第5話過大評価

 廃業寸前のボロン冒険者ギルドに再就職、経営改革することに。

 大規模な《ヤハギン薬店》に営業活動にきたが、酷い対応をされてしまう。


「ん⁉ フィンじゃないかい⁉ 事務員のお前さんが、どうして、ウチの店に⁉」


 帰ろうとしたオレに駆け寄ってきたのは、知り合いの薬師ヤハギンさん。

 前の職場での顔見知りで、オレが何度か“こっそり支援”してあげた相手だ。


「あっ、ハヤギンさん、ご無沙汰しています。実はクビになってしまい、ボロン冒険者ギルドというところに再就職したんです。それで営業活動をしていました」


 前の職場ではオレは事務職員で、外回りをしていなかった。解雇されたことを説明するのは恥ずかしいが、驚くハヤギンさんに事情を説明する。


「な、なんだって⁉ オヌシのような有能な存在をクビにしただって⁉ あの落ち目だったギルドを立て直したのは、フィンの影の功績のお蔭じゃろが⁉ それなのにクビだなんて、そんなアホなことがあってたまるかい! どれ、アタシがリッパー冒険者ギルドに怒鳴り込んであげるよ!」


「いえいえ、それには及びません。クビになったのはオレの不甲斐なさが原因なので。お気遣いありがとうございます」


 顔を真っ赤にして激怒するヤハギンさんをなだめる。オレのために怒ってくれるは嬉しい。

 それにしても随分とオレに対する評価が、異様に高いような気がする。


『お前のような有能な職員』や『あの落ち目だったギルドを立て直したのは、影の功績のお蔭』とか、とにかくオレのことを褒めすぎている。


 たしかにオレが務める前の、リッパー冒険者ギルドの評価ポイントは低かった。オレが真面目に勤め始めてから、急激に成果を出してった。

 でも、きっと偶然だろう。


「ふん。相変わらずフィンは腰が低くて、欲がない変な奴じゃのう。まぁ、そういう性格だからアタシをはじめ、色んな業界のファンがいるだけどね」


「あっはっはっは……面目ないです。そして、ありがとうございます」


 ヤハギンさんは少し口が悪いので、けなしているのか褒めているのか、よく分からない。とりあえず笑ってごまかして、最後に感謝しておく。


「ん? その受注書は……もしやウチで仕事をとってきたのか?」


「えっ? これですか? そこのカウンターで担当者の方から、仕事を頂戴してきました」


「ちょっと確認させてもらうよ!」


 そう言ってヤハギンさんは、オレの手から注文書を奪い取る。見られても困るものではないから、特に抵抗はしない。


 それにしても、さっきから『ウチの店』とか『ウチで』言っているけど、どういう意味だろう? ハヤギンさんの地元の方言かな?


「な、なんだい、こりゃ⁉ 『二百束のバリン草を1,500ペリカ買い取る』だと⁉ こんな子どもの小遣いにもならない依頼を、“あのフィン”に発注したのかい、ウチの能無しは⁉」


 注文書を確認して、ヤハギンさんは顔を真っ赤にする。こめかみに血管が浮き出るくらいに興奮していた。


「そんなに怒らなくても大丈夫です。実は再就職先の冒険者ギルドランクはFなんです。ここ数ヶ月は一切の実績もなくて、この対応も仕方がない業界なんですよ」


 ハヤギンさんは一介の薬師の人。冒険者ギルドと取引先の業界話は、知らないかもしれないので、丁寧に説明をする。


「いや、何を言っておるんじゃ! お前さん程の才能ある男なら、冒険者ギルドランクなんて関係ないじゃろうが⁉ ふん! ちょっと、そこに座って待っておれ!」


「えっ、はい? 分かりました」


 興奮状態のままハヤギンさんは、事務コーナーに向かっていく。仕方がないのでオレは店内の椅子に座って、戻ってくるのを待つことにした。


 ――――それから少しだけ時間が経つ。


 待っているオレの所に、誰かが猛ダッシュで駆け寄ってくる。先ほどの男性職員だ。


「フィン様! 貴方様のことを知らなかったとはえ、先ほどは大変失礼な態度をとってしまい、まことに申し訳ございませんでした!」


 男性職員は別人のように態度が違う。いきなり土下座して床に頭をなすりつけて、最上級の警護で謝罪してきたのだ。

 あと髪の毛がいつの間にか丸坊主になっている。この短期間で、いったい何が起きたのだろう?


「あと、こちらが新しい注文書です! どうかお納めください!」


「えっ、はい。でも、これは、いったい……」


「ひっ⁉ す、すみません⁉ ひき肉ミンチにしないで下さい!」


 一方的に謝罪をして、一枚の注文書を献上。まるでオレのことを化け物でも見るかのように、怯えて男性職員は逃げ去っていく。


 一体何が起きたのか、まったく意味が分からない。狐に騙された気分だ。


 とりあえず渡された注文書を、細部まで確認していく。うん、間違いなく正式な書類だ。

 それに先ほどとは違う依頼内相が書かれている。


「ふう……あの無能者め。さて、待たせたね、フィン。どうだい、その新しい注文書は? その位じゃないと“アンタの規格外の腕”は生かせないじゃろ?」


 ヤハギンさんが満足そうな笑みで戻ってきた。いったいどこに行っていたのだろう。

 それに何故か、丸坊主用のバリカンを手にしていた。誰かの髪の毛を切ってきたのかな。


「あっ、ハヤギンさん。まぁ、そうですね。経験的に“このくらい”なら大丈夫かと思います」


 なぜ新しい注文書の内容を、ハヤギンさんが知っているか謎。

 でもオレのことを心配してくれている。安心させるために、大丈夫だと答えておく。


「あっ、時間なので、そろそろ失礼します。ハヤギンさんもお元気で」


「お前さんもな。また気軽にウチの店に、顔を出すんじゃぞ!」


 ハヤギンさんと挨拶をして、店を出ていく。

 それにしても変なことがたくさん起きる店だったな。

 再度確認すると店名は《ヤハギン薬店》で、ハヤギンさんと似ている。

 王都にはあまりない名だけど、きっと偶然だろう。


 とにかく色々あったけど、大元の依頼を受けることに成功。気持ちを入れ替えて、オレはボロン冒険者ギルドに戻ることにした。


 それにしても新しい注文書の品は 『《究極万能薬エリクサーと《寿命延長薬マナ・エーテル》の素材を、1,500万ペリカ買い取る』か。


 値段のケタが変な気がするが……まぁ、“あまり難しくない”依頼なので、新人冒険者でも大丈夫だろう、たぶん。


「さて、次は依頼の張りだしをしないとな!」


 こうして初めての営業活動で、なんとか新人冒険者用の依頼をゲットすることに成功したのであった。


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 だが営業未経験のフィンは気が付いていなかった。


 規格外すぎる自分の感覚が、普通の者とはまったく違うことを!

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