第16話意外な人物

 冒険者ギルド協会での交渉が無事に終了。

 ボロン冒険者ギルドは“公共依頼”を受けられることになった。


 協会に行った翌日になる。

 今朝もオレは定時前から出勤。職場の整理整頓をしながら、ギルドの事務仕事を片付けていく。


 今のところボロン冒険者ギルドは登録冒険者が少なく、受注した依頼も少ない。

 行う事務仕事は、過去の依頼の確認や、今後の事業展開についての計画書の作成だ。


「フィンさん、おはようございます。今朝も早いですね」


 定時を少し……けっこう過ぎてから、銀髪の少女マリーが出勤してくる。

 朝はあまり得意ではない彼女は、かなり眠そうな表情。やはりマリーは大物な経営者なのかもしれない。


「オーナー。さっそくですが昨日の報告書です」


 冒険者ギルド協会での契約について、マリーに報告する。今後の経営改革を行うためにも、職場での情報の再確認は必須なのだ。


「ありがとうございます。それにしても公共依頼を受けられるなんて、夢のようだけど、あんまり期待しない方がいいかもね、フィンさん?」


「そうですね。副理事長ゼノスさんの助言があったとして、ウチはまだギルドランクFの最下層。王都の掃除や害虫の駆除などが、依頼がくるのが妥当だと思います」


 公共依頼にも色んなランクがある。普通の依頼と同じく、規模が大きく難しいものほど依頼料は高い。


 だがボロン冒険者ギルドはランクFの廃業寸前のギルド。登録冒険者も少なく、副理事長ゼノスもあまり大きな依頼は出してこないだろう。


「あとオーナー。こちらが私の気が付いた経営の改善点です」


 次に提出したのは、経営改善していくための事業計画書。項目に分けて数種類の問題点を書いていた。

 主な問題点は次の三つだ。


 ――――◇――――

《ボロン冒険者ギルド改善点》


 ・登録冒険者の不足。現在のところ実際稼働人数は約四人。(改善優先度:B)


 ・一般市民からの依頼不足。ギルド運営の認知度を高めることが必要(改善優先度:C)


 ・職員の不足。信頼おける職員が必要(優先度:A)


 ――――◇――――


 マリーに検討してもらいたいのは、以上の三点。他にも細かい改善点はあるが、そっちはオレでも対応が可能だ。


「やっぱり色々のあるのね……」


 事業計画書を見ながら、マリーは眉をひそめている。経営の素人な彼女でも分かりやすく書いてあるので、自分が置かれている立場が実感できるのだろう。


「ん? この『登録冒険者の不足』は“改善優先度:B”となっているけど、それほど急がなくてもいいんですか、フィンさん?」


「はい、そうですね。ウチのギルドの受け入れ体制は、まだ貧弱。あまり多くの新規登録者が押し寄せてもパンクしてしまいます。新規登録者はゆっくりと増やしていきましょう」


 素人が一番勘違いしがちなのは、『冒険者ギルドの経営って、冒険者をたくさん登録させて、たくさん依頼をこなしていけば儲かるんでしょ⁉』という間違った認識だ。


 たしかに冒険者ギルドの主な収入源は、依頼を達成した時の手数料。だが冒険者ギルドの依頼は多種にわたり、常に細心の注意を払う必要がある。

 そのためキャパに合わない新規登録者の増大は、逆に経営を混乱してさせてしまうのだ。


「えっ……それじゃ、わたしの先日の看板作戦は、無意味だったってことですか⁉」


「いえ、それも違います。オーナーの先日の宣伝活動は大変すばらしいものです。ですが口コミは広がっていくのに、時間がかかります。その間に、ウチは受け入れる体制を整えておきましょう」


 ボロン冒険者ギルドの認知度はまだ低い。むしろ『閉店したんでしょ、たしか?』というマイナスイメージすらある。


 だから今後も定期的に宣伝活動を行って、徐々に新規登録者を増やしていく。宣伝活動に大逆転はなく、コツコツとした日々の活動が重要なのだ。


「なるほど。そういうことですか。それなら今後もわたし頑張っちゃいます!」


 身を張った宣伝活動は好きなのであろう。マリーはやる気を出している。

 オーナーが自ら宣伝と営業活動をするギルドは、大きく躍進していく。ありがたいマリーの性分だ。


「ん? それじゃ、今日から早速、改善する点はどれですか?」


「いい質問です。早急に改善したいのは『受付担当の職員の不足』です。至急、職員を探しましょう」


 ボロン冒険者ギルドは現在二人体制。オーナーであるマリーと、総合事務員のオレの二人だけ。

 マリーは出来れば日中、営業と宣伝活動をしてもらいたい。だが彼女はオーナーとしての経験が浅い。サポートでオレが付いていく必要がある。


 そのため、ギルドの留守番と受付作業をする職員が、誰か欲しいのだ。


「職員ですか……それなら“職業安定所ハロワ”に求人を出すのはどうですか?」


「たしかに、それは有りだと思います。ですが最初の一人目は、信頼を置ける人物が欲しいです。オーナーも自分がいない時に、見ず知らずの職員に、金庫番は頼めますか?」


「うっ……それは、たしかに不安ね」


 留守番の職員はかなり重要。金庫の鍵を預けていくので、下手をしたら金をネコババされてしまう危険性があるのだ。


「という訳で誰かいないですか、オーナー? 知り合いや、身近な存在で、信頼がおける人は?」


「えっ……信頼おける人ですか? 急に言われても……うーん?」


 マリーは自分の記憶を探りながら、人を探していく。オレが出したのは、かなり難しい注文なのだろう。


 だが経営者とって大事な資質の一つに、人材のコネクションがある。そのために今回はマリーに自覚を持ってもらうために、あえて厳しい提案をしていたのだ。


「うーん、誰もいないよな……」


 だがマリーの頭はパンクしそうだった。人物が思い浮かばないのだろう。もしかしたら本当にいないのかもしれない。


 そろそろ助け舟を出してやるタイミングかもしれない。


 ――――そんな時だった。誰かがギルドに入ってくる。


「こんにちは!」


 やって来たのは一人の銀髪の少年。歳は十歳くらいだろうか。


「あっ、あなたがフィンさんですね! はじめまして、ボクはレオンと申します!」


 レオンと名乗る少年は、かなりしっかりとした口調で挨拶をしてきた。大人でもなかなか出来ない立派な態度だ。


「ちょ、ちょっと、レオン⁉ 職場までいったい何をしにきたのよ⁉」


「あっ、お姉ちゃん。はい、これお弁当。せっかくボクが作ったのに、忘れていっていたよ。まったくお姉ちゃんは忘れん坊なんだから」


「あっ、本当だ⁉ ありがとうね、レオン」


 どうやら少年レオンはマリーの弟なのだろう。雰囲気的に忘れ物を届けに来てくれたのだ。


「あれ、仕事の依頼もあったんだね、お姉ちゃん? あとギルド内の間取りも変わって、素敵になったよね? なんか、昔のみたいでドキドキしてきたね!」


「そうね。わたしも頑張って、お爺ちゃんの時を超えるギルドに、してみせるんだから!」


 冒険者ギルドの孫である二人は、幼い頃からここを遊び場にしていたのだろう。昔の話を懐かしそうにしていた。


(ほほう、これは……)


 そんな姉弟のやり取り見て、オレはあるアイデアが浮かんできた。実行できるか確認してみる。


「はじめまして、レオン君。新しい事務員のフィンと申します」


「わざわざご挨拶ありがとうございます。姉から話をお聞きしています、フィンさん! 姉はこの通り、抜けているところがありますが、熱意と行動力だけは凄いので、是非ともよろしくお願いいたします!」


 レオンは姉のことを好きなのだろう。頭を深く下げて、初対面のオレに補助を頼んできた。


「なるほど……オーナー、決まりました。よかったらレオン君を雇いましょう。このギルドの職員として」


「えっ、フィンさん⁉ 何を言っているんですか⁉ レオンはまだ十歳ですよ⁉」


 いきなりの提案にマリーは驚く。たしかに普通は十歳の子どもは、冒険者ギルドでは働いていない。


「レオン君は普通の少年ではありません。職員に迎えたら、必ず経営再建の力となる人物です」


 唖然とするマリーに向かって、レオン君の才能をオレは説明しはじめるのであった。

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