第39話解決後の不安
ギルドに強制調査のメスが入ったが、オーナーとして成長したマリーのお蔭で無傷で済む。
「ふう……」
「オーナーお疲れです。紅茶をどうぞ」
凄腕の調査官との戦いを終えたマリーに、そっと紅茶を差し入れする。
「あ、ありがとうございます、フィンさん。ごくごく……ふう、美味しい! しかも甘さもちょうど良くて、頭がスッキリしました!」
「それは良かったです。砂糖には疲れた頭を癒す力がある、と言われていますから、多めに入れておきました」
マリーは事務所でいつも甘味を、こっそり食べるのは好きな少女。甘党な彼女ために、砂糖は多めに入れておいたのだ。
ざわざわ……ざわざわ……
マリーが紅茶を飲んで一息ついていると、ギルド内がざわついている。ちょうど居合わせた冒険者たちが、何やら話をしているのだ。
「おい、あの《毒マムシ》が満足そうな顔で、立ち去っていったぞ⁉」
「ああ、そうだな。実はあのマリーっていう経営者、タダ者じゃないのか⁉」
「それは間違いないな! お飾りオーナーだと思っていたけど、実はかなりの曲者なんじゃないか⁉」
「たしかに! 今後はオレたちも逆らわないようにしないとな!」
彼らが話をしているのは、先ほどの内容について。腕利き調査官ヒニリスに対して、一歩も退かずに対応していたマリーのことだ。
誰もが尊敬と恐れが混じった視線で、紅茶を飲んでいるマリーに送っている。
「あれ? ん? こ、この変な視線は? よく分からないけど、なんか嫌な予感しかしないですが……なんというか『あのオーナーの子には絶対に逆らわない方がいいぞ』みたいな……」
「それはオーナーの考え過ぎです。あまり他人の視線は気にせずに、どっしりと構えていきましょう」
「そ、そうですか? それなら良いのですが。それにしても、いきなりどうしてウチのような弱小ギルドに、公正取引委員会の強制調査が来たのかしら……」
落ち着きを取り戻したマリーが、疑問に思うのも無理はない。
公正取引委員会が強制調査を行うのは、普通は大きな組織や高ランクのギルドが対象だ。
ボロン冒険者ギルドのような最底辺のランクFのギルドに、強制調査が入るなどオレも今まで聞いたこともない。
「それにヒニリス捜査官が最後に言っていましたよね。『“あるタレこみ情報”があった』って……あれって、どう意味なんでしょう……」
タレコミとは『密告』を意味する言葉。 犯罪や不正行為などに関する情報を、関係機関に密かに知らせることだ。
マリーが心配しているように、ヒニリス調査官はたしかにタレコミがあったと言っていた。
しかも独り言と当人が言いながらも、実際にはオレとマリーにだけ聞こえるよう呟いていたのだ。
「タレコミですか……オーナーは心当たりありませんか? 誰か他の人に逆恨みされることは?」
「えっ、私ですか⁉ えーと、さっきから少し考えているけど、特に思いつかないです……」
マリーは自信なさそうに答えてきたが、彼女が他人に恨まれる可能性は低い。
理由としてはマリーの独特の明るい雰囲気が、他人に不快感を与えないからだ。これも彼女が優れたオーナーとしての資質を持っている一つ。
「安心してください。オレの予想では、恨みを買っているのはオーナーではない、と思います」
「えっ、本当ですか⁉ 良かった……ん? でも、それじゃ、誰がいったい今回のタレコミを?」
「それは分かりません。ですが今後も気を付けていきましょう」
世の中には色んな考えの者がいて、人の恨みなど常識では計り知れないことが多い。現時点では仮説や予想では動くことは早急。
今後は互いに身辺の安全を、今後は気を付けていくことにした。
◇
その日のギルドの営業は、何事も起こらずに無事に終了。オレたち職員も帰宅の時間となる。
「それでは皆さま、フィン様。本日もお疲れ様でした」
「クルシュ様もお疲れ様でした! お気をつけて……って、あれなら大丈夫か。まったく、どうしてあんな凄い聖女様が、ウチなんか薄給なギルドで働いているのは、本当に謎すぎるわ。はぁ……」
受付嬢のクルシュを見送りながら、マリーは深いため息をついている。理由はクルシュの周りに、数人の護衛がいることについて。
大神殿を寝床にしている彼女は毎日、神官騎士の護衛付きで通退勤しているのだ。
かなり仰々しいが、あれならクルシュの身辺の安全は大丈夫だろう。
「それではオーナー。我々も帰宅しましょう」
「そうですね。あれ? フィンさんは、今日はこっちから帰るんですか?」
今はギルドの営業時間が終わった、夕方すぎの薄暗い時間。普段ならマリーとレオンの姉弟でも、安全に帰宅できる時間帯だ。
「はい。一応、二人を家までお送ります」
だが、タレコミの件もあり、今は何が起こるか予想ができない。
オレには特に何の戦闘力がないが、一応はギルド職員内で唯一の成人男性。護衛として二人を安全な家まで送ることにしたのだ。
「フィンさんの護衛ですか⁉ それなら安全だね、お姉ちゃん!」
「そうね、レオン。これ以上、頼もしいボディーガードはいないわね。はぁ……でも、なんか逆に嫌な予感しかしないのは、私だけなのかな……」
「あっはっはっは……最近のお姉ちゃんは心配性すぎるよ。それじゃ、お願いいたします、フィンさん!」
二人の了承も得られた。
こうしてオレは護衛として、一緒に帰ることにしたのであった。
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