第7話宣伝活動

 新規登録者を増やすための第一作戦、宣伝活動を行う。

 場所は冒険の往来が多い広場。他の冒険者ギルドが三件ある人気スポットだ。


「待ってください、フィンさん! さすがに他のギルドの前で、冒険者を引き抜きするのはマズイですよ!」


 オーナーのマリーが焦るのも無理はない。冒険者ギルドは基本的に互いにライバル関係にある。


 そのため他のギルドから引き抜きは、業界内ではご法度。暗黙のルールを破った場合は、冒険者ギルド協会を敵に回す危険性があるのだ。


「大丈夫です、オーナー。引き抜きはしません。これから行うのは宣伝活動であり、ボロン冒険者ギルドの認知度を高める行為です」


「えっ……“認知度”? 何ですか、それは?」


「説明は後でします。オーナーはこれを着てください」


 今は説明をしている暇はない。早くしないと冒険者の通行量が減ってしまう、時間帯になるからのだ。


 二枚の看板を紐で繋げたモノを、有無を言わさずマリーの首からかける。紐が彼女の両肩に引っかかり、板が背中と胸の前に垂れる感じなった。


「えっ? 今、どこから、コレを出したんですか、フィンさん⁉ それに、これは何ですか!? いったい何が書いてあるんですか、この板には⁉」


 突然のことにマリーは混乱していた。着用者は自分の看板の表面を見づらい。自分の奇妙な格好にジタバタしている。


「オーナー、安心してください。変なことは書いていません。板に書いてあるのは“ボロン冒険者ギルド”の店名と宣伝だけです」


「えっ、ウチの店の⁉ どういうことですか⁉」


「それはオレが考案した《人間看板サンドイッチマン》という宣伝手法です」


 混乱するマリーに、詳しく説明をしていく。


人間看板サンドイッチマン》広告宣伝手法の一つで、着用者の胴の前面と背中の両方に宣伝用の看板を設置。

 着用者が町中を歩行することによって、周囲に広告できる手法だ。


「なるほど、そうだったんですか。でも……ジロジロ見られて、凄く恥ずかしいんですけど、これ……」


 年頃の少女マリーが、顔を赤くするも無理はない。

 通行人や広場にいる市民が好奇の視線で、マリーのことをジロジロ見はじめたのだ。


「恥ずかしいかもしれませんが、我慢してください。視線を感じるということは『それだけ注目度を浴びている』こと。つまりボロン冒険者ギルドの宣伝ができているということです。耳を澄ませてください。ほら、冒険者たちが噂をしていますよ!」


 広場には多くの冒険者がいた。可愛らしい少女が奇妙な格好をしていることに、彼らも注目していたのだ。


「ん、なんだ、あの子? 変な格好だな?」

「おい、あの子の付けている板を見てみろよ。《ボロン冒険者ギルドはこの先の下町で営業再開中!》だってよ?」

「ボロン冒険者ギルドって、あの潰れた所か? また再開したんだな」

「あそこ昔は勢いがあったから、面白そうだな」


 そんな感じで、広場の冒険者たちは噂をしている。

 廃業したと思っていたボロン冒険者ギルドが再開した事実が、既に口コミで広まっているのだ。


「えっ……す、すごい。こんなに一気に宣伝されていくなんて。今まで、あんなに頑張っても反応が無かったのに……これはどうしてですか、フィンさん⁉」


 まさかの宣伝効果に当事者マリーは驚いていた。

 きっと今まで彼女も、自分なりに宣伝活動はしていたはず。だが、ここまで大きな反応はなかったのだ。


「理由は簡単です、オーナー。人の感情は不思議なもので、相手から押しつけられた情報は、あまり受け入れません。ですが自分の好奇の視線で見た情報は、不思議と頭の中に受け入れてしまうんです」


 これは前職の事務時代に、“ある顧客”から教えてもらった情報。彼女はやけに人の心理に詳しく、色んな雑学を教えてくれた。


 それからオレが思いついたのが《人間看板サンドイッチマン》作戦。いつか役立つと思って、活用方法を温存していたのだ。


「なるほど、そういうことだったんですね! たしかに。変な格好の人は、ついつい見ちゃいますよね、私も」


「そうですね。あと凄いのは宣伝効果だけではありません。普通、この広場に看板を出すとなると、毎月数万ペリカの費用がかかります。ですが、その《人間看板サンドイッチマン》なら無料。しかも移動したら、他の広場でも宣伝が可能になります」


「す、数万ペリカの節約⁉ 私、頑張って歩いて宣伝してきます!」


 節約と聞いて、マリーは目を輝かせる。おそらくお金のことが大好きなのであろう。軽い足取りで広場をスキップして回る。


 さらに『冒険者の仕事を探すなら~ボロン冒険者ギルドがオススメ~♪ 名前はボロンだけど、建物はボロくないよ~♪』とオリジナルの宣伝ソングまで歌っていた。


 ざわざわ……ざわざわ……


 銀髪の可愛い少女が奇抜な格好で、奇妙な歌を歌いながら、奇行にはしっていた。お陰で広場中の市民と冒険者の注目が、マリーの全身に集まっていく。

 その注目度の高さは、今や月十万以上の宣伝効果を超えていた。


「さて、宣伝効果の第一弾は上手くいったな。だが、本番はここからだ」


 マリーのモチベーションを下げないために言ってないが、実はこれだけ注目を浴びても、急に登録冒険者は増えない。


 何故なら多くの冒険者は、既に他のギルドに登録済み。

 彼らは何かの事情がなければ、急に他のギルドに移ったりしない。まして廃業寸前のギルドランクFのウチには、普通の冒険者は移籍してこないのだ。


「さて、この野次馬の中に、新規登録者はいるかな……?」


 だからオレが狙っているのは未登録の新人冒険者だけ。野次馬の冒険者を一人ずつチェックしていく。

 見るポイントは装備や服装、靴の履き具合。そして何より顔つきだ。


「ん……いた。あの二人は、そうだな」


 野次馬の中に、若い男女の冒険者を発見。多くのチェックポイントを確認したが、間違いなく新人冒険者だ。


 ――――おそらく『幼馴染同士の二人が、一攫千金を夢見て田舎から上京。先ほど王都に到着したばかりで、まだ登録ギルドも決まっていない新人冒険者』だ。


「さて、ここからはオレの仕事だな」


 看板マリーのことを見ながら何や迷っている新人冒険者に、オレは営業スマイルで声をかる。

「あのボロン冒険者ギルドに興味があるなら、ぜひ見ていきませんか? 今なら得な初回サービスもあります」と


「えっ……どうしよう、エリン?」

「せっかくだから見てみしょうよ、ライル!」

「そ、そうだね。それでは案内よろしくお願いいたします!」


 二人を勧誘することに成功。ボロン冒険者ギルドに行って、話をすることになった。


 これでオレの考案した《人間看板サンドイッチマン》の宣伝効果の高さも、無事に証明されたことになる。


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 だがフィン自身は知らなかった。

人間看板サンドイッチマン》がこれほど広場の全員から、注目を浴びている本当の理由を。


 一番の大きな理由は『看板を書いたのがフィンだった』からなのだ。


 広場の誰もの様子が、段々とおかしくなっていっていたこと、彼は知らない。


「うわっ……なんだ、あの看板⁉ なんか知らないけど、目が離せないんだけど⁉」

「や、やばい、あの看板……目を閉じようとしても、勝手に視線が向いちゃぞ⁉」

「ま、まさか呪いの看板なのか⁉ 頭の中に看板の文字が侵入してくるぞ⁉」


 無自覚に発動していたフィンの支援魔法によって、彼が立ち去った後の広場は失神者が続出していたのだった。

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