第42話全ての首謀者
マリーとレオン姉弟と一緒に帰宅中、謎の武装集団に包囲されてしまう。
襲撃者の首謀者は、かつて勤めていた冒険者ギルドの経営者。リッパー冒険者ギルドのオーナーのリッパーだった。
「おい、お前たち! さっきから固まって、どういうつもりだ! 早く依頼とおり、あの三人を……フィンを痛めつけるのじゃ!」
乱入してきたのは小太りな男リッパーだ。
一行に動こうとしない冒険者たちに、ヒステリックな叫び声で命令を下している。
「リッパーの旦那、そう叫ぶなよ」
「よく分からないが、オレたちさっきから足が重いんだ」
「ああ、お前もか? あのフィンというヤツの視線を受けてから、オレも何か妙に嫌な予感がして動けないんだよな」
彼らは違法行為を生業とする冒険者たちだ。
協会に所属しているリッパー冒険者ギルドは、もちろん表立って彼らに仕事を発注はできない。
「なんじゃと⁉ 『フィンの視線を受けてから、足が重い』じゃと⁉ そんな馬鹿な話があるわけないじゃろう! ヤツは田舎から出てきた素人じゃぞ! いつものようにサッサと仕事に取りかかれ!」
だがリッパーは彼らの会話は明らかに、慣れた様子。おそらく今までも何度も仕事をした仲なのだろう。
一応は二年間、彼の下で働いていたが、そんな違法な仕事の帳簿を見たことはない。
おそらくリッパーだけが個人的に、彼らと裏帳簿で仕事のやり取りをしていたのだろう。
とにかく、このままでは刃物沙汰になってしまう。冷静に元上司の説得を試みる。
「リッパーさん、どうしてこんなことをするんですか? 冒険者に違法な行為を依頼するのは、協会によって禁止されています。それにボロン冒険者ギルドのような小さなギルドを潰したところで、リッパーさんには何の利益もありませんよね?」
相手は無頼漢を雇って、自分たちを傷つけようとしてきた。だが一応は二年間世話になった経営者だ。
オレは最終宣告のように冷静に伝える。今すぐこんな意味のないことは止めようと。
「はぁああ⁉ 何を今さら言っているのじゃ、キサマは⁉ フィン、キサマのせいでウチのギルドの経営はボロボロなんじゃぞ⁉ だから面倒な連中にタレ込みをして、潰してやろうとしたのに……あの男も『毒マムシ』なんて大層な呼び名の割には、何の役にも立たずで! クソッたれが!」
リッパーが口にしている『毒マムシ』とは、公正取引委員会のヒニリス調査官のこと。
これは間違いない。今日の強制調査が行わたのは、リッパーがタレ込みをしていたからなのだ。
だが彼の言葉には疑問な内容もあった。特に経営状態についてだ。
「経営がボロボロに? いったいどうして?」
オレが勤めていた時は、リッパー冒険者ギルドの経営は正常な状態だった。
むしろ王都の中でも勢いがある方。多くの公共依頼や大手からの依頼で、莫大な利益を出していたのだ。
オレが辞めてまだ一ヶ月ちょっとの期間で、いったい何が起きたのだろうか?
「『いったいどうして?』じゃと⁉ まだ、そんな白を切れるのか、キサマは⁉ 何度も言うが一気に登録冒険者が抜けて、大手からとの取引も切られて、経営が悪化しているのじゃぞ! これも全てキサマが裏で糸を引いていたのじゃろ⁉」
「オレが裏で糸を……ですか? 申し訳ありませんが、それは何かの勘違いです」
オレは前職でも今も、一介のギルド職員でしかない。そんな存在が一人だけ辞めたところで、そこまで経営が傾くはずはない。
もちろん前職を陥れるようなことはしていない。リッパーは何かの勘違いをしているのだろう。
とにかく状況的に、こちらは興奮せずに、相手に冷静になってもらうしかない。
「冷静になってください、リッパーさん。ここでオレたちを痛めつけて、ボロン冒険者ギルドを営業できない状態にしても、そちらに何も事態は変わりません。それどころか、違法行為の首謀者として、リッパーさんの経営権も剥奪されてしまいますよ?」
今回の襲撃者の目的は、オレたち三人を仕事できないようにすること。
だが襲撃の首謀者がリッパーであることは、もう彼が自分で告白している。
つまりオレたちが憲兵に通報したら、リッパー冒険者ギルドは即座に経営権が剥奪されてしまうのだ。
「ガッハッハ……! そんな心配をしてくれなくても結構だぞ、フィン! 何故ならキサマら三人はこの場で『物言わぬ存在』になるんだからな!」
「えっ……『物言わぬ存在』って、それって……」
リッパーの言葉を聞いて、マリーの顔が真っ青になる。相手の目的の変更に、気がついたのだ。
「おい、お前たち。依頼の変更じゃ。あの三人を“消せ”!」
「ですがリッパーの旦那。痛めつけるのと消すのは、依頼金が変わっちまいぜ?」
「ふん! 金なら最初の約束の倍……いや、三倍出すぞ! 前の時と同じように、それなら文句はなかろう⁉ とにかくあの目ざわりなフィンとボロン冒険者ギルドの連中を、この世から消すのじゃ!」
先ほどまでヒステリックだったリッパーの顔が、狂気な表情へと変わる。
自分の欲望と目的のために、足を踏み入れてはいけない領域へと至っていた。
「はぁ……了解ですぜ、旦那。よし、お前ら、仕事の変更だ。痛めつけるのは無しで、サクッと消して終わらせぞ」
「「「へいっ!」」」
そして包囲して冒険者たちの雰囲気も変わる。先ほどまでの下品な薄ら笑いは消え、誰もが危険な表情になる。
違法行為である“殺しのプロ”としての危険な殺気を発してきたのだ。
「あんたたち三人に恨みはないが、運命だと思って諦めてくれ」
リーダー格の男の指示で、他の冒険者たちが動き出す。
短剣やナイフを構えながら、じりじりと包囲網を狭めてくる。その動きには隙はなく、オレたち一人も逃さずに一気に殺そうとしているのだ。
「お、お姉ちゃん……ど、どうしよう……」
「わ、私の後ろに隠れていなさい、レオン……」
相手は殺人に慣れたプロの武装集団。マリーとレオンの姉弟は互いにかばい合うように身を付けている。
「ガッハッハ……! これでお終いだぞ、盗人フィンめ! ワシに歯向かったことを、あの世で後悔するのじゃ!」
他にひと気がない区画に、リッパーの笑い声だけが響き渡る。自分の勝利を確信した下品な犯罪者の高笑いだった。
「これは絶体絶命といや状況か……」
オレは思わずつぶやく。
戦乱が多いこの大陸では、王都の中でも理不尽なことがまだ多い。
正義が必ず勝つ訳ではなく、正しく生きてきた正直者が報われないこともあるのだ。
特に自分のように一介のギルド職員である無力な男に、このような理不尽な状況は打開できないだろう。
「ふう……マリー、レオン。オレの後ろに隠れていろ」
だが今のオレは一介のギルド職員である前に、一人の成人男性。
少女であるマリーと少年であるレオンを、大人として守る義務がある。
たとえこの身が傷つこうとも、二人だけは無傷で家に帰してやるべきなのだ。
「さて……あまり、こういうのは得意ではないが、今は諦めるしかないか」
こうして二人を守るために、オレは“少しだけ”荒事を覚悟するのであった。
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