第9話ひらがな と漢字くらいの違い

 待望の新規登録者を、獲得することに成功。

 冒険者システムの説明を終えて、さっそく二人に依頼を提案する。


「こちらがオススメの“初心者向け”の依頼です。どうですか?」


 初心者向け依頼である『依頼:《究極万能薬エリクサー》の素材を1,000万ペリカ買い取る』の内容書類を、二人に確認してもらう。


「えっ……?」

「こ、これは……」


 だが二人の様子がおかしい。書類を見つけたまま、二人とも固まっていたのだ。

 もしかしたら依頼書に何か不備があったのだろうか。


「あの……すみません、フィンさん。実はボクたち“上位共通語”の読み書きが、あまり得意じゃなんです……」


「なるほど、そうでしたか。それは失礼しました」


 二人が固まっていた原因が判明した。

 この大陸では一般的に“大陸共通語”が使われている。会話などはすべて共通語で行われていた。


 だが読み書きでは“上位共通語”も普及している。

 特に王都などの大都市では、掲示物は“上位共通語”が使われるのが一般的。今回の依頼書も“上位共通語”で書かれていた部分があった。


 そのため田舎から出てきたばかりの二人は、上位共通語で書かれた依頼書を読めずに、固まっていたのだ。


 これは明らかにオレの失念。今度からは気を付けないと。


「それでは簡単に説明します。この依頼は:《究極万能薬エリクサー》の素材を集める簡単な内容です。素材は“すぐ近く”の“弱い魔物”を倒せば手に入ることが可能です」


 二人に口頭で説明をしていく。

 金額の部分は読めるはずなので、あえて説明しないのが冒険者ギルドのマナーというものだ。


「説明ありがとうございます、フィンさん。“えりくさー”は初めて耳にしますが、初心者向けなら王都では一般そうですね。ちなみに“弱い魔物”というのは、ボクたちでも討伐は大丈夫ですか?」


「ええ、もちろんです。以前も駆け出し冒険者の人が、同じような依頼をクリアしています」


 ヤハギンさんから同じ内容の依頼を、オレは前職でも受けたことがあった。

 その時も達成したのは初心者冒険たち。オレは“少しだけ”支援したら、半日で素材を入手しきた。

 そのため今回のライル君たちも大丈夫だ、と見込んでいたのだ。


「分かりました。それじゃ、受けようか、エリン?」


「うん、そうね。報酬も1,000ペリカ?で、お手頃だし。それじゃ、よろしくお願いいたします、フィンさん!」


 二人とも納得をしてくれた。

 契約書にサインをしてもらい、彼らの冒険者カードに依頼内容を記録しておく。これで達成した時に、冒険者評価ポイントが溜まっていくのだ。


「あと、これが“弱い魔物”がいる場所への地図です。北門から出ていくと近道です。あと魔物の書いておきました」


「こんな詳しい地図まで⁉ わざわざありがとうございます、フィンさん! よし。早くいこう、エリン!」

「でも、ライル。もう時間も遅いから、明日の朝の方が良くない?」


「あっ、そうだね」


 気がつくと夕方になっていた。

 基本的に駆け出し冒険者は朝一で出発して、夕方前に戻ってくるのが安全。ギルド協会からも推奨されているのだ。


 二人も推奨に従って、今宵は宿に向かうことになる。


「もしも常宿が決まっていないのでしたら、オススメの冒険者専門の宿がありますよ」


 新人冒険者に宿屋や食堂をアドバイスするのも、冒険者ギルド職員の仕事。冒険者の収入予測を計算して、的確な宿代と食事代を計算してあげるのだ。


「ここなら二人部屋と個室があります」


 王都にある初心者向けの宿。決して新しい建物ではないが、値段が安く治安も良い立地。オレは地図を描いて二人に勧める。


「なるほど、ありがとうございます。ボクたちは幼い時から一緒に過ごしてきた“兄妹みたいな感じ”なので、同じ部屋でもいいよね、エリン?」

「えっ⁉ ちょ、ちょっと、ライル……私たち、もう子どもじゃないんだから、一緒の部屋は、さすがマズイんじゃ⁉ で、でも、宿屋代の節約のためなら、仕方がないんだから、もう……」


 そんな感じに仲良さそうな感じで、二人は冒険者ギルドを出ていく。

 予定だと今宵は宿でゆっくり英気を養う。

 明日の朝一に、王都を北門から出発。《究極万能薬エリクサー》の素材となる魔物を狩りに行くのだ。


「明日か……でも、あの二人だけで、少しだけ心配だな……」


 見送ってから急に不安になる。

 何故なら前職の時は新人冒険者四人で、《究極万能薬エリクサー》の素材を狩りに行って成功した。

 だが今回は半分の人数。あまり強くない魔物とはいえ、万が一の危険性があるのだ。


「ふむ、これは仕方がないな。また“やる”とするか」


 ギルド職員として勧めたかからには、最後まで責任を取る必要がある。オレは準備をしてギルドを出ていく。


「た、ただいまー! って、フィンさん、どこに行くんですか⁉」


 ちょうど入れ違いで、銀髪の少女オーナーのマリーが戻ってきた。広場での宣伝活動を終えて、かなり疲れた様子だ。


「定時なので帰宅させていただきます、オーナー」


 求人によるとボロン冒険者ギルドでの勤務時間は、朝の八時から夕方の六時まで。冒険たちは陽の出ている時間に活動するため、夜は遅くまで営業しないのだ。


「えっ、もう、そんな時間なの⁉」


「オーナーもお疲れ様です。あと先ほど新規登録者を獲得して、依頼も二件ほど出しておきました。詳細は明日の朝に報告します」


「えっ、新規登録者を獲得できたの⁉ しかも、依頼を二件も⁉ いつの間に⁉ って、フィンさんが、もういない⁉」


 経営者に残業代の負担をかけないために、オレは定時で帰ることを常に心がけていた。素早く退勤することも、勤め人としての責務なのだ。


「さて、今宵は少しだけボランティア活動をするか……」


 だが今宵はこれから個人的な残業……ボランティア活動を行う。

 エリンとライルたちの明日の活動が心配で、事前に現地調査と“少しだけ露払い”をしてくるのだ。


「たしか《究極万能薬エリクサー》の素材は、北の“火炎山脈”の《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》だったよな? さて、ひとっ走りしてくるか」


 こうしてオレは一晩かけて新人冒険者の冒険ルートを、“少しだけ”支援しておくのであった。

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