第32話【閑話】フィンを追放したギルドが落ちぶれていく話、その2

《フィンを追放した冒険者ギルドが落ちぶれていく視点、その2》


 リッパー冒険者ギルドはここ二年の躍進で、王都でも有数の冒険者ギルドに成長。

 だが、そんなリッパー冒険者ギルドに、ここ最近で立て続けに不幸が続いていた。


 まず起きたのは有力な冒険者の脱退による、公共依頼の受諾の危機。

 そして王都でも最大規模を誇る《ハヤギン薬店》のオーナーからの、いきなりの取引の停止の勧告。


 これらの不幸によって、売上は七割以上も激減。冒険者ランクも確実に落ちてしまう危機となる。


「こ、こうなった手段は選ばないぞ! 落ちた売り上げを……いや、ギルドランクを、どんなことをしても保つんだ!」


 かつてない窮地に、経営者リッパーは顔を青くする。ギルドランクの維持のために、奥の手にでる。


 ◇


 起死回生を狙いリッパーが訪れたのは、王都の貧民街スラムにある建物。盗賊ギルドの支部の一つだ。


「へっへっへ……はじめまして、ガメツンさん。私はリッパー冒険者ギルドのオーナーの、リッパーと申します」


「リッパー冒険者ギルド……か」


 本日リッパーが会いにきたのは、ガメツンという盗賊ギルド幹部。鋭い目つきの男で、リッパーのことを値踏みするように見てきた。


「で。話の内容は?」


「へっへっへ……実はそちら様に“美味しい話”をもってきました。話にはいる前に、これを収めてください、ガメツンさん」


 リッパーがテーブルの上に差し出したのは、魔道白銀で作られた高額硬貨。一枚100万ペリカ硬貨が五枚なので、総額で500万ペリカだ。


「ん? これはどういう意味だ?」


「こちらは挨拶金みたいなのもんです。実はガメツンさんたち盗賊ギルドに、ひとつ頼みたことがありまして。もしもウチのギルドに公共依頼を空発注していただければ、更に倍のお金を収めます」


「空発注、なるほど、“架空発注”……ということか」


 リッパーが行おうとしているのは、公共依頼の架空発注だった。

 仕組みとしては実在しない公共依頼を、盗賊ギルドが冒険者協会に発注。リッパー冒険者指名で行う。


 リッパー冒険者ギルドは実在しない依頼を、盗賊ギルドから受注。

 様子を見て達成したと、協会に虚偽の報告。

 だが、これによりリッパー冒険者ギルドは公共依頼を達成した実績が残り、冒険者ギルドランクを辛うじて維持できる仕組みだ。


 代償としてリッパー側は盗賊ギルドに、多額の挨拶金を支払いかなりの出費となる。だがギルドランクを落とさないためにも、リッパーは赤字覚悟で自分の私財を使ってきたのだ。


「公共依頼の架空発注は……違法行為だと知っているのか?」


「えっへっへ……もちろん存じております。ですから、依頼も適当な感じで出していただければバレません。もちろんガメツンさんの方には、更に個人的な謝礼を収めます!」


 ギルドランクの健全性を保つため、架空発注は冒険者協会によって禁じられている。

 だがギルドランク降格の危機にあるリッパーは、そんな規則を守っている場合ではなかった。どんな手段を使っても公共依頼の実績を残そうとしていたのだ。


「『依頼も適当な感じ』……か。なぁ、リッパーさんだったか。あんたウチの組織のことを“舐めて”いないか?」


 呆れため息をついた直後、ガメツンの雰囲気が一変する。うすら笑いを浮べていたリッパーを、鋭い視線で突きさす。


「ひっ⁉ な、舐めているんなんて、まさか、そんなことはありません! あっ、もしや謝礼金が少ないのなら、更に差し上げます!」


 交渉相手のまさかの激怒に、リッパーは慌てる。大汗をかきながら金の準備をする。


「それが舐めている、って言っているんだよ、リッパーさん! たしかに盗賊はカタギじゃないが、あんたのようなクズの片棒は担げない、って話なんだよ! 帰れ!」


「ひっ⁉ し、失礼いたしました!」


 強面の盗賊ギルドの幹部の怒声に、リッパーは椅子から転げ落ちてしまう。情けない

 姿勢で、落とした自分の金を集めていく。


「ちっ……もう二度と盗賊ギルドに話を持ってくるじゃねぇぞ。今うちはボロン冒険者ギルドのフィンしか、仕事相手にしていないんだからな」


「ボ、ボロン冒険者ギルドの……フィンだと⁉」


 まさかの人物の名前を聞いて、リッパーは自分の耳を疑う。

 噂によると、ボロン冒険者ギルドという廃業寸前のギルドに、ヤツは再就職したはず。


 だが、どうしてそんな弱小ギルドが、いや、あの無能な事務員が、こんな大手の盗賊ギルドの幹部の信頼を勝ち取っているのだ⁉


 これはとんでもない状況。

 何しろ盗賊ギルドからの公共依頼の独占などされたら、フィンのいる冒険者ギルドは、これからドンドン好成績を収めていくのだ。


「そういえば、“あのフィン”を、あんたはクビにしたんだよな? まぁ、その時点でアンタには経営者としての目と才能がなかった……という訳だ」


「ど、どうして、そのことを……はっ⁉」


 疑問を口に出しかけて、リッパーは言葉を止める。


 何故なら冒険者ギルドの職員の勤務状況のことなど、普通は外部の者は知らない。つまり、このガメツンは“最初から”知っていたのだ。


 リッパー冒険者ギルドのことを事前に全て調べてから、何し知らぬ顔をしながら交渉していたのだ。


「あとリッパーさんよ。最後に一つだけ忠告しておく。オレも最近、最近知ったんだが、盗賊ギルドの大幹部の中には、フィンの大ファンも多いらしい。これ以上、裏で何かするなら、アンタは不慮の事故に遭うかもしれない。せいぜい夜道には気を付けておくことだな」


「ひっ⁉ そ、そんな……」


 まさかの強迫まがいまでされ、リッパーは情けない悲鳴をあげる。腰を抜かしつつ、盗賊ギルドから逃げ出していく。


 ◇


 そして自分のギルドに戻ったリッパーを、更なる悪い報告が襲う。


「リッパー様、大変です! ウチの登録冒険者が、大量に抜けてしまいました!」


「なんでも“ボロン冒険者ギルド”という弱小ギルドに、全員移籍したみたいっす!」


 部下から受けた報告は、登録冒険者の大量の離脱について。ギルドランク降格の危機的な状況になってしまったのだ。


「く、くそっ……これも全てヤツの……あの無能なフィンのせいだ……こうなったらもうなりふりなんて構ってられん! 全てを失う前に、アイツも道ずれにしてやるんじゃ!」


 こうして落ちていくリッパーは、最終手段の悪手へと手を染めていくのであった。

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