第40話歩き話
ボロン冒険者ギルドが何者かに、恨みを買っている可能性が高い。
まだ幼いマリーとレオン姉弟が心配。護衛として一緒に帰ることにした。
「さて、いきますか。オーナー」
護衛といってもオレは常に非武装。姉弟の雑談を聞きながら、一緒に通りを歩いていくだけだ。
「なんか、こうして三人で歩いていると、新鮮な感じだね、お姉ちゃん! フィンさんが、お兄ちゃんみたいで!」
「そうね、レオン。でも、こんな得体のしれない兄がいたら、私は家でも気が休まらないわよ。はぁ……」
それにしても二人は本当に仲の良い姉弟だ。楽しそうな会話をしながら、王都の下町通りを歩いている。
「そういえばフィンさんは、姉弟はいるんですか?」
レオンの話の矛先が、いきなりオレに向いてきた。質問の内容は、姉弟の有無についてだ。
「こら、レオン。いきなり家族の関係のことを聞くなんて失礼よ。ごめんなさい、フィンさん」
「いや、別に構わないです、オーナー。同じ職場で働く者同士では親睦を深めるために、プライベートな話もたまには必要だと思います」
仕事場は感情や自我ない魔道具が、働く場所ではない。感情のある人同士が集まる場なのだ。
そのためある程度のプライベートな話は、潤滑油として必要な時もあるのだ。
まぁ、だが、仕事中にあまり多くの無駄話や、当人が言いたくないプライベートな話を聞きのはナンセンスだが。
「へー、フィンさんも、そういう柔軟なところもあるんですね。意外です。あっ、それなら前からお願いしたかったんですが、私に対する敬語は止めてくれませんか? いくら私が経営者だと言っても、フィンさんの方が歳上で、ギルド職員として経験と知識も豊富だから」
マリーが切り出してきたのは、職場での敬語の有無について。若い彼女は敬語を使われるのが、あまり得意なのではないのだろう。
「ですがオーナー。職場には他の職員や、お客様である冒険者の耳もあります。職場の順列を守るために、ある程度の敬語は必要かと思います」
「それは有り難い心遣いだけど……あっ、それなら、せめて今みたいなプライベートな時や、レオンとか身内しかいない時は、せめて普通の口調でお願いいたします。通行人から見たら、私が敬語を使わせているみたいで、なんか気まずくて……」
「なるほど、それは気苦労をかけてしまいました。分かりました、オーナー。それなら状況に合わせて敬語を使うのを止めて、今後は普段口調にします。これから改めて、よろしく、マリー。それにレオンも」
オーナーに対してタメ語で話すのは、少し気がひける。だがこれも雇い主からの業務命令の一つと、割り切って考えることにした。
「改めて、こちらこそよろしくお願いいたします! なんか、普段口調のフィンさんもカッコイイね、お姉ちゃん!」
「そうね。私が言い出しっぺだけど、まだ違和感があるけど、これから段々と慣れていくしかないわね。まぁ、どっちにしても、フィンさんの『とんでもなさ』は変わらないと思うけど」
新しいオレの口調に、マリーたちも即座に柔軟に対応してくる。これが若さというものなのだろう。
さて、先ほどの質問に普段の口調で答えるとするか。
「そういえばレオンの質問の答えが、まだだったな。オレには姉弟はいない。というか孤児だったから家族の存在すら知らない」
自分は孤児であり、幼い時から師匠に育ててもらった。世間的に見たら、師匠が親の代わりという名目になるのだろう。
だが“あの師匠”が親だという認識は、幼い時から一度も感じたことはない。
師匠はあくまでも“師匠”であり、決して親という存在ではないのだ。
「そ、そうだったんですか。すみません、答えにくいことを聞いちゃって……」
「気にするな、レオン。よくあることだ」
この大陸では魔物の襲撃や、国同士の戦争によって、常に多くの孤児が生まれる。
比較的安全な王都の中で育ってきたレオンにとって、孤児の話はあまり聞かないのだろう。
「それよりもレオンたちの方が、何倍も大変だと思うぞ。何しろ祖父のギルドを受け継いで、姉弟だけで再建しようと奮闘しているんだからな」
ボロン冒険者ギルドは借金こそはないが、登録冒険者がほぼ皆無な廃業寸前の状況だった。
だが幼いマリーとレオンは思い出のギルドを守るために、無謀とも思える再建に果敢にも挑戦しているのだ。
同じ働くことでも勤め人と、経営者になることは何倍も苦労の差がある。
今まで勤め人としてしか働いてこなかったオレから見たら、二人の方が何倍も過酷な人生に挑戦しているのだ。
「褒めてもらって、ありがとうございます、フィンさん。でも聞いてください。お姉ちゃんが最初ギルド再建に挑戦したのはいいけど、まったくの無策で計画性がなくて、本当に勢いだけだったんですよ! フィンさんが就職してくれなかったら、お姉ちゃんは今ごろギルドを潰して、露頭をさ迷っていました!」
「ちょ、ちょっと、レオン⁉ そこまで姉のことを言わなくてもいいでしょ! まぁ、そりゃ、当時の私が無計画だったことは少し認めるけど……それでも、思い出のギルドの火は消したくなかったんだから!」
姉弟はまた二人で楽しそうに話をしながら、下町通り歩いている。
会話にあるように、たしかにマリーに経営者としての経験と知識は足りない。
だが、何度も言うが、彼女の思い切った行動力は、経営者としての大事な資質。
経験や知識は後から身につけるが可能だが、そういった行動力は天性の才能なのだ。
「とにかくフィンさんは足を向けて寝られないね、我が家は」
「それはレオンの言う通りね。たしかにフィンさんの行動や人脈は、心臓に悪すぎるけど、私は悪魔に魂を売ったつもりでギルドの再建をしていくんだから! 明日からも頑張らないとね!」
「もう、お姉ちゃんったら、すぐ調子に乗って……でも、ちょっと待ってよ。そっちの道は危なくない?」
「まだ、遅くないから大丈夫でしょ。今日はこっちの最短ルートで帰るわよ、レオン!」
マリーが急ぎ足で入っていったのは、通りから横に入った道。雰囲気的に工事をしている区画が多い。
おそらく下町の再開発をしている区画なのであろう。
レオンが心配するのも無理はない。
今は夕方過ぎの時間ということもあり、今日の分の工事は終了。ほとんどひと気のない寂しい通りだ。
(この通りは……)
姉弟の後を付いていきながら、オレは周囲を観察する。
もしもオレがボロン冒険者ギルドに悪意を持つ者なら、この場所で何かアクションを起こすか可能性が高い。
それほどまでに襲撃に適した場所なのだ。
早くマリーを止めた方がいいだろう。
「キャッ⁉ だ、誰ですか、アンタたちは⁉」
だが時すでに遅し。
先頭を駆けていたマリーから小さな悲鳴が上がる。
視線を向けると、数人の男が彼女の進行方向に立ちはだかっていた。
「へっへっへ……ここから先は通行止めだぜ、嬢ちゃん」
「おっと、後ろも通行止めだぜ、兄ちゃんよ」
気がつくとオレの後ろの通路も、数人の男たちによって塞がれていた。
相手は全員ナイフや短剣で武装している。どう見てもカタギの市民ではない。
「安心しろ、オレたちは優しいから、命までは取らねぇぜ」
「まぁ、でも三人とも、数週間ほど動けなくなってもらうがな」
「そうだな! げっへっへっへ!」
こうしてゲスな笑みを浮かべる武装集団に、オレたち三人は完全に包囲されてしまうのであった。
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