第15話【閑話】フィンを追放したギルドが落ちぶれていく話

《フィンを追放した冒険者ギルドが落ちぶれていく視点》


 リッパー冒険者ギルドはここ二年の躍進で、王都でも有数の冒険者ギルドに成長していた。

 冒険者ギルドランクも今や“ランクB”で、ギルドマスターのリッパーは飛ぶ鳥を落とす勢いを自負していた。


 だが、そんなリッパー冒険者ギルドに、ここ数日間で立て続けに不幸が続いていた。

 まず起きたのは有力な冒険者の脱退。


「な、なんだって⁉ あの《大賢者》様と《剣聖》様が、ウチから抜けた、だと⁉」


 部下から報告を聞いて、ギルドマスターのリッパーは本当に悲鳴を上げる。

 何故なら《大賢者》エレーナ=アバロンと《剣聖》ガラハッド=ソーザス卿は、リッパー冒険者ギルドの唯一のSランク冒険者の二人。


 いや……彼らは王都でも二人しかいないSランク冒険者。

 彼らが抜けたことによって、リッパー冒険者ギルドの収入の五割以上が減る見込みなのだ。


「ど、どうして、あの二人を引き留められなかったのだ⁉」


「申し訳ありません、リッパー様。必死で引き留めたのですが、二人とも『フィンがいなくなったのなら移る』と言って……」


「な、なんじゃと⁉ それは、どういう意味だ⁉」


 追放クビにした無能者の名前が出てきて、リッパーは混乱してしまう。

 なぜSランクの二人が、あんな無能な事務員を移籍の理由に出してきたのだ?


 たしかに今思えば、《大賢者》と《剣聖》がリッパー冒険者ギルドに登録したのは、フィンが事務員として働いた直後。それに、何やら親しげに話もしていたような気がする。


 だが一介の無能な事務員と、Sランク冒険者では格が違いすぎる。移籍する理由が見つからないのだ。


「ど、どうしますか、リッパー様。あの二人がいないと、今後の公共依頼が受けられません……協会になんて、説明をしましょう?」


 公な組織からの公共依頼は、かなり難易度が高い内容が多い。そのためSランク冒険者がいないギルドは、成功させる可能性がほぼ皆無なのだ。


「う、うるさい! そこは協会にも誤魔化しておけ! 公共依頼はなんとしてでも受注しないと、ウチはダメなのだ!」


 たった二年間でリッパー冒険者ギルドが、ここまで躍進できた一番の理由は、公共依頼を次々と成功させてきたからだ。

 つまり剣聖と大賢者の二人に依存してきたのだ。


 だからこそリッパーは公共依頼を失う訳にはいかなった。協会に提出する書類を部下に偽造させて、収入の減少を食い止めようとする。


「ふう……これで何とか、しばらく協会は騙せるはずだ……おい、急いで、新しい高ランクの冒険者を、今のうちに探せ! 絶対に先月の売り上げを落とすなよ!」


 剣聖と大賢者の登録を失ったことは大きい。だがリッパーは諦めていなかった。


 何故なら王都には数千の冒険者がいる。勢いがあるリッパー冒険者の看板さえあれば、まだ巻き返しは十分可能なのだ。


 ――――だが、そんなリッパー冒険者ギルドに更に事件が起きる。


「入るよ」


 リッパー冒険者に突然入ってきたのは、一人の頑固そうな老女。


「おお、これはヤハギン様!」


 来店したのはヤハギン。王都でも最大規模を誇る《ハヤギン薬店》の経営者。リッパー冒険者ギルドの最高位の上客の一人だ。


「突然の訪問ありがとうございます、ハヤギン様。本日は、いかがなさいましたか⁉」


 突然の上客の来店に、リッパーは低姿勢でゴマをすりながら挨拶で迎える。

 何故ならこの《ヤハギン・グループ》からの薬草やポーションの依頼の金額は、王都でも随一。リッパー冒険者ギルドの売り上げの二割以上もあるのだ。


「ふん。あのフィンが居なくなって、どうなったか確認きたのさ、今日は」


「えっ、“あのフィン”ですか……?」


 大経営者の口から出てきたのは、またもや意外な自分の名。リッパーは思わず聞き返してしまう。


 今思えば、たしかに《ハヤギン・グループ》から仕事が貰えるようになったのは、フィンがウチで働き始めてから。

 それにフィンとハヤギンは何やら、親しげに話もしていたような気がする。


「アタシは遠まわし嫌いだから、先に結論を言うよ。リッパー冒険者ギルドとウチの特別取引は今月で終わり。来月からは、また一から考えさせてもらうよ」


「えっ⁉ そ、そんな⁉」


 ヤハギンからのまさかの宣告に、リッパーは目の前に真っ白になる。

 いったい急にどうして?

 なぜ、この大経営者もフィンの名前を出して、ウチを遠ざけていくのか理解できないのだ。


(も、もしかしたら、あのフィンは有能だった、のか⁉ だからウチは急成長したのか? い、いや、そんなはずはない!)


 ハヤギンが立ち去って、混乱しながらもリッパーは、自分の心を正常に保とうとしていた。

 なぜなら認める訳にはいかないのだ。


『自分が無能だとクビにした事務員が、実は超有能で、影ながら急成長に貢献していた』……そんなことを認めてしまえば、自分たちが無能だと証明してしまうからだ。


「くっ! 貴様らが無能なせいで、こうなったんだぞ!」


 リッパーはかつてなく窮地に陥り焦り、部下に当たり散らす。


 このままいけばリッパー冒険者ギルドの今後の売上は、7割以上も激減してしまう。

 更に冒険者ギルドの評価ポイントも同様に下降。一気に冒険者ランクが下がる危機に瀕していたのだ。


「こ、こうなった手段は選ばないぞ! 落ちた売り上げを、どんなことをしても保つんだぞ!」


 かつてない窮地に、リッパーは部下にあらゆる手段を命令する。


 ――――だがリッパーたちは知らなかった。本当に窮地と地獄はこれから、これから襲ってくることを。

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