第10話 元魔王、恋文をもらう

 少し聖クランソニア学院について説明をしよう。

 聖クランソニア学院は、聖騎士、神官、聖女といった職業を主とした宗教系の訓練学校である。


 マナガストでは現在聖霊信仰というものが、現在盛んに行われている。

 名を「ルヴィアム教」という。

 ピンと来た者もいよう。

 我を転生させた聖霊ルヴィアムである。


 あやつめ、可愛い顔をしてやるものだ。


 ほとんどの国がルヴィアム教を国教として定めている。

 元首の中にも信奉者が多い。

 こうした背景には、魔族との戦争の折に弱者を中心として爆発的に広まったのが、遠因としてあるようだ。


 各地で教会が建てられ、その下では回復魔術を得意とした神官や聖女が置かれた。

 そこに病気をした者、怪我をした者が運び込まれ、貧しい者たちの身体と心をいやしていく。こうした慈善活動が広まり、ますます信奉者を増やし、ついには生活の一部となったというわけだ。


 民心が集まるところには、お金もまた集まるというもの。

 ルヴィアム教の信者には、年収の0.1%をお布施をすることが定められている。

 教会での活動を継続していくための資金だ。

 それは王ですら免れないものらしい。


 0.1%といっても侮れぬ。

 何百万人という信者がいるのだ。

 その額は半端ではない。

 そのため、集められたお金を狙う者すら現れた。


 最初期。ルヴィアム教は国に教会の護衛を依頼していた。

 が、兵士の中には志の低い者もいる。

 野盗と結託し、そのお金を持って他国へ逃げる者すら現れた。

 この時、国境警備にまで金を握らせたというのだから、国の軍隊は目も当てられぬほど、腐敗してきっていたのだ。


 こうした問題解決として、ルヴィアム教は自前の武力組織を作ることを決める。


 聖霊軍と呼ばれるそれは、聖騎士を主戦力とした軍隊だ。

 ルヴィアム教が定めたカリキュラムによって、剣と魔術、徒手を定めた戦闘の専門家。

 その激しさ、教育方法は、各国の騎士達が舌を巻くほどだったという。


 そのカリキュラムを踏襲したのが、聖クランソニア学院であり、各国にある宗教系の訓練学校だ。

 元は聖騎士だけを育てる教育機関だったそうだ。

 そこに神官と聖女の教育課程が加わり、今に至るらしい。


 聖女を鍛える学院ゆえ、入学試験を受けに来た時、男がいることに我も驚いたものだが、そういう訳があったのである。





 今朝も我は寮から学舎の方へ向かっていた。

 学友たちの元気な挨拶が響く中、我に声をかける者は少ない。

 むしろ、ある時から一層避けられているような気がする。


『あ……。ルヴルさんだ』

『邪悪の?』

『あの英雄ゴッズバルトを土下座させたって話だぜ』

『マジかよ!!』

『でも、顔は可愛いんだよな。さらさらの銀髪とか……』

『馬鹿! 変な気を起こすなよ。消されるぞ』


 なんか噂に尾ひれがついてるし。


 おのれ、ゴッズバルトめ。

 余計なことをしおって。

 このままハートリー以外の学友ができなければ、あいつのせいだ。


 学舎に入り、我は下駄箱で上履きに履き替える。

 建物に入って、靴を履き替えるというのは、教会と聖クランソニア学院のような宗教系の建物以外にない。

 その他は、家の中でも土足だ。


 ルヴィアム教が係わる建物では、外の穢れを持ち込まないという教えがあって、学舎の入口で麻で編まれた上履きに履き替えるのが普通なのだ。


 最初は慣れなかったのだが、ようやく習慣が身についてきたらしい。

 我は自分個人の下駄箱を開く。

 すると、上履きの上に1通の手紙が置かれていた。


 首を傾げながら、我は開く。

 手紙にはこう書かれていた。



 放課後。学院の裏庭に来い……。



「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 いきなり耳元に悲鳴が聞こえた。

 振り返ると、立っていたのは我の母マリルだった。


「母上! どうしてここに?」


 さすがの我も驚く。

 誰かがマリルに化けているかと思ったが、我の審美眼は早々騙せぬ。

 姿形はもちろんのこと、どこか垢抜けた雰囲気は、我が母マリルそのものだ。


「どうしてここにって……。ルヴルちゃん、失礼しちゃうわね。子どもが通ってる学校に親が来ちゃ悪いのかしら」


「そ、そういうことでは……」


「もう? そもそもルヴルちゃんが、あんな大金をいきなり寄越すから悪いんじゃない」


「あ――――」


 なるほど。

 あの大金の件か。


 大金というのは、ゴッズバルトからもらったお金のことである。

 初めは学院に寄進しようと思って、お金を学院長の下へ持っていった。

 生憎と留守だったので、副学院長に渡そうとしたのだが、副学院長は心底我のことを恐れているらしい。

 何故なら、魔導器からもたらされた「邪悪」という言葉を、我とともに目の前で聞いていたのが、副学院長だったからだ。


 以来、我を悪魔かはたまた魔王かと恐れているのである。

 まあ、後者はあっているのだが……。


 そこまで恐れられながら、我が学院に入学できたのは、奇跡だろう。

 噂ではある学院長の後押しがあったそうだが、我も、マリルも詳しいことは知らない。

 まさかゴッズバルトと思ったが、真相は闇の中だ。


 我は聖クランソニア学院に入学させてくれた学院長にお礼する意味で、学院に寄進するつもりで持っていったのだが、突き返されてしまった。

 さらに――――。


『貴様、学院を乗っ取るつもりか!!』


 喚かれる始末である。

 結局我は断念せざるえず、我も特に金を使う予定はないことから、マリルたちに渡したというわけだ。


 一応事情も書いておいたのだが、昨日の今日でまさかマリルが学院に乗り込んでくるとは思わなかった。


 おそらく寮の部屋を繋いだ魔術のトンネルを使いやってきたのだろう。


「私から学院長に寄進を頼もうと思って説得に来たのよ。私の言うことなら聞いてくれるかもしれないでしょ。それよりも、それなに?」


 マリルは半ば興奮しながら、我が握ったままの手紙を指差す。


「下駄箱の中に入っていたのです」


「下駄箱! まあ、ロマンチック!!」


 ちなみにマリルは修道院にいた事がある。

 修道院とは、神官や聖女のサポートあるいは身の回りを世話する修道士や修道女を養成する教育機関だ。

 故に、こうした宗教系の教育機関のことには詳しい。

 聖クランソニア学院を薦めてくれたのも、我の背中を押してくれたのも、マリルである。


「ロマンチック?」


「それきっとラブレターね」


「ら、ラブレター?」


「そっか。ルヴルちゃんにはわからないわよね。まだ5歳なんだし。あのね。ラブレターというのは、好きな男友達に送るものなのよ」


 ラブレター。

 好き……。

 様々なフレーズが、マリルの口から紡ぎ出される。


 だが、我がもっとも注目したのは――――。



 男友達!!


 すなわち友達!



「つ、つまりマリル! これは我と友達になりたいと交際を申し込んでいるということか」


「ま、ルヴルちゃん、落ち着いて。昔の言葉に戻ってるわよ」


 おっと危ない。


 ターザムに叱られる。


「こほん。うん。まあ、有り体にいえばそういうことね。その男の子は、ルヴルちゃんと仲良くなりたいのよ」


 仲良く……。


 ああ。なんと心地よい響きだ。

 まさか友達として交際したいという手紙だったとは。

 我はてっきり果たし状だと思っていたのだが……。

 危ない危ない。

 マリルの忠言がなければ、相手を打ち倒す所だったぞ。


 放課後か。

 今すぐ会いに行きたいが、今は指示に従おう。


 だが、待ちきれぬ。

 我が力で今すぐにでも夜に変えてやろうか、ぬはははははは!!


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


差出人の正体は、次回……。


面白い、次回楽しみとおもっていただけたら、

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