第45話 鍛錬をしよう

「ふぅ……」


 我は朝日を浴びながら、汗を拭った。

 今日もつつがなく日課を終えて、今はアレンティリ家の水場にいる。

 汗が残ったまま上がると、「淑女が汗を掻いて家に上がるものではないのだ」とやや無茶ぶりともいえるターザムの怒号を聞くことになるからだ。


 だから、こうして水場で顔を洗い、水滴を拭い、軽く髪が乾くまで待っていた。


 冬場は冷たいが、夏は気持ちいい。

 秋と春はその中間といったところだろう。


 ところで今日は起きてから驚くべきことがあった。

 気が付いたら、横にハートリーとネレムが寝ていたのだ。

 しかも一緒に手を繋いで……。


 我は嬉しさと驚きで、思わず世界消滅の魔術を使うところを何とか堪えた。


 自分が何も気付かず寝入っていたことには、驚きだが、よもや友とはいえ、これほど人に無防備なところをさらすとは、まだまだ我も未熟だ。

 少々たるんでいるかもしれぬ。

 鍛錬をもう少し増やす必要があるかもしれぬな。


 朝食までまだ少しある。

 もうちょっとだけ、鍛錬をするか。


「あ。ルーちゃんいた!」

「ルヴルの姐貴、探しましたよ」


 ハートリーとネレムがこちらにやってくる。

 どうやら我を探していたらしい。


「びっくりしたよ。朝起きたら、いなくなっていたんだもん」

「またどっかに行ったのかと、ハートリーの姐貴が心配していたんですよ」


「それは……。驚かせてごめんなさい」


 2人が気付かなかったのも無理はあるまい。

 ハートリーとネレムを起こさないように、時間停止の魔術を使って寝室を抜け出してきたのだからな。


「ところで何をしているんですか?」


 尋ねたのはネレムだ。


「朝食までまだ少しあるので、鍛錬を続けようかと」


「え? まだ鍛錬するの?」


「無理すると、身体が壊れちゃいますよ、姐さん」


「別に無理はしてませんよ。5年前から続けていることなので」


 というか。これでも抑えている方だ。

 人間の身体はかなり脆いからな。

 あまり厳しすぎると、ネレムの言う通り壊れてしまう。

 魔王であった頃は、今の1000倍はやっていたはずだ。


「もし良かったら、私の鍛錬に付き合いませんか? 難しいことはありませんよ。単なる実戦形式の組み手です」


「組み手……? えっと……。それって危なくない?」


「大丈夫です。ちょっと地形が変わるぐらいですから」


「地形が変わる?」


「はい! どうですか?」


 我はにこやかにハートリーとネレムを誘う。

 そう言えば、友達と鍛錬したことはないことを今思い出した。

 模擬戦の時、クラスの同級生たちと鍛錬する機会も逸したままだ。


 むしろハートリーとネレムを誘うには絶好の機会だろう。


 ところが……。


「い、いいよ。ルーちゃんの邪魔になったら悪いし」

「あ、あ、あ、あああたいも遠慮しておくっす」


 ハートリーとネレムが血相を変えて首を振った。

 ん? どうして、そんなに怖がっておるのだ。

 また我、なんかした?


「た、鍛錬には付き合えないけど、見学ぐらいなら」


「そ、そうっすね。見学なら」


 まだ夏でもないのに、2人は汗を垂らしている。

 春の朝。肌寒いぐらいだというのに、ハートリーとネレムの反応がおかしい。

 もしかして、病気か?

 なるほど。それで鍛錬を断って、見学すると言っているのか。


「2人とも何か病気ですか? 私の回復魔術がいりますか?」


「だだだだ、大丈夫だよ、ルーちゃん」

「あたいも問題ないッス! 馬鹿は風邪引かないっすよ」


「そうですか……」


 ちょっと残念だ。

 2人に回復魔術いいところを見せるチャンスだったのに。


 だが、それは今からの鍛錬を見てもらってからでも遅くはあるまい。


 我は【閾歩ディスン】を使って、移動する。

 ハートリーとネレムを鍛錬場へと連れてきた。

 そこはアレンティリ領から遥かに離れた盆地だ。

 山に囲まれた平たい大地が広がっている。


「そう言えば、ルヴルの姐さん。組み手と言ってましたね。誰と相手するんですか?」


「ご心配なく……。もうすぐ来ると思いますよ」


 すると、やってきたのは20代前半の男だった。

 明るい黄色の髪に、緑色の瞳をしている。

 筋肉は隆々としているが、タンクトップと動きやすそうなパンツだけで、武器や防具は一切身に着けていない。


「あら、ヴァラグ……。まだ鍛錬していたのですね」


「はっ! それよりもルヴル様、鍛錬を終えたのでは?」


 ヴァラグという男は、我の前に膝を突いた。

 その恭しい態度を見てか、ハートリーとネレムは首を傾げる。


「ルーちゃん、その方は?」


 ハートリーが尋ねると、ヴァラグは目線を動かした。

 その冷たい視線に驚いたのか。

 思わずハートリーは「ひっ!」と悲鳴を上げる。


「ヴァラグ、そんな態度をとってはいけません。2人は私の友達ですよ」


「失礼しました」


「ごめんね、ハーちゃん。まだヴァラグは慣れてなくて」


「いえ。わたしこそ……。それでえっと――――」


「この人はヴァラグ。私の稽古お友達です」


「と、友達?」

「姐さんの?」


「で――」



 魔族です。



 …………。


「ま、ま、ま……」

「ままままま……」



 魔族ぅぅぅぅううううううううううううう!!!!



 2人の絶叫が響き渡るのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


理由は次回……。


いよいよ最終回まで話数が少なくなってきました。

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