第29話 お説教
ダンジョンから帰った翌日。
我とハートリー、ネレムが学院長室に呼び出された。
理由は学院長室に向かう道すがら、呼びに来た副院長から告げられる。
「あなたたち、ダンジョンに潜ったそうですね。聖クランソニア学院の校則は知っていますか? 特別な理由がない限り、ダンジョンにおける協力者やそれに相当する役目、また金品の授受を禁止するとあります」
神経質そうな顔をした副院長は、時折こめかみの辺りをピクピクさせて、忠告する。
副院長が我を嫌っているのは知っている。
だが、今回の副院長の言葉は、ぐうの音も出ない正論だ。
「全員無事だったからいいものの、もし怪我でもしていたらどうするのですか?」
ん?
その時は、我が回復すればいいのではないか?
「大事なお子さんを我々は預かっている身です。これに懲りたら、冒険者遊びなんてやめるんですよ」
相変わらず手厳しい。
その後もくどくどと副院長のお説教は続く。
それは学院長の部屋のドアの取っ手を握るまで、続いた。
「さあ、学院長にこってりと絞られてらっしゃい」
部屋のドアを開ける。
そこにいたのは、鞭を構え、鬼の形相をした学院長アリアンではなかった。
我らが来たと同時に座っていた椅子から立ち上がると、「まあまあ」と近づき、我らを出迎えた。
アリアンは我の手を取り、子どものように目を輝かせる。
我も驚いていたが、横に立った副院長はさらに驚いていた。
「よく来たわね、ルヴルさん。それにハートリーさんと、ええっと…………」
「ね、ネレムです。この度はご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。つきましては、ルヴルの姐さんと、ハートリーの姐貴のことを許してくれないでしょうか。2人はあたいが誘っただけで、その……すべてあたいが悪いんです。どうかこの通り」
ネレムはいきなりアリアンを前にして、まくし立てる。
「違いますよ、ネレム。これは私の責任です。そもそもネレムもハーちゃんも、私を探していて、ダンジョンに行ってないのでしょ?」
「ネレムさんが悪いなら、わたしも同罪だよ。校則違反ってわかってて、2人を止めなかったんだから」
「これはケジメです。実際、誘ったのは――――」
「おほほほほ……」
突然、アリアンが笑い出した。
ギョッと副院長も含めて、我らは驚く。
校則違反という罪を犯したにも関わらず、『大聖母』といわれるアリアンの顔は、いつも通り穏やかだった。
「あなたたち、とっても仲がいいのね」
そ、そう見えるか?
不謹慎ながら我は目を輝かせずにはいられなかった。
だって他人から見ても、我らが仲の良いということは、それだけ仲が良いということだ。
我としては、これ以上の喜びはない。
強い絆で結ばれているということであろう。
「良い友達をもちましたね、ルヴルさん」
「はい。アリアン様の教えがあったからです」
「そう……。立ち話は疲れるでしょう。どうぞお入りなさい、副院長も」
アリアンは部屋に招き入れる。
紅茶の芳香がすでに満ち満ちていた。
大聖母アリアンから漂う優しい匂いと一緒だ。
「おかけなさい」
部屋の一角にあるソファに、我らは腰を下ろす。
アリアンはニコニコしながら、我らと同じくソファに座る一方、副院長はやや複雑な表情を浮かべたままその後ろに控えた。
「どうして、私があなた方を呼んだかわかりますか?」
「私たちが校則違反をした件ですね」
我は身を乗り出し答える。
すでに謝る準備は出来ている。
校則違反したのは、事実だからだ。
すると、アリアンは「ふふ……」と楽しそうに笑った。
1度紅茶を含み、舌を濡らすとアリアンは語り始めた。
「勿論、それもあるわ。でも、すでに副院長にたっぷり灸を据えてもらったでしょ? 私がお話ししたいのは、そのことではないの」
「え? では――――」
アリアンはティーカップを皿に戻し、柔和な笑顔を我に向けた。
「ルヴルさん、お手柄だったわね」
「はっ?」
何が何だか我にはわからない。
ただただ首を傾げるばかりだ。
お手柄だと? 手柄を立てたつもりはないが……。
「あなたと一緒に行動していた冒険者ね。罪状については控えるけど、有名な悪い冒険者だったの」
「な、なにいぃいぃいいいぃい!?」
我は思わずソファから立ち上がった。
目を丸くする我を見て、アリアンは「ほほほ」と雅に笑う。
対して、副院長は「落ち着きなさい」とばかりに、眉間に皺を寄せて、我を睨んだ。
慌てて我は着席する。
「すみません」
「気にすることないわ。私はいつもあなたに驚かされてばかりだけど、今回はあなたを驚かせることができたようね」
やや意地悪なことを言う。
優しく見えるアリアンだが、意外と子どもっぽいのかもしれぬ。
まあ、我から見れば人間など、皆赤子も同然ではあるがな。
それよりも、ジータとゴンスルが、悪い冒険者?
とてもそうは見えなかった。
少々臆病で頼りないところはあったが、最後は我の身を案じ、自分の命すら投げだそうとしていた。
他人のために命を投げ出すなど、聖人君子ですらできるかどうかわからないというのに。
「信じられません、彼らがそんな悪い冒険者とは……」
「素晴らしいわ、ルヴルさん」
「え?」
「彼らは悪人よ。でも、ルヴルさんはそれでも彼らの善意を信じようとした。誰でもできることではないわ。私が当事者であっても、出来たかどうか」
「大聖母様でもですか?」
「『大聖母』といわれていても、私も人間です。悪人と呼ばれるものに対して、他の人と同じように手を差し伸べることは難しいわ。……けれど、ルヴルさん。あなたは違う。彼らの善意を最後まで信じた。だから彼らは改心して、自首したのよ」
「じ、自首ですか?」
「ルーちゃん、すごい!!」
横のネレムとハートリーが腰を浮かして前のめりになる。
我も同じだ。
2人が罪を認め、刑に処されることを選んだなど……。
信じられぬ。
我は全く――何一つ、あの者たちに報いた覚えなどないのに。
すると、アリアンは笑った。
「素晴らしいことだわ。悪人を改心させるなんて」
「信じられません。私はあの方々にはお世話になっただけで、何1つ報いることは」
「私たち聖女が人に報いるなどあってはならない……」
アリアンは急に聖女課程における最初の教えをそらんじる。
我は横のネレムとハートリーとともに、言葉を続けた。
「私たちの仕事は人の身体を癒やし、心を癒やすこと……」
ニコリ、とアリアンは笑った。
「その通りです。ルヴルさん、あなたは悪人の心を癒やした。それはもしかしたら、1番難しいことではないかしら」
「ならば、私は回復魔術の深奥を覗いたということでしょうか?」
「……ふふ。そうかもしれませんね」
しかし、我に実感はない。
そもそも心を癒やしたというが、果たしていつの回復魔術が、ジータとゴンスルを癒やしたのだろうか。
知りたい!
今度、面会でも行ってみるのも悪くないかもな。
「あの……。それで学院長様、わたしたちの罰はどうなるのでしょうか?」
ハートリーは怖ず怖ずと尋ねる。
「何も――というわけにはいかないわね。この部屋の掃除と、裏庭にある倉庫の掃除をしてもらいましょう」
「そ、それだけですか?」
ネレムがキョトンとする。
同感だ。
校則違反なのだから、もっとすごい
それでは、普段の清掃とそう変わりないではないか。
「ネレムさんもハートリーさんも、ルヴルさんを心配して、ダンジョンに行けなかったのでしょ? ルヴルさんにしても、事件に巻き込まれただけ。そもそも校則違反なんて、あなたたちは犯してないのよ」
「納得できません、学院長!!」
声を荒らげたのは、ここまで黙って聞いていた副院長だった。
すでに顔は赤くなり、歯をギリギリと鳴らす音が、我たちの方まで聞こえてくる。
「いくら未遂といえど、彼女らは校則を破ろうとしたことは事実! それに対する罰があまりにも軽すぎる。それに学院長は、ルヴルさんを過剰に買いかぶってはいませんか? 彼女は魔導具によって『ジャアク』と判定されていました。悪人と接触したのも、何か企てがあって……」
「副院長……」
急にアリアンの声が低くなる。
その声は、どこか冷え切っていた。
我ですら「おっ」と思う程、アリアンが怒っている。
ゆっくりと立ち上がると、副院長の方を向く。
我の方からでは、アリアンの表情を確認できなかったが、副院長の顔が青ざめていくのだけはわかった。
「相変わらずですねぇ、あなたは。校則というなら、あなたも校則違反を犯していることを自覚していますか?」
「え? わ、わたくしが校則違反など……」
「はあ……。本当に昔と変わらないですね、あなたは。血が上ると、全く周りが見えなくなる」
なんと……。
学院長と副院長は、昔からの知己であったか。
「廊下での会話……。あなたの声ですが、このフロアに来る前から聞こえていましたよ。どれほどの声を上げていたのですか? 授業をしているクラスもあるのですよ」
「そ、それは――――」
「お説教なのだから仕方がない、と? ならば然るべき手続きを取って、部屋の中でやればいいではありませんか? 何も廊下でやる必要はありません」
「は、はい。ごもっともで」
「まだありますよ。ルヴルさんがどうやって悪人を改心させたのか、私にもわかりません。ですが、彼らが自首したことは事実。ルヴルさん自身にも被害はなかった。……なのに、あなたと来たら、ルヴルさんを犯人呼ばわり。学院の学生を預かる聖職者が、どうして生徒を犯人扱いできるでしょうか?」
「お、お言葉ですが、学院長様……。ルヴルさんは、魔導具の判定によってジャ――」
「邪な心など、誰にでもあること。私からすれば、ルヴルさんより生徒を疑う副院長の方が、よっぽどジャアクです!!」
ガーーーーーーーーーーン!
副院長の心の声が聞こえたような気がした。
廊下を歩いていた時は威勢のよかった副院長が、幾分縮んで見える。
もちろん、その顔は真っ青――いや、もはや真っ黒になっていた。
「学院長様、それぐらいに……。副院長も私たちを思って、指導されたのですから」
「あら……。私としたことが生徒の前ではしたない。……私もまだまだですね。あなたの落ち着きようが羨ましいわ」
アリアンはいつも通りの穏やかな笑顔に戻るのだった。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
ジーダとゴンスルの第二の人生に……。
てか、縛り首とかいう可能性も捨てきれないけど。
面白い、と思っていただけたら、
是非作品フォロー、レビュー、コメント、応援の方よろしくお願いします。
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