第20話貧民街《スラム》


 冒険者ギルド協会の副理事長ゼノスに連れられて、オレたちは最外周区画にやってきた。

 ここは王都でも最も治安が悪い、貧民街スラムと呼ばれる区画だ。


「うっ……ここが貧民街スラムですか」


 初めて足を踏み入れた区画の様子に、銀髪の少女マリーは腰が引けている。

 何しろ彼女が生まれ育った下町区画とは違い、貧民街スラムはかなり異様な光景。いたるところにゴミが散乱して、腐敗臭も立ち込めているのだ。


 また小路の両脇には、薄汚れた格好の住民がたむろしていた。外界からの来訪者であるオレたちを、鋭い目つきで睨んでくる。


「うっ……こ、この雰囲気……」


「がっはっはっは……どうした、嬢ちゃん? ビビッているのか⁉ 気にせずに、いくぞ!」


 腰が引けているマリーに構わず、ゼノスはどんどん先に行ってしまう。オレはマリーと一緒に歩いていく。


「うっ……まだ睨んでくる。ここ、やっぱり、なんかヤバくないですか、フィンさん?」


「大丈夫です、オーナー。刺激さえしなければ、彼らは襲ってはきません」


 初めて訪れた者にとって、貧民街スラムは異常な無法地帯に見える。

 だが、貧民街スラムにも一応のルールがあり、表通りを歩いている限りは比較的安全なのだ。


「そうなんですね。ん? という、ことは表通りじゃない道に入ったら……?」


「あまりお勧めはできません。行方不明者もいるくらいなので」


 王都には約二十万もの市民が生活している。そんな中で、毎日けっこうな数の“行方不明者”がでていた。

 その中でも一番の失踪発生場所は、ダントツでこの貧民街スラムなのだ。


「毎日、行方不明者がでているんですか、ここは⁉」


「はい、そうみたいですね。そもそも貧民街スラムに住んでいる正確な人口は、国は把握していないのです、あくまでも概算の行方不明者数ですが」


 王都に住んでいる市民は、全て国によって管理されている。

 管理の方法は“市民証”を使用。王都で生活していくためには、市民証が必須。そのため国は市民証を魔道具で管理して、税金を集めているのだ。


 だが貧民街スラムの住民の中には、市民証すら持っていない者も多い。偽の市民証を発行する組織があり、多くの不法滞在者が住んでいるのだ。


「『偽の市民証を発行する組織』……それって、もしかして?」


「はい、そうです。公にはされてはいませんが、盗賊ギルド関連です」


「やっぱり⁉ でも、公のギルドが、そんな違法なことをしてもいんですか⁉」


「おい、着いたぞ!」


 マリーがそう訊ねてきた直後、先頭のゼノスの足が止まる。目的の場所、盗賊ギルドにたどり着いたのだ。


「うっ……ここが盗賊ギルドですか。でも予想よりも、あまり大きくないですね?」


 マリーが指摘するように、盗賊ギルドの建物はそれほど大きくはない。

 木造の二階建ての建物で、五階建の冒険者ギルド協会に比べたら小規模に見える。


「たしかに外観は小規模ですが、実はこのギルドは周りの建物と、秘密の通路で繋がっています。あと地下にも部屋があるので、下手したら冒険者ギルド協会よりも大規模です」


「えっ、あの冒険者ギルド協会よりも⁉ そ、それは怖いわね……」


 マリーが驚くのも無理はない。一般市民が思うよりも盗賊ギルドの大きいのだ。

 王都の色んな所に支部と関連店があり、ギルド会員が潜んでいる。

 光が強ければ、比例して影も濃く大きくなる。つまり大都市になればなるほど、盗賊ギルドの規模は大きくなるのだ。


「ん……アイツは? おい、フィン。あとはお前に任せていいか? オレは“野暮用”ができちまった。ちなみに盗賊ギルドの担当者は“ガメツン”という男だ、よろしく頼んだぞ!」


「野暮用ですか……はい、問題はありません」


 貧民街スラムで誰か知り合いを、ゼノスは見つけたようだ。この後の仕事を全てオレに丸投げして、どこかに行ってしまった。まったく相変わらず自分勝手で忙しい男だ。


「えっ、副理事長様が行っちゃった⁉ ほ、本当に私たち二人で大丈夫なんですか、フィンさん⁉」


 筋肉隆々の頼りになる腕利き戦士ゼノスが突然いなくなり、マリーは顔を真っ青にする。まるで猛獣のオリの中に放り込まれた、小動物のようにプルプルしていた。


「たぶん大丈夫でしょう。とにかく先方を待たせては失礼になります。中に入りましょう、オーナー」


「えっ、フィンさんも⁉ お、置いていかないでください!」


 慌てて付いてきたマリーと共に、怪しげな盗賊ギルドの中にオレたちは入っていくのであった。

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