第38話調査の最終ラウンド

 ボロン冒険者ギルドに強制調査のメスが入る。

 オーナーのマリーが一人で、調査官ヒニリスに必死に対応していた。


「では次の質問に移ります。お聞きしたいのは、『冒険者ギルド協会』から受けた、この不自然すぎる公共依頼についてです!」


「あっ……それは……」


 だが次なる書類の部分を見せられ、マリーは思わず言葉を失っている。おそらく彼女は何かを思い出しているのだろう。


「ほほう、その顔は心当たりがあるようですね? では、率直に指摘させていただきます。帳簿によると、こちらのギルドでは先月まで、一切の公共依頼を受けられていませんでした。ですが、つい先日から急に公共依頼が増えてきています。これはいったいどうしてですか?」


 ヒニリス調査官が鋭い視線で指摘してきたのは、冒険者ギルド協会から受けている公共依頼について。

 公共依頼は税金も使われているので、調査官がもっとも細かく見てくる箇所なのだ。


「えーと、それは、冒険者ギルド協会に挨拶にいったら、“たまたま”運気が向いてきて、公共依頼が回ってきた……です。まぁ、あの時の《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の生首の映像は、今でも悪夢に出てきますが……はぁ……」


 マリーは説明をし終えてから、最後は小声で何かつぶやいていた。

 彼女が先ほどから言葉を失っているのは、冒険者ギルド協会での出来ごとを思い出しているからだろう。


 たしかに、あの時はババソン事務局長が色々と言ってきたり、ゼノス副理事長が登場したり。本当に騒がしい協会への訪問だったのだ。


「ほほ、“たまたま”ですか。面白い答えですね。では次の関連する質問に移ります。帳簿によると最初の公共事業の内容が不自然すぎます。なぜ『除霊という依頼を受けただけで、3,000万ペリカという高額な依頼金』が、盗賊ギルドから支払われているのでしょうか?」


 次にヒニリス調査官が指摘してきたのは、盗賊ギルドからの初公共依頼について。

 あの時は盗賊ギルドが所有する屋敷にいた“不死王リッチ”ガフィアンを、登録冒険者のライルとエリンが除霊。

 結果としてボロン冒険者ギルドは3,000万ペリカの報酬を得たのだ。


「えーと、その件ですか。そちらは正式に盗賊ギルドから受けた依頼なので、報酬額に関しては当方には特に説明できることはありません。もしも疑問に思うことがあるなら、依頼主の盗賊ギルドの方を調べてもらえたら助かります。はぁ……それにしても除霊か……あれも本当に大変だったな……私、死にかけていたし……」


 またマリーは説明を終えて、なにか小声で呟きため息をついている。おそらく“不死王リッチ”ガフィアンと対面した時のことを、思い出しているからだろう。


 あの時は、狂人と化したガフィアンの放った暗黒魔法|暗黒死滅《デス・クリムゾン》によって、彼女の肉体と魂は打ち砕かれそうになった。


 それをオレが【不死拘束アンデット・アクセサリー】で、“不死王リッチ”ガフィアンの力を99%以上弱体化させ、とっさにマリーを守ったのだ。


「ふむ……なるほど、今度はそう答えてきました。なかなか肝が座ったお嬢さんですね、貴女は。では次の質問に移ります。こちらのギルドは二週間ほど前から、登録冒険者が急増しています。しかも異常なまでのハイペースで、今でも急増しています。これはどういうことですか、マリーさん?」


 次にヒニリス調査官が指摘してきたのは、登録冒険者の増加について。

 冒険者ギルドにとって有能な登録者が増えるのは、そのまま収入の増加にも繋がる。今回は収入に関して、帳簿で怪しい部分を徹底的に調べているのだろう。


「えーと、それは主な理由は『口コミ』だと思います。特に宣伝費はかけてはいません。はぁ……それにもあの《剣聖》様からの口コミ紹介とか、あの《聖女》様が受付嬢にいるとか、本当にウチはいったい何が起きているのか、私も誰かに説明して欲しいくらいです……」


 またマリーは説明した後に、何やら小声でブツブツと独り言を言っている。

 時おりオレの方に何故か視線も向けてくる。一体どうしたのだろう。


「まさか、そう答えてきましたか。くっくっくっ……本当に肝が座ったお嬢さん。いや、オーナー様ですね。恐れ入りました。この私の指摘を受けて、ここまで崩さない方は、初めてお会いしました」


 一方でヒニリス調査官は、なにやらマリーのことを認めはじめていた。最初の時のように少女としてではなく、一人の経営者としてマリーに接している。


「えっ? あ、ありがとうございます。よく分かりませんが、最近は尋常ではない人と行動を共にすることが増えて、色んな修羅場を経験しなきゃいけなくなったので、もしかしたら多少のことでは驚かなくなったのかもしれません、私も。はぁ……そんなことは」


 ヒニリスの指摘で気がついたが、マリーの態度も目に見えて変化していた。

 最初はオロオロして真っ青な顔だったが、今は別人のよう。

 鋭い視線のヒニリス調査官を前にしても、まるで『フィンさんがとんでもないことを毎日起こしてばかりなので、それに比べたらこの程度の取り調べは何でない』といったような落ち着いた態度だ。


「ふむ……どうやら“タレこみ”は嘘だったようですね。では、今日の調査はこれで終わりにいたします。ご協力ありがとうございます、マリーさん」


 そんな時だった。

 いきなりヒニリス調査官は書類を整頓して、帰り支度の準備に移る。


「えっ、終わり……ですか⁉」


「はい。不思議な点は沢山ありましたが、違法な点は一つもありませんでした。それゆえに私の仕事は終わりです」


 ヒニリス調査官は厳しい調査で恐れられているが、悪人ではない。あくまでも違法行為を行う事業所に対してだけ。

 本来の彼は公明正大に調査を行う人物なのであろう。


「では、失礼いたします。あっ、そういえばこれは、私の独り言です」


 応接席を立ったヒニリスは一瞬、足を止める。オレとマリーにしか聞こえないくらいの小声でつぶやき始める。


「今回、ここに調査にきたのは“あるタレこみ情報”があったかからです。結果として誤報でしたが。では、失礼します」


 そう意味深な言葉を残して、ヒニリス調査官はギルドを立ち去っていく。その後ろ姿は何かを語っているようだ。


(“タレこみ情報”か……まだ、何か起きそうだな、これは)


 マリーに成長のお蔭で、公正取引委員会の調査のメスは無傷で済んだ。


 だがボロン冒険者ギルドに恨みを持つ何者かが、また何か嫌がらせをしてくる気配があった。

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