第39話 さあ、回復してやろう

「かぁぁぁぁぁあああああああ!!」


 突然、ユーリは吠える。

 ワインレッドの瞳が血を浴びたように赤く光っていた。

 歯をむき出し、優男の顔が鬼の形相に変化していく。


 殺気は十分。

 なかなか心地よい。

 だが、我にとっては良くても、他の者には違う。


「ルヴルの姐さん! ハートリーの姐貴! な、なんだ、これ……」


 遅れて到着したネレムが、自分の二の腕をさする。

 寒そうに肩を震わせ、青白い顔を我に向けていた。


「ぬ、ぬぅぅぅうううぅ……」


 ゴッズバルドも脂汗を垂らしながら、唸っている。

 駆けつけた衛兵たちも、ユーリから放たれる殺気におののいた様子だった。


「あ、あ……」


 言葉にならない悲鳴を上げ、ハートリーもまた尻餅を付いた。


 そんな友を背にし、我は笑う。


「怖がる必要はない、ハーちゃん。そなたは我が守る」


 力強く言葉を響かせ、我は前に進み出る。

 久しぶりの好敵手に、心臓は高鳴っていた。

 人間とは何とも面白いものだ。

 敵を前にして、体内で変化が起こり、血流が早くなり、脳内の物質が増える。


 この好敵手ごちそうを前にして、幸福だと思っているのは、我の魂かそれとも人間の器か……。


 いずれにしろ、感謝しよう。

 この巡り合わせを。


 我は今、実に幸せだ。


「嬉しそうだな、ルヴルヴィム」


「もう我はルヴルヴィムではない。ルヴル・キル・アレンティリだ。どうやら、お前はあまり嬉しそうではないようだな」


「当たり前です。こんなにも惰弱で、未熟で、退化したあなたを見ることになるとは思いませんでしたからね」


「惰弱で、未熟……。退化……。お前は強さというものを何もわかっていないな」


「はっ?」


惰弱よわいからこそ、強くなろうという意志が生まれる。未熟であればこそ、より完成を目指す希望が生まれる。見える景色が変わるというなら、退化することも厭わぬ。何かを極めることに1本の正しき道などない。すべてが己の強さに繋がっているとしれ」


「だまぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!」


 ユーリは激昂する。

 そして聖剣を構えた。

 高く空に向かって掲げると、暗闇の中で太陽の如く光り始める。

 周囲を明るく照らし、夜にあって昼に変えてしまった。


「これは聖剣【碩雷断剣アロンダイト】……」


「【碩雷断剣アロンダイト】?」


「無知なあなたに特別に教えて差し上げましょう。この【碩雷断剣アロンダイト】を初めとする聖剣はあなたを倒すために鍛え上げられた魔導兵器です。我々が関与したね」


「ほう……。我を王にしたり、国を興そうとしたり、今度は我を殺す兵器か。どうやら我が生まれる以前、我を母親ごと消し去ろうとしたのは、お前らの仕業だな。大方、星詠みのできる魔族によって、我が転生する時期と場所を詠んでいたのであろう」


「さすがは魔王様。察しがいい」


「その後、襲撃しなかったのは我が予想以上に強かったからだ。そして、今度は我を抱き込み、魔族復興を狙ったといったところか。ふふふ……。なかなか邪悪ではないか。まあ、やってることは三下の悪党と変わらぬがな」


「黙れ! この聖剣で引導を渡してくれる」


「ほう……。それは楽しみだ」


「食らえ! 大魔王ぉぉぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおおおおお!!」



 【碩雷断剣アロンダイト】!!



 光の輝剣が振り下ろされる。

 まるで夜空を両断するように光が煌めくと、我に振り下ろされた。


「死ねぇぇぇぇぇええええええ!!」


 ユーリは半狂乱になりながら、魔力を解放する。

 空気中に拡散された魔力が暴風を生み、暴風は巨大な嵐を呼び起こした。

 普通の人間であれば、立っていることすら難しい嵐が王宮の真ん中で起こる。

 壁にはヒビが入り、屋根のタイルが捲り上がった。


 凄まじい……。

 その一言に尽きる。

 さすがは我を殺そうと編み出された兵器だけはある。


 しかしだ――――。



 トンッ!



 我はあっさりと聖剣の斬撃を変化させた。

 その輝剣は逆方向に向くと、ユーリの肩をあっさりと切り裂く。


「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」


 嵐の中に響き渡ったのは、汚らわしい魔族の悲鳴であった。

 鮮血が飛び散る。

 魂は魔族だが、肉体は人間だけあって、その血の色は赤い。

 冷たい石畳みにドロリとこぼれ落ち、ユーリもまた傷を抑えて蹲った。


「馬、鹿……な……」


 今起こった事実を拒否するように、ユーリは我を睨む。


 我は肩を竦めた。

 大したことはしていない。

 以前戦ったミカギリの時と同じだ。

 刃の方向を変えて、その相手を斬るようにすればいい。


「デタラメ過ぎる……。そもそも剣相手に何故、あなたは剣を持たない」


「必要ないからだ。剣を持てば、剣で受けなければならなくなる。腕や足、あるいは己の肉体があるのにどうして必要か。剣は相手の1本で十分なのだ」


「それがデタラメだと……」


「その言葉一言で片付けてしまうからこそ、お前は未熟なのだ、ユーリ。鍛錬を500年程続けていれば、自ずと開眼する境地よ」


「ご、500年……」


「そら……。ところで大魔王と相対するのだ。我に対する対策。よもや聖剣なまくらだけではなかろう。そろそろ全力を出せ、ユーリ。我がその道筋を作ってやる」



 さあ、回復してやろう……。



 我はユーリを回復させる。

 聖剣を返され、出来た深傷はみるみる治っていく。

 それどころか、ユーリの身体は肥大化を始めた。

 あの優しい顔こそなくなったが、魔力は充実し、筋力が100倍以上になる。


 纏っていた服を突き破り、力の塊となったユーリは笑った。


「ぐぺぺぺぺぺ! 素晴らしい! なんだこの力は! 溢れる! 力が溢れるぞぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」


 ユーリは夜天に叫ぶ。


「魔族に回復魔術を……」


 ゴッズバルドが驚く。

 横でネレムも目を大きく開いていた。


「ちょ! さすがに姐さん! 魔族に回復魔術は……。(いや、もしかしてこれがルヴルの姐さんの本性なのかも)」


「ば、化け物だ!!」

「ゆ、ユーリ様が……」

「一体何があったんだ?」

「やばいぞ。こんなのにオレ達は勝てるのかよ」


 近衛たちも右往左往して、化け物となったユーリに戦く。


「落ち着いてください!!」


 狼狽する皆を諫めたのは、ハートリーだった。


「大丈夫です! ルーちゃんは勝ちます!!」


 確信し、我を見つめる。

 そのエールを我は背に受けて、今一度ユーリに向かって歩みを進めた。


 今、我はどんな顔をしているのだろう。

 おそらく不敵に笑っているであろうが、それはどちらヽヽヽであろうか。

 聖女のように微笑んでいるのか。

 悪魔のようにジャアクヽヽヽヽな笑みを浮かべているであろうか。


 どちらでもいい。


 今なら確信できる。

 我は今、最高の回復魔術を使用できたと……。


 ユーリからあふれ出る強者感を察し、我はついに相対した。


「全力でかかってくるがいい、ユーリよ」


「死ね!! 大魔王ルヴルヴィムゥゥゥゥゥウウウウウウウウ!!」


 ユーリは叫ぶ。

 聖剣を投げ出し、己の拳を持って必殺の一撃を放とうとする。

 良い判断だ。

 最後に信じられるのは、己の肉体よ。


 ユーリの拳と我の拳が交差する。


 だが、速さと威力で圧倒したのは、我の方だった。



「ぶげらっ!!」



 ユーリの顔が歪む。

 そのまま地面に埋まった。


 一撃必倒…………だった。


「あれ?」


 こんなはずでは……。

 おかしい。

 こやつは魔族。

 確かに鍛錬もせずに怠けていたようだが……。


 だが、それでも弱すぎないか?


 いや、違う。それを判断するのは早計だ。


 おそらく我の回復魔術がやはり完全ではなかったのだろう。


「未熟……。我はまだまだ未熟だ!」


 我は天に向かって吠える。

 すると、地面に埋まったユーリを引き揚げた。

 すでに気絶するヤツの頬を張る。


「ユーリ! もう1回だ! もう1回、我にチャンスをくれ! 起きろ! おい、こら! 寝ている場合ではないぞぉぉぉぉぉおぉおおおおお!!」





【ネレムの場合】

 や、やべー。

 気絶してる相手にさらに追い打ち。

 しかも、未熟?

 何度か聞いているけど、あたいはずっと姐さん自身が反省しているのだと思っていた。


 だが、今日わかった。

 違うんだ。

 あれは倒れた相手に対する罵倒。

 倒した相手に、未熟者と罵っているんだろう。


 倒した相手を讃える(化け物だし讃える必要なんてねぇけど)こともなく、戦の熱が冷めやらぬ中で、相手を罵倒するなんて。


 やはりルヴルの姐さんは徹底している。

 どんな時も、どんな状況でも、ジャアクだ。




【ゴッズバルドの場合】

 なんというストイック。

 敵を圧倒した後でも、己の未熟さを反省するその姿勢。

 惜しいな……。

 鍛え上げれば、素晴らしい聖騎士になるというのに……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


もしかして、ネレムとゴッズバルドって似てる??w


面白い、すっきりした、と思っていただけたら、

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何卒よろしくお願いします。

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