第4話営業活動

 廃業寸前のボロン冒険者ギルドに就職。

 再度無職になるのを回避するため、経営状況を改革することになる。


 ギルドを後にしたオレは、王都の大通りにやってきた。


「さて、“冒険者ギルドの立て直し”をするための最初のステップは、ここしかないな」


 経営改革のために最初に訪れたのは、大通り沿いの大型薬屋。王都の中でも一、二を争う大規模な《ヤハギン薬店》だ。


 他の客と同じように、正面の入り口から店内に入っていく。


「おお……噂には聞いていたけど、中も大きいな」


 店内はかなりの規模だった。色んな種類の薬草とポーションが陳列され、買い物客で賑わっている。


 客の多くは冒険者と市民。

 冒険者は怪我や毒消しなど、仕事で使う商品を買い求めている。

 一方で市民は解熱や傷薬、内服薬など生活に必要な薬を購入していた。とにかく大盛況な店内だ。


 だがオレの目的は販売コーナーではない。


「えーと、事務コーナーは……あった、あそこだ」


 販売コーナーの奥に、職員が働く事務カウンターを発見。一般の客は近づかない場所で、取引先の業者しか立ち寄っていない。

 今回のオレの目的はあの事務カウンター。奥に向かって進んでいく。


「すみません。冒険者ギルドの者ですが、『薬草採取の依頼』の営業できました。担当の人はいますか?」


 受付の女性事務員に挨拶をして、こちらの来訪の目的を訊ねる。


 ――――そう、今回オレがこの薬屋を訊ねたのは、『薬草採取の依頼』を受諾するためだ。


 なぜ最初にここに来たかは、大きな理由がある。


 冒険者ギルドを経営していく上で、一番大事なことは『依頼を冒険者に発注する』こと。

 なぜなら依頼の手数料によって、冒険者ギルドの経営は成り立っているからだ。


 だが今のところボロン冒険者ギルドには、外部からの依頼はゼロ件。経営を成り立たせるために、まずはとにかく外部から依頼を受ける必要があるのだ。


 その手始めとして選んだのが、今回の薬草採取の大元の依頼。

 薬草採取は冒険者ギルドの基本依頼。魔物討伐に比べて、薬草採取は危険度が低く初心者冒険者の人気も高い。


 まともな登録冒険者がいないボロン冒険者ギルドにとって、薬草採取はうってつけの内容なのだ。

 今日の目標はこの大型薬屋で、沢山の『薬草採取の依頼』を受けていく。戻ってから小分けの依頼書にして、ギルド内に張り出す予定だ。


「はい、お待たせしました。『薬草採取の依頼』ですね? ちなみに、どちらの冒険者ギルドの営業の方ですか?」


 担当の男性職員が対応にでてきた。『王都冒険者ギルドの一覧表』を確認しながら、仕事の交渉をしてくる。


「“リッパー冒険者ギルド”……じゃなく、ボロン冒険者ギルドの者です」


 危うく前の職場の名前を、言ってしまうところだった。慌てて言い直す。

 今までオレは事務仕事の経験しかないから、どうしても営業活動が慣れていないのだ。


「ボロン冒険者ギルド? あまり聞かない名前ですねが、冒険者ギルドランクは……あっ、Fか……」


『王都冒険者ギルドの一覧表』を確認して男性職員は、あからさまに態度を変える。先ほどまでの丁寧な態度から、かなり面倒くさそうに顔になった。


「ふう……ボロン冒険者ギルドですかー。何年か前までは、けっこう調子は良かったみたいですが、最近はイマイチみたいですね。というかランクFなのに、営業の人がいたんですね、あそこは」


 台帳を確認しながら、男性職員はため息をついている。口調から推測するに、過去の取引の成績を確認している最中だ。


 おそらくマリーの祖父が元気にギルドを切り盛りしていた時は、ボロン冒険者ギルドはそこそこの評価があったのだろう。

 だが体調を崩した数年の評価は、あまり芳しくない雰囲気だ。

 とくに素人であるマリーがオーナーになってから、一気にギルド評価は下落していたのだろう。


「えーと、それじゃ、この余っている仕事を発注するね。はい、どうぞ」


「ありがとうございます! ん?」


 男性職員が渡してきた発注表を確認して、思わず自分の目を疑う。

 発注表に書いてあった仕事の種類は、なんと『二百束のバリン草を1,500ペリカ買い取る』だったのだ。


 バリン草は市民がよく使う生活薬の原材料。

 冒険者がギルドで受ける相場は、一束あたりの報酬は10ペリカが普通だ。


 つまり全ての採取が上手くいっても2,000ペリカ。差し引きで、ボロン冒険者ギルドの手数料は約500ペリカとなる。


 王都での一人暮らしの一ヶ月の生活費が、約十万ペリカ。今回の発注はかなり少ない規模。


 というかボロン冒険者ギルドの手数料500ペリカは、子どものお小遣いにも負けているのだ。


(ああ、これは……弱小冒険者ギルドに対する塩対応か……)


 頭の中で瞬時に計算して気がつく。

 落ちぶれているボロン冒険者ギルドのことを、男性職員は見下しているのだろう。本当は取引するのも面倒なのだ。


 だが王都の規則で、ギルドに対して仕事を発注する義務がある。だから、こんな常識ではあり得ない小さな仕事を、嫌がらせとして発注してきたのだ。


「ん? どうしました? 発注を受けるのは止めておく? ウチは別にそれでも構いませんよ⁉ 忙しいんだから、早く決めてくれよ!」


 男性職員は更に上からの態度になってきた。イライラしながら高圧的な態度をとってくる。

 担当者としてはあり得ない横柄な態度だ。


「……いえ、ありがたく受注させていただきます。本当にありがとうございます」


 だがオレは頭を下げて、受注書にサインする。

 たしかに男性職員の態度は、あまり褒められたものではない。


 だが冒険者ギルドでの仕事は、時にはこうした理不尽なことも起きる。

 オレは自分の感情を押し殺して、勤め先ボロン冒険者ギルドのために我慢したのだ。


 オレは心を無にしてサインして、カウンターを後にする。


「はっ。それじゃ、また、似たような発注があったら、用意しとくね、ボロン冒険者ギルドさん!」


 追い打ちをかけるように、男性職員が嘲笑してきた。おそらく『もう二度と来るな、この弱小ギルドめ!』と言いたいのだろう。態度で分かる。


「さて、戻るとするか……ん?」


 事務カウンターを後にした直後、店の奥に知り合いを見かける。かなり高そうなローブを着た年配の女性だ。


「ん⁉ おい、そこにいるのはフィンじゃないかい⁉ お前さん、どうして、ウチの店に⁉」


 相手の老女も、オレの存在に気がつく。店の奥から駆け寄ってくる。


「ハヤギンさん、こんにちは。ご無沙汰しています」


 駆け寄ってきたのは知り合いの薬師ヤハギンさん。

 前の職場での顔見知りで、オレが何度か“こっそり支援”してあげた相手だった。


 ん、それにしても『ウチの店』って、どういう意味だろう?

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