第34話 友達の部屋
連休中、たくさんの方に読んでいただきました。
ありがとうございます!
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我に回復魔術の深奥を紐解くことは、生涯においてもっとも優先すべき課題だ。
そのために魔王であることを捨て、人間になり、今聖クランソニア学院の生徒として、日々精進している。
本来であれば、勉学に没頭し、教官から語られる至高の教えに耳を傾けなければならない。
だが、我はその日――初めて授業をサボった。
何故か……。
それは友のため。
ハートリー・クロースのことについて、
我はハートリーについてよく知っている。
Fクラスに通う、優しい学生。
演劇が好きで、特に『鬼、滅ぼすべし刃』の鬼死というキャラクターが好きだ。
他には宝石について、目利きができること。
マリルのシチューが好きであること。
様々なハートリーを、我は知っている。
だが、我は彼女の家族のことをあまり知らない。
下町で商家をやっているということ以外はだ。
兄姉はいるのか、両親の仲は良好か、家ではどんな風に過ごしているのか。
我は何1つ知らない。
意図的に話さなかったのか。
それとも話したくなかったのか。
今となってはわからぬ。
「だから、知りにいくのです。ハーちゃんのことを」
やってきたのは、ハートリーの商家だ。
聞き込みと探索魔術を使えば、造作もない。
最近、王家の王章が付いた馬車を見かけなかった、と聞いたら、すぐに回答が帰ってきた。
「それにしても、ネレム。あなたは付き合う必要はなかったのですよ」
我は同じく今日の授業をサボったネレムを睨む。
「何を言ってるんですか、ルヴルの姐さん。あたいだって、ハートリーの姐貴の友人ですよ。ほっとけるわけがないじゃないですか(本当に放っておけないのは、ルヴルの姐さんの方だけど)」
「そうですか。ネレムもハートリーが心配なんですね」
「当然です!(本当に心配なのは、何をしでかすかわからないルヴルの姐さんだけど)」
「何か言いましたか?
「何でもないです! 行きましょう!!」
ハートリーの生家は間違いなく商家だった。
看板にクロース商会と書かれている。
下町にあるだけあって、如何にも見窄らしい木造平屋の建物だ。
だが、今玄関には鍵がかかっていた。
「留守ですかね?」
「いえ。人の気配がします」
我は【
少なくとも1人いる。
机の前で微動だにしていない。
まさか怪我? あるいは病気か。
「中に人がいますね。全く動きませんが……」
「ええ! えっと……。どこか他の出入り口を探して」
「探している暇はありません。ネレム、私の肩に触りなさい」
「は、はい」
【
見事、クロース商会の中に侵入した。
突然のことに対応できなかったのか、ネレムは「痛ッ!」と尻餅を付く。
続いて、顔をしかめる。
「酒臭い……」
睨んだのは、机に突っ伏した男だった。
少々下品な鼾が聞こえてくる。
机と、その下にも転がった酒の空き瓶から察するに、酔いつぶれたのだろう。
さらに机には、十数枚ほどの金貨が残っていた。
状況から察するに、ハートリーの父親だろうか。
娘が連れていかれたショックで、飲んだくれたのか。
それとも、報酬をもらって喜んでいたのか。
判断がつかぬな。
「この金貨……。まさかハートリーを売ったのか?」
ネレムは怒髪天に衝くとばかりに、髪を逆立たせる。
「くっそ! 子どもを売るなんて! 親の風上におけねぇ! 1発殴ってやる!!」
「落ち着きなさい、ネレム」
「むしろなんでルヴルの姐さんが落ち着いていられるんですか?」
「子どもを売る親なんて案外いるものですよ」
まして戦時であれば、特にな。
我は昔のことを思い出して言った。
「ん? あれ? 君たちは……」
ハートリーの父親が目を覚ます。
赤くなった顔をこちらに向けた。
我とネレムは挨拶する。
ハートリーの友達だというと、父親は目を輝かせた。
「そうか。娘にもこんな友達がいたんだな。……いや、もう私の娘ではなくなったが」
「事情をお聞かせいただけないでしょうか?」
すると、ハートリーの父親は訥々とこれまでの経緯を話し始めた。
ハートリーが王族の血を引いていることは、間違いない事実であった。
どうやら国王が侍女と一夜の過ちを犯し、侍女は子を身ごもったことに気付いたが、国王には隠していた。
その国王の耳に入った時には、侍女のお腹は大きくなっており、結果王宮を出入りしていた御用商人であったハートリーの父親が、侍女と子を預かる形で、下町でひっそり商売をしながら、3人で暮らしていたという。
「なんで? 王都の下町に? 風聞を避けるなら遠くの街に逃げればいい。御用商人ならお金もあったはずなのに」
「王都から離れれば、その血を使って良からぬことを企む者が現れるかも知れません。手元に置いて、監視をしたかったのでしょう。事実、ハーちゃんの母親にはそういう節があったようですね」
「ああ……。君の言う通りだよ」
ハートリーの母親は王宮から追放されても、娘に王家の血筋が流れていることを隠さなかったそうだ。
そしていつか王宮に戻る日のために、自分が見聞きした作法や教養をハートリーに身につけさせた。
ハートリーに宝石の知識があったのは、その教育の賜物であったのだろう。
だが、そのハートリーの母親も3年前に他の男と駆け落ち。
3日後、酔って冬の冷たい川に飛び込んだ際、そのままショック死したらしい。
以来、ハートリーは血の繋がらない父親と一緒に、この家で暮らしていたという訳だ。
「そして、奇しくも母親の言う通りになってしまったか……」
「お父様、その頬は?」
「ハートリーが連れていかれる時にちょっとね」
父親の頬には殴られたような痕があった。
本意ではなかったのだろう。
血を分けていなくても、ハートリーの父親は娘を守ろうとしたのだ。
話を聞いて、ネレムは首を捻る。
「王宮に連れて行かれた理由は、やはり後継者が殺害されたことによるみたいですね。王様の落胤に頼らなければならないほど、王族が殺されているのか。それとも、それほど混乱しているのか……」
「あのハーちゃんの部屋を覗いてもいいですか?」
「構わないよ。何かほしいものがあれば、持っていくといい」
父親の許可をもらい、我は家の奥へと向かう。
細く、踏むと奇妙な音が鳴る木の廊下を進む。
まるで導かれるように我は、部屋に辿り着いた。
「ハーちゃんの匂いがする……」
ハートリーの部屋はきちん清掃され、整っている。
普段からきちんと片づけているのか。
それとも出ていく前に掃除をしたのか。
いずれにしても、ハートリーらしい感じがした。
入ってすぐ横にある本棚には、本が並んでいた。
聖クランソニア学院の教本に加え、ハートリーが好きな演劇の写本が並んでいる。
さらに数枚のプロマイドが挟まれていた。
よっぽど好きなのだろう。
医学や薬学の本も多い。
どうやら回復魔術以外にも、治療方法を勉強していたようだ。
「姐さん? 何か見つけましたか?」
「いえ。ただ……何も見つけられないのが少し問題かな、と」
「それは??」
クローゼットには聖クランソニア学院の制服がかけられている。
きっちりと糊付けされていた。
部屋は整っているが、何か寂しい印象を持たせる。
小物が少ないというのもあるが、ここでハートリーが日々過ごしていたのかと思うと、胸が詰まるような思いがした。
「ハートリーの姐貴、自分の運命を受け入れてしまったんですかね。もう、あたいたちは友達じゃなくなるんでしょうか……」
「そんなことはありません、ネレム」
我は首から提げたネックレスを握る。
ネレムとともに、3人でお揃いにしたあのネックレスだ。
「会いに行きましょう、ネレム」
「はい? 会いにって、まさかハートリーの姐貴のところへ。いや、さすがに無茶ですよ。今、ハートリーの姐貴は王宮にいるんですよ」
「ネレム、
我の声に、ネレムは反射的に縮こまる。
怯えたネレムの瞳に映っていたのは、悪魔的な笑みを浮かべた我だった。
ふふ……。
そうだ。
我は大魔王ルヴルヴィム。
剣術、槍術、拳闘、魔術――あらゆる術理を収めた至高の存在。
畏怖の象徴。
そして……。
「ハーちゃんのお友達……。友達に会いに行くのに、身分も年も関係ありませんわ」
待っててね、ハーちゃん。
今、会いに行きます。
◆◇◆◇◆ ハートリー Side ◆◇◆◇◆
ハートリーはふと空を見上げた。
王宮のテラス。
貧乏商家では着ることなど叶わなかったほんのりと淡いピンクのドレスを着た少女は、満天の星空を望んだ。
ルヴルの声が聞こえたような気がしたのだ。
「夜風は身体に悪いよ、ハートリー」
振り返ると、ユーリが立っていた。
特徴的なワインレッドの瞳は、夜になっても輝いて見える。
まだ慣れないハートリーは、反射的に構えてしまった。
その様を見て、ユーリは鼻を鳴らす。
「失礼。驚かせたかな。だけど、外は危ないよ。いつ殺人鬼が君に凶刃を向けるかわからないからね」
「……わかりました」
ハートリーは素直に言うことを聞く。
その胸に、かつて露店で買ったネックレスが輝いていた。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
今、会いに行きます(魔王が)。
小説家になろうにて、コメディ部門で1位。
ポイントも1万ptを越えました。
カクヨムでも盛り上がるといいな。
更新頑張ります!
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