第14話副理事長

 冒険者ギルド協会にやってきた。

 オレは【収納】から協賛寄付金を出すつもりが、間違って《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の頭部を出してしまう。


「魔族の襲来か⁉」

「ひっ⁉ Aランク冒険に救援の要請を!」

「上にいる理事たちに連絡を!」


 まさかの《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の出現に、協会の事務室は大変な騒ぎになっていた。

【収納】の技はあまり一般的ではなく、この反応も仕方がない。


「これは困りましたね。さて、どうしたものか?」


 当事者であるオレは、対処に悩む。

 このまま《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》を【収納】にしまうことは簡単。だが、いきなり消したら、更に混乱が大きくなりそうなのだ。


「フィ、フィンさん⁉ これって、《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の頭……でも、死んでいますよね⁉」


 オレの隣にいたマリーは、冷静を保っていた。突然出現した巨大な魔物の頭部を、冷静に観察している。

 いつもは変な挙動が多いが、こういった土壇場での胆力はなかなかのモノだ。


「で、でも、どうして、《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の頭部が、いきなり?」


「すみません、オーナー。これはオレの仕業です……間違いなく」


「えっ、フィンさんの⁉」


「はい。うっかり考え事をして【収納】から出してしまいました」


 事務局長に嫌悪感を抱きながら、先ほどは【収納】を発動してしまった。

 しかも『ライル君たちが《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》を倒してくれたお蔭で』と余計なことを考えてしまった。


 そのため収納に入れておいた《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の死体……オレが倒した方の個体を、無意識のうちに引っ張り出してしまったのだ。


「さて、これは困ったぞ……」


 協会の事務室は大変な騒ぎになっている。魔族や邪竜の襲来かと、色んな悲鳴が飛んでいる。

 更に冒険者ギルドへの救難信号も出されていた。早く収集しないと、更に大ごとになりそうだ。


「ん?」


 その時、“強めの気配”が接近してくる。この気配はたしか。


「おい! なんの騒ぎだ⁉ ん? 《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の頭部だと?」


 怒声と共に、やってきたのは巨漢の男性。筋肉隆々で熊のような強面の戦士だ。


(副理事長ゼノスさんか……)


 この強面の戦士の名はゼノス。冒険者ギルド協会の副理事長であり、元高ランクの腕利き冒険者だった男だ。


「ゼ、ゼノス副理事⁉ た、助けてください! 《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》が襲撃してきました! やっちゃってください!」


 頼もしい戦士が登場に、事務局長は助けを求めていく。まるで虎の威を借りる狐だ。


「『助けて』だと? おい、おい、お前らしっかりしろ! その《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の死骸だぞ! 死んでいる魔物は襲ってはこないぞ!」


 怯えている事務局長を、ゼノスは一括。逃げ出そうとしている事務員たちにも、怒声を飛ばす。


「な、なんだ……死骸だったのか……よかった……」

「でも、どうして、あんな生の《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の頭部が⁉」

「《収納袋》でも、あんな巨大な生物は不可能だぞ⁉」


 事務室の混乱は収まったが、恐怖は収まってない。誰も《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の頭部には近づいてこない。

 唯一近づいてきたのは、元腕利き冒険者ゼノスだけだ。


「ん? もしかして、そこにいるのは、フィンか⁉ 珍しいな! 事務員のお前が、こんな場所にいるとはな⁉」


「ご無沙汰しています、ゼノスさん」


 向こうも気がついたので、こちらも挨拶を返す。

 ゼノスとはある事件が起きた時に、“少しだけ支援”してあげた関係。それ以来、オレのことを妙に買ってくる相手だ。


「あー、なるほど、そういうことか。この《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》はお前の仕業か⁉ この『時間を止めたような【収納】』、相変わらずスゲー能力だな! フィン、やっぱりお前は冒険者をやった方がいいぞ⁉」


「いえいえ。オレにはそんな才能はないので、ギルド職員で手一杯です」


 支援した時以来、ゼノスは何度も冒険者に誘ってくる。


 だがオレは『高齢女性な師匠にも敵わない』才能が無い男。《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》みたいな弱い魔物は倒せても、危険な冒険者にはなれない。

 だから毎回、ゼノスの誘いは断っていた。


「はっはっは……相変わらず面白い奴だな! また、懲りずに誘うからな。ん? ところで、事務員のお前が、こんな場所に? そっちの銀髪の嬢ちゃんは彼女か?」


「いえ、違います。彼女は“ボロン冒険者ギルド”の経営者のマリー。今のオレの上司で、今日は協賛金の寄付にきたんです。まぁ、事務局長さんと色々ありましたふぁ」


 今回の事情をゼノスに説明する。

 この者は筋肉隆々で脳ミソまで筋肉に見えるが、実は知略に長けた冒険者ギルド協会の副理事長。

 先ほどの事務局長の何倍も、頼りになる男なのだ。


「ゼ、ゼノス副理事長、その男の話に耳を貸してはいけません! その《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の頭の襲撃は、おそらく、そのフィンという男の仕業です! 至急逮捕すべてきですよ、副理事長!」


 いきなりに話に入ってきたのは事務局長。自分のことは棚に上げて、オレのことを糾弾してきた。


「そんなことオレ様は、とっくに認知しているぞ。獰猛な《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》を、こんな風に首切りして持ち帰るのは、大陸広しといえども、この男くらいだからな」


「へっ? それはどういう意味ですか、副理事長?」


 上役のまさかの反応に、事務局長は言葉を失っている。自分だけ蚊帳の外に置かれていることに、愚かなこの男は気が付いていないのだ。


 かなり気まずい雰囲気なので、さっさと用件を済ませて帰るとしよう。呆気に取られている事務局長に、オレは近づいていく。


「先ほどは失礼しました、事務局長さん。こちらが協賛金の500万ペリカです。あと『100万を横領する』と聞こえていましたが、よかったら追加で100万ペリカを渡しておきますか?」


【収納】から協賛金を取り出す。

 オレが言った値段は500万。あと事務局長も100万と口にしていたような気がした。全部で600万ペリカを手渡す。


 ん?

 でも、100万の方は、あれは独り言だったような気がしてきた。


「はぁ……そういうことか。おい、ババソン! キサマ、横領するつもりだったのか⁉」


「ひっ⁉ 副理事長⁉ いえ、これは何かの間違いで、私は無実です⁉ この男の狂言です!」


 ババソンは事務局長の名なのだろう。上役のゼノスに怒鳴られて、小動物のように震えていた。


「悪いがこのフィンは狂言なんて言わない男。裏で何かコソコソやっているキサマよりは、何十倍も信用がおける奴だ! おい、衛兵、ババソンを連行しろ! 魔道具で取り調べをするぞ!」


 ゼノスの指示で、協会の衛兵が飛んできた。必死に言い訳をしているババソン事務局長を、強制的に拘束する。


「と、取り調べ⁉ ひっ⁉ そ、それだけは許してください⁉ お、お助けを――――!」


 情けない声を出しながら、ババソンは連行されていく。

 おそらくは協会の地下にある取調室で、苛烈な尋問を受けるのであろう。自業自得の、ご愁傷さまとかしか言えない。


「えーと、ゼノスさん。協賛金はどうしましょう?」


「はん! そんな金はお前からは受け取れねえ。だがボロン冒険者ギルドへ公共依頼を発注するように、オレ様から指示は出しておく。安心しろ」


「そうですか。それはありがとうございます」


 よく分からないけど、協会から公共依頼を受けられるよういなった。

 1ペリカも寄付はしていないが、副理事長であるゼノスは確約してくれたのだから、間違いはないだろう。

 脳筋に見えて、この男は義理堅いのだ。


「オーナー、用事が済みました。ギルドに戻りましょう」


「――――はっ⁉ あっ……はい。何が起きたかよく分からないけど、分かりました、フィンさん」


 ゼノスの登場以来、マリーはずっと固まったままだった。

 だがオレの言葉で正気を取り戻し、帰宅の準備をする。こうした物事に動じないのは、やはり大物の素質があるな。


「ところで、フィンさん。この《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の頭と、壊したテーブルと床は、どうするんですか?」


「あっ、そうでしたね。ちゃんと“戻して”おきます。えーと、【収納】! 【概念逆行タイム・リープ】!」


火炎巨大竜レッド・ドラゴン》は【収納】に戻しておく。

 あと壊してしまった備品は、全て【概念逆行タイム・リープ】で完全復旧しておく。


 事務室の騒動は、何事もなかった前に戻っていた。


「えっ? えっ? い、一瞬で、元に戻った? えっ? どういうこと?」


「ガッハッハ……あまり気にしない方がいいぞ、嬢ちゃん! その男は普通じゃないかならな! 気にした方が負け。ヤバイ奴を雇ったと思って、早めに諦めな!」


「はっはっは……そうですよね、やっぱり。ふう……」


 ゼノスと何やら話をして、マリーは深いため息をついている。


 マリーは『ああ、もしかして私はとんでもない規格外の存在を知らずに雇って、しかも経営改革の全権を渡しちゃったのかな……あっはっはっは……、もう知らない』みたいな顔をしていた。


 一介の職員であるオレは、彼女の内心までは踏み込めない。そっとしておこう。


「また、気軽に遊びに来いよ、フィン! あと、やり過ぎて王都を壊すなよ! ガッハッハ……!」


「はい、肝に命じておきます、ゼノスさん。では、オーナー。ギルドに戻りましょう。公共依頼も増える見込みができたので、これから忙しくなりますよ」


「そ、そうですね。公共依頼も獲得できたんだし、前向きに頑張っていきましょう!」


 こうして公共依頼を受注する当初の目的は、無事に達成された。

 次なる問題解決に向けて、オレたちは軽い足取りでギルドに戻るのであった。


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 だが、この時のオーナーのマリーは知らなかった。


 フィンのお蔭でとんでもない国家危機的な公共依頼が、今後は次々とボロン冒険者ギルドに飛び込んでくることを!


 公共依頼は基本的に拒否することは不可能。


 そのためフィンのとんでもない能力での解決方法に、マリーの寿命?が段々と縮まる思いをすることを!

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