第34話買い取りのルール
新生ボロン冒険者ギルドの受付業務が、順調になってきたある日。
ギルドの中に“何かの術”が発動する気配があった。
「ん? これは……」
シュワ――――ン!
気配を感じた次の瞬間、ギルドの中に光が発生する。これは《転移の術》の一種だ。
「オッホホホ……! ようやく戻ってきたわ、“我が愛しのフィン”よ!」
甲高い笑い声と共に転移してきたのは、怪しげなローブをまとった二十代の女性魔術師。妖艶な女性エレーナだ。
彼女はオレのことを“我が愛しのフィン”と呼ぶ変わった女性。そういえば久しぶりに見た気がする。
「エレーナさん。どうしたんですか、いきなり転移してきて? あっ、もしかして依頼が完了したんすか?」
今から十日以上も前、エレーナに一件の依頼を受けてもらった。『二百束のバリン草を1,500ペリカ買い取る』という内容だ。
「オッホホホ……! さすが愛しのフィンね! 正解よ。これが依頼の品よ!」
そう言いながら彼女がカウンターの上の出してきたのは、一枚の大きな鱗。形的にドラゴン系の素材の《逆鱗》だろうか。
「恐れ入りますがエレーナさん、これはいったい何ですか?」
「オッホホホ……! よくぞ聞いてくれたわね。これは南方大陸に巣くう《邪地竜バリン》の《逆鱗》の素材よ! 前回のフィンの依頼の意味を、私はようやく解き明かして、バリン討伐してきたのよ!」
《邪地竜バリン》というのは竜系の魔物の名前だろう。逆鱗ということは、その竜を倒してきたのだろう。
そう言われてみればエレーナは、所々に戦いの跡がある。ローブの端は焼けこげており、かなりの激戦だったのだろう。
「せっかくの苦労の後に申し訳ありませんが、エレーナさん。今回の依頼は『二百束のバリン草』です。なので、こちらの素材を受け取ることはできません」
オレは差し出された逆鱗を押し返す。
一般的に誤解されている部分もあるが、冒険者ギルドは魔物の素材なら何でも買い取る訳ではない。
基本的に買い取るのは『依頼を出した素材だけ』だ。
これには理由がある。各冒険者ギルドの所有している金は、無限ではないからだ。
今回の話を例にあげで説明をしてみる。たとえばこの《邪地竜バリン》の逆鱗を5,000万ペリカの価値がある仮定する。
ここでボロン冒険者ギルドが無理をして、エリーナから5,000万エリカで買い取ったとする。
だが、よく考えて欲しい。依頼人もいない買い取った素材は、その後にどうなるか?
――――そう、誰も依頼人がいないので、当ギルドは5,000万ペリカを手に入れることが出来ない。つまり無駄な出費をしただけに終わるのだ。
もしかしたら王都にこの逆鱗を欲しい者がいるかもしれない。だが、それは『もしかしたら』であり確実ではない。
つまり冒険者ギルドにとって大事なことは『依頼人から受けた素材を、適正な価格で買い取る』ことが重要なのだ。
「……という訳でエレーナさん。バリン草なら買い取れますが、こちらの“変な素材”は買い取りできません」
「くっ……まさか本当の依頼は、バリン草の採取、だったのでね⁉ フィンの依頼の裏を読んだつもりが、まさかフィンは更にその裏を読んでいたのね⁉ さ、さすが私の愛しのフィンね!」
依頼を間違ったというのにエレーナは、何やら嬉しそうにしている。《邪地竜バリン》の逆鱗をしまって不敵な笑みを浮かべていた。
「それなら真の依頼であるバリン草の採取に行ってくるわ! オッホッホッホ!」
シュワ――――ン!
そして、またよく意味の分からないことを言いながら、エレーナは転移で立ち去っていく。
あっ、そうだ。
転移魔法は周りに衝撃波を与えるから、今度からは自粛してもらうのを忘れていた。
それにしても相変わらず騒がしい人。おかげでギルド内にいた他の冒険者も、先ほどから動きが止まっていた。
「お、おい、今のって、もしかして“あの”《大賢者》エレーナ=アバロンじゃなかったか⁉」
「ああ、そうだよな! あの冒険者章は“Sランク”は間違いない、あの《大賢者》様だぜ!」
「まさか、あの《大賢者》がこの冒険者に登録していたとはな……」
「だが、よく考えたら、おかしくないか? どうして大賢者クラスがバリン草の採取なんて、初心者向けの依頼を受けていたんだ⁉」
「た、たしかに⁉ しかも、あの事務員、《邪地竜バリン》の逆鱗を受け取り拒否していたよな、さっき⁉」
「ああ、たしかに! あの素材を転売するだけで、小国が買える利益が出るのに、なんて懐が広い事務員なんだ……」
少し間を置いてから、ギルド内が急に騒がしくなる。先ほどのエレーナのことを話しているのだろう。
だが一介のギルド職員は、顧客である冒険者たちのプライベートな話に、関与してはいけない。オレは気にせずに聞き流していく。
「こんちわ、郵便です!」
そんな時、ギルドに郵便配達人がやってくる。
郵便配達は王都内で、手紙の配達を行っている国政のサービスだ。
「いつもご苦労様です」
受け取りのサインをして、封筒を受け取る。かなり厳重な書類なので中身を確認してから、オーナーに渡すことにした。
「……これは」
中身を確認して思わず声を出してしまう。予想外の手紙の内容だったのだ。
「ん? どうしました、フィンさん?」
ちょうど横を通りかかったマリーが、手紙を覗き込んできた。
「これは公正取引委員会からの強制調査の勧告書です」
「えっ⁉ 強制調査って、それって、な、何ですか⁉」
「そうですね。一言で説明するな、あまりよくないモノです」
こうして順調になってきたボロン冒険者ギルドに、強制調査の手が伸びるのであった。
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