第17話 ジャアクな戦略

 ついにBクラスとの模擬戦が始まる。

 競技場中央には、Fクラスの面々が整列していた。

 もちろん、我もハートリーもいる。

 観客席からはネレムが声援を送っていた。


 対するBクラスである。


 さすがは貴族の子息たちだ。

 我らと比べて武器が違う。

 入学前から英才教育を受け、EやCクラス以上の圧迫感を感じる。


 だが、我らFクラスが不敵な笑みを浮かべているのに対して、Bクラスのものたちに余裕はなかった。


「ノコノコ出てきおって……。余程死にたいらしいな」


 進み出たのは、ルマンドだった。

 その額にはすでに青筋が浮かんでいる。

 怒り顔のルマンドを見て、我は微笑で返した。


「さすがの貴族も、殺せば罪に問われるのではないですか?」


「表を歩けなくしてやると言っているのだ。それでもいいのかと、聞いている」


「構わねぇ……」

「こっちは邪悪!」

「悪は悪らしく」

「貴族様に楯突いてやる」

「なんたったって、こっちにルヴルさんがいるんだからな」


 ルマンドの脅しに、Fクラスは一致団結して言い返す。


 皆の面構えが違う。

 もう弱小Fクラスとは言わせぬ迫力があった。


「良かろう。お前たちが、その気ならばこちらも容赦はせん。邪悪というなら、この閃光の騎士ルマンド・ザム・ギールが、悪を打ち払うだけだ」


 ついに模擬戦の開始時刻となる。

 前衛聖騎士、後衛に神官と聖女が並んだ。

 戦うのは聖騎士たちだ。

 さすがに緊張の色が見える。


 真向かい中央に立ったルマンドは、青筋を浮かべている。

 貴族に楯突く平民に対し、いまだ怒りが収まらぬらしい。


「はじめ!」


 審判の声がかかる。

 鬨の声が上がり、ついにFクラスとBクラスがぶつかり合った。

 特に早かったのは、ルマンドだ。

 ありったけの身体強化系の魔術を浴び、さらに自己強化系の魔術も唱える。


 力が満ちると、ルマンドは飛び出した。

 ほう……。なかなか速い。


 舌を巻くという程ではないが、あの年齢であそこまで出来れば、非凡と言われるのも頷ける。

 身体強化魔術と一口で言っても、実は奥が深い。

 力が強くなっても反応速度やタイミングは、自分で取らなければならない。

 柔な鍛え方なら、身体はすぐにすり減ってしまう。


 だが、ルマンドにそんな危険性はない。


 しなやかに鍛え上げられていた。


「食らえ!!」


 ルマンドは一瞬にして距離を詰める。

 持っている細身の剣が鞭のようにしなると、一斉に襲いかかってきたFクラスの聖騎士たちを薙いだ。


 その斬撃は凄まじいに尽きる。


 一瞬にしてFクラスの聖騎士の防具を切り裂いた。

 血煙が舞い、いきなり模擬試合は朱に染まる。


「ぎゃあああああああああ!」

「キャアアアアアアアアア!」

「いてぇえ!!」


 Fクラスの聖騎士たちから悲鳴が上がる。

 聞くだけで胸がざわつく同クラスの聖騎士の悲鳴。

 だが、ルマンドは愉快げに笑った。


「ははははははは! どうだ! 私の斬撃は!! Fクラスの防護魔術など……」


 確かにFクラスの聖騎士達には、防護魔術がかかっていた。

 その効果の上からダメージを通したルマンドの才は、さすがと言わざる得ないだろう。

 だが、そんなことぐらいで調子に乗ってもらっては困る。


 大笑するルマンドに襲いかかったのは、Fクラスの聖ヽヽヽヽヽヽ騎士だったヽヽヽヽヽ


 慌ててルマンドは防御を選択する。

 振り下ろされた剣を弾き、一旦後方に下がって様子を見た。


「なに……? お前達、さっき斬られて――」


 しかし、どう見てもFクラスの聖騎士に傷はない。

 それどころか溌剌としていた。


「どうしましたか、ルマンドさん? 何を狼狽えているんです?」


 我は不敵な笑みを浮かべる。


「くそ! お前達、行け!!」


 ルマンドが指示し、他の聖騎士をぶつける。

 Bクラスの聖騎士はルマンドだけではない。

 十分実力を兼ね備えているらしい。

 Fクラスの聖騎士を圧倒し、剣を叩きつける。


 骨が折れたような音がした。


 Fクラスの聖騎士が蹲る。

 倒れたかと思ったら、次の瞬間立ち上がった。


「やああああああああああああ!!」


 裂帛の気合いを吐き出す。

 逆襲すると、気持ちのいいぐらい反撃が決まった。

 刃引きされていない剣が、Bクラスの鎧の隙間に滑り込む。


 逆に骨が鳴った。


「いてぇぇぇええぇぇえぇえぇぇえぇえぇええぇえ!!」


 Bクラスの聖騎士が蹲る。

 すぐにBクラスの聖女が回復させるが、神官の魔術妨害によって回復に時間がかかっていた。

 そこにさらに追い打ちの一撃が加わると、Bクラスの聖騎士は意識を失う。


「おかしい……。なんで立てる? Fクラスが、平民ふぜいが何故立てる?」


「簡単なことですよ、ルマンドさん」


「ジャアクか! 貴様、何をやった?」


「難しいことはしてません。ただ回復させてるだけです。一瞬にして、皆の傷を」


 ルマンドは辺りを見渡す。


 今起こった出来事が、競技場のあちこちで起こっていた。

 Bクラスの致命打を受けたFクラスの聖騎士が、何事もなく起き上がり、反撃する。

 まるでゾンビの群れのように、何度も何度も蘇っては、Bクラスの聖騎士に襲いかかった。


「そんな……一瞬で回復魔術を……。いや、ちょっと待て!!」


 ルマンドは振り返った。


「おい! 回復魔術は阻害してるんだろ! 役立たずの神官共! 何をしている!!」


「や、やってます」

「でも――」

「これは単純に……」

「向こうの魔力が強くて」

「レベルが違い過ぎる」


 Bクラスの神官たちは揃って苦悶の声を上げる。


「馬鹿な! Bクラスの神官たちが本気になっても止められないだと。……まさか! Cクラスの連中の敗因は……」


 ルマンドは奥歯を噛む。


 やれやれ。今更気付いたのか。

 敵状分析など、戦う前に完了しておかなければならぬというのに遅すぎる。

 模擬戦とは言え、子どもの陣取りゲームではないのだぞ。


 そう。

 ルマンドの指摘通り、このゾンビ戦略は我が考え出したものだ。

 と言っても、別に難しいことはしていない。

 我はただ聖騎士達に回復魔術を送っているだけだ。


 Fクラスの聖騎士達は、ゾンビのように襲いかかり、聖女たちは懸命に回復魔術を送り、神官たちはやれる限り相手の魔術を阻害する。


 結果、我の同級生たちは、Bクラスを追い込んでいった。


「お、おそろしい」

「Fクラスと戦わなくて良かった」

「ゾンビ……うっ、トラウマがががががが」

「まさにジャアクに従えし、ゾンビ軍団ってわけかよ」


 1人、また1人とBクラスの聖騎士を倒していくFクラスを見て、模擬戦を見ていた教官や生徒たちは戦く。


「凄いよ、ルーちゃん」


 横で我と同じく回復魔術を味方に送っているハートリーが称賛する。


「油断しないで、ハーちゃん。まだ模擬戦は終わってないわ」


「うん」


 とはいえ、すでにチェックメイトだ。

 すでにBクラスは後方で様子を見ていたルマンドだけになっていた。


「ひぃぃいぃぃいぃいいぃいぃ! 来るな来るな!!」


 ルマンドの精神はすでに崩壊していた。

 剣を闇雲に振るう。

 だが、ゾンビとなった聖騎士には全く通じない。

 幾本もの剣が掲げられる。

 その凶器を見ながら、再びルマンドは悲鳴を上げた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!」


 汚い悲鳴の後、ついに決着が着く。


 審判は信じられないとばかりに目を剥く。

 上げたくないのか、それとも恐怖で震えているのか、その手を上げようとしなかった。


「審判さん、いかがしました?」


 我が微笑を浮かべ、尋ねる。

 審判は「ヒッ! ジャアク!」と悲鳴を上げると、慌てて手を上げた。


「しょ、勝者! Fクラス!!」


 勝利を告げる声を聞き、我らが勝ち鬨の声を上げた。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


異世界ゾンビモード。


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