第1話 転生、3日前
ん? なんだ、これは?
我は覚醒した。
重たい瞼をぐぐっと持ち上げてみる。
だが、見えるのは暗闇だけだ。何も見ることができない。
1つわかることがあるとすれば、ここが水の中であるということぐらいだろう。
転生は成功したのか。あるいは失敗したのか。
それすら我にはわからぬ。
しかし、不思議だ。
水の中にいるというのに、息苦しさをまるで感じない。
事態を冷静に見極めようと、我はしばし黙考することにした。
『はあ……。はあ……。はあ……。はあ……。はあ……』
激しい女の息づかいが聞こえる。
それと共に水の中は激しく揺れた。
随分と揺れる馬車があったものだ。
いや、馬車ではない。
ここはおそらく女の
そして我は、その女の子どもなのであろう。
転生は成功したようだが、どうやら我はまだ産まれていないらしい。
まさか母親のお腹の中で目を覚ますとはな。
『奥様! お早く!!』
母親とはまた別の声が聞こえてくる。
『わかっています』
息を切らしながら、母親は言葉を返した。
再び腹の中が激しく揺れ始める。
母親が我を身ごもったまま走っているのだ。
やれやれ……。
転生早々何事だというのだ?
我がついに転生を果たすのだ。
花火とはいかぬまでも、
などと愚痴っても仕方あるまい。
そもそも我がいつ転生するのかは、我すら知らなかったのだ。
他の者が知っているとは考えにくい。
このままでは埒が明かぬ。
ともかく状況確認せねば。
【
我は透視する魔術を使う。
生まれたばかり故、少々制御に難があるが、これぐらいの初歩魔術であれば、難なくといったところだ。
【念視】で外を見ると、そこもまた真っ暗だった。
どうやら夜の森を、身重の母親は走っているらしい。
一体どういうことだ?
まさか我が身ごもっている段階で、持久走というわけではあるまい。
訓練を欠かさぬところは感心だが、臨月の母親がすることとしては、些か無茶が過ぎるのだが……。
母親の蛮行に少々辟易していると、音が聞こえた。
身を揺るがすような音に、木の上で羽を休めていた鳥たちが一斉に羽ばたく。
直後、森が紅蓮に光った。
巨大な炎が森を縦に蹂躙する。
幸いにも我を身ごもった母親から遠く離れていたが、凄まじい威力だ。
一瞬にして巨木が炭に変わる。
熱風が腹の中にいても伝わってきた。
『きゃあああああ!!』
母親の側付きと思われる老女が、悲鳴を上げる。
腰を抜かしたらしく、その場に倒れた。
その視線は森の木よりは遥か上に向けられている。
炎息の炎によって、森は紅蓮に光っていた。
その光に照らされたのは、巨大な魔獣――――。
竜種最強の魔獣。
我も修業時代は何度も相手をしたものだ。
最初は苦戦したが、最後は髪1本で倒せるようになった。
竜の鱗は生物の中でも、特に硬いと聞いていたが、鍛えた我の髪には適わなかったらしい。
どうやら黒竜は母親を探しているようだ。
よもや修業時代に散々倒してやった恨みを、ぶつけに来たのではあるまいな。
獣の割には、頭が回るヤツである。
褒めてやりたいところだが、手を伸ばそうに我は母親の腹の中だ。
これでは殴ろうにも殴れない。
『奥様、私を置いてあなただけでも』
『何を言っているのです! さあ、立ちなさい』
全くだ。
腰を抜かしたぐらいで置いていけなど。
冗談も程ほどにせよ。
やれやれ……。仕方ない。
回復してやろう……。
側付きがほんのりと光る。
『こ、これは? 回復魔術? 奥様、いつの間に魔術を学ばれたのですか?』
『私じゃないわ。でも、これは――――』
母親は自分の腹を押さえるのがわかった。
感心している場合か。
早く逃げろ。
このままでは死ぬぞ。
『奥様! なんだか私、すごく力が出てきました、失礼!!』
側付きはシャンと立ち上がる。
その溢れんばかりの筋肉を見せびらかすように、謎のポージングを始めた。
すると、母親を軽々と持ち上げる。
そのまま夜の森を失踪し始めた。
『え? ええ? あなた、いつの間にそんなにたくましくなったの? というか、いつの間にそんなに筋肉質に?』
『私にもわかりません。回復魔術を受けたら、力が溢れ出てきたのです』
『回復魔術に、そんな効果があったかしら』
母親は首を傾げる。
そういう疑問はいいから、とっとと走れ。
向こうがこちらに気付いたぞ。
大きく翼をはためかせると、巨体が浮き上がった。
低空を維持しつつ、空から我らを追いかける。
『ひぃ! ひぃいいいいいいい!!』
側付きは走る。
遅い。
回復魔術をかけたというのに、この側付きの動きの鈍さ何も
折角、人間に転生したというのに、まだ回復魔術を極められぬとは。
回復魔術の道は、なかなか険しい。
『まずい! 追いつかれるわ!! あなただけでも逃げて』
『奥方様を置いてなんて無理です。それにお子様もいるんですよ!!』
全くだ。
転生した直後に死ぬなど、笑い話にもならぬ。
やれやれ……。
黒竜に我が魔術をくれてやるのは、少々もったいない気もするが、致し方ないか。
黒竜の口内が赤く染まる。
再び炎息で周辺を焼き払うつもりだ。
ふん。調子に乗るなよ。
黒蜥蜴…………。
【
腹の中から我は魔力を放つ。
その瞬間、黒竜は黒い炎に飲み込まれた。
自慢の炎息を吐き出すことなく、炎の中に溺れるように沈んでいく。
『ひぃいいいいいいいぎゃあああああああああああ!!』
断末魔の悲鳴を嘶く。
昔、何度となく末期の叫びだ。
一瞬にして黒竜は炎の中に溶けていく。
最期は跡形もなく、ただ黒竜の影が残るのみであった。
『な、何が起こったの?』
『さ……さあ」
母親と側付きは、ただ呆然と見つめるだけだ。
おそらく何が起こったのかすらわからぬのだろう。
黒竜如きで手こずるとは。
人間も相変わらず脆弱だな。
以前よりも弱くなっているのではないか。
ふわっ……。
眠い。
この姿で【
一応加減はしておいたのだがな。
本気でやれば、この辺り一帯消し飛び、我が母親をも巻き込みかねん。
さて再び眠りにつくことにしよう。
それまでのしばしの別れだ。
母上殿……。
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あと、もう1話投稿予定です。
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