民でも買える。

 ご立派に言えば、社会貢献ですな、はっはっはっ……。


 客のほとんどが若いカップル、娘さんですな。

 そう言えば、先週の安息日に若い学生さんたちが、今日商品を買いに来るからとっておいてくれ、と言っておりましたが、果たして来るでしょうか。


 なかなか変わった取り合わせでしたな。

 銀髪の、まるでどこぞの王女様のような覇気を纏った少女。

 その少女を「あねさん」と慕うエルフの少女。

 その少女になんかいじめられてそうな気の弱そうな眼鏡の娘。

 随分個性豊かな女の子で、良い目の保養になりましたわい。


 特に銀髪の女の子は、きっと将来美人になるでしょう。


「おじさん、こんにちは」


「そうそう。こう銀髪が真っ直ぐ伸びて…………うおおおおおお!」


 私は思わずのけ反りました。

 そこにあの銀髪の少女が、まるで妖精のように立っていたのです。


「どうした、爺さん? そんなに驚いて」

「だ、大丈夫ですか?」


 エルフ少女と、眼鏡の学生が覗き込んでくる。

 他の2人も一緒のようです。


「いやいや……。すまないねぇ、ちょうど3人のことを思い出していたものだから。それにしても、お3人さんは仲がいいね」


「え? そう見えますか?」


 やけに食いついたのは銀髪の少女だった。

 眼をキラキラさせ、顔を真っ赤にしている。


 そ、そこまで反応するものだろうか。

 最近では珍しいうぶな女の子のようですな。


「あ、ああ……。そう見えるよ」


「ありがとうございます」


 ふん、と銀髪の少女は鼻を鳴らし、満足そうな笑みを浮かべた。


「それよりオヤジ。あれ、まだ残っているんだろうな。ルヴルの姐さんがお願いして頼んでいたものを、勝手に売ったりしたら……」


 エルフの少女は私に向かって凄みます。

 こっちはなんか育ちが悪そうだ。

 学院の制服にはあまり詳しくないから、よくわからんが、彼女はおそらくEクラス。

 一応貴族の令嬢だと思うが、随分我が侭に育ったんだろ。


「ははは……。大丈夫。ちゃんと取って置いたよ。ほら、この通り」


 私は例のネックレスを出す。

 月や星を象った銀メッキされた細工の中に、宝石に見立てた硝子玉が輝いている。

 私がデザインしたものの中では、よく売れているものだ。


 すると、先ほどのエルフの少女がベンベンと私の肩を叩いた。


「よくやった、オヤジ。もしなかったら、命はなかったぞ、あんた」


 命がないの!?

 お、おっかないなぁ……。

 この子、本当に貴族なんだろうか。

 マフィアとかじゃないよな。


「それでお代の方なのですが、物と交換というわけには行かないでしょうか?」


 とお願いしたのは、眼鏡の少女だった。


「ああ。構わないよ。どんな代物かな」


「これ――なんですけど……。足りますか?」


 眼鏡の少女は怖ず怖ずと差し出す。

 渡されたのは、独特な色合いの白い香炉だった。

 白磁器? いや、違う。

 これは石?

 いろんな石が混ざり合ったネフライト?

 しかし、これほど見事な白は……。

 まるで羊の乳のような――。


 ハッ――。まさか――――。


 幻の羊脂玉か!


 思わず心の中で叫んでいました。

 実は、私は昔骨董屋をやっておりまして、まあ失敗して今は露天商なんかをやっているのですが、目利きにはそれなりに自信がある方なのです。


 恐らく間違いないでしょう。

 これは羊脂玉。

 王宮の王庫にしかないような珍品中の珍品です。

 というか、こんなに大きな羊脂玉……果たして王庫にもあるかどうか。


 間違いなく、国宝になる一品です。


「おじいさん、大丈夫ですか?」

「脂汗が凄いぞ」

「回復魔術をかけてあげましょう」


 こぞって3人の娘たちは心配する。

 私は丁重に断りつつも、額についた脂汗を拭った。


 問題は何故こんなところに羊脂玉で出来た香炉があるかということだ。

 いや、そもそもなんでこんな学生がもっているのだろう。


 家から持ってきた?

 なら、この子たちの家は相当な金持ちということになる。

 それも普通の貴族じゃない。

 大公爵、いや王族だって考えられるぞ。


「君たち、こ、この香炉は何でできているのか、わかってるのかい?」


「ネフライトですよね。白いのは珍しいと聞きましたが」


 眼鏡の少女が答える。

 なかなか博識のようです。

 さすが眼鏡をかけているだけはある。


 ということは、単純に家から持ち出したということではないということか。

 ちゃんと価値をわかってて持ってきたと……。

 でも、おかしいじゃないか。

 こっちは贋作を3つ。向こうは国宝級の香炉だ。

 露店に並んでいる全商品を売り払って、いや市場にある全部の商品をかき集めたところでも足りないぞ。


「あの~~。おじいさん。駄目でしょうか」

「おうおう。ハートリーの姐貴が待ってるんだ。早くしやがれ、じじい」

「駄目なら、駄目と言ってくれればいいんですよ」


「いやいやいや、そういうわけじゃないんだ」


 どうしよう……。

 意図が全くわからない。

 何故、うちに持ってきたんだ。

 これなら本物だって…………はっ!


 そ、そうかぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!


 この子たち、どうやら私の贋作を見て、本物だと思っているのだろう。

 本物だとしても、釣り合いは取れないけど、まあ理解できないわけではない。

 あと1つ問題は、学生さんが一体どこからこの香炉を持ってきたのかということだけど。


 私は改めて少女たちをしげしげと眺めた。

 まるでお伽話から出てきたような銀髪の少女。

 それを「姐さん」と慕うエルフの少女。

 石の知識もある利発そうな眼鏡の少女。


 はっ……。


 まさかこの子たちは……。


 犯罪集団の家の子どもと、その関係者たちでは……!!


 間違いない。

 おそらく銀髪の少女の両親が、犯罪集団のボスの娘なのだろう。

 エルフの少女はその舎弟。

 「姐さん」と慕うのもそれが理由だ。


 眼鏡の少女は若いように見えて、やり手の顧問弁護士に違いない。

 それなら石の知識を持っているのも頷ける。

 私が不当な値段で買い取らないか、見定めているのだ。

 そう思うと、あの眼鏡の奥の優しげな笑顔が、どことなく醜悪に思えてきた。


 つまりは、こうだろう。

 普通のしのぎでは扱えなくなってしまった商品を、私の露店で別のものに換金しようとしているのだ。


 な、なんということだ!

 私は今、犯罪に手を染めようとしている。

 だが、もし私が断ったら、きっと報復が来るだろう。

 それにこの羊脂玉の香炉が私の手に渡れば、一応私のものということになる。


 うまく捌くことができれば、私は一転大金持ちに……。


 はっ! まさかそれが狙い。

 私がお金に換金したところで、金を強奪するつもりでは。

 おそらく私が元骨董屋で、そっち方面の顔が利くことも折り込みなのだろう。


 この取引は詰んでいる。


 眼を付けられた時から、取引は済んでいるのだ。


「い、いいでしょう。取引に応じましょう」


「やった!」

「良かったね、ハーちゃん」

「やりましたね、ルヴルの姐さん。ハートリーの姐貴」


「そ、その代わり条件があります」


「ん? 何でしょうか?」


「どうかたまだけはとらないで下さい」


 私は涙ながらに訴えた。

 取引とか、換金とかどうでもいい。

 でも、お願いだ。

 私はまだ死にたくない。

 どうか私の命を助けてくれ。


 私の懇願に、銀髪と眼鏡の少女は「何故?」という具合に首を傾げる。


 その横でエルフの少女が、バシバシと私の肩を叩いた。


「心配するなって。こんなにルヴルの姐さんが喜んでるんだ。心配すんなって」


 さらに私の肩を叩きました。


 こうして取引は終わりました。

 少女たちは満足そうに帰っていきます。

 そして私の前には、白い香炉だけが残っていました。


 私は途方に暮れていると、そこに客がやってきます。

 よく市場では見かける普通の主婦です。


「綺麗な香炉だねぇ、おじさん。いくら?」


 そう聞かれ、私は思わず笑みを浮かべました。


 それはもう邪悪な笑みで……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


次回から本編最終章です。


面白い、と思っていただければ、

是非作品フォロー、レビュー、コメント、応援の方よろしくお願いします。

もっともっとたくさんの人に知ってもらいたいです。

よろしくお願いします。


さらに昨日『ゼロスキルの料理番』のコミカライズが更新されました!

ヤングエースUP様で配信中ですので、こちらも是非チェックして下さい。

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