第5話 上級生を癒やす
「大丈夫ですか、ハートリーさん」
我は手を差し出す。
ターザムに鍛え上げられた極上のスマイルを付けてだ。
人間を安心させるには、まず笑顔だと我は教えられた。
この選択はおそらく間違いではあるまい。
「あ、あ、あ……」
「あ?」
「あの……。う、うう後ろ!」
我は振り返る。
ガルデンは起き上がろうとしていた。
ほう……。
あの一撃で起き上がるか。
様子見で全力の1万分の1ぐらいで殴ったが、思ったよりも頑丈なヤツのようだ。
とはいえ、ガルデンが弱いことには代わりはないがな。
ガルデンはまるで生まれたばかりの子鹿のように足を震わせ立ち上がる。
その頬は林檎を含んだように腫れ上がっていた。
それでも、眼光の鋭さは変わらない。
この世のすべて憎悪をため込んだようであった。
「ルヴル・キル・アレンティリィィィィィィイイイイイ!!」
絶叫する。
大したヤツだ。
脳が揺さぶられ、まともに喋ることすら難しいというのに。
これは称賛に値する。
褒美を与えなければならないな。
「貴様、オレにこんなことをタダで済むと思っているのか!? オレは伯爵の子息だぞ」
我に言い放った後、今度は横で震えているハートリーも睨んだ。
ガルデンの眼光を受け止めたハートリーは「ひっ」と短く悲鳴を上げる。
その後は、蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。
「平民の娘! 貴様もだ! 両方まとめて――――」
「これでよし。傷は治しておきましたよ」
我は銀髪を揺らし、首を傾げた。
「はあ? 何を言っている、ルヴル! いや、ジャアクよ!! オレに傷を負わせ…………た……こと…………を……――――あれ?」
ガルデンは慌てて手を頬に当てる。
先ほどまで真っ赤に腫れ上がっていた頬が治っていた。
「い、いつの間に?」
「ですから、たった今です」
「貴様! そうやって証拠を封じるつもりか。バカめ! これを見ろ。先ほどオレが地面に叩きつけられた跡が――――!」
ガルデンが指差す。
そこに綺麗に舗装された赤煉瓦の通学路が広がるのみだった。
「な――――――!!」
ガルデンは息を飲む。
「い、いつ?」
「一緒に治しておきました。ガルデン様の頬と一緒に」
「な……治した……。な、なんなんだ、お前…………」
なんなんだ、お前と言われてもな。
褒美としてガルデンの頬を治して、後で教官殿に怒られるとまずいから、道を回復魔術で修理しただけなのだが。
何故、ガルデンはこんなに怯えているのだろうか。
ああ。そうか。
ガルデンもまた教官に見つかるのが怖かったのだな。
人を安心させるには、笑顔であろう。
再び我は極上のスマイルを見せる。
「大丈夫ですよ、先輩。教官には黙っておきますから」
「ひっ!! 貴様、まさかすでに教官の口封じを」
我ながら完璧に決まったと思ったが、ガルデンから漏れ聞こえてきたのは悲鳴であった。
「口封じ? なんのことでしょうか(ニコニコ)」
「な、なんだ。その笑みは……。わからん。貴様、一体どこまでこの学院を掌握しているというのだ?」
「しょ、掌握?」
「お、恐ろしい……。こんな女が子爵令嬢に……いや、いやFクラスにいるなんて。やはり貴様はジャアクだ……。ひっ! ひいぃいいいぃぃいいいぃいいぃいぃ!」
悲鳴を上げて、ガルデンは逃げていった。
ん????
おかしいなあ。
これ以上にないくらい安心させる笑顔だったはずだが……。
まあ、良い。
何はともあれ同級生が無事だったのだ。
まずは良しとしようではないか。
なあ、ハートリー。
「きゃあああああああ!! ジャアクゥゥゥゥゥゥウウウウウウ!!!!」
ハートリー、お前もかぁぁぁぁぁああああ……。
我から遠ざかっていく上級生と同級生を、呆然と見送る。
しばらく立ち尽くすと、春にしては珍しい寒風が、我の前を通っていった。
ど、どうしてこうなった……。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
魔王っぽくなってきた(勘違い)
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