魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~

延野 正行

第1章

プロローグ

書籍化決定です!

2024年6月25日にブレイブ文庫様より、

第1巻発売されます。よろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


「よくぞ来た、勇者よ!」


 纏った羽衣を翻し、手を広げる。

 闇に鬼火のように浮かんだのは、頭に羊のような角を生やした異形の容貌。

 そして纏う空気は、絶望であった。


 大魔王ルブルヴィム――。


 異法世界セレブニアに君臨する魔族の王。

 そして人類の宿敵……。

 その力は圧倒的だ。

 剣術・槍術・弓術・拳闘術・魔術――。

 あらゆる術理を修め、すでに1000年の月日が経っている。


 その強さは熟成され、あらゆる英雄、豪傑、猛将、賢者と呼ばれた名のある傑物たちを粉砕してきた。


 そのルブルヴィムに対するは、長年に渡る宿敵『蒼天の勇者』ロロである。


 ルブルヴィムを討つために神より力と血を分け与えられた勇者は、言うまでもなく人類を超越した存在であった。

 これまで数多の英傑たちがルブルヴィムと切り結んだが、生き残ったのはロロ1人だけ。


 それは神から与えられし肉体の恩恵ではあったが、その彼をもってしてもルブルヴィムから逃げ帰ることしかできなかった。

 ロロは負ける度に想像を絶するような修行を己に課したが、ルブルヴィムには届かない。

 それどころかロロと戦う内に、ルブルヴィムもまた強くなっていく有様だった。


 1000年以上の月日が経っても、ルブルヴィムはなお成長を続けていたのだ。




 さて、そのルブルヴィムだが、少々難のある性格をしていた。

 魔族の王でありながら孤独を好み、人間に悪魔とそしりを受ける種族でありながら、卑怯を何よりも憎んだ。


 その性格は、ひとえにストイックであり、前時代的な頑固な老将を思わせる。

 故に魔王の間に来るまで数々の魔族を打ち倒し、疲弊した勇者に対してルブルヴィムはこう言って開戦を告げるのが、もはや恒例となっていた。



「さあ、回復してやろう……」



 ルブルヴィムの手から放たれたのは、山すら溶かすような灼熱の炎でも、心すら凍り付かせるような極寒の吹雪ではない。


 文字通り、回復魔術だ。

 それを受けた勇者ロロの傷付いた身体が忽ち回復していく。

 疲弊していた体力や魔力まで全快し、ここまで受けた数々の状態異常すら治っていた。

 魔王城に踏み込む前、いやそれ以上に身体が軽く感じる。


「ふん……。相変わらず変な魔王だ」


 鼻を鳴らしたのは、『緑衣の賢者』クリフトであった。

 勇者の師匠にして、エルフの王だ。


「覚悟しなさい! 今度こそあんたを倒して、ロロとハネム――じゃなかった、世界に平和を!!」


 勇ましい言葉と大魔石の欠片が付いた杖を振りかざしたのは、『紫晶の魔女』リヴェンナだった。

 魔女族の中でも天才といわれる彼女は、元々魔王の下で働いていたが、ロロと戦う内に友情(?)が目覚め、ロロの旅に付き纏うヽヽヽヽようになったのだ。


「よし! 行くぞ、2人とも!!」


 ロロの合図で、3人は一斉に動く。

 あっという間にルブルヴィムを取り囲んだ。

 それぞれの獲物に魔力と信念、そして魂を込める。


「「「食らえ、ルブルヴィム!!」」」




 滅技トライデント神槍燦撃ブラスター!!




 ロロは神から貰った神剣を振り下ろし、クリフトは必殺必中の魔弓を放つ、最後にリヴェンナが特大の爆裂魔術を直撃させた。


 3人が打ち込める最大最強の火力。

 それを1万分の1も狂いなく同時に打ち込み、ルブルヴィムに叩きつける。

 邪知暴虐の魔王でなければ、影すら吹き飛んでいただろう。


 そう――大魔王ルブルヴィムでなければ……。


「やったか?」


 ロロは言葉を絞り出す。

 爆煙の中心地を見つめていると、不意に声が聞こえた。

 それは高笑いでもなければ、相手を蔑むような嘲笑というわけでもない。


 煙の中から現れたのは、悔しさを滲ませたルブルヴィムだった。


「何故だ……。何故、我は極められない。我が魔王だからか…………」




 何故、我は回復魔術を極められぬ!!!!




 ルブルヴィムの絶叫は広い空間に響き渡る。


 一方、自分たちの最大火力を食らって尚、無傷でいるルブルヴィムを見て、ロロたちは呆気に取られていた。

 やがてルブルヴィムが吐いた言葉に、かつての配下リヴェンナが頭を抱える。


「はあ、また始まった……」


 ルブルヴィムの回復魔術への固執は、魔族内でも有名だった。

 一説に寄れば、外に出て魔王軍の進撃に加わらないのも、自室にこもって回復魔術の研究に専念しているからだと、まことしやかに囁かれている。


「しかし、我々の攻撃を食らって、無傷とは……」


 『緑衣の賢者』クリフトは、眼鏡を釣り上げる。

 その横でリヴェンナが肩を竦めた。


「しかも本人は自分たちの攻撃よりも、自分がかけた回復魔術の方が気になるようだし」


「それはそうだろう!!」


 突然、ルブルヴィムは一喝した。

 怒りの表情を浮かべているのかと思えば違う。

 大魔王の目から涙が流れていた。


「何故だ! 何故、お前たちは弱いのだ!! 我がこんなにも日夜腐心し、回復魔術の研究をしているのに――――」




 何故、お前たちの弱さは治らんのだヽヽヽヽヽ!?




 最初に言っておくが、ルブルヴィムはロロたちを心底馬鹿にしている訳ではない。


 魔王でありながら、お堅い武人でもあるルブルヴィムは、相手に対するリスペクトを決して忘れない。

 どんな相手でも全力を以て戦いたい。

 そう思うからこそ、戦闘前に必ず対戦相手を全回復させるのである。


 つまり、ルブルヴィムは本気だった。


 本気でロロ達が弱いのは、自分がかけた回復魔術のせいだと思い込んでいた。


 やがて『蒼天の勇者』ロロは息を吐き出す。

 戦闘を再開するのかと思ったが、ロロがやったことは全く別のことだった。

 両手を上げて、こう言ったのである。


「降参だ、ルブルヴィム」


 その一言は、ルブルヴィムはおろか他の仲間2人も驚かせた。


 ルブルヴィムを倒すために神に選ばれ、その生涯の大半を費やし、厳しい特訓にも弱音一つ吐かずに耐えてきた勇者の口から、敗北を認める申し出があったのである。


「ちょ! ロロ!! あんた、何を言っているのよ!!」


「聞いての通りだ。僕は降参する事に決める」


「負けを認めるというのですか?」


 普段冷静沈着なクリフトですら、声を上擦らせた。


「ロロ! 考え直して! あんたが負けを認める。それは人類全体が、この魔王に敗北を認めるということなのよ」


 リヴェンナは思い留まるよう説得するが、ロロの気持ちは変わらなかった。


「僕はね、リヴェンナ。たとえ人類がルブルヴィムに屈しても、さほどひどい世界にはならないと思う」


「ど、どうしてそんなことを……」


「君も知っているだろう。ルブルヴィムは戦う者すべてに対して、尊敬の念を抱いている。おそらくその気持ちは、僕たち人間以上だ。しかし、仮に魔族が人間を滅ぼしたらどうなる? 彼に対して挑戦しようとする者がいなくなる。それはルブルヴィムも本意ではないだろう。そうだろう、ルブルヴィム?」


「ん? 何か言ったか?」


 失意に沈んでいたルブルヴィムは、急に話しかけられて頭を上げた。

 どうやら、全く聞いてなかったらしい。


 ロロは苦笑しながら、ルブルヴィムに尋ねた。


「ルブルヴィム、僕たちは降参する。まあ、全体の総意というわけじゃない。おそらく今から各国の偉い人が集まって協議し、そして結論を出すことになる。だが、少なくとも僕はもうお前とは争わないことに決めた」


「我とは戦わないというのか、『蒼天の勇者』」


 ロロはゆっくりと首を振る。

 子供に話し聞かせるように告げた。


「争わないというだけで、戦わないというわけじゃない。ただ関係性が少し変わるだけだ。敵としてではなく、友として君と戦う」


「魔王である我を、友と呼ぶのかい?」


「気に障ったなら謝るよ」


「いや、悪くない。お前と戦っている時が、我が2番目に幸福であった時だからな」


「そいつは嬉しいな。ちなみに1番は?」


「むろん、回復魔術の修行をしている時だ」


 ルヴルヴィムは真顔で答える。

 その答えに、他の者は苦笑を浮かべるのが、精一杯だった。


「……なあ、ルブルヴィム。教えてくれ。お前は世界征服して、その後どうする? その望みは一体何なんだ?」


「世界征服になど興味はない」


「じゃあ――――」


「だが、望みならある」


「ほう。魔王の望みか。興味があるな」


 クリフトは眼鏡を釣り上げた。


「教えてくれないか?」


「言ったところで、お前たちに叶えられるものかどうか?」


「友達だろ? 俺たちは……」


 ロロは手を広げ、戦意がないことを改めて示す。

 すると、ルブルヴィムは自分の顎を撫でながら答えた。



 我は人間になりたい……。



 意外な申し出に、ロロも他の2人も絶句した。

 皆が固まる横で、ルブルヴィムは訥々と理由を語る。


「我はすべての術理を極めてきた。剣術、槍術、弓術、拳闘術、そして魔術……。だが、神聖術――つまり、回復魔術に関しては、終ぞ極めることができなかった」


 ルブルヴィムは悔しそうに肩を落とす。


 ロロの側でリヴェンナが「十分だと思うけど」とぼそりと呟く。


「原因はおそらく我が魔族だからだろう。魔族の身体と、神聖術は相性が悪い。だが、人間になることができれば、回復魔術を極めることができるはずだ!」


 最後には力強く断言する。

 ややポカンとしながら説明を聞いていたロロは、気を取り直した。


 後ろを振り返り、ロロは仲間たちに献策を求める。

 だが、良案は生まれない。


 すると、闇で満たされていた魔王の間が、突如光に満たされる。

 現れたのは、金髪を翻した天女であった。


「聖使女ルヴィアム様!!」


 それはロロを選定し、力を与えた神の使徒の1人であった。


 ルヴィアムはルブルヴィムの前に立ちはだかる。


「ほう……。貴様が神か? 強いのか?」


 ルブルヴィムは興味津々だ。

 一方、ルヴィアムは微笑を浮かべるだけだった。


「私にはあなたのような武力はありません。ご期待に添えないかと」


「そうか。それは残念だ」


「しかし、あなたを人間に転生させることは可能です」


「転生だと……!」


「転生の法を受けてみますか?」


「受ける! 回復魔術を極めるためなら、我はなんだってするぞ」


 ルブルヴィムは即決した。

 仮に彼が転生し、この世からいなくなれば、一体どんなことが起こるのか。

 それすらルブルヴィムにとって、眼中にないらしい。


 一瞬、聖使女ルヴィアムの口端が歪んだような気がした。


「ルブルヴィム、本当にいいのか?」


 ロロは尋ねた。

 だが、ルブルヴィムは子供のように笑う。


「勇者ロロ、貴様との戦いは実に楽しかった。お前ほど戦い甲斐のあるヤツはいなかっただろう」


「…………光栄だね」


 ロロは一抹の不安を払い、最後に笑顔を見せた。


「強くなれ、ロロ。我はもっと強くなる。そして、いつか再び相まみえよう。その折には、必ずや完璧な回復魔術を披露すると約束しよう」


「ああ……。それは楽しみだ」


「では、さらばだ!!」


 そしてルブルヴィムは、聖使女ルヴィアムが放った転生の法の中に、消えていく。

 その表情は、魔王とは思えないほど快活な笑顔であった。


「行ったな……」


「なんか鬱陶しい魔王様だけど、いなくなると寂しいわね」


 リヴェンナの目は、かすかに潤んでいた。


 同時に聖使女の姿も消える。

 魔王のいなくなった部屋が広がるだけだった。


「これで良かったのですか、ロロ」


 クリフトが尋ねる。


「いいですよ。僕の友の長年の夢が叶ったのだから。……ただ僕たちは、僕たちの務めを果たすだけです」


「務め……?」


 すると、ロロは振り返り、そして苦笑した。


「あのルブルヴィムを倒すために、僕たちも強くなるんです」



 友と再び相まみえるために……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


あと、もう2話投稿する予定です。

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