第33話 たとえ王女であろうと

 今、確かに言った。

 ハートリーが王女と……。

 それはつまり、ハートリーがセレブリヤ王国の姫ということか?


 信じられぬ。

 そもそもハートリーは下町の商家の娘だと聞いていたが。

 違うというのか?


「あ、あの……。だ、誰かと間違っているんじゃ……」


 ハートリーも戸惑っている。

 腰を退き、目線を突如現れた優男と我の方を言ったり来たりさせている。

 だが、その心根を見透かすように、優男は微笑んだ。


「その反応……。どうやら何か知っているようですね。――失礼」


 優男はハートリーに向かって腕を伸ばす。

 その前に、我が立ちはだかった。


「お待ち下さい、紳士。どこのどなたもわからぬ方に、私の大切な友達を触れさせるわけにはいきません」


 優男を睨む。

 【邪視ジャック】を使って支配する。

 だが、優男には通じない。


「何?」


「魅了の魔術か。通じないよ」


 優男は笑う。

 全力の0.1%にも満たない程度ではあったにせよ、我の【邪視ジャック】から抗するとは……。

 こやつ、出来るな。


 すると、優男は優雅に膝を突く。

 我とハートリーの前で頭を垂れた。


「僕の名前は、ユーリ……。ユーリ・ガノフ・セレブリヤ」


「セレブリヤって……」


 ハートリーがゆらりと1歩後ろに退がる。

 我もまた驚きを禁じ得なかった。

 ラストネームにセレブリヤと付く一族は、世界広しといえど、一家族しかあり得ない。


 つまり、このユーリというのも、王族だということだ。


 だが、驚くのはまだ早かった。


「そして…………」


 何もないところから鞘に収まった剣が現れる。

 豪奢の鞘細工に相応な雰囲気のある剣。

 刃幅は広く、かつ数多くの魔術増幅エンチャントを感じる。

 一代で鍛え上げられたものではないであろう。

 数世代、つまり数百年かけて編み出された珠玉の名剣だ。


 現世界において、これほどの力を持つ剣は1つしか心当たりがない。


 すなわち聖剣である。

 それも、あのミカギリとかいう小僧が持っていたレプリカとは全く違う。

 鍛え上げられた刀身、緻密に編み上げられた魔術式、そして存在を多層化させた年代物。

 どれを取っても一級品を超えた超一級品だ。


 そして、その剣を無造作に構えることができるこやつは。


「聖剣使い……」


 聖騎士の中の聖騎士。

 学院で『八剣エイバー』だとなんだと騒いでいる山猿どもが、目指す先にいる男ということだろう。


 まさか王子で、聖剣使いとはな。

 随分と大層な肩書きを持つ王子だ。

 それ故に、さっきからきな臭くてたまらない。


 すると、ユーリは聖剣を引っ込める。

 爽やかに笑うと、改めて我らに語りかけた。


「そう僕は聖剣使い。そして、ハートリーの兄に当たる。これで僕が怪しい者ではないのはわかってくれたかな」


「いえ。残念ですがまだです」


「ハートリー、君は随分と疑り深い友達を持ったのだね」


 ユーリは肩を竦める。

 早くも兄妹風を吹かし始めた。

 ハートリーが答えることはなかったが、我が続けざまに語る。


「王族であるあなたが、何故わざわざハーちゃ――ハートリーさんを迎えにきたのですか? 王族であるなら使いの者を寄越すはず」


「もっともだね。ただ最近何かと物騒でね」


「なるほど……。最近王族が次々と殺されているという噂は本当だったのですね」


「え?」


 俯きげだったハートリーの顔が上がる。

 どうやら知らなかったらしい。

 とはいえ、ターザムの話は貴族の中でしか出回らない風聞ではあったがな。


 だが、1番大きく反応したのは、目の前のユーリであった。

 笑顔を絶やさぬ二枚目王子の顔から、笑みが消える。


「どこで聞いたのかな?」


「王都です。噂で聞きました」


「そうか。もう噂になっているのか」


 やれやれと首を振る。

 そしてユーリは重い口を開いた。


「君の言うとおりだ。現在、3人の王族が殺されている。随分と用意周到な殺人鬼らしくてね。だから、僕が直々に迎えに来たのさ」


「聖剣使いとあろうものが、王宮に入った鼠一匹捕まえられないのですか?」


「ハートリー、君の友達は本当に手厳しいね。嫌いじゃないけど……」


「恐れ入ります」


 我はスカートの摘み、澄ました顔で軽く謝罪した。

 自分でも多少語句が荒くなっているのはわかる。

 だが、友達が横で怯えているのを見て、平静でいられるほど我は卓越していない。


「皆、王位継承順位を持つ王子王女ばかりでね。彼らにもプライベートというものがある。たとえ、兄姉であろうとね。すべての時間において、守るのは難しいのだよ」


「殺されたのは、王子王女ばかりなのですか?」


「そうだ。立て続けに3人も王位継承順位者が亡くなった。だから、ハートリーにまで王位継承の可能性が出てきたんだよ」


「わ、わたしは――――」


「君の出生のことは知っている。だが、君には間違いなく王族の血が流れている。これまで君や、君の今の両親に苦労をかけたことは、王族を代表して謝罪しよう。だから、我々の下に来て欲しい」


「でも……」


 ハートリーが進み出ることはなかった。

 その反応を見て、我の頭にさらに血が上る。


「経緯は知りませんが、随分と勝手なお呼び出しなのではないですか?」


「そろそろ部外者は黙ってくれないかな。勇敢な女性は嫌いではないけれど、度が過ぎれば非礼に当たる。そもそも一学生が王族と対等に話していること自体、恐れ多いというのに」


 おのれ!

 ここで身分の違いを見せつけるか。

 うつけが!

 お前の方こそ、我の前で命あることを喜ぶがいい。

 聖剣使いだか王子だか知らないが、本気になった我の前では、1秒すらもたぬ雑草風情が……。


 こうなれば、実力でわからせてやろうか。


「やめて下さい……」


 凛と響いたのは、ハートリーの声だった。


 一触即発の空気を察したのか。

 ユーリと我の前に進み出る。


「ルーちゃんも、ここは抑えて。ね?」


 ハートリーは笑顔を浮かべる。

 それが無理やりであることは、ずっと見てきた我にはすぐにわかった。


 前を向いたハートリーは、ユーリを見つめ、決断した。


「行きます」


 そう言うと、ユーリの顔が一変し、最初に見た笑顔に戻る。


「そうか。それは良かった。僕も嬉しいよ。新しい家族を迎えられることを。大丈夫。君のことは僕が守ってみせるから」


「あの……。その前に、今のヽヽ両親に挨拶だけ」


「その必要はないよ。すでに王族の関係者が説得しているはずだ。それに君の今のヽヽ両親は、この国の頂点にいる人だよ」


「――――ッ!」


 ハートリーが息を呑むのがわかった。

 両手を組んだ手が微かに震えている。


「まあ、いい。君が望むのであれば、こちらへ」


 ユーリの手を掴まれると、まるで風船にでもなったかのようにハートリーはそのまま手を引かれ、馬車へと誘われる。


「ハーちゃん!」


 我もまた手を伸ばした。


 だが――――。


「ルヴルの姐さん、そこまでです」


 突然現れたネレムに羽交い締めにさせられる。


「ネレム! 何をするのですか?」


「事情はわかりません。で、でもここは堪えてください。あれは王族の王章が付いてる客車です。それに逆らったら、お家が潰されちゃいますよ。アレンティリ家が、姐さんの両親が路頭に迷ってもいいんですか?」


 マリルと、ターザムが……。

 アレンティリ家が……。


「王族ってのは、それぐらい権力を持ってるんです。ここは抑えてください」


「ジャアクが王族に逆らってる?」

「ついにジャアクが王族に反旗を翻した?」

「マジかよ?」

「叛逆者ってことか。やはりジャアクだ」


 登校する生徒の陰口が聞こえる。


 その間にも、ハートリーは馬車に乗り込んでいた。


「ハーちゃん!」


 我の声にハートリーが反応する。

 ちらりと我に向ける眼に、涙が滲んでいるように見えた。

 それでも、ハートリーは馬車を降りようとしない。


 そのまま馬車は発車し、走り去っていった。

 遠ざかっていく車輪と蹄の音を聞きながら、我は拳を握り込む。


「ルヴルの姐さん。事情はわかりませんけど、すみません」


「いいのです。ネレムの行動は、私と私の両親を慮ってくれたこと。咎めません」


「あ、ありがとうございます。……し、しかし、ハートリーの姐貴に一体何が?」


「行かねばなりません……」


「え? どこへ?」


 ハートリーは泣いていた。

 我はあの涙を癒さなければならない。

 我ももう魔王ではない。

 アレンティリ家の娘で、聖女である。


 そして、ハートリーは我の友人だ。


 その者が泣いていた。

 きっとどこか痛いと思っているに違いない。

 故に我は癒さなければならない。


 未熟であろうとも、友の傷は我が癒す。


 いや、癒してみせなければならないのだ。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


というわけで、最終章はハートリーを取り戻せです。

よろしくお願いしますm(_ _)m

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