第10話依頼難易度

 新人冒険者を登録した翌日になる。

 今日は朝一で、ボロン冒険者ギルドに出勤。オーナーのマリーが出勤してくる前に、掃除と整頓の仕事をする。掃除と整頓は新人職員の大事な仕事なのだ。


「……よし、いい感じになったな」


 掃除と整理を終えて、思わず自画自賛。ギルド内がかなり綺麗になったのだ。


「やはり接客業でもある冒険者ギルドは、入店時の店内の印象が大事だかなら」


 ここだけの話、ボロン冒険者ギルドの店内の最初の印象は悪かった。

 魔道具の光が消えて薄暗く、店内が雑然としていたり。とにかくマイナスイメージな店内だった。


 だからオレは“少し”だけ頑張って、明るい雰囲気に改善したのだ。


「ん? フィンさん、朝早いですね。おはようございます」


 定時を少し……いや、けっこう過ぎてから、銀髪の少女マリーは出勤してくる。

 朝はあまり得意ではないのであろう。かなり眠そうな表情だ。


「もしかしたら、掃除をしていたんですか、フィンさん? ありがとうござい……⁉ っ、なにこれ⁉」


 だがギルド内に入った直後、マリーの表情が変わる。一気に目が覚め目を丸くして、ギルド内を見回している。


「ん? 何か問題でもありましたか、オーナー? 整理整頓と掃除を“少しだけ”したのですが」


「いえいえ、整理整頓どころの話じゃいでしょ、これは⁉ ど、どうして、ギルド内が、こんなに激変しているのよ⁉」


 ああ、なるほど。

 マリーが驚いているのは、そのことか。これはオレの失念。ちゃんと説明をしよう。


「実は整理整頓をしている時に、気が付きました。『この冒険者ギルドの配置は非効率だな』と。そこで“少しだけ”配置を変えました」


「い、いや、これは配置を変えるじゃなくて、『間取り』まで変わっている⁉ ど、どうやって、たった一晩で、こんなにリフォームを……⁉」


 何やらブツブツ言いながら、マリーは自分の新しい席に座る。


「フィンさん、あなたは何者なの⁉ い、いや、でも、あんな大賢者や剣聖にコネがあるから、ここは気にしないで頼った方がいいのかもね……ふう、まったく」


 そしてブツブツ言いながらも、何か納得していた。既に新しい間取りにも馴染んでいる。


 ふむ、なるほど。

 この割り切った性格と、適応力の高さは、オーナーとしてマリーの長所かもしれない。


「さて。そういえば『昨日の新規登録者を獲得した』って言っていたけど。どうなりましたか、フィンさん?」


「はい、これが昨日の業務の報告書です」


 昨日マリーは広場で宣伝活動に勤しんでいた。ライルとエリン組に関する報告書を提出する。


「ふむふむ……なるほどね。田舎から出てきた新米冒険者の二人を、新規登録者できたのね。できれば腕利きの冒険者が欲しかったけど、こればかりは仕方がないね」


 お茶を飲みながらマリーは報告書を確認していく。彼女が欲張る心情は、経営者として仕方がない。


 冒険者ギルドの主な収益は、依頼の手数料。そのため『登録冒険者の依頼達成の難易度に比例して、手数料は高く』なるのだ。


 例として駆け出し冒険者は、あまり難しい高額の依頼は達成できない。そのためギルドに入る手数料も少ない。


 一方で高ランクの冒険者はかなり高難易度で、受注料金が高い依頼も達成可能。国家クラスの依頼では手数料だけでも莫大になる。

 つまり収入的にはエリンとライルの二人組には、あまり期待はできないのだ。


「えーと、その二人が今日、向かっている依頼内容は、『《究極万能薬エリクサー》の素材を獲得する』ね。これなら初心者向けの依頼………えっ⁉ なにこれ⁉」


 次に依頼内容を確認して、マリーは口からお茶をブー!と噴きだす。何かに驚いたのだろう。


「フィ、フィンさん、この『《究極万能薬エリクサー》の素材を獲得する』って、どこから受注してきたんですか⁉」


「それはバリン草と同じく《ヤハギン薬屋》からです」


「《ヤハギン薬屋》っていったら王都でも有数のあの⁉ あんな大きな店から、どうやって、こんな高額の依頼を取れたの⁉ い、いや、それは百歩譲って……そもそも初心者に《究極万能薬エリクサー》の素材は不可能でしょう⁉ あの《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》を倒さないといけないのよ⁉」


 マリーが言っていることは間違っていない。

究極万能薬エリクサー》の素材を手に入れるには、《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》という名前の魔物を倒す必要があるのだ。


 だが他は間違って覚えていることもあった。年長者として教えてあげないといけない。


「オーナー。私の認識では『《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》討伐は駆け出しの冒険者でも可能』だと思いました」


「いやいや……フィンさん、何を言っているのよ⁉ あの《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》よ! ランクAの冒険者パーティーでも危険な、あの“魔物ランク”Aの存在なのよ! 駆け出し冒険者二人だけで倒すことはもちろん、生息地の北の火炎山脈に到達すら不可能でしょ⁉」


 何やらマリーは大興奮している。経営者として経験は浅いが、魔物の知識は孫娘として知識はあるのだろう。


「それはですね、オーナー……ん?」


 自分の実体験で、説明をしようとした時だった。ギルド前に人の気配がする。

 これは知っている二人の気配だ。


「ただいまー、フィンさん!」

「ただいま戻りました、フィンさん」


 ギルドに入ってきたのは、噂をしていた二人組。駆け出し剣士ライルと見習い神官エリンだ。

 二人とも表情は明るく、手には何か袋を持っている。


「オーナー。彼らが例の新規登録者の二人です」


「ん? こんなに早く戻ってきたということは、やっぱり途中で挫折してきたのね。依頼の失敗は悲しいけど、彼らが死ななかっただけでも、良しとしないとね……」


 またマリーは何か大きな勘違いをしている。どうやらライルたちが依頼に失敗したと思っているのだ。

 仕事場では上司よりも、お客様を優先しないといけない。オレは受付カウンターで、ライルたちの相手をする。


「その袋の様子だと、無事に任務完了ですか?」


「はい。フィンさんの言っていたとおり、簡単に任務でした。これが魔物の素材です」


 持っていた袋から、ライルは真っ赤な“魔石”を取り出す。

“魔石”は魔物や魔獣を倒した時に、手に入る素材。今回のものは特徴がある魔石。《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》を倒した時に手に入る魔石で、《究極万能薬エリクサー》の素材だ。


「――――えっ⁉ そ、その魔石は……辞典に載っていた、あの⁉」


 真紅の魔石を目にして、マリーは言葉を失っている。ライルの方に近づいていく。


「ライル君でしたか。どうやって、その魔石を?」


「はい、フィンさんの地図に従って、北の門から出発しました。そうしたら“不思議な感じ”になって、気がついたら、魔物がいる場所に到着したんです!」


 ライルが言っている“不思議な感じ”は、オレが昨夜のうちに設置しておいた特殊な支援魔法のこと。

 ライルとエリンが通過した時だけ、二人を火炎山脈に転移するように、準備しておいたのだ。


「見たことがない竜タイプの魔物だったけど、こんなに小さくで弱かったら、二人でなんとか倒せたのよね。フィンさんの言う通りだったね」


 エリンが言っているように、《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》が小さいく弱かったのも、オレが支援魔法の影響。


 昨夜の内に《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の一匹を魔法で超弱体化。この二人だけでも倒せるくらいに準備しておいたのだ。


 それ以外にも転移先には結界を展開しておいたので、二人は安全に弱体化|火炎巨大竜《レッド・ドラゴン》を討伐できたのだ。


 あと念のために二人の全身に、こっそり支援魔法もかけておいた。普通の魔物が相手でも、絶対に勝てるような強化魔法だ。


「地図のお蔭で何故か帰りも一瞬だったから、楽な依頼でした。本当にありがとうございます、フィンさん」


 帰りの分も転移魔法を、事前に準備しておいた。だから朝一で出発した二人が、午前中の内に帰還してきたのだ。


 本当は職員押してここまで支援することは、少しやり過ぎかもしれない。

 だが今回は人数差を忘れていた、オレの依頼ミスだ。当人はバレていないので問題はないだろう。


「えっ? あの《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》を新人冒険者二人だけ倒した? しかも……こんな一瞬で完了して、。火炎山脈から帰還した? えっ? 何が起きたの? 私の知らないところで?」


 マリーは先ほどから少しおかしい。落ち着くまで少し放っておこう。

 ライルたちの事後処理を行う。


「フィンさん、あとはこの素材を買い取ってもらい、依頼は完了でしですか?」


「はい、そうです。鑑定しましたが間違いなく本物です。それでは当ギルドで買い取りをしま……ん?」


 ――――その時だった。オレは“ある可能性”に気がつく。


 このままで依頼の事後処理ができない。放心状態のマリーに、こっそりと確認する。


「オーナー、忙しいところ申し訳ありません。このギルドの金庫には依頼報酬金の1,000万ペリカはありますか?」


「えっ? 一千万ペリカなんて大金、ウチには無いに決まっているじゃないですか……はっはっは……」


 放心状態のマリーは、乾いた笑い声で答えてきた。廃業寸前の冒険者ギルドに、1,000万ペリカという大金は無いと。


 くっ……やはり、そうだったか。

 これは間違いなくオレの確認ミス。事前にマリーに金庫内ことを聞いておくべきだったのだ。


 さて、これは本当に困ったぞ。

 冒険者ギルドでは『素材は必ずその場で換金』する必要がある。後日支払いは詐欺の危険もあるので、冒険者ギルド協会から禁止されていたのだ。


 つまり、このままではライルたちに依頼金を渡せない。どうしたものか。


(ん? ああ、そうか。実に簡単な解決方法があったな。すぐに1,000万ペリカ以上を入手する方法が……)


 あるアイデアを思いついた。だが実行するために、少しだけ時間を稼ぐ必要がある。


「すみません、ライルさん。換金は午後でもいいですか? “銀行”に行って、依頼金を準備してきます」


「はい、もちろん大丈夫です。一回、装備を手入れしてきます」


 ありがたいことに、1,000万ペリカの支払いは午後にしてもらった。

 ライルとエリンはギルドを立ち去っていく。残ったのは放心状態のマリーとオレだけ。


「オーナー。少しだけ外回りに行ってきます」


 こうしてオレは支払金を手に入れるために、再び火炎山脈に向かうのであった。

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