第2話新しい人生のスタート

 理不尽なギルドマスターに、いきなり仕事をクビにされた。

 王都の大通りで一人、ポツンと立ち尽くす。

 

「よし、これから頑張っていこう!」


 理不尽にクビにされてしまったことには、正直なところ憤りは感じている。

 だが強制的に気持ちを切り替えていく。


「まずは急いで、次の仕事を探さないとな……」


 王都では暮らしていくには、とにかく金が必要になる。

 今借りている部屋の家賃と食費、税金などを合わせて、毎月最低でも十万ペリカは必要。

 あまり多くない自分の貯金のことを考えると、数日以内には再就職する必要があるのだ。


「とりあえず職業安定所に向かうか……」


 王都の中央にある《職業安定所ハロワー》に向かうことにした。


 ◇


 ハロワー到着して、事務のお姉さんに相談をする。


「……なるほどです。ちなみにフィンさんの特技はありますか?」


「特技はありませんが、事務仕事なら経験があります。あと、何といっても冒険者の支援が好きです!」


 誰にも言ったことがないが、実はオレは昔から冒険者に憧れていた。

 だが育ての親でもある師匠から、昔から厳しく言われていた。『こんな貧弱なアタイにも勝てないのだから、フィンには冒険者の才能はないのよ!』と。


 だから王都に出稼ぎにきたオレは、冒険者ギルドに就職した。

 才能はないなら他の冒険者を支援して、自分の夢を託すことなら出来る、と思ったのだ。


 その思いは今でも変わらず、冒険者ギルドの仕事に再就職したかった。


「分かりました、フィンさん。それなら、こちらの冒険者ギルドの事務員の仕事はどうですか?」

「えっ⁉ 冒険者ギルドの事務員の求人があるんですか⁉ はい、そこにします!」


「でも、この冒険者ギルドは少し問題があって……」

「いえ、構いません! では、そこに面接にいきます!」


 冒険者ギルドの事務員の仕事は、なかなか空きがでない。だからオレは有無を言わさず面接の申し込みをする。


 ◇


 求人票の住所を頼りに、目的の建物前にたどり着く。


「ここが“ボロン冒険者ギルド”か」


 求人がでていたのは、“ボロン冒険者ギルド”という冒険者ギルド。

 場所は王都の中でも、かなり外れにあった。


 どうして、こんな人通りが少ない場所に、ギルドを作ったんだろうか? 真っ先に疑問に思う。


「それにここはギルドランクFか……」


“ボロン冒険者ギルド”の看板には、ギルドランクFの証明章が張られていた。


 ◇


《冒険者ギルドランク》


 この大陸の冒険者ギルドには、最低Fから最高Sランクまで七段階の付け制度がある。

 理由としては増えすぎた険者ギルドを、誰にも分かりやすくするためだ。


 迷宮や秘境に魔物が多く生息するこの大陸では、冒険者職は人気が高い。宝や素材、魔石による一攫千金の可能性もあり、若者たちがこぞって冒険者になりたがるのだ。


 農村から冒険者を夢見る若者が、ギルドのある都市に定期的にやって来る。人口が約二十万人のこの王都には、約数千人の冒険者が住んでいるという。


 膨大な冒険に対応するために、大小さまざまな百件近い冒険者ギルドが、王都には点在している。

 基本的には冒険者ギルドは民営組織。有能な冒険者が多いギルドほど、高ランクの仕事を発注可能。その分だけ収入は多くなり、ギルドランクが高くなっていく。


 逆に登録冒険者が少ないギルドは、低ランクの仕事しか発注できず、更にギルドの経営も悪化。

 最悪の場合、廃業する冒険者ギルドも珍しくないのだ。


 ◇


 そんな冒険者ギルドランクの厳しい事情。


 今オレが面接を受けにきた“ボロン冒険者ギルド”。看板には“ギルドランクF”がくすんだ色で張られていた。

 間違いなく“廃業一歩手前”の冒険者ギルドの、重い雰囲気だ。


「でも求人募集を出すくらいだから、意外と大丈夫なのかな?」


 とりあえず冒険者ギルドの中に入ることにした。

 魔道具の照明も切れていて、中はかなり薄暗い雰囲気だ。


「えっ⁉ お客さん⁉ それとも冒険者⁉ い、いらっしゃいませ!」


 入店直後、ギルドカウンターの向こう側から、少女の甲高い声が聞こえてきた。

 少女は目を輝かせながら、カウンターからこちらに駆けてくる。


「いらっしゃいませ! “ボロン冒険者ギルド”にようこそ! 依頼人ですか⁉ それとも新人冒険者として登録ですか⁉ もちろん、どちらでも大歓迎です!」


 十八歳くらいの銀髪の少女は、息継ぎを惜しむほど、一気に話してくる。

 かなり依頼人と冒険者登録に飢えている……そんな感じが初対面でも分かってしまう。


「すみません、そのどっちでもないです。この求人広告を見てきました」


 相手を失望させないように、おそるおそる求人票の写しを見せる。


「えっ⁉ 事務員の求人⁉ あっ……前に出したのを、取り消してなかったんだ、お爺ちゃんは」


 少女は一気に落胆の表情になる。何か事情があるのだろう。


「もしかして今は求人はしていないですか?」


「す、すみません。せっかく来てもらったのに。実はうちは祖父がずっと経営していて、でも急に体調が悪くなって……」


 なるほど、そういうことか。

 ここは一家で経営している冒険者ギルド。前経営者である祖父が出した求人票が、無効化されていなかったのだろう。


「我が家は跡継ぎが誰もいないので、三ヶ月前から急に、私マリーが経営しているんです……」


 雰囲気的に、この少女マリーは冒険者ギルド経営に、対応できずにいたのだろう。だからギルド雰囲気が思いのだ。


(いきなり冒険者ギルドの経営か……厳しいな、これは)


 冒険者ギルドの経営には世間が思っている以上に、多くの知識と経験、スキルが必要になる。


 まずは市民や商人、国から依頼を受けてくる営業力と宣伝力が必須。


 あと荒くれ者が多い冒険殺者たちの仕事を、たくみにコントロールしていくバランス感覚も必要だ。


 更に魔物の素材や魔石を買い取る時に、適正に値付けできる鑑定する技術。買い取るための資金力と経営バランスも絶対に必要。


 それ以外にも多くの知識と経験が必要になる……それが冒険者ギルドの経営の難しさなのだ。


「お爺ちゃんが倒れた後、ギルドはしばらく閉めていました。そのため登録冒険者がほとんど居なくなってしまいました。だから依頼を受けても、仕事を回せなくて……それで事務員を雇う余裕もないんです」


 雰囲気的に祖父が経営していた時は、そこそこ繁盛はしていたのだろう。

 だが空白の期間が空きすぎたため、登録冒険者は他のギルドに移籍。結果として悪循環で、廃業寸前になっていたのだ。


「そうですか。事情は分かりました」


 困っている少女と不幸な冒険者ギルドを、支援好きなオレは見捨てることは出来ない。

 だが今の経営者である少女マリーが雇ってくれないなら、オレはここで働き支援することは不可能なのだ。


「それでは今日のところは失礼します。ん?」


 ――――立ち去ろうとした時、店の中に“何かの術”が発動する気配がある。


 シュワ――――ン!


 次の瞬間、ギルドの中に光が発生する。

 これは……《転移の術》の一種だ。


「オッホホホ……! こんな所にいたのね、“我が愛しのフィン”よ!」


 甲高い笑い声と共に転移してきたのは、怪しげなローブをまとった二十代半ばの妖艶な女性だ。


「あっ、エレーナさん。どうしたんですか、いきなり転移してきて?」


 この人は冒険者である女魔術エレーナ。オレの前の職場に登録していた人だ。


「アナタが前のギルドを辞めて、他の仕事場に移った、という噂を聞いて、飛んできたのよ、我が愛しき人よ!」


「そうだったんですか。それはわざわざありがとうございます。あと何度も言っていますが、自分とエレーナさんは『客と事務員の関係』なので、『我が愛しき人』ではないです」


 前の職場でエレーナさんを、何度か“支援”したことがあった。その時の恩を感じて『我が愛しの人よ!』と、変な呼び方をしてくるのだ。


 そして突然現れたエレーナを見て、少女マリーは腰を抜かしてしまう。


「な、な、人がいきなり出てきた⁉ しかも、その冒険者章は“Sランク”⁉ えっ……ランクSで女魔術といえば一人しかいない……つまり、このひとは“あの”《大賢者》エレーナ=アバロン⁉」


 目を丸くしながら、何やら叫んでいる。


 この反応も仕方がない。女魔術師エレーナはかなり大胆で、エロス的な服を着ている。

 オレも最初、彼女を見た時はビックリしたものだ。


「さぁ、我が愛しのフィン。さっそく依頼を受けさせてちょうだい!」


「エレーナさん、申し訳ないですが、オレはここのギルドの職員じゃなくて……ん?」


 その時だった。

 物凄い速度で、こちらに向かってくる“気配”がある。

 この気配は……たしか。


 ビュン! スチャ!


 直後、ギルドの中に、一人の男が飛び込んでくる。

 剣を腰に下げた、壮年の剣士だ。


「はっはっは……! さがしたぞ、我が永遠の友フィンよ! こんな所にいたのか!」


 この変な豪快な笑い声の人も、オレの顔見知り。前のギルドに登録していた冒険者だ。


「こんにちはガラハッドさん。もしかしてアナタも?」


「もちろん、そうである! 我が永遠の友の退職の話を聞いて、気配を探して、ここまで飛んできたのである! はっはっは……!」


 この人ガラハッドも前の職場で、何度か“支援”したことがあった。

 その時の恩を感じて、オレに対して『我が永遠の友よ!』と変な呼び方をしてくるのだ。


「な、な、な、いきなり人が飛んできた⁉ それに、この人も冒険者章はSランクの人⁉ Sランクの剣士でガラハッドといえば……“あの”《剣聖》ガラハッド=ソーザス卿⁉」


 突然現れたガラハッドを見て、少女マリーは目を丸くして、また何か叫んでいる。

 この反応も仕方がない。


 剣士ガラハッドはかなり変な風貌だ。

 似合わないちょび髭に、実戦的じゃないタキシード風な服装の怪紳士風。

 オレも最初見た時は、かなりビックリしたものだ。というか、今でも慣れない。


「さぁ、我が永遠の友フィンよ! 新しい職場でも、さっそく依頼を受けようじゃないか!」


「あのー、せっかく追いかけてきてもらって悪いんですが、今のオレは無職なんです。このギルドも就職できませんでした」


 ギルドを自由に移る権利が、冒険者にある。だから二人が追いかけてきてくれたことは、個人的には嬉しい。


 でも次の仕事先が決まってない今の自分にとって、この状況はかなりバツが悪い。

 マリーに迷惑にならないように、オレはギルドから立ち去った方がいいだろう。


「フ、フィンさん! ちょっと、待った! です!」


 そんな時だった。腰を抜かしていた少女マリーが、突然立ち上がり呼び止めてくる。


「どうしました、マリーさん?」


「やっぱり求人を出していました! なのでウチで働いてください! というかウチの冒険者ギルドの経営を助けてください!」


「へっ? そうだったんですか? それなら働かせもらいます。ん?」


 こうしてよく分からないまま就職先が決定。


“ボロン冒険者ギルド”の事務員として。その後、経営者マリーのお願いで、統括部長としてオレは働くことになったのである。


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 だが、この時の経営者マリーは知らなかった。


 フィンが予想を遥かに超える人脈を持つ、とんでもない男だったことを!


 ここにいた《大賢者》エレーナや《剣聖》ガラハッドだけではなく、王族や異世界勇者など優秀で地位ある人物に、異常なまでに慕われている異常な存在なのことを!


 さらに無害そうに見えるフィン自身が、魔神に山奥で育てられた規格外の《天帝級》の支援魔術師なことを!


 廃業寸前だった“ボロン冒険者ギルド”が、これからとんでもない繁盛をしていき、大陸の命運をかけた大事件に巻き込まれていくことを、マリーを含む誰も知らなかった!


 ◇


 ◇


 ◇


「あのー、オーナー。雇ってもらったばかりで恐縮なんですが、早速ギルドの経営方法を“少しだけ”変えてみませんか?」


 こうして規格外の支援魔術師フィンによる、冒険者ギルドの支援チートな改革は幕を上げたのであった。

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