第13話大人の事情の寄付金

 王都の冒険者ギルドを統括する、冒険者ギルド協会にやってきた。


「ボロン冒険者ギルドさん、でしたか? まだ潰れていなかったんですね、あそこは。ああ、失礼しました。さて、いったい何のようですか? 私も忙しいので手短にお願いしますよ。はぁ……」


 だが、担当の事務局長は、いきなり悪態をついてきた。

 ため息をつきながら、面倒くさそうな態度。明らかにランクFのこっちを、舐めてきた口調と態度だ。


「フェ、フェンさん……」

「大丈夫です、オーナー。ここはオレに任せてください」


 尻込みしているマリーに変わって、オレが交渉のテーブルすることにした。


「えーと、“ボロン”さん、今日はどういう用件ですか?」


「はい、実は先代から、こちらのオーナーのマリーが引き継いでから、ちゃんと事務局さんに挨拶をしていないと聞いて、本日は正式に挨拶に参りました。あっ、わたくしは事務員のフィンと申します」


 相手は横暴そうな事務局長。だからこそオレは腰を低くして、丁寧な言葉で挨拶をする。ビジネスの基本だ。


「ん? そっちのお嬢ちゃんの方がオーナーだったのか? 受付嬢だと勘違いしていたよ⁉ はっはっは……こいつは傑作だ!」


 何がおかしいのか事務局長は、マリーのことを見ながら笑い声を上げる。

 大きすぎる笑い声に反応して、事務室にいた他の職員もマリーの方を見てくる。あまり良くない視線が、小さな彼女の身に集まる。


「ねぇ、今の聞いた? あんな頼りない子がギルドマスターだって⁉ いったい、どこのギルドだ?」

「なんでもボロン冒険者ギルドらしいぞ。あそこも終わりだな、あんな頼りない子が経営者なら……」

「まったくそうだな。これで弱小ギルドが潰れてくれたら、うちらの仕事の減るんだがな……」


 マリーに対する悪口を、事務員たちは口にしている。冒険者ギルド協会はどちらかといえば閉ざされた世界であり、事務員たちも閉鎖的な雰囲気になっているのだ。


「うっ……」


 マリーは聞こえてはいないが、負の視線を感じたのだろう。肩をすくめて、かなり居心地が悪そうだ。


(ふう……協会の連中は、相変わらずだな)


 たしかにマリーにはまだ幼く、経営者として経験も浅い。

 だが冒険者ギルドの再建に対する、彼女の熱意は本物。さらに新入職員であるオレに、経営改革の全権を委ねる器量もある。


 そんな未来ある上司をけなされて、オレも感情が少し乱れてしまう。


「……忙しいところ申し訳ありません。未熟なオーナーであることも事実です。ですから今回は偉大なる協会様にお力を貸して欲しくで、挨拶に参りました」


 だがオレは心を鬼にして、横柄な事務局長に尽力を頼む。ビジネスの場では興奮した方が負けなのだ。


「ほほう……ウチの力を借りたいだって? それなら“協賛寄付金”の方は、ちゃんと用意してあるんだろうな?」


「はい、もちろんです。今日は500ほど用意してきました」


「おお、そうか。500か⁉ それは話が早いな。それなら少し、ここで待っていろ。鑑定の魔道具を持ってくる」


 オレの提示した金額を聞いて、事務局長は笑顔で席を離れていく。硬貨の鑑定の魔道具を取りに行ったのだろう。


「ねぇ、フィンさん……“協賛寄付金”ってなんですか?」


 嫌な事務局長がいなくなり、マリーは冷静さを取り戻す。大好きなお金のことを、小声で訊ねてきた。


「協賛金は各ギルドから、協会に寄付するお金のことです。協賛金が多い支部ほど、“公共依頼”を協会から回してもらえます」


「えっ……⁉ もしかして、あの張り出されている支部は?」


「はい、そうです。ランクは低いけど協賛金が多いから、公共依頼を受けられているんです」


 協会への協賛金の寄付は、昔から行われていた制度だ。

 本来、公共依頼は公平に各フギルドに振り分けらないといけない。

 だが公共依頼は魔物の襲来撃退など、どうしても早急に対応が必須な内容が多い。そのために協賛金の多さによる各ギルドへ振り分けが、暗黙のルールとなっていたのだ。


「で、でも、それって賄賂と一緒じゃない⁉」


「そうですね。あまり褒められた制度ではありません。抜け道も多く、あの事務局長も協賛金の一割くらいは、横領しているんでしょうね、たぶん」


 協会事務局長の給料など、たかが知れている。

 だが事務局長の身なりは、かなり良かった。つまり協賛金の受領額を誤魔化して、上に報告して横領しているのだろう。


「そ、そんな⁉ せっかくの協賛金を横領⁉ ギルドのお金は元々は、色んな冒険者の人たちが、命懸けで稼いできたお金なのに⁉ みんなが一生懸命に頑張ってきたのを、あんな腹黒い奴に……」


 協会の裏の話を聞いて、マリーは悔しそうにしていた。


 ギルド再建に命をかける彼女は、たしかにお金に執着はしている。

 だが冒険者ギルドの経営者の孫娘として、幼い頃から冒険者たちには接してきたのだろう。


 だからこそ冒険者たちに対して、マリーはかなりの敬意を払っている。そのため横領が横行している協会の仕組みに、彼女は怒りを覚えているのだ。


(これだと彼女は“経営者として”は失格だな……)


 正直なところ冒険者ギルド経営者たるもの、感情に左右されてはいけない。

 何故なら冒険者たちは海千山千の曲者ばかり。依頼人も王国貴族や多種ギルドのクセ者たち。

 そんな相手に負けないように、いちいち感情に左右されずに、大局を見て経営判断をする必要があるのだ。


(だが、上司として悪くないな……共感するオレも、甘いということか)


 マリーと同じように、今のオレも憤っていた。

 自分が憧れていた冒険者を、金儲けの手段としか考えていない事務局長。何とも言えない怒りが、沸々と湧いてきたのだ。


「いやー、待たせたな、ボロンさん。さて、協賛金の鑑定タイムといこうじゃないか!」


 そんな時、嫌らしい笑みを浮かべて、事務局長が戻ってきた。

 持てってきた魔道具を、応接テーブルの上に置く。これは100万ペリカ硬貨などの特別な魔道白銀を、鑑定する魔道具だ。


 オレたちの献上する協賛金を、これで確かめのであろう。


「ぐっふっふっ……久しぶりの500万ペリカの協賛金か……100万くらい抜いて、良さそうだな……」


 そして誰にも気がつかれないように、独り言を口にしている。本人は聞かれてないつもりだが、地獄耳なオレにはくっきりと聞こえていた。


「さて、ボロンさん。協賛金をこの上に出してくれたまえ。ん? その袋の中に入っているのか? 遠慮はいらんぞ! ガッハッハ……!」


 もうすぐ自分の懐に横領金の100万ペリカが入る。事務局長はゲスで満面の笑みを浮べていた。


「……それでは出させていただきます」


 オレは心を鬼にして返事をする。

 ボロン冒険者ギルドが公共依頼を受けるためには、どうしても協会の力が必要なのだ。


 自分の荷物袋の中に手を入れて、500万ペリカ硬貨を探す。

 といっても袋の中には、金は一ペリカも入っていない。探しているのは、オレ自身の【収納】の中だ。


(ふう……こんな奴に、大事な金を渡すのか……)


【収納】の中で硬貨を探しながら、急に気分は重くなってきた。マリーの言葉に感化されて、私的な感情が出てきてしまったのだ。


(いや、ここは事務員として冷静に対処をしよう。500万ペリカを探して、この上に出そう。ライル君たちが《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》を倒してくれたお蔭で、当ギルドが入手できたお金を……ん? これだな、よし出そう)


 考え事をしながらも、【収納】の中から目的の物の手応えを見つけた。

 よっと、引っ張っぱり出す。


 ん?

 それにしても随分と重くて、手応えがあるな、コレは。なんか鱗っぽくて、変な感触だ。


 せーの!


 ――――そう思い切り引っ張った、次の瞬間だった。


 シュ、ドッ――――ン!


【収納】から“何か巨大なモノ”が出現した。

 凄まじい轟音を立てて、応接テーブルを押し潰す。


 ん? いったい何が起きたんだ?


「い、てて、今のは、いったい? ん⁉ ひっ、ひっ――――⁉」


 衝撃で椅子から転がり落ちた、事務局長の悲鳴が響き渡る。出現したモノを見て、腰を抜かしていたのだ。


「ひっ、こ、これはドラゴン⁉ しかも《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の頭ぁあ⁉」


 机を粉砕したのは《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の巨大な頭。頭部分だけなので既に生きてはいない。


 だが《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の顔は尋常ではない怖さ。突然の出現に、まだ生きていると、事務局長は混乱して腰を抜かしていたのだ。


「だ、だ、だれか、助けて! 冒険者に救援の要請を……ひっ……命だけはお助けを!」


 腰を抜かしながら、事務局長は逃げ出す。ぶざまに這いつくばりながら、命乞いをしていた。


「魔族の襲来か⁉」

「ひっ⁉ Aランク冒険に救援の要請を!」

「上にいる理事たちに連絡を!」


 更に協会の事務員たちも、《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》に気が付き、協会は大変な騒ぎになってしまう。


 これは困ったぞ……どう収集したものか。

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